第273話 ラミア、初めてのおつかい


 ——アウトポス層 森林


 「な、なによぉこの嵐ぃぃ……ッ!? アイツら連れてくればこんな嵐くらいぃぃ! でも今更そんなこと言ってももう遅いいぃぃ! 見栄を張った手前戻れないいい!!」


 支配領域から単身飛び出したラミア。泉のほとりにある石碑を通りアウトポス層へと出てきたは良いが、突然の暴風に晒されていた。


 「確かぁ! ここに御影悠人が住んでるのよねええええ!? 木でできた家があるって話だけどぉぉ、こんな嵐で壊れたりしないのおおお!?」


 ウサギのモンスターは木の根が剥き出しになり穴蔵のようになった場所に頭を突っ込み耐え忍ぶ。狼や豹のようなモンスターもそれは同様で、ただただ嵐が過ぎ去るのを待っているようだった。

 そんな嵐の中、自問するかのようなラミアの独り言は自然と声量が大きくなる。そこには自らを鼓舞する意味合いもあるのだろう。悲鳴に近いその声は、強い風が自らにぶつかることで発生する音がそれだけ大きいという事を意味していた。


 やっとの思いで暴風域を抜けた頃、ラミアの目に映ったのは一軒の立派なログハウスだった。振り返れば風の流れが目に見えるようだ。

 「やっとついた」とこぼした彼女の姿は、自らの支配領域を出る前とはまるで違っていた。はっきり言ってみすぼらしい。

 纏っていた薄衣は乱れ、所々破けながら体に巻きついてしまっている。配下によってかされたばかりの髪は見るも無惨、ボサボサな上に木の葉が中から外へ突き出ている始末。下半身が蛇であり普段であればその滑らかで妖艶なフォルムに目を奪われない者など、彼女の支配領域にはいないだろう。しかし今の彼女を見れば思わず目を逸らしてしまうかもしれない。本人すら忘れている艶やかさを思い出すには、すぐにでも清浄な水で洗い流す必要があるだろう。呼吸は荒く、顔に悲壮さを滲ませていることが物語っている通り、嵐神による【暴風領域】は彼女にとってそれほどの大冒険だった。


 「ここは嵐の外なのね。それで……どうすれば良いんだろう。扉を叩けば出てくるかしら。あっ、その前に身嗜み整えなきゃね」


 破れている部分は毛量の多い髪で隠し、ログハウスの玄関ドアを叩く。返事はなくまた叩こうとした時、ドアの横にある小さなボタンを視界の隅に捉えた。ラミアはなぜだか、それを押さなければならない、押したくて仕方のない気持ちになっていた。


 「こ、この突起……どうしてかしら、押してみたいわ……。押してダメならこんな所にあるはずないわよね……い、いくわよぉ……っ」


 ピンポ〜ン


 その音が中から聴こえ、ビクリを身を震わせたラミアは途端に走り出したくなる。しかしそれよりももっとこの突起を押したいと思った彼女は、連打した。


 ピンポンピンポ〜ン

 ピピピピピンポ〜ン


 段々と楽しくなり、しばらくの間繰り返す。いつしかビートを刻んでおり、支配領域に戻ったらこのリズムを広めようなどと思っていた。しかしこれだけ騒いでもドアは開かず返事もない。当然だ、今ログハウスには誰もいないのだから。


 「う〜ん、困ったわねぇ。まっ、そのうち帰ってくるでしょ。ここで待たせてもらおっと」


 玄関の横にある横長の椅子に腰を下ろし、住人の帰りを待つことにしたラミア。森に発生している暴風域を眺めながら、ここまでの大冒険を振り返っていた。


 「距離で言えばすぐそこのはずよね。でもあんな嵐の中を進んで抜けてきたなんて……私、結構やるじゃない。でももうボロボロで泥だらけよ」


 いつの間にかウトウトとしてしまう。しかしそれも無理からぬ事。彼女は今の見た目こそ小汚い浮浪者だが、ひとつの階層を治める女王、つまり肉体労働は配下に任せているのだ。


 「我ながら頑張ったわぁ」


 彼女は心地よい感覚に抗うのをやめ、身を委ねることにした。


 ………

 ……

 …


 「ねー。ねーってば」

 「ん……あと三分……」

 「……起きなよラミア」


 不意に息苦しくなったラミアは飛び起きる。目の前には宝石のような碧瞳があり、二つのそれが覗き込んでいた。


 「え、だれ?」

 「誰って……わかんないかなー?」


 その物言いにラミアは冷や汗を垂らす。思い違いであれば良い。だが彼女の直感がそれを否定していた。


 「あのぉ〜、つかぬことをお聞きしますが、“大いなる意志”に心当たりがあったり……?」

 「あるもなにも、ボクがその大いなる意志さ。“元”だけどね!」

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