28話 糸口を掴む

 御用聞きの留蔵は、今年四十になったばかりだ。しかし、会う人ごとに、とうに五十は過ぎているだろうと言われてしまう。

 本人にとっては、甚だ不本意ではあったものの、これがお上の御用に役立った。

 いかつい鬼瓦のような留蔵を、手強い男と恐れる奴も、可愛い男と見る女も、十手をチラつかせる前に親分になら、と話してくれる。


 八丁堀の旦那は、南町の堤清吾である。年だけみれば十も変わらないが、清吾の父にはおのれの父が、清吾にはおのれがついてと、親子二代で鑑札を預かっていた。

「おまいさんの道楽だろ?」

 連れ合いのお鯉の言い分である。お鯉は、深川下元町で小さな居酒屋を営んでいる、留蔵よりひと回り下の恋女房だ。

 稼ぐのはお鯉。使うのは留蔵。

「人様のためさあ」

 不思議と、その一言で納得できる夫婦であった。


 その留蔵は、いま道具屋をしらみ潰しに当たっていた。

 道具屋、と一言でいっても様々ある。通りに店を大きく構え、名のある書画骨董を扱う店もあれば、雑多な古道具を買い集め、露天で二束三文で売る道具屋もある。


 追っているのは、盗まれた猿の掛軸。いわくある画らしいので、まず、信頼できる大店に当たり、同業仲間の市で見たり聞いたりしたら知らせるよう頼んでおいた。

 今のところ、そんな掛軸の話は聞いたことはない、と言う。

「妙だな」

 盗まれたならば、金子に変える。なるべく高い値をつけるには、競り市に出せばいい。盗品を締め出すための市ではあるが、じゃの道はへび。噂は早い。

(としたら──)

 盗人はとにかく手放したくて、そこいらの古道具屋に売っちまったのだろうか。

 そこで、手下を二、三人使って、虱潰しの探索となった。


 目立たないようにと言い含めても、それだけ動けば噂になる。

「親分さん、うちには猿の道具なんてありませんぜ」

 汐留橋に近い木挽町で入った表店の道具屋は、おのれの店をぐるりと示してそう言った。

「猿の道具だと?」

「同業から、深川の留蔵親分が、猿のついた古道具を探しているって聞きましたんでね。うちならさしずめ茶碗か土瓶か、割れた茶釜あたりでしょうが、さすがそんなものありゃしません。心当たりを当たってみるんで、本当に、猿ならなんでもいいんですかい?」

 留蔵は違うとも言えずに、「まあな」とだけ答えた。

「この辺りに、ほかに道具屋はあるか?」

「その先、六丁目の角に一軒。って、親父がいつも鼻提灯で寝てる店なんで、すぐにわかりまさあ」

「ありがとよ」

 留蔵は、店先にある小さな猫の木彫りをひとつ取ると、

「これ、貰うぞ」

 値を聞かずに銭を置いた。お鯉は無類の猫好きだ。


 懐へしまいながら通りを北へ、賑やかな芝居町を前に教えられた路地を曲がった。

 は、すぐにわかった。店先に山ほど古道具を積んでいる。それがまったく区分けもされずに、まるっと積まれているのである。欠けた塗椀の横に、得体の知れない人形。竹細工の籠や笊。それが塗りの細工物の箪笥の中にぞんざいに押し込まれ、引き出しには巻物や掛軸、櫛笄がはみだして、真贋わからぬ珊瑚玉が覗いていた。店先など、何があるかわからないほどの乱雑ぶりである。


「商売する気はあるのかよ」

 留蔵はため息とともに呟くと、

「ごめんよ」

 積まれた道具に触れぬよう、薄暗い奥へと入り声をかけた。


 二畳ほどの小上がりで、鬢の薄くなった店主が、気持ちよさそうに舟を漕いでいる。

「おい、まるや」

 触るのもためらわれて、留蔵は十手の先で店主をつついた。


 まるやの親父は、ふいと目を開けると、ぼんやり留蔵を見上げた。

「いらっしゃい。なにをお探ししまし……」

 言いながら、鼻先の十手に驚いて押し黙る。


「俺ァ、深川の留蔵というもんだ。ちっと聞きてえことがあるんだがな」

 留蔵は、手短に探し物の特徴を伝えた。

「猿、猿、ねえ」

 まるやの店主は、小上がりから降りると、狭い積み上がった店内のあちこちを引っ掻き回した。

 最後に、店先に積んだ蓋のない幾つかの葛籠つづらをひっくり返して、首を傾げる。


「どうした」

「少し前に、確かに猿の画があったんですがね。上下は千切れていて軸や紐もないんで、二束三文で待って行けと、ここに入れておいたはずなんですが」

「どんな画だ」

 店主はすぐに答えた。

「それが妙な猿で、頭は白、手足が嫌な赤色、こっちを睨んでへらへら笑っていやがる。気色悪いったら、ありゃしねえ」

「誰から買って、誰に売った」

 自然、勢い込んでいた。

「それが親分。うちはまるっと一括りで買い付けるもんで、細かくどれをどこでどう買ったのか」


 言ったものの、店主は留蔵の勢いに押されるように、小上がりに取って返すと大福帳をめくった。幾度か行ったり来たりめくり直してから、「もしかして」と呟く。


「もしかして、なんだ」

「うちから猿の画を買ったのは、たぶん」

「たぶん?」

「おゆた様かもしれねえ」

「おゆた様?」

「木挽町の狩野様のご一門のお嬢さまで、付いてきた女中がいうには、たいそう画が巧いとか。以前から、手本にする絵を買いに来なさるんですが、ちょいと普通じゃない図柄とか、色がいいとか、そんな感じでかき回しておいきになる」

 売った覚えはないが、以前、居眠りしているうちに金子を置いて持っていったことがあった。それを伝えて、おのれで頷く。

「確かに。あんな画が欲しいなんて、おゆた様以外あり得ませんや」


 留蔵はおゆたの住居を尋ね、この件について口外せぬよう口止めをする。

 まるやの店主は頷きながら、そういえば、と思い出したように付け加えた。

「最近、とんとお見かけしませんや。お訪ねになるなら、まるやがお待ちしているとお伝えください」





(続く)



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