第238話 過去に寄り添う2


 「ここは、ダンジョンはどこにあるんだろう」

 「その答えによっては……20層が完全になる事が何を齎すのか、不明です」

 「地上のダンジョン化か……もしかしてダンジョンは地球に対して侵食同化しようとしてるのか?」

 「ダンジョンはそもそも別の星、または別の世界“だった”のでは……そう考えているのですね」

 「まともな星ならこんな風にできていくとは思えないからな。積み重ねもなく何かの結果が突然現れる環境って変だろ。元から在った場所やものを再現しているような……意図的というか作為的というか」

 「ダンジョンを繋げたのはフェリシア……」

 「でも繋げただけだ。一応ある程度形は作ったって言ってたけど、もっと前からあったと思うって言ってたし」


 エアリスは思案顔をこちらに向ける。ダンジョンとは何かという疑問は、フェリシアがアグノスとして生み出される以前にダンジョンを造ることのできる環境を創った存在に帰結するんだろう。それがフェリシアの親と言えるクロノスなのかというと……違う気がしている。

 俺はあの時、フェリシアの部屋でクロノスを喚び出した際に声を聴いている。その声は自分を閉じ込めた相手への憎悪、でも求めてもいた。おそらくそれが、今俺の右手の甲に現出している黒夢で眠るオメガの声だ。俺にわかるのはオメガは閉じ込められたということだけだ。それをいつ誰がやったのかは……候補はいるが確信には至らないし探すあてもない。なにせ夢の中だからな。知っているはずのクロノス、正確には俺の左手甲から生えている丸い宝石のような見た目をした白夢と同化しているクロノスの分身体は介護が必要なレベルだ。それこそ期待はできないだろう。


 ふとガイアとミライをほったらかしていた事に気付き顔を上げると二人に覗き込まれていた。


 「悠人兄ちゃんって難しい事考えてんだなー」

 「悠人お兄ちゃんはガイアと違って大人なんだから当然でしょ?」

 「そうだけどさー。それでアグノスってなに?」


 思考に夢中だったみたいだ。『俺の口、滑ってたか?』そう顔に書いてみると、エアリスの顔には『ワックスを塗りたてのスノーボード程度には』と書いてあった。なるほど、トゥルットゥルに滑ってたか。俺もやっと顔に書いてある文字が読めるようになったかもしれない。

 それはそうとエアリスとの会話内容自体あまり知られない方がいいように思うが、ガイアに限らず興味を持ったら調べようとするかもしれない。そこからどこかに漏れるかもしれない事を思うと、疑問には答えた方がいいかもな。


 「アグノスってのは俺たちと違って姿は見えないけど、でも意思がある存在なんだ」

 「へー。なんだか幽霊みたいだな!」

 「あー、まぁ似たようなもんかもな」

 「じゃあもしかして乗り移ったりできるの?」

 「……できるんじゃないかな」

 「そういえばさ、悠人兄ちゃんの刀って時々喋るよね」

 『吾輩の話であるか?』


 「そうそう」とガイアは当然のようにベータと話し出す。ベータは気まぐれに目を覚ましては話し出すようになっていたからログハウスのメンバーには周知だ。


 「もしかしてさー、フェリってアグノス?」

 『そうである。アグノスとしてはアルファが正しいのである』


 俺はそこまで話すつもりはなかったんだけどな。ベータにそういうのを求めるのが間違いか。一方のガイアはベータの話す内容に驚きはしたが普通に受け入れていた。


 「フェリって普通じゃないと思ってたんだよなー。ミライよりかわいいしさ」


 ミライは初め少しムッとしていたが、ガイア自身が気付いていない真意に気が付き怒っていいのか喜んでいいのかわからないといった様子だ。ちなみにガイアが“フェリ”と呼び捨てにするのは見た目がどう考えても同年代だからだろう。成人している見た目にしたと自身ありげだったフェリシア本人が諦めている様子だったし問題なし。

 それよりもガイアには言っておかなければな。


 「ガイアはもうちょっと女の子の気持ちを考えればいいと思うぞ」

 「マスターに言われたくはないかと」

 「悠人しゃんも考えるべきなの」

 「そーだそーだー。悠人兄ちゃんは香織姉以外とも遊ぶべきだー」

 「悠人お兄ちゃんはみんなに優しいよ? で、でも時々わかってないみたいだから……教えてあげよっか……?」


 俺がフルボッコ。なんでだ? 俺は結構みんなの安全を考えてると思うし身を守れるように装備だって用意してる。それに住むところ、ログハウスだって快適に過ごせるようにしようと頑張ってるつもりなんだけどなぁ……解せん。でもまだまだって事なのかな。目の届かない場所で親しい人がいなくなるなんて、“あんな事”はもう二度とごめんだから、油断しすぎないようにしなきゃな。


 思い悩んだような顔にでもなっていただろうか。エアリスがこれまでにない複雑な表情で俺の腕にそっと手を添えた。エアリスは俺の記憶をひとつの要素として生まれた存在だから、俺の全てを知っていると言えるかもしれない。


 「そいえばさ悠人兄ちゃん」

 「なんだ?」

 「オレに話して良かったの?」

 「アグノスとかフェリの事か。まぁ良くはないかもだけど、知らないところで変に首突っ込んだりしないようにな」

 「ってことはさ、秘密の話だったってことだよね」

 「まぁそうだな」

 「ふ〜ん。そっかー、秘密かー」

 「……?」

 「へへっ。オレもちゃんとログハウスの一員になったかなって思ってさ!」

 「わ、私も!」

 「心配しなくても二人ともクラン・ログハウスのメンバーだよ」


 ガイアとミライは嬉しそうに、それに誇らしげにしている。俺はあまり興味がなくてわからないが、エアリスの調べでもそれらしい節があったらしいし、クラン・ログハウスって案外憧れを持たれてたりするのかもな。

 それはそうと、ここに来てから視線を感じている。嫌な感じはなくちょっと気になる程度だけど、これに関してエアリスは何も感じていないようだ。ふと手の甲に付いている黒夢を見やると、少しだけ渦が動いた気がした。


 「……? 気のせいか」

 「どうかしましたか?」

 「いや、なんでもない」


 ともかく小夜、ガイア、ミライの三人は雪遊びに満足したようだし、記念写真を撮って本日の研修を修了とする!

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