第288話 非日常が続く世界にて


 「北の国の侵攻の理由かぁ。んー……過去の栄光にしがみついてるのかな。でも実質独裁に近いとはいっても形だけは民主国家な訳だしなぁ。簡単に戦争を始めようとするかなぁ……でも実際してるんだよなぁ」


 北の国は昔、連邦国家だった。今では独立が進み、当然その時ほどの国土はなく海、特に不凍港に面した領土も減っている。現在を不遇と嘆き、その時代に回帰しようとしていたとして、当時南に位置する大陸の国は連邦に加わってはいなかった。ではなぜそんな場所へ侵攻するのか。


 「かの国ではある程度情報統制がされていますので、国営放送が主な情報源となっている世代でもなければ新たな領土に関してそれほど固執しないでしょう」

 「国営放送か。そういえばいくつもあるんだっけ」

 「はい。政府機関は主にプロパガンダに利用していますが、中にはガス抜きの役割を持つ、つまり多少忌憚のない内容を扱う局もあります。一方で、若年層の情報源はそれだけではありません」


 若い世代はインターネットを利用することで、偏った情報を鵜呑みにしている割合が他の世代よりも低いってことか。とはいえ自分の国の事となると、都合の悪い、外聞の悪いまたは不名誉な情報を事実と認めるのは簡単でない場合もあるかもしれない。特に独裁状態の国家元首にとっては。


 「じゃあ逆にインターネットで情報を知ることが当たり前の世代にとって、ダンジョン化したせいで国家を維持できていない大陸の国は宝の山? 肉の山?」

 「日本のマグナ・ダンジョンの存在が公になっている事によって、ダンジョン資源といえるものに価値を見出した可能性はありますが……今回の件について、少なくとも民意とはかけ離れているかと」

 「国家上層部とか大統領の独断って可能性が高いか」

 「はい。食糧の確保の他、再度ダンジョン侵攻への足掛かりとするつもりかもしれません」


 エアリスは、北の国上層部が利用価値のあるダンジョン化した土地を、混乱に乗じて掻っ攫おうとした事が発端と考えている。国内が富むより軍事を優先してきた国ということもあり、ダンジョンが現れてからはその利用を最優先にしていたようだしな。それでも20層では魔王事件以来活動している数は少なく、食糧確保のためにプライベートダンジョンに軍の多くを割いているようだった。今回の侵攻は国民にとっても急だったようだし、事実寡兵していない。


 「第二次大戦終戦が決定し、抵抗を辞めた日本を裏切り土足で踏み込み占拠、そのまま勝ち馬に乗った歴史もありますからね」

 「なるほどな。お国柄とも言えるのか。日本はそれで北方領土やられてるもんな」

 「アイヌ民族解放を謳っていたという話もありますが、実際はGHQ……連合国軍最高司令官総司令部による采配を嫌い、独自に北海道全土とそれに付随する不凍港の獲得を目論んだのでしょう」


 近年においてもグルジアと呼ばれていた国が国名をジョージアに変えていて、北の国との溝が深まった結果だったようにも思う。数年おきに問題を起こしている実績から、新たな領土獲得を目論んでいたとしてもおかしくない。さもありなんって感じだ。


 「実益が出てしまえば徐々に国民の支持を集めてしまうおそれがあります」


 大陸の国、まだそこに住んでいる人がいるとはいえ、ダンジョン化による混乱で国家を維持できておらず、その影響で人を喰らう闇の住人、ダークストーカーと成り果てた人々もかなりの数だ。それがダンジョン化した地域から出てくる事は今のところないようだが、想定される数は日本人口の数倍にも及び、運良く逃れた国民はより安全なダンジョン内に逃げ込んだり他国に逃げるということも少なくない。つまり見捨てられたといえなくもない土地だ。周辺諸国すら藪蛇になるリスクを憂慮し基本的に不可侵としている。世界屈指の核保有国である北の国は武力に自信があるだろうから、他の国々が手を出さないうちに獲ってしまおう、となってもおかしくはないだろうな。


 「しかし今回の件、ご主人様が関わるのはあまり……」

 「エアリスにしては珍しいな。俺の背中を蹴飛ばしてでもそういう厄介事に飛び込ませるもんだと思ってた」

 「常に監視してさえおけば対処は可能ですが万が一ということもありますし、ワタシにとってご主人様の安全が最優先ですので。それにダンジョン化しているとはいえ、地上で核兵器を持ち出されてはグループエゴも手……というか触手をのばせないでしょう」

 「あの黒い粘体なー。でもさすがに核兵器なんて使わないだろ……使わないよな?」

 「残念ながら現在世界で最も使いやすい場所になっているかと。そのような場所に“ペルソナ”が現れれば暗殺の証拠隠滅と示威行為を両立させるかもしれません」

 「魔王の件でペルソナと魔王にはロケット弾が効かないって思ってるだろうし、殺る気ならもっと強い武器使うかもな。それにダークストーカーの情報は迷宮統括委員会ギルドを通して世界中が知ってるだろうし、その大群がーとか言って撃つ可能性もあるか」


 確かにエアリスの言う通り、現在大陸のダンジョン化した区域には実質主権がない。残っている住民もいるとはいえ、それらを守るための国家が成り立っていないのと同義だ。加えて周辺国家もその地域を割譲させようと動くかも知れず、つまり戦争区域となる可能性も否定できないわけだ。誰の土地でもなくダークストーカーのような強力なモンスターが跋扈しているとなれば、核兵器使用のハードルは低いと言えるだろう。


 一方日本やアメリカ、その他の多くの国にとって今回の侵攻は看過できない。とはいえおおっぴらに対抗するというのは問題があるだろうな。理由のひとつとして北の国のミサイルがこちらに向くかもしれないし。そこで俺、というか世界的に有名になってしまったペルソナを使って止めたいってところだろうな。もしかするといろんな国からの圧力もあるかもしれん。でもエアリス的には、のこのこと出張ってきたペルソナを始末する絶好のチャンスとも捉えられかねないから、今回は関わらない方が良いという事だろう。


 「今回は魔王の一件の時とは違うし、総理たちには悪いけど俺が出ていった方がややこしくなりそう。だからできるだけ何もしない事にしてダンジョンの新層調査を優先したいかな」

 「一般の探検者の中にはご主人様がまだ行ったことのない場所への転送陣を発見し、すでに探索をしている者もいます」

 「見たことないモンスターもいるんだよな? って事は弱点とか戦い方の動画、いけるかな」

 「そうですね。ギルドへの報告ではなかなか苦戦しているようですし」


 Mytubeでの広告収入ゲットのチャンスだ。つまり一応の仕事である。ここ数日の分を取り返しておきたい。


 ダンジョン発生の際に起きた災害関連で地球人口は減った。残った人類全員とは言わないが、少なくとも世界の経済において比較的大きな比率を持つ国々にとって、それまでとあまり変わらない社会構造のまま維持できているのは奇跡と言えるかもしれない。それでも世界の日常の中に非日常は確実に入り込み、個人差はあれど俺たちはそれを受け入れている。


 「こんな非日常になった世界とはいえ、普通の日常を過ごしたいもんだ」


 エアリスの『すでに過ごしているではないですか』とでも言いたげな視線は無視し、これからどうなっていくんだろうなという思いに耽るのであった。

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