第206話 大変ですぞ

 せっかくペルソナが仕事を斡旋したのに何の前触れもなく無断欠勤で音信不通。そりゃペルソナさんだって怒る。菲菲はこの期に及んでペルソナにお願いするのは敷居が高いと思っていて、だからペルソナじゃなく俺に言ってきた、と。まぁそんなとこだろう? 新たに俺からの斡旋ならまだ脈はあるかもしれないからな。でも菲菲は知らない事だけどペルソナは俺だし、事情も大体把握しているからそれを理由に働かせないって言ってるわけじゃない。


 「お金のことは心配しなくていいからまずは風呂、ごはん食べたら歯磨いて次はベッドな。わかるだろ?」

 「なっ!? 御影悠人ぉ……わかるってお前まさか……」

 「ごはんが先の方がいいか? でもなぁ、風呂はいつでも入れるようにしてあるけどごはんは作らなきゃだからな。山里さんもいそがしいだろうから……」

 「お風呂……ごはんを食べて……それでその後は私を食べるつもりかっ!? ま、まさかごはんの前にお風呂でっ!?」


 何言ってんだこいつ。しかも嫌そうな顔されたし。もしかして睡眠や三度の飯より警備バイトが好きなのか?


 「悠人ちゃん、言い方が良くないんだと思うよ?」

 「言い方……?」

 「だからね……ごにょごにょ」


 フェリシアに言われ思い返してみると確かに誤解を生む言い方になっていたかも。とはいえもしそうなら菲菲にとっても俺を殺すチャンスになったはずだ。だから誤解したとしても素直に頷きそうなもの……いや、菲菲にとって俺は暗殺対象ではあるけど今は彼女のお母さんを探すために利用できると思っているはず。だから利用価値があるうちは敢えて隙を与えるような事を要求しても拒否する、ということになるな。しかもわかりやすく嫌そうな顔付きで。

 うーん。なんだか告白もしていないしするつもりもないのに突然フラれたような気分なんだが。でもこれは悪くないんじゃないか? 例えばログハウスのみんなが俺を性的に揶揄ってくるような事がある。それに倣って菲菲に言えば、その時俺を殺すつもりかどうかがわかりそうだ。なら定期的にそういうことを言ってみるのも悪くは……いやいや、やっぱ悪いだろ。ハラスメント事案にされかねないからダメだ。誤解も解いておかないと社会的に死ぬ。


 「そういう意味じゃなくてだな……疲れてるみたいだからしっかり休んでもらおうと思ってさ」

 「そんな優しくされたって……ッ!? え? 明日も捜索を手伝ってくれるのかっ!?」

 「そこまでは言ってないけど」


 とりあえず菲菲は見つかったし明日は仙郷ダンジョン内で発見した逆さの塔『ハフク・バベル』を調べたいなと思っているんだが……まぁエアリスも何故かスマホになってるし、後回しにした方が良いかもな。人探しならエアリスの助けがなくても大丈夫だろうし、それに地上を探すついでに小夜の“いろんなデザインの服を探す“目的にも沿うだろうしなぁ。

 ため息ひとつ、明日の予定を伝えることにした。


 「まぁ……明日は地上を探してみようか」

 「御影悠人……アリガトウ……それで見返りは何を……や、やっぱり体がいいのか……?」


 ってかすぐ体でお支払い〜とかそっちに考えが行き過ぎじゃないか? いやまぁ厳密に言えば宿泊費をバイトでっていうのも体で支払ってるようなもんだけど。でもちゃんと対価を支払おうとするのは好印象だ。


 「じゃあ……これからもみんなと仲良くしてやってくれ」

 「そんな当たり前の事でいいのか? なにか裏が……」


 お金に換算出来ないものは信用し難いかもしれない。でも他意はないんだよな。


 「正直、大金貰うより良いかな」

 「お金よりもいいのか……」


 とは言ったが大金を貰えたらそりゃあ嬉しいけどな。自称神々の酒代もあるし、このままペルソナのお仕事がないままではクラン・ログハウスの経営状況だって厳しくなるだろうからな。でも菲菲にそれは期待できないどころか無一文、かといって対価を要求しないってのも菲菲は納得しなそうだ。ならそれなりのものを要求すれば良いんだろうけど残念ながら今の菲菲には『精神的なもの』くらいしか差し出せるものはないだろう。それにみんなにとってもその方が良いんじゃないかな。


 「話はまとまったの。それじゃあ帰るのよ」

 「頼む、小夜」

 「任せるの。お揃いのコート、忘れないでね」

 「あぁ、もちろん」


 小夜がゲートを開き俺たちはそこを通って見慣れた建物、喫茶・ゆーとぴあ横にある普段誰も近寄らないように壁で囲った俺たち専用の転移場所へ。そこで解散した。


 「にゃにゃことあそんでくるにゃー」

 「わふっ」

 「おにいにゃんもいくー? 仕方にゃいにゃぁ。まとめて遊んでやるにゃー」


 帰って早々山里さんと遊ぶ宣言をするおはぎは疲れていないんだろうか。チビも一緒に行くっぽいけど、一緒に遊ぶってよりおはぎの保護者的な意味合いが強そうだ。


 転移場所から直通の広く作られたスタッフルームに入ると完全武装をしたクラン・マグナカフェの隊員たちに迎えられた。そのうちの一人、オタクを自称する隊員が焦った様子でこちらへと駆け寄って来る。


 「御影氏〜! 大変ですぞー!」

 「どうしたオタ氏! まさか今日はデモハイの新デーモン実装の日だったか!?」


 真顔になるオタク隊員。つられて俺も真顔になったのは言うまでもない。


 「いや、その……真面目に緊急なんで今はそういうのはご遠慮いただいて」

 「あ、はい、すんません。それで何かありました?」

 「ログハウスの皆さんが行方不明で音信不通なんですよ……ッ!」

 「……は?」


 真っ白になった頭を無理矢理働かせ隊員たちから大体の事情を聞く。それによるとどうやら玖内が手引きした男たちによってみんなが誘拐されたと聞かされた。

 今すぐ飛び出して探しに行きたい気持ちをなんとか抑え考える。


 疑問があった。

 本当なら大変だけど……みんながそこらへんの探険者に誘拐されるなんて考えられないな。でも隊員たちに嘘を言っているような気配は感じられない。でももし薬物で抵抗できなくされていたら? そういった能力があったら? いくらみんなが普通より強く、香織に至っては能力無しなら俺より強いかもしれないとはいえ、搦手の存在を否定できない以上誘拐も否定できない。

 もうひとつ、玖内が手引した? 根は真面目な玖内にそんな事があるだろうか。隊員たちの言葉通りなら、これまでずっと機会を待ちながら欺き続けていたのか? でも最初からそのつもりならネット社会の現代、俺たちの情報はもっと公になっていてもおかしくないんじゃないか? それすら見越していた可能性もないとは言えないけど……そもそも玖内はエアリスに様を付けるほどのエアリス信者だ。

 オタク隊員は暇さえあればボイスドラマをBGMにネットサーフィンとゲームを同時にやるような、地頭は良いけど方向性が普通とは少し違うタイプだ。そんな彼もクラン・ログハウスについて出所が怪しい情報は見ていないと言う。ただ、とある掲示板やSNSでは嗅ぎ回っているような内容のものを見かけてはいたらしい。玖内はもしかすると、俺たちを良く思わない人たちに利用された? しかし目立ってはいないとはいえ間違いなく実力者と言える玖内をどうやって……


 パッカラパッカラと馬の蹄のような音、というか声が裏口の方から聴こえてくる。それが止み、喫茶・ゆーとぴあ内の一室、俺とオタク隊員がいるスタッフルームへと肩に付く程度に切り揃えられた髪を乱れさせた女性が飛び込んでくる。


 「悠人君!」

 「あ、さくら。ただいま」

 「あらあら、おかえり〜……って、やけに落ち着いてるわね? 話、聞いたんでしょう?」

 「聞いたよ」

 「それなら……どうして落ち着いていられるの!? 香織もなのよ!?」


 実のところものすごく焦る気持ちはある。でもだからこそ焦りを表に出す意味なんてない。


 インターネットクラウドを利用した演算能力の補填ができるようになったエアリスがイヤホンから話しかけてくる。スマホの熱は下がっていて、声質もよく知るエアリスのものに近くなっていた。でも未だ俺の能力を代行できるわけではなく……おしゃべりスキルがランクアップしただけのようだがそれでも心強い。


 『香織様は強い女性です。なにせワタシのライバルですからね』


 エアリスによるとインターネット上に玖内がそういった通信をした記録はないらしい。何かが削除された跡はあるらしいが、普段からハッキングを趣味にしているような玖内だ、復元できないようにされていた。


 『それに香織様の能力は成長しています』


 同じ手は二度と効かない、それが俺の知る香織だ。もし仮に薬や能力で動きを封じたとしても、抵抗しじきにその効力を失うだろう。そしてもうひとつの手掛かり。通話のイヤーカフは通じず、メイトブレスレットも相手のいる所へ転移する能力が使用できない。しかしみんなが無事であるとその光の色で主張していた。


 「慌てるより先にやる事がある」

 「そんな悠長な……ッ! 悠人君、その手……」


 依然心痛な面持ちのさくらから指摘され自分の右手を見る。少し伸びかけた爪のせいか無意識に強く握り込んでいた指の間から血が滴っていて、それを見たことで少し思考がクリアになった。

 にしてもステータスの影響があるとはいえ我ながらすごい握力だな……


 「そうよね……落ち着いていられるわけないわよね。でも悠人君には考えがあるのよね」


 いや、そんなものはない。でも今のエアリスに能力的なサポートは期待できないから、闇雲に探しても見つかるかどうかもわからない。


 「さくら、何があったか詳しく教えてほしい」


 視線を送り返してきたさくらの表情は少し柔らかくなり、もう大丈夫とばかりに微笑みに変わる。


 「大きい声を出してごめんなさいね。悠人君って時々男らしいわよね……特務の器、なのかしら?」

 「男らしいかはわかんないけど、特務はさくらもだろ?」

 「うふふっ。そうね、弱気になってはいられないわよね。“ダンジョンに関する事件”なんだから私たちがみんなを探してあげなくちゃ!」


 さくらが取り乱すなんて珍しいけど無理もない。ログハウスのお姉さん的存在のさくらにとってみんなは大事な家族で、友人で、妹たちだろうから。


 「ところで今更なんだけどさ、特務ってダンジョンに関する何でも屋みたいなものだったの?」

 「そうよ? 『ダンジョン特殊状況任務遂行部隊』が現在の正式名称ね。でも特殊任務部隊で通ってるわ。それじゃあ細かい説明するわね」


 隊員たちも知らない事を話すつもりだろうさくらは、オタク隊員に他の隊員たちと同じように周辺警戒をするよう命じた。入れ替わるようにフェリシアと小夜が部屋に入ってくる。フェリシアの手は少女の手を引いていた。


 「あの……さっき大きな声が聴こえたから……」


 フェリシアが手を引いていた少女、ミライと視線が交錯した瞬間、何かが溢れ出し人の形を取っていった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「厄介だ。その声、封じさせてもらう」

 「ッ!」


 声が出ない。さっきは悠里の【魔法】を封じて、今度は私。残ってるのは杏奈の【領域支配】とリナの能力。でも返り討ちに遭ったみんなはもうみんなボロボロ。悠里は武器の長杖を折られていてリナは杏奈が庇ったおかげで無事だけど、その杏奈はこの男に気絶させられてしまっている。この男の能力は何?


 悠人さんは言っていた。能力は理解できないから無条件に思えるものもあるけど、法則や原理のようなものがあるかもしれないって。今、確かに声が封じられた。でもそれは声に出す必要がある能力を封じられただけで、能力を『使える感覚』はある。おそらく封じるには条件があって、悠里みたいにエッセンスを魔法に変えて外へ向けるものは封じられてる。でも内に向けるものなら……大丈夫。物語の中に登場するような旅装に覆面の男……使っているのは刀と能力を封じる未知の能力。魔王の一件後、悠人さんと模擬戦を何度もしたから、間合いは大丈夫。


 変な感じがする前、悠人さんがそろそろ帰ってくると思って念のためにレイナとアリサにはマグナカフェにいるさくらの所へ向かってもらったけど、悠人さんが間に合わない方が良いかも。この状況を見たら、悠人さんは絶対に怒っちゃうから。

 玖内君は突然おかしくなった他の男たちから綾乃さんを守っているから動けなくて、こっちはこの男一人に追い詰められている。このままじゃ十人以上もいる男たちに……。以前ログハウスを襲撃された際、フェリにいやらしい目を向けた男に悠人さんはものすごく怒ったらしい。こんな有様を見た悠人さんがどうなってしまうかは想像に難くない。それは絶対に嫌。それに、そうさせちゃいけない。目の前の男は武術の心得があるみたいで強敵だけどアレなら……みんなを、悠人さんの居場所を守れる!


 だから香織が……

 私が……

 そうなる前に全員殺す。


 みんなの目があるけど仕方ないよね……借りるね、お婆ちゃん。


【降神・鬼神面阿修羅】

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