第215話 フランス軍といろはの「み」その1

道にただ 身をば捨てんと 思いとれ かならず天の 助けあるべし


現代語訳

人として正しいと思う道には、ただひたすら、一身を投げ出す気持ちで真剣に取りかかることです。

そうすれば、たとえ最初は辛いことがあっても、必ずや天の助けがあるはずです。

間違いありません。


第一次世界大戦のフランスでのお話です。

「エラン・ヴィタール」という概念が当時のフランス陸軍の精神的支柱となっていました。


難しい話なので私なりに解釈すると、人間は全力で戦えば超人的な力を手に入れ戦いで必ず勝てる、そんな感じです。


より正確な表現は下記に記しますが、おフランスの哲学的思考なので私には詳しいことはわかりません。(笑)

「生物を飛躍的に進化せしめる単純不可分な内的衝動」と解釈される。


さてこの思想ですが、第一次大戦前のフランス陸軍の知的指導者たちは、このエラン・ヴィタールの概念を兵士が突撃するときの高揚と結び付け、突撃や攻撃と言った戦闘行為を哲学的に合理化したそうです。


実はこの戦法についてとある批判があります。

まずそれを紹介してから、さらに説明を加えたいと思います。

この戦法はかつて日本人が日露戦争時の乃木希典指揮下での旅順攻略戦と同じく、ただひたすら考えもなく突撃をし、多くの死者をだした、そのことが批判されます。※


確かに苛烈な戦法であり、多くの犠牲者が出ましたのでその批判はある面では正論といえるでしょう。

ただ、別の視点もあります。


戦略的に見た場合、もしここで被害を最小限にしていても、その後に敵が先手を取って要衝を奪われた場合さらに多くの犠牲が出る、なので無理やりにでも攻撃を継続したという見方です。


事実、当時のフランス軍は装備、戦術、兵の練度などで勝っていたドイツに対して優位となる点が少なかったのです。

一言でいえば「戦況不利」です。


しかも、戦術的後退に後退を重ねた結果、戦場のすぐ近くに首都のパリがある位置までドイツ軍はせまっていました。

もう引くに引けなくなったフランス軍が最後に頼ったのが「エラン・ヴィタール」による粘りでした。


しかし、この粘りが戦局の大逆転を起こします。

一つはドイツ軍が兵糧弾薬の不足や疫病によって攻勢限界に近づいていたこと、そしてもう一つがアメリカ軍の参戦です。


細かい戦術論はここでは論じませんが一つ分かっているのは、フランス軍のエラン・ヴィタールがあったために首の皮一枚で敗戦を免れたという「歴史的事実」です。

こうしてフランスは終始軍事的にドイツに押されていたにも関わらず、第一次大戦の

勝者となりました。


しかし、この勝利はフランスにとってとても苦い物でした。

この戦争は終始フランス国内で行われたため、国土は崩壊、いまだに弾薬が発見されるニュースがある位です。


軍人、民間の戦死者数は合わせて約170万人、国民全体当たりの死亡者の割合は約4%、この数字は太平洋戦争の日本の戦死者数約300万人、割合が約4%だったことも考えるととても重い数字だというのが分かります。


さらにとどめとして、当時スペイン風邪がフランスでも猛威を振るっていました。

具体的な数字は分かりませんが、死者数から推測すると戦争に匹敵するかそれ以上の人的、経済的損失になったと思われます。


さて、島津いろは歌の「み」とフランス軍の「エラン・ヴィタール」はある意味よく似ていました。

そしてフランスの歴史を見て、読者の皆様の中にはこれは失敗例だと思った方も多分いらっしゃるかと思います。


次の章では「エラン・ヴィタール」から事実上の方向転換をしたフランスがどのような歴史をたどったのかを調べたいと思います。

もしかしたら、このいろは歌は間違っていると結論づけるのは早いかもしれません。


※ 乃木希典の旅順での用兵に関しては、与えられた状況下で最善を尽くしたという見方もあり、とりわけヨーロッパでは要塞や塹壕攻略の手本としてこの戦いを研究した事例もあることを追記しておきます。






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