7. 酒を飲む代わりに歌を詠め

義輝も仕方なしに一口、口に含んでみたが、清酒だろうが濁り酒だろうが、新酒だろうが古酒だろうが、飲めないものは飲めない。手のひらの中で賜杯をもてあそびながら、途方に暮れていた。そのさびしげなようすを帝は目に留め、義輝に声をかける。

「おまえは少佐か。ということは、最近交代した近衛隊長だな。」

軍服の肩や襟に縫い付けられている階級章によって、義輝が少佐であることはすぐにわかるのである。


「はい。おっしゃるとおり、わたくしは先月、近衛隊長を拝命いたしました、比志島義輝陸軍少佐であります。」

義輝は型どおりに天皇に敬礼する。

「そうか、やはりおまえが、朕に兎狩りをやめさせた義輝だな。」帝はにやりと笑う。

「恐れ入ります。」義輝は平静を装っている。

「義輝とは良い名だ。たしか足利第13代将軍が、剣客として名高い義輝。」

「おおせの通りでございます。」

足利義輝は永禄年間というからちょうど川中島の戦いが起きた頃の足利将軍。しかも剣豪塚原卜伝の直弟子というから、公家然とした歴代足利将軍の中では希有な存在だ。在職中わずか30歳で将軍親政を憎む三好氏と松永氏の謀反にい、自ら剣をふるい、奮戦して自害した。


「おまえはさっきから全然酒が進まぬようだ。酒が弱いのか。」

「はい。」

「では酒を飲む代わりに、歌を詠め。」

「私、比志島は、歌は不調法でございます。無芸の、無骨一辺の武臣でございます。どうかご容赦願います。」

「歌の詠めぬものがあろうか。古来、武士とて和歌は詠んだ。五七五七七に作れば良いだけではないか。試しに詠んでみろ。」

義輝は困惑した。物心ついて以来、呼吸をするように和歌を詠んできた帝であれば、歌とはそうしたものだろう。そんな帝をどうやって納得させられるのか。

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