第286話 訣別


 以前俺は夢を見た。

 荒涼とした中に並び立つビル。そこへ空から真っ直ぐに落ちてくる塊、そして閃光。北の国が保有している、一度はダンジョンに持ち込まれた人類最強兵器を思えば現実味を帯びてくる。

 とはいえだ。あの夢は『向こう』の夢だったはずで……それにそんな事が現実に起こり得るのだろうか。


 「侵攻……」


 電話越しに冴島さんから告げられた事に理解が及ばず、掌に載せていたスマホを床に置き、香織とは反対側にお座りしているチビに抱きつく。モンスターだけどほぼ毎日風呂に入ってるだけあってフローラルなわがままボディ……あれ? こんなにわがままだっただろうか? チビ、お前もしかして太った?


 「わ、わふ?」

 「はぁ〜、少しくらいどうってことないよな〜」


 どこからか「もしも〜し」と聴こえる気がするが気のせいだろう。

 相変わらずというかますます大きくなったチビは二本足で立ち上がれば頭の位置が俺より高い。大きくなったもんだ。つまりそれが何を意味するかというと、抱き心地は最高だ。


 「ご主人様、現実逃避は程々に」

 「わーってるって」


 雑な返事をエアリスにし、冴島さんにもう一度聞いてみる。


 「で、何の話でしたっけ?」

 『北の国が侵攻を開始しました』

 「侵攻……」


 どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。しかし二度聞いてなお、わけがわからない。

 北の国といえばクララやアレクセイがいる国だ。ログハウスのメンバーではないし最近パッタリと喫茶・ゆーとぴあにも来なくなっていたため暫く会ってはいないとはいえ、一応二人は知り合いだ。上層部に問題がある印象はあったが、核兵器やエアリスの脅し、そして魔王の一件で懲りているように勝手に思っていた。その国が侵攻? 一体どこに? 何のために? まさかダンジョンにだろうか。以前世界各地の国々が20層の覇権を得るために軍を動かしたが、それは魔王とそれを創り出した俺たちにより失敗している。そのリベンジ、なんて事だったりして。でも車両が入れるような入り口を持つプライベートダンジョンを監視しているエアリスならわかるはずだが……まさかまた意図的に隠してたり?


 「ダンジョンには来ていませんよ!?」


 ふむ……え? じゃあ地上での出来事って事? それって俺関係なくね?


 『御影さん、今、俺に関係なくね? などと思いましたか?』

 「はい。関係ないです。じゃあそういう事で……」

 『目的地が大陸の国、そのダンジョン化の中心地だとしてもですか?』

 「ふむ……関係ないですね。じゃあそういう事で」


 スマホの画面にある切断をタップ。ダンジョン化した地域とはいえ海外だし、俺には関係ない。そもそも俺は国境を越えて戦争反対を訴えるほどの意思も行動力も無ければダンジョンの主でもないしな。


 「よろしいのですか、ご主人様? 大陸の国中央といえば……」

 「だって地上の事だしなぁ。そもそも俺、一般人だし」

 「この期に及んでそれはいささか無理があるかと」

 「いやいや、どこからどう見ても一般人だろ……」

 「モンスターであるチビやおはぎを手懐け、大陸の国のダンジョン化進行を止め、魔王を創り出すという神にも劣らない偉業を成したというのに? さらにダンジョン内に居住し、その事を日本政府のお偉方が容認しているというのに?」

 「そ、それはエアリスがいたから出来た事だろ? それにそういう一般人がいてもいいじゃん」

 「世界中のどこを探しても、そのような人物はご主人様しかいませんので、『一般』という枠には括られないかと」

 「ぐぬぬ」


 エアリスの言うことはわかる。実際ペルソナとしての活動は各国の要人と関わる事がほとんどだしな。

 でもペルソナとしてであっても海外に出るつもりはないしそれはまずい気がする。だから関係ないと結論付けスマホの電源を切ろうとした時、またも着信が。今度は見たことがない番号からだ。


 「うーん? エアリス、これどこからかかってきてるんだ?」

 「この番号は官邸からですね」


 どうやら逃がしてくれるつもりはないらしい。


 「念のため戻っておきましょうか?」

 「そうしてくれ」


 出逢った頃の青とは違う、赤色の目をしたエアリスが赤い光となって白夢に吸い込まれて行くと、俺は通話ボタンに触れた。


 「すみません、無理です」

 「いきなりだね御影君。君の気持ちはわかるがとりあえず話だけでも」

 「聞くだけですよ?」


 話を聞きながら俺は別の事を考えていた。それというのも先の特級クリミナル、そして奇しくも俺の復讐相手と言えるグレーテルの事だ。

 本当に殺したんだろうか。

 手応えがないというか、まぁこんなこと自体が初めてな俺にとって、復讐を遂げるというのはもっと達成感のようなものがあってもおかしくないと思っていたからだ。それになぜだかグレーテルを殺した実感は薄い。やはり呆気なかったからというのもあるかもしれない。だが確かに目の前で動かなくなったし再生もしていなかったのだから死んだはず。遺体は俺が香織のもとへ駆けつける一瞬の間にエアリスによって消滅させられていた。理由として、人類には過ぎたオモチャになるからと言っていたが、実際そうだろう。見る人が見ればそんなおもしろそうなサンプル、いじり倒さないわけがないからな。エアリスの判断は正しいと思うし感情的にもその方が良い。

 ふとその場面を見ていれば今とは違った心境だっただろうか、と考える。さらにそもそも悠里と知り合わずにいたら、グレーテルに殺された彼女が生きていれば、今とどう違っていたんだろう。そんなどうしようもないことまで考えてしまう。


 『御影君、聞いているかね?』

 「あ、すみません」

 『いやいや。冴島君は頑として言わなかったけどね、こちらで少し調べさせてもらったよ。想像通りならばだが……結果的に君には酷いことを強いてしまった』

 「いえ……」


 考えている事を見透かされたような気分だが、年の功というやつだろうか。


 冴島さんは約束を守ってくれたらしい。まぁ【神言】で命令したんだし当然か。さすがに総理は気になったらしく、この数日俺の過去について詳しく調べたようだが、逆に気を使わせてしまっているみたいだ。まさか積年の恨みはあっても正体が掴めなかった相手が現れるなんて実際思ってもみなかった。

 それにしてもそれを問題にされない事に安堵すると同時、総理は俺に対して良くし過ぎているようにも感じてしまう。ペルソナ誕生にも関わっているし、いまだ利用価値があって、且つ香織の祖父という立場からくる贔屓目もあると思うが、申し訳なさは拭えないな。

 エアリスが俺の中に戻ってからというもの、あの時の怒りだけでは片付けられない感情の奔流が収まったとはいえ……やっぱり名状し難いモヤモヤが残る。


 『それでは日取りが決まったらまた連絡させるから、休養を取っておいてくれ』

 「はい、では」


 会って話そうという提案についつい頷いてしまった俺が通話を終えると、香織が心配そうに覗き込んでいた。

 俺は香織に昔の事を話していない。なのに、そんな心配そうな顔を向けられる資格があるだろうか。

 おそらく今の俺は心配されるような表情をしているのだろう。でもそれは目の前の大事な人ではなく、過去についてだ。でもやっぱり簡単に割り切れるものでもなく……


 ーー ウジウジとしていますね ーー


 そう、ウジウジとしていていいのだろうか……ってエアリス、俺は真面目に悩んでいるんだが?


 ーー ヒトとは、過去に思いを馳せる事ができます。省みる事もできます。しかしあくまでその歩は、今を踏みしめ未来にしか向かえないのですよ ーー


 どうした急に。頭にご飯でも詰まってんのか? 食べすぎると太るぞ。


 ーー 太りません! そもそも真面目に、と言ったのはご主人様ではありませんか ーー


 そうでした。


 ーー それにご主人様。近頃腑抜けが過ぎるご様子……今は傷心という事で甘やかされていますが、このまま穀潰し街道をひた走るおつもりなら香織様に捨てられるのでは? ーー


 え? 香織はそんなはず……ないよな?

ないと言ってくれ、エアリスぅぅ……!


 ーー では役目を果たさなければなりません。差し当たって…… ーー


 差し当たって……?


 ーー さあご主人様、香織様が心配そうにこちらを見ています。どうされますか? ーー


 ……話すよ。全部。


 ーー それがよろしいかと ーー


 集中すると時間が引き延ばされたみたいになるのにも慣れたもんだ。これのおかげで実質一瞬で考えが纏まったりするし便利だな。


 ーー いえ、今回はいつもとは少し違っていましたよ ーー


 いつもと変わらないような気がしたけど。


 ーー 追々わかるでしょう。それよりも今は香織様を ーー


 そうだな。ちゃんと話さないとな。


 「香織ちゃん、聞いてください」

 「悠人さんもしかして……」

 「うん、実は——」

 「ニューシングルですか!?」

 「……いいえ、違います」


 ーー こんな時に斜め上の冗談とは……香織様らしくありませんね。何かを感じ取っているのでしょうか ーー


 慣れないパターンの冗談を言ってしまうほど気を遣わせてしまってるのか。その香織に俺はいつも支えられているんだな。


 「話しておきたい事があるんだ」

 「……大事な事、ですか?」

 「うん」


 この後ちゃんと話をした。

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