第246話 準備?


 「おはようユート」

 「おはよぉ……う〜ん? 昨日はいつの間に眠っちゃったのかしら」


 ヘンゼルはエアリスに、グレーテルは俺に【神言】で眠らされた事に気付いていないようだ。疲れていたんだろうと返された二人は首を傾げていた。


 「今日も調べ物をするのか?」

 「んー、今日はダンジョンに行くのはどうだい? せっかく最高の護衛がいるんだからさ」

 「賛成よヘンゼル! ユートとエアリスがいるならどこでだってイケそうよ!」


 グレーテルはヘンゼルほど日本語が得意じゃないんだろうか。それとも……


 「グレーテル、どこへだって、の間違いじゃないか?」

 「あら! そうね、そうだったわね!」

 「すまないねユート。グレーテルはちょっと日本語が下手な時があってさ」

 「日本語って難しいらしいからな」


 どこでだってイケちゃう変わったご趣味を持っているわけではなかったようでなぜか安心した。それはそうとダンジョンか。


 『この近くには次の現場と予想されるダンジョンがあります。以前陸自ダンジョン部隊が任務に失敗した場所です』


 通話のイヤーカフでわざわざ伝えてくるということはそこに行けってことか?


 「この近くに僕らがよく行くダンジョンがあるのさ!」


 なるほど。ヘンゼルはそこで冴島さんが俺たちを、というかペルソナを疑うような事を言っていたのを聞いたのか。次の犯行場所と予想されてるなら、四日後の予行演習の意味でも行ってみるのはアリだな。


 「わかった。それじゃあすぐに行くか?」

 「準備に少しかかるから一時間後に現地集合でどうかな? 君たちも準備があるだろう?」


 ぶっちゃけ必要なものは保存袋に入れてあるし、普段着に見えてダンジョン仕様だ。だが俺より早くエアリスがそれに答えた。


 「では一度準備に向かうとしましょう」


 エアリスに準備なんているのかわからないが、一度ログハウスに戻るか。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「はぁあ! 迷い込んできたヒトに尻尾かじられるなんてこともあったけど……ようやくここまで来たわ! よぉし、今なら大いなる意志に連絡を取るお許しをいただけるのではないかしら!」

 「ラミア様は魅了の極意【テンプテーション】により再誕の層を支配下に収め、我らをヒトとして再構築してくれたのだった……」

 「なーにナレーションしてんのよ! それにヒトじゃないわ! あんたらはヒトモドキよ! ホントのヒトってすごいんだからね! ナメてると御影悠人にぶっ殺されちゃうんだからね!」

 「ラミア様は結果を出すまでと自らに課していた戒めを解き、大いなる意志と意思疎通の儀を執り行うつもりだ。それに応えていただけた時、我らはこの地より解き放たれるであろう……!」

 「まだやるのね……もういいわ、勝手になさいな」


 ラミア様は祭壇へと頭を垂れ、祈る。


 「いのり〜……いの〜り〜」


 組まれた手は汗ばみ、それは我らにとって至高の香りを放っていた。


 「ちょっと煩いんだけど!? はあ……気を取り直して……」


 斯くして祈りは届くのか。大いなる意志は応えてくれるのか。ラミア様の奮闘はこれからも続いていく……!


 「なに勝手に打ち切りにしてくれてんの、よ……え? 繋がった……!?」


 ラミア様は驚愕した。まさかこんなにあっさり繋がるなんて、とでも言いたげだ。しかしそれは一転して困惑へと変わっていく。


 「これ、大いなる意志じゃないなにか……うぅっ!」

 「ラ、ラミア様!?」

 「な、なによこれ……御影悠人の……記憶? まさかこんな……こんなことって」


 ナニカと繋がったラミア様は御影悠人というヒトの記憶を見ているようだ。その顔に浮かぶ絶望の色は次第に色を濃くしていき、心配する我ら七原人(しちげんじん)はあたふたとする他ない。


 「あたふた」

 「あったふった」

 「あたふたー」

 「……相手にしてくださらない」

 「御影悠人というのは何者だろう?」

 「そのヒトを殺せばラミア様の顔色は優れるだろうか」

 「そういう問題でもあるまい」

 「ではなんとする」

 「……ナレーション通りあたふたしておくしかあるまい」


 やはり我らはあたふたとする他ないのだ。ラミア様のお力になれぬ非才の身である事が心苦しくて堪らない。


 「御影悠人……あなた一体何者なの?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「悠人さーん!」

 「!? 来い、エアリス……えっ、香織ちゃん!?」


 ヘンゼルたちの部屋から出てログハウスの自室に直接【転移】した俺に香織が抱きついてきた。俺がいない間は星銀の指輪を持っていれば誰でも入れるからいても不思議ではないんだが、タイミングと場所がわかっていたかのような正確なジャンピング抱っこ……まさかミライの能力を模倣して予知したのか? ともあれ何事かと咄嗟にエアリスを喚んだのは無駄だったな。


 「エアリス、これって模倣か?」

 「いいえ、そうではありません。実は……」


 地上から直接【転移】するのはエアリスの助けがなければできないため白夢に戻ってもらっていた。そのエアリスによると俺が付けている通話のイヤーカフには細工がしてあったようだ。


 「……つまり香織ちゃんはずっと聴いていた、と?」

 「はい。イヤーカフを使ってワタシに向けたご主人様の心の声は香織様に筒抜けでした」


 再び呼び出したエアリスによると心配する香織に頼まれ細工したようだ。教えてくれてもいいのに、エアリスは事も無げに「その方がおもしろそうだったので」と言ってのけた。


 「んふふっ」

 「嬉しそうだね?」

 「嬉しかったですよ〜。『香織ちゃんほど気になる女性ひとはいない』って。もう一度直接聞かせてくれませんか?」


 目の前にいたら恥ずかしくて言えない、っていうか改めて直接言えって結構な拷問なのでは?


 「えっとその……」


 言い訳を考えてみたけど思いつかない。香織は期待に満ちた目でこちらを見ているし……こうなりゃヤケだ!


 「か、香織ちゃんがぁ、気になるからな!」

 「もっと自然に!」

 「香織ちゃんが気になるからなっ」

 「抱きしめて優しく囁くように!」

 「香織ちゃんが……いるからね」

 「きゃー!」


 ものすごく恥ずかしいというかなんというか。リクエストには極力お応えしたい、でも冷静に考えると……何を言わされてるんだろう。


 「ワタシは何を見せられているのでしょう? しかしご主人様、折角ですからワタシにも何か言ってください」

 「あー、いつもありがとさん?」

 「どーしてご主人様は恥ずかしいからと言っておちゃらけてしまうのです? いつもそうなのです! ワタシの事、何だと思っているのですか!?」

 「決まってんだろ。相棒だ」


 確かに照れくさいから誤魔化した。珍しく声を荒げたエアリスに驚いたのもあるが、咄嗟に出たのが“相棒”だった。ちなみに香織はまだ腕の中でキャーキャーしている。そんなに嬉しいものだろうか……いや、逆に俺がそれっぽい事を言われたらそりゃ嬉しいだろう。キャーって言っちゃいそう。


 「……て、照れくさいというのはこういう事でしょうか。穴があったら入りたい……」

 「白夢にでも入っとけよ……」


 これまで照れている様子のエアリスは何度も見たと思うけど、今回はなんだかガチっぽい。それはともかくとしてあまりゆっくりしている時間はないはずだ。


 「それでエアリス、準備ってのは何か必要なものでもあるのか?」

 「あっ、いいえ、特にありません」


 うーん? エアリスはどういう意図をもって一旦ログハウスに戻るように仕向けたんだ? これから向かうダンジョンはまだ行った事のないプライベートダンジョンだから、準備に時間がかかるようなら多少無理矢理な方法で位置を特定して【転移】か【ゲート】で行く必要があると思っていた。何も用がなかったのならホテルから歩いて行っても良かったと思うが。


 「もしかして場所の特定が難しいのか? それなら歩いて行ってもいいけど」

 「特定は既に済ませておりますが、歩くのも良いですね」

 「香織も付いて行って良いですか?」

 「俺は良いけど」

 「問題ないでしょう」


 エアリスは衣装を変え、タンクトップにデニムのボトムス、その上にロングカーディガンを羽織る。確か悠里のログハウスDEお仕事コーデだった気がする。香織はそのままの格好、つまり普段着だ。

 という事で三人で御影ダンジョン1層へ。実家であれば実は家の中にエッセンスが漂っていてダンジョン化に近い状態になっているため【転移】も容易い。そんな状態なのに余裕があるのは、なぜかそれ以上の濃度になっていないとエアリスが言っていたからだ。それとエッセンスを吸い込む擬似ダンジョン腕輪と全方位対応の防衛システムを完備している。もしもモンスターが出ても即座に殲滅され、出来なくとも隔離、最悪の場合両親はログハウスに強制的に移動させられる。まぁ防衛システムは小夜の事だけどな。苦手としている索敵に関しては小夜に持たせている擬似ダンジョン腕輪に機能を追加した事でカバーしている。そもそもエッセンス濃度の上昇は小夜が原因でもあるし両親にも一応腕輪を取得してもらったから虫くらいなら平気だろう。


 「久しぶりですね、ここ」

 「……以前からおかしいと思っていたのです。1層にモンスターがいない事を」


 懐かしむ香織とは違い何かを悟ったエアリス。一方俺はヘンゼルたちとの約束の時間に遅れるだろうと予期していた。

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