第257話 退院と昔話
お高い人間ドックプラン。しかし内容は聞き齧って知っているものと変わらない。違いといえば滞在するのは宿泊機能を備えた完全個室、それどころかスイートルームの装いを呈したまさにラグジュアリー空間だ。ベッドはクイーンサイズで適度な反発がある。当然食事は高級ホテル級で、ビジネスホテルを置き去りにするどころではない。もうこれスイートルームだ。
特に異常は発見されず健康という診断結果だったが、院長は首を傾げていた。
「染色体に違和感がありました。あっ、異常というほどではないので安心してください」
最新の機械がすごいのか、院長の慧眼か。ただの変な人ではなかったようだ。それに結果を説明してくれている時の院長は至って真面目であり、学者のようにも感じた。それが終わるとなぜかアリサの話、というか近況を聞いてくる。
「アリサはしっかりやっているのでしょうか?」
「そう思いますけど……そういえばここで働いていたとかなんとか」
「そうなんです。娘はそれなりに優秀な医師ですが、どうにも飽きっぽいようで……」
「ふむふむ……娘?」
「話していなかったんですね。実は私たちの娘でして」
アリサは看護師をしていたと思い込んでいたが、医師で探検者で、そして院長の御息女だった。
「ところで娘はクラン・ログハウスではないのですか?」
「いろいろありまして、ログハウス傘下ということになってます。でも俺たちとしては対等で大事な仲間です」
院長と看護師長、つまりアリサの両親はそれを聞いて胸を撫で下ろしていた。
「凶暴な動物がいるんですよね? そんな場所で娘は大丈夫かと心配で……」
「出来る限りのサポートはしています。それでも危険に変わりはありませんが」
「そうですか。早く結婚でもして家庭に収まってくれた方が安心なんですがね……」
「御影さんから言っていただけたりは……いえ、それはいけませんわね」
まぁ誰の親もそう思っているのかもな。特に20層から別の場所への転送陣が発見され探索範囲が広がりつつある現在、ダンジョンのせいで大きな怪我をする人の数は以前とは比べ物にならない事は言うまでもなく、医師であればその治療する側にまわった方が良いだろうことは理解できる。ご両親としては本人の意思でもあるし尊重したい気持ちもあるんだろう。俺としてはアリサに対し辞めさせる理由がないし、その辺はなんとも言えないな。家族の問題だ。
それはそうと医師か。ダンジョン内に医療施設、なんだか現実味を帯びてきたような。とはいえアリサはそれに飽きて探検者という危険と隣り合わせの道を選んだんだよな。まぁでも一応話くらいはしてみても良いよな。
「また来てくださいね御影さん。妻共々お待ちしております。あっ、引き続き解析を進めてもいいんですよね?」
「はい、外部に出さないのであれば」
「わかりました! 違和感の正体、解明して見せますよぉ!」
「はは……」
そんなわけでセレブになったと錯覚してしまうような人間ドックを終え、探検者業再開だ。依頼を中断してしまっていたヘンゼルにメッセージを送ったが今は忙しいのか返信はなかった。
「今夜、迷宮統括委員会にて非公式会談があります。メンバーは前回同様でしょう」
「じゃあ一度ログハウスに戻ってから行こうか」
「はい。香織様も待っていますからね」
………
……
…
「「「退院おめでとう!」」」
ログハウス玄関前に【転移】し中に入ると賑やかに迎えられる。なんだか昨年のクリスマスを思い出すなぁ。そういえばクリスマスプレゼントのよくわからないカタログ、結局まだそのままだ。
「悠人さんおかえりなさい」
「ただいま香織ちゃん」
「香織さんだけっすか〜? あたしたちもいるんすけど〜?」
「みんなも、ただいま。ってかただの人間ドックだったんだけど」
「細かい事はいいんすよ!」
快気祝いという事でクラン・ログハウス、クラン・鎌鼬の面々が全員集合していてみんな楽しそうだ。もしかするとただ騒ぎたいだけなのかもしれないけど、まぁ悪くないな。
玖内はいないが、大方地上で見廻りをしているかケモミミ団と行動を共にしているんだろう。だってあそこには玖内が好意を寄せる綾乃さんがいるからな。
「悠人、ちょっといいかい?」
「どうしたカイト?」
「できれば場所を移して話したい」
「じゃあ部屋で話すか」
ログハウスにある俺の部屋は、中に入ってドアを閉じてしまえば誰にも聴かれる心配はない。聴かれたくない話をするにはもってこいだ。
「で、どうした?」
「なかなか二人で話す機会がなかったからさ」
「そういやそうだな。引っ越してからの話とか聞かせてくれよ」
「何から話そうか」
カイトの引越し先は大震災で津波に襲われた地域のほど近く。通っていた高校から高台に避難し街が飲み込まれる様を見ていることしかできなかったと語った。レイナ……カイトの妹は内陸側の学校に通っていて難を逃れた。
「アキトって覚えてるかい?」
「懐かしいな。中学は一緒だったけど高校は県外に行くって言ってたな。全然連絡とってないけど元気してっかなー」
小学校では三人同じクラスだった。当時を懐かしむような表情のカイトに今どうしてるか知っているかを聞く。若干目を丸くしたかと思えば表情に影の差したカイト。嫌な予感がした。
「アキトは……行方不明なんだ」
「まさか……震災か?」
小さく頷きを返すカイト。それからの高校生活は被災地を回りアキトを探していたらしい。
「アキトはさ、親友だったんだ。お互い知らない土地の知らない学校だったから。だからずっと探してて、でも見つからなくて」
大学に進学する頃、カイトの心には壁が出来ていたようだ。演劇部に入ったのはどうしてかわからないと言っているが、違う自分を演じることで救われたかったんじゃないだろうか。カイトに見え隠れしているのは『自分だけ生き残ってしまった』という罪悪感のように思う。
その後、就職してからの休日は被災地の復興作業、剣術道場通いの毎日だったと語る。何かしていないとどうにかなってしまいそうだったのかもな。
妹のレイナが以前住んでいた地域、俺の地元に戻ってきたのはこの頃だったようだ。夜の店で俺と再会していたが、当時の俺たちはお互いに気付いてなかった。その間もカイトは、妹大好きな自分を忘れるほどに追い詰められていたのかもしれない。
「どうして……」
「そこまでアキトを探していたかって?」
「まぁ……薄情かもしれないけどカイトが自分を犠牲にしすぎな気がしてな」
「それは……悠人に助けてもらったからだよ」
それを聞いてピンときた。小学生時代のイジメ問題か。確かに俺はイジメられていたカイトと遊んでいたけど。それからしばらくしてイジメがなくなった理由を、俺がいたからだと思っているらしい。隠していたつもりだが、ある事をきっかけにイジメていた相手は近寄らなくなっていた。
「悠人が顔を腫らしてた時は驚いたなぁ」
「あぁ、何かに躓いて顔から倒れたんだっけな」
「ははっ、あの時もそんな事言ってたよね。でも悠人、嘘下手だよね」
「そうでもないぞ。俺だって成長してんだ」
「そう思ってるのは本人だけだったりね。でもそんな悠人だから、あの時裏切らずにいてくれたんだろうね。強い方につくこともできたのに」
「だって気に入らないだろ、ちょっと体がでかいだけで威張り散らしてくるやつとか」
「悠人みたいに強くなりたかったんだ」
「じゃあその目標は達成したんじゃないか?」
「いや、まだまだだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます