第198話 お昼です


 龍神の背に乗り空路を進む。しばらくすると次のダークストーカーが肉眼でも見えるところまでやってきた。なにやら天に向かって両手を伸ばしていて、こちらに見向きもしない。


 「あれって何してるんだ?」


 誰も何も言わないところを見るにみんなもわからないみたいだな。菲菲も同じみたいだし、村に代々伝わる由緒正しき作法とかそういうのでもなさそうだ。


 「菲菲、あの人も村の……?」

 「……隣のおじさん」


 知り合いばっかりだな……ってそれもそうか。ここにいるダークストーカーは恐らく全員が村人、菲菲に馴染みのある人たちだろう。

 【神眼】でダークストーカーを視ると、例に漏れず体のほとんどがもう人間じゃなくなっている。ところどころ破れた服の隙間から失った部分を補うかのような黒く禍々しい塊が覗いていて、先のダークストーカーと同じ状態だろう事がわかった。それはつまり小夜との相性は悪いわけで……今回も小夜の見せ場はないな。


 「ゆ、悠人しゃん、捨てないでほしいの……」

 「そんな心配するなって」


 小夜も自分との相性が悪い相手だと気付いたんだろう。だからって捨てるとかないのにな。ってか思うに、たぶん全部相性悪いんだろうな。力を抑えなければそのくらいなんとでもなるのかもしれないけど、今は菲菲がいるし。

 そういえばその菲菲、チビが【メギド】を使った際に元のサイズに戻っていたんだが、エテメン・アンキ攻城戦の際に見た狼だと気付いて最初こそ驚きはしたもののすぐに慣れたみたいだ。とはいっても多少といったところで、まだ撫で方が恐る恐るだけど。

 「ふぇいふぇい、大丈夫にゃー。おにぃにゃんはやさしいにゃー」子猫のおはぎはそう言うが、菲菲は日本語がわからない。肉球で顔をポンポンムニムニとされているおかげか、緊張は目に見えて解れているみたいだから、言葉はわからなくとも効果はあるんだろう。


 「チビ、もう一回頼めるか?」チビは小さくなっていた体を元の大きな狼に変える。つまり、やってくれるって事だろう。菲菲に見られる事に関しては一度見られちゃったしな。


 「じゃあもう少し近付いたらメ——」


 言い終わる前にチビが吠え、大気が共振する。ダークストーカーは天を仰いだまま【メギド】の光に飲まれ消えていった。


 うーん、距離的にチビの目でようやく捉えたあたりだと思うんだけど、こんな遠距離でもできるんだな。惜しむらくは跡形もなく消し去ってしまうせいでエッセンスすら残らないところか。俺としては残ってくれた方が良いんだけど……一応人間、いや、元人間に対しての扱いが我ながら酷いかもしれないと思ったが……あのエッセンス、禍々しいけどなぜだか“欲しい”と思っちゃうんだよな。


 こんな事を心の中で声に出すと、いつもならエアリスが『マスターはヒトの心をどこかに置いて来たのでは?』くらいは言ったりしてそおかげで自制が働くっていうか、そういうのがあるんだけどな。


 「悠人ちゃん、エアリスは?」菲菲を気にしてフェリシアは日本語で聞いてくる。さすがに静かすぎるから気になったのかもな。

 「ずっとだんまりなんだよ」フェリシアがそれ以上聞いてくる事はなく、しかし一瞬、フェリシアの碧瞳が濃くなったように見えた。こういう時は何か不思議なパワー的なものを使った時だから、必要な事ならそのうち教えてくれるだろう。



 龍神の背に乗り次の場所へ。その間、菲菲の母親が本当にこの仙郷ダンジョンへと入ったのかを考えていた。

 遭遇したダークストーカーは一年近くも前に菲菲と一緒にこのダンジョンへと入った村人たちだ。次に遭遇するのも【神眼】では同じように見えるし、最近そうなったであろう村人は発見できていない。


 このダンジョンは広い。もしかすると20層、草原以上に。だから広範囲を見通しても見つかっていないだけなのではないかと思い探し続けているんだが、痕跡すら見当たらない。エアリスなら俺にはわからない痕跡に気付くかもしれないけど……なぜか先ほどからまったく反応がない。

 以前エアリスが眠っていた事があって、例えるなら寝息は聴こえるような感覚だった。でもその時とはなんとなく違う気がするんだよな。そこにいると感じる、でも不自然なくらいにそのままでいる感じだ。感覚的なものだから気のせいかもしれないけど、言うなればパソコンがフリーズしたまま、と言えばいいだろうか。



 少し移動した後【神眼】の出力を上げる。左眼から青い焔が揺らめいているだろうけど、出来れば見られたくない菲菲は背後にいるので問題ない。今日は久しぶりに長く使いすぎたせいか若干頭痛を感じながら生存者を探すが、見当たらないな。エアリスのサポートが無いから有効範囲が狭まってはいるけど、そうでなくとも結果は変わらないかもな。


 「菲菲、やっぱりいないみたいだ。どうする?」


 エアリスが翻訳してくれないため、菲菲に“精神感応素材”によって意思を伝える事のできる通話のイヤーカフを貸しておく。俺が渡すよりも受け取りやすいだろうと思い、フェリシアを頼り耳に付けておくようにと促してもらった。その際、【真言】を使い音声のみに反応するようにし、貸す方にはオフにする機能を制限しておく。


 【不可逆の改竄】は強く意識すれば発動はできるが、イヤーカフの何を改竄すればそうなるかを毛ほども理解していない俺には不可能だ。よってイヤーカフをスマホに重ね、間に翻訳ソフトを挟むよう強くイメージした。それによって表層のみとはいえ心の内を伝えてしまう事に制限を掛けることが出来たようだ。



 「どうする、と言うと……?」

 「母親をまだ探すのかって事だ」


 ここにいないなら菲菲がこれ以上ついてくる意味もないし、俺としてはその方がありがたい。だってみんな正体を隠すというか、本気を出せずにいる状態だからだ。それに俺は命を狙われてる可能性大らしいしな。

 出くわすモンスターが強力な場合、いざとなったら本気を出すってのも有りだとは思うけど、その判断が遅れる可能性は下手をすれば命に関わる可能性とも言える。

 菲菲にとってもここから出て地上で母親を探した方がいいだろうしな。小夜のゲートなら地上への移動は簡単みたいだし、是非そちらをおすすめしたいところだ。

 そもそも本来の目的は菲菲が望むなら安全なところへ連れ出す事だ。地上で母親を探すと言うならダンジョン化した地上に放り出すのは忍びないが、それを望むなら自己責任って事で。


 顔を俯かせる菲菲に対しての『地上に戻るか?』という提案は声にする以前に遮られた。


 「でも付いていきたい! ……いや、あの、これはその……そ、そうだ、監視だ!」


 モジモジしているような、それまでにない態度……何か企んでるのか?


 ふむぅ。もしかして母親の話は嘘で、まだ暗殺の機会を窺っているってことだろうか。そのために付いて来ようとしていて、でも他に自然な理由が思い付かないから態度に出てる、と。

 それに菲菲の中では俺がみんなを操ったり脅したりしてる事になってるみたいだし、みんなとそれなりに仲の良いらしい菲菲としては目を離せないって事もあるかもな。

 でもな、その対象に『監視だ』なんて言っちゃうのはダメだろう。そういうのは相手に悟らせないようにしないとじゃないか? 俺が命を狙われてる立場なのに、逆に心配になってくるなぁ。


 「悠人ちゃん、“おだんご”の言った意味わかった?」


 おだんごというのは日本語で菲菲を指す時の呼び名だ。例え日本語でも『菲菲』という単語で自分の事だとバレるからな。


 「あぁ。あんまり良い意味ではないよな」

 「そうだ……ね? ま、まあしっかり見極めなきゃね!」

 「だな。背後には気を付けておいた方が良さそうだ」

 「……ホントに分かってる? 悠人ちゃん」

 「ん? わかってるぞ。本音を漏らしちゃうくらいのドジっ子って事がな」


 フェリシアと小夜から表情がなくなっているし、俺と同じように呆れてるのかもな。


 まぁ監視されるなんて居心地が悪いし拒否しても特に問題は……いや、逆か。まさかとは思うがこれは菲菲によるブラフみたいなものでは? 敢えて『監視』と明言することによって『後ろ暗い事が無いなら拒否しないよな?』って圧力をかけて来ているのでは?


 「連れて行ったら悠人ちゃんは困る事になっちゃうかもしれないよ?」

 「だよな。警戒はしとかないとな」

 「……ホントにホントにわかってる?」

 「あぁ、俺を仕留めたいって思ってるかもしれない事はな」


 なぜかフェリシアと小夜が大きなため息を吐いた。


 「仕留めたい、ね。……まっ、ちょっと違うけどその気配はあるかもね〜。やっぱり悠人ちゃんは悠人ちゃんだね〜」

 「なんだそれ。殺されるほどの恨みを買った覚えなんてないんだけどなぁ」

 「あはは〜」


 まったく、自分は狙われてないからってお気楽で羨ましいな。


 ここで拒否するのは敵愾心を煽る事になるかもしれないし、受け入れておいた方が良いか。ただし背後に気を配っておくのは忘れないようにしないとな。俺が油断していてもチビは守ってくれそうな気はするけど、警戒するに越した事はないだろう。

 そうと決まれば時間もちょうど良いし、まずやらなきゃならない事がある。龍神に降りる場所を伝え、ベルトに提げた保存袋の口を縛る紐を緩めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る