第170話 演技力は大事1
魔王四天王による、いかにも魔法的な攻撃をのんだくれの神様たちが防いでしまったことが裏目に出ていた。
各国の軍はそれらが自分たちの味方をしたと勘違いし、中央へ向かって進行を再開している。しかし防がなければ大勢が犠牲になっただろうし、そのほとんどは日本人だっただろう。そう考えると防ぐ他なかったし、それにのんだくれの神様たちには『中央に攻めてくるようなやつはお帰り願ってくれ』と追加オーダーを出しておいた。それにより時間は稼げるはずだ。
魔王の話を聞く限り、ここに今いる人たちの半数ほど、おそらく六十万人ほどを殺すつもりらしい。改めて数字を聞くとかなりの大人数だ。やっぱ領土ってそれだけ欲しいものってことか。他の国に対して領土を獲得させない目的で動いてる国もあるみたいだし、全員が納得するなんてことは絶対に不可能なんだろうな。
魔王との会話中も各国の軍は進み、自衛隊や探検者たちは徐々に中心に向かって撤退を続けている。幸い今のところ、目立った戦闘行為はない。
俺たちが話しているのは上空、会話を聞き取られる心配はあまりないだろう。もし高性能なマイクを持ち込んでいる人がいたとしても音声遮断できるよう変質された【拒絶する不可侵の壁】で囲んでいるため、音を拾われる心配はおそらくない。それが意味をなさないような能力所有者がいたとしてもその不可侵の壁は外に向けてノイズを発生させることでおそらく対処できている。このような細かい調整ができる【不可逆の改竄】はやはりチートだった。まぁそれもエアリスが使用を代行しているからこそできることだが。俺がやったなら、細かな調整はできず周囲に【超越者の覇気】をばらまく【拒絶する不可侵の壁】を身に纏うようにすることくらいだろう。その上出力を変更するためにいちいち解除して再発動するしかなく、それではいろいろと不便すぎる。
眼下で起きていることはさておき、魔王にこちらの意図を伝える。
「かくかくしかじか……というわけで、人死にを出さないでやりたいんだよ」
「えええ!? でもベータは『魔王たる者、人類を根絶する気概を見せねばならないのである』とか言ってましたわっ!?」
驚愕といった声音で返す魔王。ベータの教育は悪い方に予想通りだったみたいだ。
「それはほら、気持ち的な問題であって実際にやるかどうかっていうと違うってことで」
「『実際にヒトが死ねばしっかりと伝わるであろう』とも言ってましたわ!?」
「……実際にはやらないって事にしない?」
「で、ですがぁ〜……実際にしなければ人間共はわかりませんわよ? わたくし、エテメン・アンキでヒトの歴史もお勉強しましたのでそのくらいはわかっていますの」
「そうかもしれないけどさ。ここはひとつ、頼むよ」
仮面の向こう側にある俺の目を見据える魔王は少しの間逡巡したが、嘆息して困ったような笑みを浮かべ言った。
「仕方ありませんわね。まったく……お父様は甘々ですわっ!」
「お、お父様っていうのはなんかすごく違和感というかアレというか」
ほんとアレ。どれっていうかアレなのだ。
それはそうと、実際にのんべえ四人衆が魔王四天王のそこそこ本気であろうエネルギー弾的なものや、時折魔法を連想させるような、自然現象とも言える嵐のような攻撃を防いだり弾き飛ばしたりしていて、それが人のいない場所に落ちて爆発のようなものが起きている。
さらに各国の軍が四天王やのんべえ、日本人がいる場所へ向けて時折撃ち込んでくる弾丸やロケット弾、能力によるであろう攻撃も防いでいるのだ。のんべえに助っ人を頼まなければ今頃既に千人以上が犠牲になっていてもおかしくないだろう。そしてそれは凄惨な、人間同士の殺し合いを誘発することになっていただろうことは想像に難くない。
「まさかこんな異能バトルみたいなことになるなんて思ってなかったんだけどな」そんな呟きが漏れてしまっても仕方ないんじゃないだろうか。
しかし中央を目指す軍隊は死が直前まで迫っているにもかかわらずそれを理解しているのかいないのか、進行を止めていない。やはり自分たちには神の加護があるとかそういうのだろうか。周囲から爆発音がしていたりする状況で神に祈りながら進む自分たちに被害がほとんど出ていないという事実が、彼らを一時的にでも狂信者に仕立て上げてしまっているのかもしれない。普段から狂信者の人間がいることも否定はしないが。
その様子を窺っていると魔王が「人類はやはり愚劣なのですわ」少し悲しげに言った。
「お父様も人類、それはわかっていますわ。そしてすべての人類が愚劣ではないと、わたくしも思わないわけではありませんの。ですが少なくともここにいる者どものほとんどは、死ぬ事にこそ意味があると思うのですわ。その他の人類に“気付き”を与えるために」
「だけど——」
「ええ、わかっています。ですから……もう少し死の恐怖を味わっていただこうかと」
魔王は各国軍の戦車や後方の車両に指を向けたと同時、迸る黒い光でもって焼き払っていく。いくらステータスが人間を辞めた自負のある俺でもそれをほんの少し防ぐことしか叶わない、早技だった。
「もしも多少の犠牲が出ても目を瞑っていただきますわよ。台本を変更しろとは言われましても、目的を遂げることはわたくしにとって絶対ですの。それがわたくしの、今の存在理由ですの」
「くそっ……結局やる気かよ」
黒い光によって戦車や車両が真っ二つとなり、その断面にはエッセンスのような黒い光が纏っていた。中の人はというと、何人かは大小怪我をしたようだが死者はいないことを【神眼】によって確認することができた。
『爆発が起きてもおかしくないにもかかわらず起きないのは不思議です』エアリスの言葉に同意し観察し、その原因が断面の黒い光にあると直感的に悟った。
「あの断面の黒いのは……?」
「お父様が死なせたく無いとわがままをおっしゃるものですから、わたくし、慈悲を与えてしまいましたの。ですがあと数秒で効果が消えますので、爆発物などを破損させていた場合は爆発してしまうかもしれませんわ」
それを聞きすぐにエアリスに避難させるように伝えると、周辺に聴こえるペルソナの声で“聴いた者が理解できる言語”で避難するよう伝えられる。そしてその言葉には【真言】による強制力を含ませてあり……
「うおおお……頭がいてぇぇ」
当然のように反動がきた。しかしその甲斐あって避難はできたようだ。そしてそれからわずかな時間をおき、次々と爆発したり燃えだしていた。
ところで今のはどの部分から反動がきたんだろうか。普段の使い方よりも全て規模が大きいためどこがというのはわからないな。そういえば能力のコントロールをエアリスがしていることも反動を生む可能性のひとつ、とか言ってたな。その予想が当たってるかどうかはわからないけど。
反動の激痛から気を紛らわせるようにそんなことを考えていると、少し驚きつつも心配そうな気配を漂わせる魔王が言う。
「お、お父様? そのお力があればこのような茶番を催さずとも解決できたのでは……?」
そういえば魔王は俺の能力を知らなかったな。宣誓の仕事では反動もないし効果がある、でも規模や頻度が増えればその限りではないと思うんだよな。念のためエアリスに聞いてみるか。困った時のエアリスさんだからな。
「それはそう……なのかエアリス?」
ーー だったかもしれません ーー
なんということだ。無駄だったのか。
ーー しかしそれを実行することは推奨できません。先ほどは周辺程度でしたが、それ以上となるとより強烈な反動を生む可能性が。マスターが自ら能力を使いこなせるのであれば反動はなくなるかもしれませんが、それも未だ仮説ですので ーー
反動があるとは言っても【真言】の強制力を各国指導者に絞って発動すれば反動を全く感じない程度で済んだのではとも思うが、エアリスによればそれをやっても鼬(いたち)ごっこになるだろうということだった。むしろ国によってはそれが原因でクーデターが起きる可能性が激増すると。そうして政権が交代されると、また同じ事を繰り返していくハメになるということだな。それじゃあのんびりする暇さえないだろう。そんなのごめんだ。
クーデターが鼬ごっこか……なんだか川の流れをただ堰き止めるといつか溢れたり決壊して洪水が起きたりするのと同じようなものに思えるな。水量を調節すればある程度は問題ないけど、それでも堰き止めている間に超えてしまう分を一時的に保留するための遊水池みたいな場所も保険として必要になる。今の人類にはその遊水池を確保することが難しいということだろう。
俺たちの会話が聞こえている魔王は憐むような目を向けていた。
「まぁそういう事情があってダメだったんだってさ。それにさっきのでも頭が割れそうだったけど、もしほんとに割れたら洒落にならないしな」
いつの間にか四天王とのんべえたちの戦いはほぼ終わっており、四天王たちは地に膝をついたり仰向けに倒れていたりと、のんべえたちの余裕の勝利といった様子。そのまま四人は各国軍に対しての防衛を行なっている。周囲の自衛隊と探検者が四天王に勝利した四人に対して歓声を上げているが、しかしそれでも各国の軍は完全に停止したわけではないようだ。
「もうほんと、どうしたら止まるんだ」
「そうですわね……ところで先ほどから中央で戦線を下げつつエテメン・アンキに向かっているのはお父様の友軍ですの?」
「友軍というか、俺日本っていう国の人間なんだけど、あの人たちも同じ国の人だ。協力してもらってる感じではあるし友軍といえば友軍なのかな」
「そうですの。ではあの方たちを追い立てている者どもを少し減らしてみても?」
「いや、それはちょっと」
「敵軍にまで情けをかけるだなんて、本当お父様は慈悲深くわがままですわ」
「ごめんな、勝手に造って役割押し付けておいてうまくできなくて……」
「謝らないでっ! あ、いえ、コホン……やめてくださいましっ! わたくしこれでも感謝していましてよ? 新たな体と役割を下さった恩に報いるためになんでもすると誓いましたのっ!」
もしかすると、できれば人を殺したく無いと思っていたりしたのかもしれない。黒い光で戦車や車両を焼き切っておきながらそこから逃げる猶予を持たせるようなことをしていたのも、俺がそう言ったからというだけではないのかも——
「ですから役割ついでに人類を駆逐してみたいというわたくしの願望を叶える機会を与えてくださったと思うと、胸が躍りましたわ。ルンルンッですの」
前言撤回。殺る気だった。まずその願望が生まれてしまう思考回路をなんとかしないとダメなやつだな。でも俺の言う事を聞いてくれようとしたことだけは確かだろうな。
「ベータが常々言っていましたの。『ヒトは互いに殺し合ってきた歴史を持っているからして、おそらくそこに愉悦を感じるのである』と。ですのでわたくしもそれを感じてみたいのですわ。ひいてはそれが目的を達成する確実な方法と思ってもいますわ」
目的とは各国が領土を主張したりといった諍いをなくすこと。今この状況、魔王四天王が人間を狙い魔王自身も人間に攻撃したというのに進軍が止まってはいない。直撃する前に防がれたり逸らされて飛んでいった先が遠かったこともあって、彼らは正常な認識と判断ができなくなっているのかもしれない。こうなってくると、本当に立ち上がれないくらいの“痛い目”を見なければダメなのかもしれないと思ってしまう。
少し揺れ動いてしまったがそれも一瞬、エアリスの提案によって引き戻される。
ーー まずはお二人とも、戦っているフリをしてください ーー
そう言われ迷わず従うことにした。俺はエリュシオンを構え魔王はその細腕に黒いオーラを纏う。そしてそれを何度か打ち合い鍔迫り合いのような形にする。思いの外素直に言うことを聞いてくれた魔王に驚いたが、魔王は「お姉様の頼みなら」と言っていた。お姉様……エアリスか。
ーー よろしいでしょう。では本題です。魔王はエテメン・アンキで侵入者を排除するお仕事をしてはいかがでしょうか? ーー
「いきなりなにを……そもそもなんの意味があるんだ?」
ーー 現状、ログハウスの皆様とエテメン・アンキのモンスター……はともかくとしてそれを支配しているログハウスは、人類に敵対しようとしていません。つまりそのような明確な敵ではない者が立ち塞がる形となっています。ウロボロス・システムにより死んでも死なない、所有者となっているクラン・ログハウスは敵対者ではない、それが前提となっているため、ヒトはどこか安心しているのではないか、と ーー
「倒すべき相手ではなくて、ちょっとしたスポーツ感覚がダメって事か?」
ーー はい。ある意味それがマスターの望む形であることは確かです。しかし……そこにいるのが人類を脅かす存在であった場合はどうでしょう。さらにその存在がその気になれば外へ出ることができるのならば。周知の通りエテメン・アンキを一歩出てしまえば死は純然たるものとなりますので、魔王を排する算段がないのであればせめて外に出てこないようにしなければならないのです ーー
悪く無いような気がする。あれだろ、魔王城みたいな感じにするってことだろ。それなら下手に近付こうとは思わないかもしれない。でもそれで“領土問題”はなにも解決しないように思う。周囲を占拠して勝手に領土とすれば良いだけだからな。それにエテメン・アンキの入場料が減りそうで不安だ。お給料が支払えないなんて、ログハウスやスタッフのみんなに怒られてしまいそうだ。
ーー そこで、領土を主張したい者たちから魔王が奪ってしまえばよいのです。これは大泉総理との話にも例え話としてありました。入場料に関してはおそらく問題はないかと。マスターの作るアイテムにはそれを支払ってあまりある価値がありますので ーー
領土を主張する権利を奪う。それは総理に言った『手放してもいいかも』というものを少しアレンジしたような感じだろうか。その後総理は「魔王が領土を求めるなら、人類の安全を確保した上で預ける形にできれば……」と言っていたがそれのことだろう。
昨日の時点では魔王がエテメン・アンキに居座ることやそれを“魔王領”と繋げては考えていなかった。しかし実際に話してみると考え方はベータのせいで危険すぎるが、案外こちらの意図に沿うようにしてくれようとはしている。
もしかするとエアリスの案は悪くないのでは。
「わたくしはお父様のお決めになることであれば従いますわよ?」
「そうか……じゃあまずはお父様っていうのをやめような?」
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