6. 新嘗の祭り

鉄舟は近くの農家からさきほど届いた、酒樽に入った濁り酒を、やはり同じように農家でとれた、ナスや大根の糠漬ぬかづけをあてに飲み始めた。

おれも、その酒を飲んでみたい。」

「おやめください。あのように下品な酒を。玉体に毒です。酒は灘の清酒と決まっております。」帝を富小路が制止する。「それに漬物は、西京さいきょう(当時東京に対して京都を西京と呼んだ)から取り寄せた千枚漬け、紫葉しば漬けをご用意してあります。あのような泥につけ込んだようなドブ漬けなぞをお召し上がりになるとおなかを壊し、悪酔いなさいますぞ。」

「そんなことがあるものか、敬直。今年、東北を旅して回ったときに、朕はそういう、米を醸したばかりの、白濁して泡だった酒をいくらでも飲んだ。またその土地ごとで献上された酒肴も食べた。いずれも珍味であった。」

明治天皇は4年前、軍艦に乗船して長崎など西国に巡幸し、今年は奥羽各地を陸路で巡幸し、津軽海峡を渡って函館へ達し、そのまま船旅で、7月には横浜に還幸したのであった。


帝は舶来のワイングラスを指先でくるくると回して催促した。鉄舟は木製の柄杓でその器にどぶろくを注ぎ込む。

「うまいな。どこの造り酒屋だ。」

誰も答えられずにいると、「荏原えばらこおり碑文谷ひもんや村でございます」と、さきほどからはじに控えていた農夫が答える。

「おまえが造り酒屋か。」男は黙って頷く。「遠慮せず、近くへ来い。」帝が手招きすると男はじりじりと膝行しっこうして御前へ進む。

「濃厚な米の味がする。今年の新米であろうな?」

「もちろんその通りでございます。」

「どこで採れた米だ?」

百姓はにっこり笑って答えた。「陛下。おらの田んぼでれました。豊島としまこおり、板橋村でございます。天祖様のお恵みで今年も豊年満作でございました。」

「そうか。武蔵野の、隅田川のたまものだな。」帝はグラスをたかだかと掲げる。「おみらよ、これが新嘗にいなめの祭りだ。」


敬直の顔からさっと音が聞こえたかのように血の気が引いた。その振る舞いが、天皇として、余りにも破天荒だったからだ。

群臣も杯を掲げて「おお、」と呼応する。

帝は片方の手でグラスを口に運び、もう片方の手でとがらせた竹串を持ち、漬け物を刺し貫いて、ワインと交互に味わい始めた。みながそのさまを、さも珍しいものを見る目つきでながめた。

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