11/29冬の足音「しもばしら」

 霜柱を踏んで歩きたい。

 それは冬の初めくらいしかできない行為だ。雪が降って土を隠してしまうくらいになると霜柱は踏めないから、これは期間限定なのだ。

 小学校までの道のりは空き地も多くて、でもその分既に誰かに踏まれていたりした。それでも十分音はするけれど、やはり最初に踏んだときの音が一番いい。ザクザクという感触は、チョコクランチと少しだけ似ている。私は毎朝誰よりも早く登校して、霜柱を堪能した。

 でも、もう昔の話だ。

 都会の大学に進み、そのまま就職して、土の道なんてほとんどないところに住んでいる。そうでなくても、さすがにパンプスで霜柱を踏んで歩くわけにもいかない。もう大人なんだから、と自分でも思う。

 でも、街路樹の下の土に霜柱が見えて、踏みたくてうずうずしてしまう。大人なのに、小学生の頃から何も変わっていないのだ。

 誘惑を振り払いながら歩いていると、背後からザクッという音が聞こえた。霜柱を踏む音。私は思わず振り返る。

「あ」

 そこには職場の先輩である柊さんが立っていた。柊さんは街路樹の下、土の部分に立っている。私が柊さんの足元を見た途端、柊さんの顔が赤く染まった。

「あ、あのね、霜柱があったからつい……!」

「いや、気持ちはわかりますよ」

 私だってそうしたかったのだから。柊さんのように、実行に移せなかっただけだ。

「子どもっぽいって、わかってるんだけど……」

「霜柱は仕方ないですよ。プチプチを潰しちゃうのと同じです」

 そうフォローすると、柊さんの顔が丸々明るくなった。わかりやすい人だ。本当に子どもみたいでかわいい。

「こんなところで立ち止まってたら遅刻しますよ、柊さん」

「あ、うん、そうだよね! 急がなきゃ!」

 そう言った柊さんのパンプスの下で、霜柱がザクザクと音を立てていた。

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