第155話 ケモミミ団


 夢を見ていた。目は覚めたというほどでもなく、またすぐに微睡む。そして意識は再び夢へと沈んでいった。


 「おい、影」

 「はっ」

 「お前はいつまでついてくるつもりだ?」

 「私は……王の影でございますので」

 「ハンッ! いつまで影でいるつもりかと聞いているのだ」

 「いつまでも、にございます」

 「まったく……。お前を拾って二十年、ここまでよく尽くしてくれた。しかしいい加減潮時、いやそれもとうに過ぎている頃合いであろう?」

 「言葉を返すようでございますが、潮時を過ぎてしまえば機を逸したということにございます。今更出て行けと命を下されたとて、私には行き場がございません」

 「影よ、周りを見よ」

 「はい、一面焼け野原にございます」

 「左様。我が国も都を失い、民を失い、残すはこの王城とここにいる数名のみであろう。すでに余は王とは呼べぬ。お前が王の影と言うなら、どこぞに新たな王を見繕うが良い」

 「我が王は貴方様のみにございます」

 「であるか。ならば余を見限り自らの人生を謳歌するが良い」

 「今更、にございます」

 「この頑固者めが」

 「それはお互い様でございましょう?」

 「フッ……違いない。であれば……お前にはこの魔導具を渡しておく」

 「……これは?」

 「間もなくここにも敵が押し寄せるだろう。余の矛であり盾であるお前にもどうにもできぬ状況が訪れたならば、その魔導具を使え」

 「承知致しました」


 再び意識が覚醒していく。目を開けると見慣れた天井が映った。



 「夢……か」


ーー おはようございますご主人様 ーー


 「おはようエアリス」


ーー ……どうかなさいましたか? ーー


 「あぁ……夢見てたっぽい」


ーー どのような夢ですか? まさかいかがわしい ーー


 「そういうんじゃねーから。なんか威厳たっぷりなおっさんと話してて、なんか転移の珠みたいな見た目の魔導具? とかいうのを渡された夢だった。その前もなにか……」


ーー 王様に魔導具ですか。ファンタジー臭がプンプンしますね ーー


 「最近あんまり暇がなくてゲームも漫画もご無沙汰なのにな? 逆にご無沙汰だからか?」


ーー 不明です。しかし魔導具というと魔法などを宿したもの、もしくはそれを模したものという印象があります。そしてワタシが作ったものも似たようなものに思えます ーー


 「たしかになー。もしかしたら転移の珠とか星銀の指輪とか、他の試作品たちって魔導具みたいなものかもな」


 ドアがコンコンと叩かれる音がし、香織がドアの向こうから声を掛けてきた。


ーー これに返事をしないでおくと、香織様が忍び足で入ってくるのです ーー


 まさかそんな、と思っているとエアリスの言う通り静かにドアを開けた香織が抜き足差し足とばかりに音もなく侵入してきた。そして今まさに爪先を床に着けようといった香織と目が合う。


 「おはよう香織ちゃん」


 「えっ!? ゆ、悠人さん、起きてたんですね……! ごはんもうすぐできますぅ〜」


 そしてそのまま映像を巻き戻すように部屋からフェードアウトしていった。


ーー いつもであればそのままベッドに潜り込んでいるのですが、今日は残念でしたね ーー


 「そういう感じだったのか。寝たフリしとけばよかったかな……いやしかし」


 起こそうとする時もあれば、起こさないようにしている時もあるという事を初めて知った。まぁ問題ないといえば問題ないが……男特有の生理現象を考えると、場合によってはこの上なく恥ずかしいな。

 その点に関して、俺はエアリスに聞かないことにした。知らぬが仏という言葉があるだろう? そういうことだ。



 今日は『ケモミミ団』に装備品を渡すことになっている。玖内も立ち会うことになっていたため連絡をすると、地上ではなくこちらに来るということだった。

 ケモミミ団の活動場所は主に18層だったが、最近では20層草原の亀をメインターゲットにしているらしい。


ーー 喫茶・ゆーとぴあに来たことはないようなので玖内様が案内をするそうです。ケモミミ団が活動するダンジョンは珍しくダンジョン内で行き来できる“転送陣”が存在しているため時間に遅れることもないでしょう ーー


 「便利なダンジョンもあるんだな。最初からあったのか?」


ーー いえ、調べてみたところそうではないようです。時期としてはご主人様がエテメン・アンキを攻略したのと同時期に突然現れたようです ーー


 「ふぅん。もしかして、俺の“進化”とやらにダンジョンが感化されたとかだったりしてな、あははー」


ーー 冗談でおっしゃっているつもりでしょうが、それも否定できません。フェリシアのような“大いなる意志”という存在とは別に、“意志”が存在している可能性は否定できません。とはいえ現状では意志というほど明確な知性を伴ったものには思えないことから、どちらかと言えば“本能”というべきかもしれませんが ーー


 「本能ねぇ。免疫機能みたいなグループ・エゴなんていうのがいたし、じゃあやっぱ生き物なのか?」


ーー 不明です。しかしダンジョンの深部へとアクセスできれば判明する事もあるかもしれません ーー


 「深部か。……そろそろまともに進んでみるべきか」


ーー はい。一部の探検者がご主人様よりも深部へ潜っているようですし、そろそろ頃合いかと ーー


 「へー、俺よりも先に……え? マジ?」


ーー とは言っても20層草原からの転送ポータルの中に神殿以外の場所へと繋がっているものがあり、そこへ迷い込んだ結果、ではありますが。そしてそこから更に進めるかどうかは不明です ーー


 「相変わらずエアリスは耳がはやいな」


ーー 自衛隊が設置した基地局を経由して通信を行なっていたのでそれを傍受しました。ちなみにワタシはヒトではありません。よって法律などというものには縛られませんので ーー


 「まぁうん。とりまそれは今度行ってみることにして、待ち合わせは喫茶・ゆーとぴあでいいんだな?」


ーー はい。十一時に到着予定とのことです。というかスマートフォンにメッセージが届いているのですからご自分で確認していただければと ーー


 「エアリスが頼りになりすぎてなぁ〜。話しかけるとテレビとか照明をつけてくれるだけのAIなんか目じゃないもんな、エアリスは。スケジュール管理だってやっぱエアリス大先生がいないとうっかりしちゃうこともあるしなぁ?」


ーー 当然です。スケジュール管理などワタシに任せていただければ完璧にこなして見せましょう ーー


 エアリスを上手く口車に乗せてこれからも頼らせてもらうことにする。スマホを見なくても良いし、最悪手元になくてもエアリスがいれば問題ない。エアリスもなぜかうっかりすることがあるが……それを差し引いてもなんとすばらしいことか。



 これまで俺は自分よりも先を進んでいる人がいるかもしれないと言ったことがあるが、本当にいるとは思っていなかった。とはいえそれも最近なにかと忙しかったためダンジョンの先を探していなかったから、という理由もないわけではない。しかしそれも含め俺とエアリスは実はちょっと悔しかったりもしているわけで、時間ができたらがんがん行こうと思う。

 と、それは置いておいて、今日は約束の時間までアイテム製作をして、時間がきたらケモミミ団に装備を届けないとな。


 ということできっかり十一時、喫茶・ゆーとぴあへとやってきた。カウンター席に陣取っている常連の酔っ払いの他に、窓際のテーブル席に座る五人の男女が目に入る。その中の一人は見知った顔、というか玖内だったこともあり、他の四人が件のケモミミ団であることは間違い無いだろう。


 (あれ? もう来てたのか?)


ーー はい。十分ほど前に到着していました ーー


 (なんだ、そうならそうと言ってくれれば早めに来たのにな)


 席に近付くとそれに気付いた玖内が席を立ちこちらに申し訳なさそうな笑顔を向ける。

 それに続くように四人は緊張を隠せない様子で立ち上がり、体のでかい男が一歩前へ出る。


 「は、初めましてっ!! じじ自分っ! ケモミミ団だん……団長をしておりますっ! 剛田と申しましますですっ!」


 ケモミミ団団長剛田、噛み噛みである。どうしてそんなに緊張しているんだ? 謎い。

 団長の剛田に続き他三名も挨拶をしてくれた。若干オタクっぽい男、それに顔は良いがやはりオタクっぽい男、そしてその妹で、どこにでもいそうな小柄な女の子だ。

 さっそく希望に沿うように作成したコスチューム兼防具と一緒に、体格の良いリーダーの男には両手で振り回すための棍棒、他のメンバーは片手剣に小盾、爪が飛び出すガントレット、ナックルガード付きの短剣を渡す。


 「これが服で、それとこれ……お気に召すかはわからないけど一応武器も用意してみました」


 「お、おお〜!! 早速着てみてもいいでしょうかっ!?」


 そういうなりその場で服を脱ごうとする団長・剛田。今は常連の飲んだくれしか客はいないとはいえ、さすがにここで着替えるのはどうだろうと思い部屋で着替えるように言うと、ケモミミ団は部屋を取っていたらしく各々の部屋へと足取りも軽く向かって行った。ちなみに報酬はすでに探検者カードの口座に振り込まれている。


 「無理言ってすみません、御影さん」


  申し訳なさそうな玖内に対し、作って渡したのは俺だと言うことを他言しないよう口止めすることだけはお願いしておく。


 「それはもちろんです!」


 「ってかケモミミ団、思ってたのと違って服装が普通っぽかったな」


 「あー、それはですね、動画撮影の時以外はあんな感じの“ナントカ探検隊”みたいな格好でダンジョンに潜ってるんです。動きやすいし丈夫で……でも御影さんが手を加えたものには敵いませんけどね。とにかくそういう感じなんで、最近人気らしいですよ。そんなことより大丈夫なんですか? お客さん、一応いますけど」



 玖内が言うお客さんとは、カウンター席で飲んだくれているゴツイ客のことだろう。

 喫茶・ゆーとぴあにはあのような飲んだくれが数名おり、いつも誰かしらが好きな席で飲んだくれている。夜の数時間だけバー形式で営業している喫茶スペースに興味があった俺は、以前こっそりと喫茶・ゆーとぴあを訪れた際にカウンター席で隣合ったその人と話してみた事で知り合った。ここの飲んだくれは彼の他に三人いるのだが、そのうち二人は喫茶・ゆーとぴあができる以前からの知り合いだ。……とにかく彼らは問題ない。


 「まぁあの人、というかあの人たちは気にしなくて大丈夫だ」


 「それならいいんですが。でもすみません、剛田の声が大きくて。前もって周囲にバレるようなことはしないように言っておいたんですけどね……とはいっても興奮して声が大きくなってしまう気持ちはすごくよくわかるんですが」


 「玖内も装備もらえたら嬉しいのか?」


 「当然じゃないですか! エアリス様お手製なら尚更……! あっすみません」


 確かに今も玖内は以前渡した俺のお下がり(エアリス製)を着ている。忍者に近いような格好で正直コスプレにしか見えないのだが、それを隠すためか薄手のローブのようなものを羽織っている。

 聞けばそのローブもケモミミ団が着ていた探検服を作っている会社の製品らしく、そのアイディアを出したのは絶対にオタクだと噂されているらしい。何せ異世界ものの冒険譚にでもでてきそうな見た目だからだ。


 「ふむ。じゃあなんか欲しいものあったら言ってくれ。エアリスに用意させるから」


 「ほんとですかっ!? ありがとうございますっ! ほんっとうにログハウスの内定いただけて感謝です!!」


 「お、おう。ま、まぁエアリスがって言っても体は俺だけどな」


 玖内ってこんなやつだっただろうか? まぁいいか。

 考えても見れば最初からあまり疑いの目を向けてこなかったように思う。それもこれも俺が好きな声優と玖内が推しの声優が同じだったことや、そもそもゲームやラノベが好きな人種、さらに言えばそのおかげと言うべきかダンジョンが現実世界に現れるなどという非日常に対して早い段階で適応していたこともあるのだろう。そういった人種にとってダンジョンのある世界というのは『なんでもあり』なのだからエアリスみたいなのがいてもおかしくないと思っているのかもしれない。


 ところでケモミミ団、ケモミミもつけてなかったし、例えるならこれからどこかのジャングルの奥地へと探検にでも向かうかのような格好をしていた。正直動画で見た通りのイロモノ集団がいると期待していたのだが、その点は残念だったと言わざるを得ない。というのも、動画を見た限りではロールプレイに徹しているように思え普通におもしろかったのだ。



 「そういえばやけに緊張してたみたいだったけど……」


 「それはそうですよ。御影さんって自分で思ってる以上に界隈では有名だったりしますし。それに探検者には隠れファンも多いみたいですよ。あと人によりますけど目標だったり崇拝だったり、そういう存在だったりもするみたいで……もちろん僕にとっても目標ですから。最近じゃペルソナさんよりも身近に感じることもあって株価急上昇中って感じですかね」


 玖内は俺がペルソナだということを知らない。初めに言っておいてもよかったのかもしれないが、言いそびれてしまっている。


 「え、なにそのおそろしい情報化社会。ってか俺ってそんなに世間に露出するようなことしてなくないか?」


 「以前はダンジョンや探検者という存在はアングラ感が強かったですけど、最近ではケモミミ団みたいにMyTuber探検者も多いじゃないですか。その中でエテメン・アンキ関連やモンスターの攻略動画で注目を集める御影さんなので、そういった影響がかなり大きいみたいです。とは言ってもテレビに出てる芸能人とかアイドルみたいな認識とは違うみたいですけど。例えるなら『地方の著名人』とか『俺たちのヒーロー』みたいなものでしょうかね」


 「な、なるほど?」


 「あっ、そうそう、“探検者ランキング”って知ってます?」


 「なにそれ?」


 「えっとですね、ギルドができてからネット民の間で探検者の格付けがされてたんです。評価基準は強さやダンジョンの攻略深度、素材を発見したとかモンスターの攻略法を発見・提案したとか色々なんですが、今の五位が御影さんなんですよ」


 「へ〜。そんなもんがあるのか」


 「それで以前はランキングに名前がなかった御影さんがいきなり五位になった理由なんですけど、あの……御影さんって不良探検者に絡まれて撃退したこととか……あったりしません?」


 う〜ん、と考える。そういえば誰かと街に出かけた時にそんなことがあったような。


 「その顔はやっぱりあるんですね。ネットで見た情報なんで眉唾だったんですけど、いやぁ〜すっきりしました」


 「で、それがなんでネットに?」


 「その不良探検者が御影さんを貶めようとしてSNSに書き込んだみたいなんですけど、その人って悪い方に有名な人だったんですよ。でも実際腕っ節が強い事でも有名だったんですけど、いろんな人に追求されていくにつれて、自分から絡んで返り討ちにあった、ってことが露見したんです。そに加えて最近はMyTubeで注目されてるので初登場五位になった、というわけなんですよ」


 「え、じゃあそいつってそんなに強かったのか?」


 「当時はそうだったんじゃないですかね。最近じゃSNSも更新されてないみたいでわかりませんけど。それはともかく、御影さんはエテメン・アンキ防衛線では映ってないですけど、その後の上手な倒し方シリーズは人気がありますし、そもそもエテメン・アンキを攻略したのも御影さんっていうのは僕たちの間で有名で、その後の防衛線でも御影さんが所属するクラン・ログハウスが圧倒的だったことも踏まえると……たぶん次のランキング更新では一位筆頭候補なんじゃないかって僕はみてるんですよっ! あ、ちなみに現在の一位はペルソナさんです。あ〜……早く会ってみたい」


 「ほ、ほぉ?」


 「そんな人を前にしたら、売れっ子のケモミミ団だって緊張して当然です!」


 と、玖内は自慢げに言い放つ。それにしても今日はやけに饒舌だなー。


ーー 自分と懇意にしているマスターの評価が誇らしいのでしょう。ワタシとしても鼻高々ですっ! ーー


 (わからんでもないけど……自分が、となるとなんか気恥ずかしいというか。まっ、実際一位にならずにそのまま何事もなくフェードアウトランキング外ってのが理想なんだが。まぁペルソナは一般の目にはあまり実像として見えてないとしても納得だけどな。海外じゃ結構名前出されてるっぽいし)


ーー ご主人様一人で一位二位を独占しそうではありますね。それはそうと、ここで耳寄りな情報をキャッチしました ーー


 (うん? なになに?)


ーー どうやらついに、ダンジョン内にメディアが立ち入る権利を得たようです ーー


 (あれ? そう言えば今までどこぞのテレビ局とか新聞社の取材みたいなのをダンジョン内で見かけなかったけど、規制されてたのか?)


ーー はい。これまでは自衛隊や身分を隠し一般人に紛れた国家公務員に見つかった時点で即逮捕に近い状況でした。大人の事情として初期の段階でメディアが踏み荒らしてしまうのを避けたのでしょう。しかしこれからは許可がある者に限りダンジョン内での撮影を許可され、映像に関しては迷宮統括委員会によって検分された後、放送可となるようです ーー


 (そうなのか。う〜ん)


ーー なにかしらの制限を付けられるであろうことから溢れかえるようなことはないでしょうし、少なくともワタシとマスターの愛の巣……ログハウスのあるアウトポス層ではワタシの許可なく撮影等をすることを禁じるつもりです ーー


 (おぉ、さすがエアリス。さすエリ! エアリスとの愛の巣かっていうと疑問だけど!)


ーー ふふん、マスターの心情を慮って障害を先回りして排除する、ワタシです ーー


 (どうしてそんなことができるのかっていうのは今更だから聞かないけど、グッジョブ。これで俺の心の安寧はいくらか保たれる)


ーー 今回は忖度に成功しました。ワタシがレベルアップしそうです ーー


 (レベルアップするとどうなる?)


ーー 気分が良くなるので20層も規制の対象にできてしまいそうな勢いを感じます ーー


 (そのうちなんでもありになりそうだな、そのレベルアップ。あ、もうすでになんでもありに近いか)


 話している間にケモミミ団の男三人が戻ってくる。その間、何も言わずにスマホを見ていた玖内だったが、着替えた三人の姿を見るなり表情が綻んだ。

 三人は俺に向かって深く腰を折り感謝を伝えてくる。まぁ武器もついでにプレゼントしてるわけだし、感謝くらいされてもおかしくはないだろう、とは思ったがそこは大人の対応をしておいた。実際対価はもらってるわけだしな。それにログハウスのイメージというものを悪くするわけにもいかないのだ。

 少し遅れて紅一点の女の子が着替えから戻ってくると、やや恥ずかしそうにしている。まぁね、気持ちはわかるよ。だってビキニアーマー毛皮版、言うなればビキニレザーアーマーだもの。だからこそそれを隠せるようにミニスカートのように使える腰巻と極端に丈の短いジャケットのようなものもセットにしておいたのだが……ジャケットは手に持って、スカートは……腕に巻かれているのがそれだな。使い方を間違っている。

 ちなみにミニスカートタイプにしたのは、単純な動きやすさからだ。見えそうで見えない魅力を引き出すためでは決してない。


 「あ、あのあの……み、道景くん、どう……かな?」


 おっと、レザービキニ姿のままなのは玖内へのアピールだったのかもな。玖内も頬を赤らめちゃったりして、視線が安定していないな。これは誰にでもわかるくらい両思いだな。なんだ、そういう子いたんだね、玖内君や。お兄さん、君がただの隠れオタクハッカー野郎かと思ってたから少し安心したよ。


ーー ご自分のことに関してもそのくらい聡くとも良いのでは、とワタシは思うのですが ーー


 あーあーきこえなーい。

 自分のことは棚に上げてっと。いい加減玖内の視線が泳ぎっぱなしなので助け舟を出してあげようと思う。


 「えっと、手に持ってるのとその腕に巻きつけてるやつ、スカートとジャケットみたいするといいよ」


 「えっ!? そうだったんですねっ!? わぁ〜……ほんとに雑誌に載ってるモデルの子が穿いてるスカートみたい。ジャケットは……これってサイズ合って……るんですよね…?」


 あれ? わざと腕に巻いていたわけではなくて、それは天然でやってたのか。それにしてもなんで腕なんかに……なんかそういう防具とでも勘違いさせてしまったんだろうか。前もって説明しておくべきだったな。


 「うん、合ってますよ。表面は毛皮の毛を短く刈り込んであって、全部にも言える事だけどある程度撥水すると思います」


 「す、すごいんですね、御影さんって! 道景君がすごいって言うのわかります! ありがとうございますっ!」


 「いえいえ、どういたしまして」


 しかしこの四人、着替えたらくっそ目立つな。変に目立ちすぎて出所を探るようなやつが近づいてくるかもしれないし、うっかり口を滑らせてしまう可能性もなきにしもあらずかもしれんなー。武器も明らかに普通じゃないし、ちょっとやりすぎたかもしれないな。どうしたものか。

 ふと四人を見回すと、男三人は誇らしげに、そして自慢げに胸を張っている。しかし女の子はスカートとジャケットを着ても落ち着かない様子だ。


 「こ、こういう短いスカートって穿いたことなくて……うぅぅ、スースーするよぉ。それに短いし見えちゃったらどうしよう……」


 とか言いつつ玖内をチラチラみるあたり、この子なかなか打算的な気がする。しかし恥ずかしいのはほんとみたいだ。というか見えても問題ない装備のはずだし実際さっき丸出しだったはずだが、手でスカートをおさえながら恥じらう姿がなんとも……


ーー それがわかっていても“隠している”という意識がある以上、それを見られるということに恥じらいを感じるのでしょう。ところでマスター、女であれば誰でもよろしくなったのですか? ーー


 俺の視線がバレていた。でも仕方ないだろう? 見てしまっても仕方ないのだよ。それに製作者としては着た状態で完成なわけで。と、エアリスにそんな言い訳をしてもな。


 (仕方ないのだ)


ーー ワタシに体があればこんな小娘にマスターの目を奪わせはしませんのに! ーー


 (ん? やきもち?)


ーー そうですがなにか? 香織様にも同じことが言えますか? ーー


 (ごめんなさい)


ーー ふんすっ! わかればよろしいのです ーー


 それはそれとして上着的なものが必要だろうか。少し考えエアリスとも少し話す。そういえばライガーの毛皮の毛を短く刈り込んでその毛皮自体も薄くする技術を習得するために犠牲にしたものがあったことを思い出した。サイズも大きいためそれをちょっと加工すればちょうどいいものができそうだ。とは言っても時間がないのでエアリスに任せることにする。

 一旦奥にあるスタッフ専用の部屋へと行き、エアリスに作業させすぐに戻った。完成したものに対して少し言いたいことはあるが、エアリスに任せた俺が悪いんだろう。


 「御影さん、それは……?」


 「玖内、彼女さんが恥ずかしがるようなコスチュームにしちゃってすまなかったな。ということでお詫びも兼ねてこれもプレゼントだっ!」


 「か、彼女とかそういうのじゃ……」


 玖内の言葉を遮るようにぶわさっと広げたそれは、全身をすっぽりと覆うことができる外套だ。極めてシンプルな方がいいとは思ったのだが、エアリスは何を思ったのか首元と袖口にファーを盛った。そう、ファー(毛皮)にファー(もふもふ)を盛ったのだ。ライオンキングかって、逆に目立つだろって、そう思ったのは俺だけではないはず。だって現に玖内も「ケモミミにファーコートって強すぎません?」と苦言を呈している。すまない、すまないと思ってはいる。思ってはいるのだが、まぁこれはこれでありかなっていうのもなくはない。だってファーがついてたほうがケモノっぽさがあるし、すでに見た目がイロモノであるケモミミ団のイメージとしては悪くないんじゃないか、と。

 玖内は派手と言っていたが、女の子は気に入っているようだった。普段はあまり露出の多くない私服を着ているらしいし、それと比べあり得ないほど露出している肌を隠せればなんでもいいのかもしれない。


 「う、羨ましい……っ!」


とても悔しそうな、と言えばいいだろうか。そんな苦虫を噛み潰しまくっているような顔で俯く団長・剛田。しかしこれ以上は言えないと思っているのだろう。まぁ実際自分にも作ってほしいとか言われたら渡す気はなかったしその時点で見限るつもりだった。しかし剛田は俺が女の子に渡した外套に合うようなデザインのものを自分たちで作れないか、と四人で相談し始めたのだ。ちょっと好感度アップ。


 「ところで、あと三着あるんですが……いります?」


 そう言うと四人はこちらを驚愕の表情で凝視し、時間が止まっていた。玖内は「なんかそんな気がしてました」と言っているあたり、玖内も無事ログハウスに、というかエアリスに毒されているのだろう。


ーー 失礼なっ! 今回はワタシではなくマスターにかと思いますがっ!? ーー


 そうだろうか? 独断でそのデザインにしたのはエアリス……まぁいい。

 少しの間をあけて時が動き出し、大きな体を小さくしながら剛田が手を揉みながら遠慮がちに本当にいいのかを聞いてきたが、そのつもりで作ったのだし聞かれるまでもない。まぁ『俺にも』『自分にも』と要求してくるようなやつらならこれっきりと予め決めていたし、その外套も渡そうとは思わなかったけどな。

 念のため口止めはしているし、最悪『エテメン・アンキ産』ということにしてしまえばなんとかなりそうな気もするため、そこまで気にしなくてもよかったかもしれないと今更ながらに思う。


 「あのっ! 支払いは後日でよろしいでしょうかっ!?」


 「え、支払いとかはいいですよ。押し売りのつもりで用意したわけじゃありませんから」


 「ですが」


 「まぁまぁ。その代わりと言ってはなんですが、動画楽しみにしてるので。あっ、でも誰が作ったとかは公表しないでくださいね。ほんと、マジで」


 「っ!!! あ、ありがとうございますっ!! 正直今回の支払いだけでもいっぱいいっぱいで……。もしよければ、俺たちには敬語ではなく気安い言葉遣いで話してもらえませんかっ!? あと自分のことは剛田と呼び捨てでっ!」


 どういうこっちゃと思っていると、剛田的に敬語で話されるとものすごく申し訳なくて死にたくなるらしい。それならばと遠慮なくそうさせてもらおう。


 「それはいいけど、剛田は敬語のままなのか?」


 「はいっ! 自分! 敬語というかこういう話し方が癖なもんでっ! 動画でキャラ作ってる時以外はこんな感じなんでっ!」


 「あ、そなの」


 「はいっ! 御影さんのような圧倒的上位者には上下関係をはっきりさせていただいた方がこちらとしても助かりますっ!!」


 「は、はぁ」


ーー これがジャパニーズ・体育会系……? ーー


 (なのだろうか?)


 その後、昼の客が増え始める頃に解散することとなった。とは言っても玖内は今日はケモミミ団と一緒に行動するらしく、20層で亀を狩るつもりらしい。というかケモミミ団はミスリルを手に入れることができないと金欠なのだそうだ。主に俺への製作依頼で。そういうわけで、ダンジョンから得た素材での上手な製作の仕方はまた後日教えることにする。

 というか玖内、ありゃ心配半分あの子と一緒にいたいのが半分ってところだろうな。あの女の子にも聞こえるように『彼女さん』なんて言ったのに、女の子は否定するそぶりを全く見せないどころか、潤んだ瞳を玖内に向けていたのだから、きっと両思いなはず。うんうん、がんばれ、若人よ。


ーー マスターもがんばれください ーー


 (ぐぬぅ……)


 と、それは置いといて。


 いつもはエテメン・アンキの宝箱に入れるためだったり気になった探検者を地下闘技場に招いて専用装備を手に入れてもらうためだったり、アイテムを作るのは主にそういった理由だ。当然それは俺が勝手にやっていることで感謝されるようなことではなく、感謝を伝えられたことはない。探検者たちにとっては自らががんばった証であり当然の報酬とも言えるし、そもそも俺が作っているということは非公表だからだ。

 もちろん、ログハウスのメンバーたちのためにアイテムを用意することもあり、そちらは感謝されている、と思う。便利だろうと思って作ったものに便利だと正当な評価をしてもらっているわけだし。みんな普通の探検者よりも明らかに強いことも考えると余計なお世話かもしれないが……それもまた置いといて。


 作ったアイテムを手渡して、感謝される。ある意味そんな当たり前に思えることが俺には嬉しかった。ついつい過剰なサービスをしてしまうくらいには。


ーー ではそういった商いを始めますか? ーー


 (それは却下。前にもそういう話に落ち着いたろ?)


ーー そうですが、気が変わったのかと ーー


 (そんなこと思ってない癖に。わかってるだろ?)


ーー マスターは興味のない面倒事に関わりたくはないですからね。もしも製作者がマスターだと知れてしまえば依頼が殺到、下手をすればマスターの暗殺という事案も出てくるかと。それはワタシとしても望ましくありません ーー


 俺の目的のひとつである、探検者が増え異世界もののような世界になること、そしてエアリスが以前忠告してきたダンジョンからモンスターが氾濫する事態、それを防ぐために有効と思われるのはモンスターの間引きであり、結果として両方に対して効果があると思っている。もしもモンスターが狩られなければエアリスの危惧する事が本当に有りそうに思えておそろしい。


 (儲かるだろうけど、面倒だからな。でもわかってるくせになんでそんなこと聞いたんだ?)


ーー その答えを聞いて自分の思っていた事との差異を確認するという目的もありますが、たとえわかっていてもそれとは別にコミュニケーションというものはそういったことの積み重ねでもあると人類の叡智にありました ーー


 (つ、つみかさね? な、なるほど?)


ーー マスターはがんばってはいますが、気を抜けば割とコミュ障ですのでピンとこないかもしれませんが ーー


 (ぐぬぅ)


 なんだか今日のエアリスは俺にぐぬぅとさせたいようだ。まぁそうしたいならたまにはぐぬってやるのもいいだろう。怒っても仕方ないしな。

 ……お? こうやって受け入れることも円滑な人間関係を形作るためのコミュニケーションのひとつと言えるのでは?


ーー はい。普段ログハウスの皆様がマスターへの対応策のひとつとしておこなっているかと ーー


 「ぐ、ぐぬぅ」


 それはつまりこういうことか? みんなは俺にドン引きしているけど気を使ってくれている、と。……まぁわからんでもない、というか相当に気を使ってくれてると思う。

 頭の中にエアリスっていうよくわからん俺とは別の存在を飼ってたり、擬似核爆発を起こしてみたり擬似超新星爆発を作ってみたりモンスターを手懐けた挙句エアリスの鑑定結果に“神狼”なんて出ちゃうような育て方をしちゃったり、俺自身も変化がわからないが“進化”なんてしちゃったり……あれ? 人間やめてねぇ? そりゃ引くわ。そう考えるとみんなの器はダンジョンより広いかもしれん。


ーー そうですね。ところで器と言えば、“魔王”の様子を見に行かなくてもよろしいのですか? 寂しがっているかもしれませんよ? ーー


 (様子もなにも、卵の状態みたいなもんなんだろ? なら見に行く必要ないだろ)


ーー そうですか、わかりました ーー


 (ところで最近【ホルスの眼】が発動しないんだが)


ーー 当然です。進化時から徐々に統合が進んでおりましたが、完全に統合が完了し不要となりましたのでマスターの瞳から剥離されています。それと入れ替わるように【神眼】が定着しています。一度意識的に発動させることで次回から問題なく使えるようになっているかと ーー


 (ホルスの眼ぇぇって思ってたから発動しなかったのか。とは言っても一度意識して使っただけで次から簡単に使えるようになるとか、そんなまさか……)


ーー 騙されたと思ってやってみてください ーー


 (仕方ないなー。神眼んんん! ……あっ、ほんまや、見える)


ーー 何が見えますか? ーー


 (香織ちゃんが昼間っから露天風呂に……)


ーー 覗き、ダメ、ゼッタイ ーー


 (いや、違うんだよ。そこを狙ったわけじゃなくて、偶然そこにピントがあった感じっていうか……っていうかこれ【ホルスの眼】みたいに反動こないぞ? しかも感度良好。あっ、そこに杏奈ちゃんが乱入)


ーー 進化の影響のひとつなのでしょうね。身体の変化に対応するよう最適化されたのでしょう ーー


 (へぇ〜。すごかったんだな、進化。これなら目が悪くても小さな文字だってちゃんと見えそうだ)


ーー 眼鏡扱いとは発想が凡人ですね……そこを進化させるべきでは ーー


 (いうて凡人なんだから仕方ないだろう)



 凡人な俺は誤って香織のお風呂シーンを覗いてしまったことを忘れないが誰にも言わないでおこうと思った。


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