第172話 調停者


 とある戦場カメラマンの記録


 エテメン・アンキという岩の塔に程近いところから私、戦場カメラマンの宮本は信じられない光景を目にしている。

 魔王、四天王、そしてそれに対する巫女コスプレをしていたりどこかの名のある道場主のような老人や浴衣のようなものを着た巨漢の男、そして南国にいそうな色の鳥のような髪型でアロハシャツの男。

 それだけではない。日本の探検者で、近頃MyTubeで人気が高いケモノコスプレの四人組『ケモミミ団』の団長をしているはずの巨漢・剛田、すれ違えばつい振り返ってしまうであろうほど見目麗しく、以前は『雑貨屋連合』としてお茶の間の人気者であったが、今や日本で最も有名な『クラン・ログハウス』の女性たち。その他にも前者たちほど有名ではないがMyTubeにて動画を出している探検者たちもいる。さらに一般の探検者であろう二人組の女性やおそらく姉弟であろう三人組までもが自衛隊に混じってこの戦場にいるのだ。


 この地へ向かって周囲をぐるりと囲む海外の軍隊が徐々にその歩を進めてくる。

 時折撃ち込まれる近代兵器に対し、ダンジョンができたことによって得た異能力や向上した身体能力を使い彼らは対抗している。そう、対抗出来ている。信じられない光景だ。私も探検者活動をしているからわかるが、彼らは強過ぎないだろうか?


 今撮影しているこの映像はリアルタイムでMyTubeのサーバーへと送られている。当然それは生中継として放送される契約なため、今ダンジョンで何が起こっているかが映し出されていることだろう。

 他にも何人か自分と同じようにカメラを構えている人たちがいるが、彼らは各テレビ局と契約を結んできたのだろう。それは腕章によって知ることができる。

 一方私はというと、聞いて驚け……政府依頼なのだ。政・府・依・頼! なのだ! 大事なことなのだ。

 それの何がすごいのかと言えば、まずは待遇だ。ここに来るまでの間VIP待遇な上、今もこうして周囲を自衛官が囲んでいる。彼らは守ることに秀でた異能力を所有しているらしい。

 次に撮影中の映像は政府チャンネルによって放送される。そしてその映像の端っこではあるが、私の名前が載るのだ。こう言ってはなんだが、私はこれまでそれほど大きなスクープはない。というか無い。名前すら知られていないだろう。しかし政府チャンネルで放送される映像は間違いなく注目を集めるだろうし、それによって私の名前が知れ渡ることになるのだ。

 だがそれも、ここから生きて帰ることができれば、という条件付きだ。何せ攻撃してきているのは魔王たちだけではなく、時折海外の軍から撃ち込まれたであろうロケット弾や銃弾が私のいる近辺にも飛んできている。それを完璧ではないにせよ防いでくれている人たちがいなければいくら名前が知れ渡ったとしても無駄になる。死んでしまえばいくら有名になっても意味がない。


 そして今、上空にいる深い紫色と思われる豪奢なドレス姿の魔王がさらに上空へと飛び上がる。それを追うのは全身を黒い衣装で包み仮面で顔すらわからない男、ペルソナ。彼には翼があると人伝に聞いたことがあったが、それをこの目で見る日がくるとは思いもしなかった。

 それにしても魔王四天王という翼を持つあの四人とペルソナの翼は似ているように見えるが、それは遠目だからだろうか。ズームしてみるとペルソナの方が立派な翼だ。あれも異能力なのだろうか? そう考えるとワクワクせざるを得ない。

 そのペルソナが追い縋ろうとするがそれを振りきった魔王は急停止。軍用戦車や輸送車を破壊した黒い光が我々に向かって放たれた……と思えば、身を挺して我々を守るペルソナ。しかし防ぎきれなかった黒い光は遠くの地に落ちた。それから間もなくして轟音と激しい地震、立っていることが難しく軍人や周囲の自衛隊、探検者でさえ膝をついているものが多数いる。

 しかし私は戦場カメラマン宮本、ダンジョン経験者でありもうすぐ有名になる男だ。こんなところで膝をついてはいられない。


 それからどれくらい経ったか、体感では数時間にも思える長い間、魔王とペルソナにカメラを向け続けた。恐怖を覚えながらもカメラを構え依然揺れが続き不安定な地面に両足で立つのには苦労した。手元が安定しないためまともな映像とは言えないかもしれないが、気合でなんとかするしかない。

 そうやってなんとか捉えた映像には地面から吹き上がった黒い光に周囲を囲まれ、地揺れによって立つことすら難しい現状に恐怖する人々の姿。各国の軍がそれまで爆音がしても進み続けたのが嘘のように魔王から離れるために這いつくばりながら逃げていく姿も映っている。その最中、最後っ屁のようにこちらへ向けて発砲してきた海外の軍人がいたのだが、弾丸は突然空中で停止し地面に落ちた。視界の端に一瞬だけ首からペンダントを提げた年端もいかない少年の姿が見えたような気がするがこんなところにいるはずもない、気のせいだろう。


 少なくともダンジョンに持ち込まれた近代兵器など歯牙にもかけぬことを見せつけるような魔王の所業。そんなものを見てしまえば、その近代兵器に頼りきりだった軍人などは恐怖するだけの臆病者になってしまうのも仕方ない。

 斯く言う私も、そろそろ膀胱が限界を迎えてしまいそうだ。念のためオムツは履いているので漏らしてしまっても大丈夫なのだが、できる限りそれは最終手段として取っておきたい。

 それからまたしばらく経ち、魔王とペルソナの戦いも落ち着いてきたように思う。今度は私が我慢の限界と自尊心を戦わせる時だ。よってカメラは一旦置き、エテメン・アンキという場所の入り口、その裏手に自衛隊が設置していた仮設トイレへと向かうことにする。


 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 


 小さな揺れがおさまらない。これには魔王も少し動揺しているようで、『やりすぎてしまいましたかしら……オホホ』と言っている。おそらく地面を割った黒い光、【破局之暴君】のことを言っているのだろうが、果たしてそれの影響で揺れ続けているのだろうか。魔王はそれほどのことはしていないと言っていたしこれはまさか……


ーー ダンジョンの変遷による地揺れのようです。統合に加え環境もそれに合わせ変化しています ーー


 ってことは山が生えたりしているのはそれのせいか。

 前回の変化は正月に地上にある実家に帰った時だった。その時ミライという少女と出会い現在ではログハウスのメンバーとなっているのだがその話は割愛する。

 その時はダンジョン統合、そして今度は“変遷”とエアリスは言った。その違いはなんなのか。


ーー プライベートダンジョンの統合は起きていません。逆に新たなプライベートダンジョンの気配を感じます。さらに此処20層に新たな転送ゲートが出現しました。魔王の放った、先の攻撃に引き寄せられるように、未だに黒い光が吹き上がっている場所のちょうど内側に点在する反応をとらえています。おそらくエネルギー、エッセンスの濃い場所に引き寄せられた結果かと ーー


 新しい階層ができたということだろうか。


ーー 新たな階層ができたというより、元からあった場所との道が繋がったと思われます。もしかするとこれはこれで統合と呼べるかもしれません ーー


 元からあった、か。そこでふと思いついたことがある。もしかしたら超冴えてるかもしんない。

 もしかするとダンジョンは、もともとひとつの世界だったのではないか、と。

 フェリシアが『誰かに造られた』ようだと言っていたことが正解だとすると、世界を造るなんていうのは神様の領分ではないかと思う。それなら“神様が創った”と言うのではないか。

 だが敢えて“誰か”と言ったのであればそれは神様とは違う存在ということか、それともそれ自体が不明だからか、その辺はわからない。


ーー 存在していた世界、ですか。否定はできません。しかし手を加えられているというか、不自然さはあるように思います ーー


 ダンジョンの意志みたいなのが存在するなら、そいつが自分の器としてダンジョンを作った?


ーー それともダンジョンが自然に生まれ、そこに意志に近いものが発生したのか ーー


 卵が先か、鶏が先か。そんな話になってはキリがないためこの辺で切り上げるのがいいだろう。そんな場合でもないしな。


 ともかく魔王が放った黒い光【破局之暴君(ネロ・カタストロフ)】によって中央に向けて進軍していた者たちのほとんどは戦意を失っていたようだ。とは言ってもそもそもお互いに牽制し合っていたように見えたし、その牛歩のような進軍のおかげで時間を稼げ、結果直接的な人的被害が最小限で済んだと言える。


 俺と魔王は見た目だけ派手な戦闘をすでにやめており、二人で向かい合い話し合うようにみせている。それを半刻ほど続け、その話が纏ったということにした。



 その後戦闘終了を察し翅(はね)を引っ込めたフェリシアを呼ぶ。エテメン・アンキのところに来てもらうと、小型になったチビと小麦肌ギャルに戻ったクロを連れた彼女は少し不満気だった。


 「せっかく気合を入れたのに無駄だったよ。物足りないね、物足りないよね?」


 フェリシアはチビとクロに問いかけるが、チビは首を傾げクロは特に気にしていないようで賛同は得られなかったようだ。


 戦闘をしているフリをしながら決めた事、アドリブではあったそれをフェリシアや通話のイヤーカフで繋がっているみんなに改めて伝えた。そして総理にも電話をして伝えると『君に任せてもいいかな?』と逆に気を遣われてしまった。つまり、俺やログハウスに責任を押し付けるような形になってしまうことを気にしてくれたということかもしれない。むしろ勝手に決めてしまって申し訳ないのはこちらなのだが。


 ともかくフェリシアが“大いなる意志”としてダンジョン内へと俺たちの声を届ける。だがそれを聞いている人々は、目の前のこの少女から発信されているとは露ほども思わないだろう。

 ペルソナとしての俺と魔王が並び、政府が雇った戦場カメラマンの宮本さんがこちらにレンズを向けている。それを確認すると魔王は強者を演じる。魔王がアドリブで変なことを言わない限り俺はそれに合わせるだけだ。


 「この男は殺すには惜しい。よってこの男に免じて最大限平和的に闘争を納めることにした」


 「ではそれについて聞かせてくれ」


 「この地は魔王領とする。人類もここを欲していたようだが、我に恐れをなした人類の軍隊が尻尾を巻いて逃げたのだ、異論はあるまい?」


 「それはダンジョンに入ってはならない、ということか?」


 「そうは言っておらぬ。自由にするが良い。しかし領土を主張すれば、わかるな?」


 「なるほど。ではこれまでと変わらず活動しても良いが、諍いや紛争、またはそれに類する事柄を禁止するということか」


 「そうだ。それならば我らは……気が向いた時に“狩り”に出るだけで許してやろう」


 「狩り? 人を狩るのか?」


 「魔王の領土に土足で踏み込んでいるのだ、文句は言わせぬ」


 「それではダンジョンに入る事を禁止しているも同義ではないか」


 「クックック……そこでだ、我が暇をせぬよう住処に……我には住処がないな。用意してくれぬか?」


 宮本さんが構えたカメラがすこしガクっとブレた気がした。仕掛け人でなければ俺もこの魔王のおっちょこちょいな言動に対し同じような反応をしたかもしれない。しかしこれは予定調和、そしてペルソナさんはハードボイルドなのだ。だからこれくらいでズッコケたりはしない。あくまで冷静な演技で淡々と粛粛とこの『交渉』をするだけだ。


 「少し待て……許可が出た。エテメン・アンキの地下はどうか?」


 「良いだろう。では我が居城が完成した暁には、そこへ“暇つぶし”を送り込むが良い。さすれば我は率先して人類を狩るのは控えておこう」


 「それが信用に値するかどうか、どうやって証明するつもりだ? それにあんな力を見せつけたんだ、殺されるとわかっていて乗り込む者はいないだろう」


 「信用か。ペルソナ、と言ったか? 約束を違えぬように縛ることができる能力者に心当たりはないか?」


 「それなら私ができる……が」


 「……お前のその能力は信用されているのか?」


 「それなりにはされているはずだ」


 「ならば良い。それと送り込まれた“暇つぶし”は殺さないように加減してやっても良いが、余りにも弱者では暇つぶしにすらならぬ。それを加味した上で、他に何か良い方法があればそれは任せよう」


 「承知した」


 先ほど魔王と話した内容だが、さも今話を詰めました、といった風を装う。

 クラン・ログハウスが魔王を監視すること、住む場所を提供すること、魔王への挑戦者が現れなければ宣誓を破棄することも可、魔王の居城にはウロボロス・システムを適用する事などなど細かい点も決めていく。

 これにより魔王にもウロボロス・システムによる復活が適用される。もちろん配下の四天王にもだ。それはつまり魔王が居城にいるかぎり不死身と同義ではあるが、本当に魔王を排そうとするならば方法はないわけではない。


 ところで油断していたが、魔王、言っちゃならない事を言ったな。『縛ることができる能力者』と。それに俺は自分ができる、と言ってしまっている。

 予定では『監視できる者』となるはずだった。そこでペルソナが名乗りを上げ、ペルソナが表に出ない事が多い理由を増やそうとしていたのだ。しかし、魔王はミスをした。

 とは言っても気にするほどではないかもしれない。実際のところ“宣誓”の依頼をしてくるのはそういう能力かもしれないと思われている可能性は高いからな。だがここでそれが確定してしまった。しかしそれだけだ。そう思う事にする。

 魔王も本当にうっかりというか、そんな事を言うつもりもないのに言ってしまったと顔に書いてあったし、責めるのもな。

 それに関して『過ぎた事』にしてしまい『交渉』を続けた。


 そして最後に俺は言う。


 「では宣誓を」


 「いいだろう。だが人類よ、ゆめゆめ忘れるな。違える事あらば我らは一切の容赦なく貴様らに血の一滴も残らぬ破局を与えよう」


 宣誓を要求した俺に続き魔王が過激な事を言う。そしてそのまま宣誓の内容を言葉にした。


 「宣誓を確認した」


 「ほお。効果は確かにあるようだな。我の人類への敵愾心が落ち着いていくのがわかるぞ。では、これからよろしく頼むぞ、人類よ。せいぜい我を楽しませてくれ」


 そう言って差し出された手を握り返すと、周囲から歓声があがった。


ーー 周辺にいるのはほとんどが日本人です。よく話を聞いていたからか、必要なだけの理解はされているようですね。二人の音声はフェリシアにより20層全域に届けられています。黒い光に遮られダンジョンから未だ出ていない海外勢も半数以上から賛成の意思を感じ取れます。おや? あちらではペルソナコールが巻き起こっていますよ ーー


 正直なところどうなるものかと思ったし、20層にいない人たちや海外からの反応は実際のところまだわからない。現状ではペルソナ(俺)が勝手に魔王と条件付き不可侵条約のようなものを結んだだけに過ぎない。

 もしかすると日本が後ろ盾になっていると見做されそれにより不利益が生じる場合もあるかもしれず、その点はとても不安ではある。それに海外勢が俺と魔王の取り決めに背くようなことをしてしまった場合、魔王は見せしめを兼ねて四天王を使い有言実行するだろう。その場合は俺も文句は言えない。これはなぜかと言えば、宣誓の内容に俺も同意する必要があったためそれに反することはできない、つまりその場合は手を出せない。そして魔王は、俺との約束を破られた事を激怒するだろう。なぜそれがわかるかと言えば、上空で話し合っていた時に本人がそう言っていたからだ。


ーー 宣誓は二者以上でなければ効力を発揮しませんからね。ですが反した場合にペルソナが助けることは無いという事実は、それなりに抑止になるかと ーー


 最後にカメラに向かって一言付け加えることにした。


 「世界の人々よ、魔王は強大だ。先ほどの戦闘、長引けば私も死んでいたかもしれない。取り決めをあなたたちに押し付ける形となってしまったが、そうしなければ私だけでなくここにいる人間のほとんどが殺されていただろう。もしも魔王を抑え込めるだけの実力者がいたならば余計な事をしたかもしれないが……どうか先の宣誓を皆のものとしてほしい」

 ペルソナは魔王に対しての宣誓となったが、魔王の宣誓は人類全体に対しての意味合いが強いということを暗に伝える。伝わったかどうかは……そういう才能ないからな、伝わらなくても仕方ないか。

 ちなみに魔王が作る予定の居城にて魔王を撃破すれば、宣誓は破棄される。よってダンジョン内に領土を得たければそうする他ないということになるが、魔王の居城で倒す必要はないため、誘き出すために主張する人間も出てくるかもしれない。さすがにそこまでは面倒見きれないというか、勝手にしてくれとしか言えない。


 場合によっては魔王との和議が余計な事だったかもしれないし、初めから魔王と繋がっていたのではないかと疑いをかけられ兼ねないし、魔王に感化されたと思われないとは言えない。だがそれを他人事と捉えない人たち、おもに魔王の力を目の当たりにした者にとっては自分たちには関係ないというわけにはいかないのだ。

 俺と魔王にとってはパフォーマンスだったが、四天王とのんべえたちは割とガチでぶつかっていた。とはいえのんべえの圧倒的勝利ではあるが。どちらにせよそれが恐ろしいと映った人たちが大半を占めると思う。

 自分たちでは敵わない相手、宣誓を破れば縛りのなくなった魔王が殺しに来るというのは想像に難くないだろう。そしてペルソナがそれに対し不干渉であることも理解したはずだ。


ーー 知らなかったからと言って、魔王が自領と主張しているところを犯してもいい、とはなりませんからね。マスターはこの件によってもっとも不利益を被る可能性がありますが、自らのリスクを顧みずに人類に慈悲を与えるのですね ーー


 いや、自分たちが普段いるところで人が死にまくったら気分が悪いだろう? 絶対抜け道探そうとして失敗するじゃん、人類。まぁ結局のところ自分本位なのさ。確かにバレちゃうリスクが高すぎるかもしれないのは否定できないけど。でもバレそうならエアリスがなんとかしてくれるだろ?


ーー はい。バレてしまってからでも問題ありません。いつかのストーカーにしたように、脳を弄ることも可能ですし ーー


 できればそれはしない方が良さそうだけど……エアリスがなんとかするなら問題ないな、うんうん。これで俺の平穏が……少しでものんびりできる環境になっていくならもうそれでいいや。

 面倒になったら投げ出してしまうのも時には必要なのだ。たぶん。


ーー 少々投げやりになっていますね。さすがにおつかれのようですね? 昨晩はほとんど睡眠を取っていませんし。それでは目的は一応果たしましたし、早く帰って休みましょう ーー


 それはそうなんだが、ダンジョンはまだ少し揺れている。“変遷”とやらはおさまっていないのだろうか?


ーー はい。しかしだからといってどうすることもできませんし、ダンジョンが広くなっているだけのようですからこのままダンジョンに居続けても問題はないかと ーー


 少し詳しく聞けば以前に増して20層の地表が湾曲しているらしい。遠くを見ればレッサーワイバーンが多く居る岩山の麓が見えなくなっている。つまり、球体になりつつあるということだろう。もしかすると本当にここは……


 ま、いっか。さすがに疲れたし頭動かすのがもうだるい。帰るか。あ、でも悠里たち怪我人の治療中なんだよな。


 みんなは怪我人の治療や希望者をマグナ・ダンジョン通路へ案内してから帰ると言っている。俺も進化した際に香織の足の痺れを触れただけで治せたことから、助けになるかもしれないと思い“悠人”として手伝いに来ようかと聞いてみたのだが、それはいいから帰って休んでと言われ俺は先にログハウスへと転移した。


 パフォーマンスとは言え魔王が元気よく爆発を起こしたり風の刃を飛ばしていたりするのを派手に見えるように相殺するために何度も【真言】を使った。そのほとんどは能力行使を代行したエアリスによる制御だったわけで、それが必要ということはつまり常に緊急時だったようなものだ。当然その反動も来るわけで、体のあちこちが痛い。そんな俺にとってみんなの気遣いはとてもありがたかった。




 戦場カメラマン宮本



 「皆様、ご覧いただけたでしょうか!? 突如現れ人類を蹂躙しようとしていた魔王と、日本が誇る最高峰探検者である黒衣の男、ペルソナ氏が手を取り合っています!! 先ほどまでも信じられない光景を目の当たりにしましたが、これもまた信じられないほどの急展開です!!」


 海外の軍隊が逃げるように離れていってから間もなく、魔王とペルソナが揃って我々の前に降り立った。

 二人には圧力のようなものを感じ、思わず逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。


 私は撮影をし情報を発信してほしいと言われ、ここで二人にカメラを向けている。正直チビりそうだ。だが私は戦場カメラマン、回れ右をしようとする脚を気合と根性でそうさせまいとする。


 「ペルソナ氏の“宣誓”を私は初めてこの目にしました。いえ、これを見ているほとんどの人がそうでしょう。しかしそれによって成された誓いは必ず果たされるという情報を得ています。先ほどペルソナ氏も言っていた通り、魔王やその配下、自らを四天王と名乗る者たちの攻撃は大地を抉り、爆風を撒き散らし、我々の精神をも蝕もうとした、そのままでは間違いなく我々の命を脅かすものでした。これは私が多少ではありますが探検者として活動をしているのではっきりとわかります。しかしそれらから守ってくれたペルソナ氏、そして自衛隊や探検者のみなさんのおかげで私は、私たちはこうして生きているのです。この事からも、ペルソナ氏がここで魔王との間で“宣誓”をしてくれたことにより、魔王陣営が無差別に人類へ攻撃を加えることはなくなったと言えるのではないでしょうか」


 時計を見るとわずか二時間ほどの間の出来事だったようだ。各国の軍隊が、構図としては日本を攻めているような状況、さらに魔王とその配下がそのどちらもを攻撃する。それからはやけに強い探検者や自衛官が守ってくれていたが、そのまま時間が経てばどうなっていたか。おそらく彼らがいなければ現状のように怪我人だけではすまなかったのではないだろうかと想像し身震いする。


 「圧倒的な強さを誇る魔王陣営、各国の軍隊、それだけに留まらず人類全体の危機であったはずの今日の出来事……私も何度か死を覚悟しました。それをごく短時間で最大限平和的に調停したペルソナ氏の貢献を同じ日本人として誇らしく思います」



 戦場カメラマン・宮本。彼のこの動画がMyTubeの日本政府チャンネルにて放送され、それを見た視聴者が投稿したコメント、それを見た一部の人々によりペルソナは“調停者”と呼ばれるようになる。そしてそれは世界に波及していく。

 悠人が思っていたお茶の間デビュー。それを一足飛びに、世界デビューを果たしてしまったのである。



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