第285話 気乗りしない電話


 「香織ちゃん。俺、頑張るから!」

 「え!? 急にどうしたんです?」

 「この非日常になった世界でも、香織ちゃんに日常を過ごしてもらえるように!」

 「え? 今でも充分過ぎるほど日常の方が多いですけど……」

 「ご主人様は香織様の気遣いに感情の箍が緩んだのでしょう」

 「お、俺はずっと香織ちゃんと……い、いや、なんでもない」


 いきなり何を口走っているんだろうな。まだ早い。そう、勢いのままにさえ言えないならまだ早いんだ。たぶん。


 ともかく香織はぷりぷりと怒っていたが、冴島さんにはあんな態度を取られていたとはいえ、わざわざ傷に塩を塗り込まれてほしいとは思わない。能力使用の代償でもあった事はエアリスが調べて判明してるしな。まぁその調べ方については聞いていないけど。

 ふと、代償があるのは身に余るという事なんだろうかと考える。じゃあ代償が薄れてきているように感じる俺は……まぁ考えても仕方ないか。


 「と、とにかくみんな無事でよかったよかった!」

 「はい、そうですね。しかしご主人様、思い切りましたね」


 エアリスがグレーテルを殺した事について触れる。それに関して香織は知っているし、咎められる事がないどころか無事を安心されたくらいだ。それに見ていた冴島さんが「御影さんを犯罪者などにはさせませんよ」と言っていた通り、日本で活動していた特級クリミナルの一人を殺した事についてお咎め無しだった。当然ニュースで報じられることもない。

 そもそも今回俺たちが参加した治安維持作戦は極々一部の人間のみが知るところだったからというのもある。確かに今思えば、総理大臣が迷宮統括委員会という一組織の統括室で事を進めていたというのにはそういった背景があったからだと理解できた。


 スマホが鳴り、仕事で出ている誰かからかと思いチラリと画面に目を落とす。そこに表示された名前は再びデモハイに意識を向け直すに充分なものだった。


 「ご主人様、着信アリ、です。発信元は冴——」

 「うへぇ……」


 しかしまぁ、俺がペルソナだと知った冴島さんが急に好意的な態度を取るようになって困惑している。というかそもそも、それ以前のあの態度は能力発動のトリガーでもあったらしい。その能力というのは、相手の力量を見るというもの。冴島さん自身はエッセンスというものを知らないが、俺やエアリスが見ることのできるそれを、能力使用によってオーラのようになんとなく見えるんだとか。つまり俺は測られていたわけだ。でもそれだけというわけでもなく、以前香織と冴島さんは許嫁の関係だった。数回しか会ったことはなかったらしいが、冴島さんを疑っていた俺とは違い香織は冴島さんが理由もなくあんな態度を取る人ではないと知っていたんだな。元から乗り気ではなかった香織はダンジョンが出来たことを理由に話を強引に白紙に戻した。俺と出逢う直前だったらしいが、冴島さんにしてみれば香織を取られたように見えてしまってもおかしくないだろうな。

 しばらく経ち最近になって事情を知った冴島さんだったが、その後も俺と香織はもっと早く出逢っていたのでは、なんて疑念が晴れず勝手に根に持っていたようだ。つまり当てつけというか、ちょっとした復讐もあったのかもな。その冴島さんからの着信……嫌だなぁ。


 「悠人さん、スマホ鳴ってますよ?」

 「あ、はい」


 エアリスからの報せは無視できても香織からなら話は変わってくる。それすら無視してしまうようなら香織を幸せになんてできない。

 とはいえ冴島さんからの着信か。気乗りしない。でも仕方ない。みんなは喫茶・ゆーとぴあを手伝いつつ狩りをしてミスリルを手に入れ小出しに市場に流しているし、おまけに迷宮統括委員会や自治体、果てはダンジョン探検業を生業とする企業から講習会の依頼を受けて各地を飛び回っている状態だ。それに比べて俺はというと、ペルソナに対しての国からの依頼や動画投稿サイトMYTUBEに各モンスター攻略法等をアップしているが、頻度はそれほど多くない。つまり一番働いていない。


 『御影さんお世話になっております』

 「あ、はい。こちらこそ」

 『お出になるまで時間がかかりましたが、ダンジョン内は電波が弱いのでしょうか? 電波の強化は必要ですか? 必要であるならばこちらで手を回しますが』

 「あ、いや、ちょっと手が離せなくてですね……」


 未だに片方の手で握っているコントローラーにエアリスが目をやる。それを声に出さなかったから良しとしよう。


 どこかよそよそしい挨拶で通話が始まった。


 『先日は試すような真似をして申し訳ありませんでした』

 「え、いやいや、実際どこかの馬の骨ですから。それに香織……いや、なんでもないですけど」

 『……もしかして聞いてしまいましたか?』

 「え? な、なんのことですかね……」


 全力で知らんふりしたつもりだけど、どうやら察しているらしく。むしろ聞いて欲しいと思っていそうな雰囲気だ。


 『私と香織さんの事です』

 「いやぁ、まぁ……はい」

 『そうですか、聞いてしまいましたか』

 

 そう言ってわざとらしく嘆息した冴島さんだったが、俺の申し訳なさが若干膨らんだタイミングで突然笑いだす。情緒不安定だろうか?


 『くく……いやすみません。確かに以前は少し思うところがありましたが……』


 今はもうそんな気持ちはないし、無理に結婚したとしても上手くいかないのではと思っていた時だったのもあったと少し残念そうに言い、しかし声音は暗くはなかった。もしかするとそういう事を話したい気持ちはあって、でも誰にも本心を言えなかったのかもな。だって決めたのは総理と冴島さんの親だろうし。最後に「能力の発動条件ではありましたが、ちょっとした意趣返しもありました」と言った。今思ってみても結構ノリノリで突っかかってきてたもんな。まぁ、なんかすんませんとしか言えない。


 『それで、用件ですが……』


 続けて電話を掛けてきた理由を話そうとすると声音が途端に真剣なものとなる。本当に嫌な予感しかない。


 『北の国が侵攻を開始しました』

 「は?」

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