5. 兎狩り

実は富小路敬直と比志島義輝には以前すでに確執かくしつがあったのである。


義輝が近衛隊長として赤坂御所に赴任してすぐのことであった。敬直が近衛兵の番所までやってきて、聖上のご下命であるから、兵を半分貸せと言う。はて、いかなるご用件でありますかというと、御所で兎狩りをするのだという。

兎狩り?薩摩で兎狩りと言えば武士の子弟を鍛錬するために行われる。義輝も西郷隆盛も、かつては犬を駆って野山で兎狩りをしたのであった。はて、帝が自ら兵を率いて軍事教練をなさるのだろうか。

そうではなかった。それは、京都の宮中で行われていた遊戯のようなものであった。御所の庭で兎を放す。兎らは藪の中に逃げ込むから、それを公家たちが背子せこになって追い立て、帝に手で生け捕りにさせるという遊びなのであった。


義輝は憤慨した。

「そんな馬鹿げたことに私の兵は貸せません。」

「お上のなさることを、馬鹿げたこととは聞き捨てならん。」敬直も声を荒げた。「これまでの近衛隊長は快く兵を貸してきたのだ。おまえの代になったからできぬとはどういう了見か。」

「私の兵は御所を守備するために割り当てられている者たちですので、お貸ししては宮闕きゅうけつ守衛の任をまっとうすることができません。一兵たりともお貸しすることは御免被ります。どうしても必要であるというのならば竹橋の近衛本部にご連絡ください。さすれば余剰の兵を派遣するか、あるいは非番の兵を臨時召集してもらえるでしょう。」


敬直はじりじりとじれ、「聖上はいますぐに兎狩りをなさるのだ。竹橋まで使者をつかわすなどそんな悠長なことができるか。おまえは職務を盾に勅に叛くのか、」居丈高にそう言いはなった。

「君命に逆らう気は毛頭ありません。ならば私が竹橋に確認しに参りますので、しばらくお待ちください。」

「もう良い。では、おまえの言ったとおりに聖上に申し上げる、」敬直は憮然としてそう言い捨て大奥に戻っていった。


勅命に背いたつもりはない。しかし奸官かんかん佞臣ねいしん讒言ざんげんされて罪に問われれば、良くて左遷。悪くて監獄送りであろうか。さすがに明治の御代になって切腹を申しつけられることはあるまいが。


それ以来何の音沙汰もなかったが、あるとき義輝のもとへ鉄舟がやってきて告げた。

「おまえのおかげで兎狩りはもうやらぬことになったよ。」

「なんですと。」

「実は俺もあの兎狩りとやらには迷惑していた。公家どもが、武士を家来のように使って日頃の鬱憤を晴らしておるのだ。藪などを突っついたり叩いたりして、騒がしくて困っていたが、おまえが兵を貸さぬという。そこで俺も聖上に、あのような酔狂はなさらぬのが道理ですと説いて、聖上ももっともなこととお考えになられたのだ。」

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