第133話 出刃包丁と特攻服


 「レ・イ・ナちゅわ〜ん!」


 「あ、あなたは」


 姿を現した追跡者はいやらしい笑みを浮かべた、なんともチャラそうな二十歳そこそこに見える男だ。その後ろに男と女が一人ずつ、二人とも武器であろう金属でできた棒を手に持っている。しかし空洞にはなっていないその棒は、宛ら中身の詰まった鉄パイプ、だろうか。


 「あの話ぃ、考えてくれたぁ〜?」


 「あの話 ……何の話かわからないです」


 「オレたちのパーティに入らないかってやつだよぉ」


 後ろの二人は「好きだよなぁアイツも。どーせすぐに飽きて捨てるくせによ」「もっと綺麗な娘を誘えばいいのに〜」とか小声で言っている。香織やレイナには聴こえないであろう声量だが、俺には聴こえるのだよきみたち。それにワンクッション置いてレイナをブスと言ってるそこの君、君の顔なんて出来の悪いじゃがいもみたいじゃないか。おっと、心の声が漏れそうになった。知り合いを侮辱されると腹が立つなぁ。


 (はぁー。難聴系になれないっていうのもつらいな。聴きたくないことまで聴こえちまうぜ)


ーー 本気で言ってるんですか? よく発症してるじゃないですか ーー


 (ほんまでっか?)


ーー ほんまでっせ ーー


 どうやらエアリスが“集音”しなければ聴こえないし、必要な時以外は切っているようだ。そういう時は聞き取れなかったりで、無意識に聞き返してるのかもしれない。とはいえそんなに聞き返したりしてただろうか。


ーー マスターは人と話をしているのにもかかわらず他の事を考えていたりしますからね。集中力があるのかないのかわからないことが多々あります ーー


 自分の残念なところを気付かされてしまうので、難聴系の話はまぁいいとして。


 「おい、そこのオニーサン。オニーサンからも言ってやってよ」


 「え? なんだって?」


 「っておいおい、耳遠いのかぁ〜? オニーサンじゃなくてオジーサンだったかもなぁ! だからぁ〜『弱いやつといるより頼れる男のパーティに入った方がいい』って言ってやってくれよぉ」


 「ん? まぁそれはそうだと思うぞ」


 「だろぉ? ほらねレイナちゅわ〜ん、オレたちといた方が良いってよ」


 う〜ん? 興味ないし話きいてなかったからわからなかったんだが、弱いやつって俺のことか? ってかこのチャラ男、自分で自分を頼れるやつとか言ってたりするのか? 恥ずかしいやつだな。俺が話を右から左に流している間に他にもいろいろと言っていたようだし、レイナも困ってるみたいだけどまともに相手にするのは面倒だしどうしたものか。


 「み、御影さ〜ん、見捨てないでくださいよ〜……」


 どうやら向こうが言っていた事に同意したからか、レイナに勘違いさせてしまったみたいだ。


 「そういうつもりじゃなくて、三下の話に興味ないから聞いてなかったんだ」


 「あぁん? サンシタ? サンシタってなんだよ。オレたちが三人いてもオマエより下だって言いたいのかあぁん?」


 ポケットに両手を突っ込み少し猫背にしガニ股気味なその男は、こちらを斜め下から覗き込むように頭を傾けている。なんだか古いヤンキーによくいるやつだな。いや、今でもヤンキーの作法としてこれが正式スタイルなんだろうか? うーん、どうでもいいな。ところで言葉の意味がわかってなさそうだし、親切な俺は説明してやらないといけないな。


 「いやいや、三下っていうのはそういう意味じゃなくてだな……ん? それはそれで間違いではないのか……?」


 説明しようとしたがこの男が言っている事も間違いではないだろうと思ってしまい中断し考える。正直、エアリスがいる時点で並の人間に負ける気がしないからな。


 「はぁ? じゃあどういう意味なんだよっ!!」


 どうやら頭の中まで三下なようだ。凄むチャラい男にレイナはビクビクしているが、香織は残念そうに嘆息している。

 チャラい男の後ろの二人も手に持った金属の棒を握りしめ、今にも殴りかかってきそうな雰囲気を醸し出しているが、まったく危機感を感じない。とはいえこのままではレイナが怯えたままでかわいそうだ。


 「三下っていうのは、んー、わかりやすく言うとだな……」


 説明を再開しようとしたところで本道側から一人の探検者がこちらへと向かってきているのが索敵によりわかった。どうやら走っているようでなかなかのスピード、もしかしたら目の前のぎゃーぎゃーとうるさいやつらの仲間かもしれないが、野次馬かもしれない。まぁどっちでもいいな。

 そんなことより“三下”についてだったよな。んー、えーっと……どう言えばやんわりとオブラートに包んだ感じになるんだろう。わからん。だって一番下っ端の雑魚ってことだし。よし、控えめに言おう。


 「……割と雑魚ってことだ」


 『割と、を付ければオブラートというのはどうかと』などとエアリスに言われたが、他にどう言えと……。俺がオブラートについて考えていると男はなんだか怒ってしまったようだ。


 「んなっ……! ざっけんなよテメェ! 大人しく聞いてりゃいい気になりやがって!! しかもでけー犬なんて連れてよぉ! セレブ様が来るような場所じゃねぇんだよ!」


 おとなしくはなかったしどちらかと言えばこちらが聞いてる側な気がしないでもない。それにセレブじゃないしチビは犬じゃない、元はモンスターのシルバーウルフ、狼だ。とは言え共感するところはあるな。でかい犬はセレブの証か。俺も昔は近所の家で飼われていた白い毛がフサフサした大きな犬を見て、この家はお金持ちなんだろうなって思ったもんだ。実際はごく普通の家庭だったが。


 「よぉーしわかった。そっちがその気なら体に覚えさせてやんよ!」


 何をわかったのかは知らないが、魚屋で使ってそうな長めの出刃包丁を取り出し舌でぺろりと舐める。すごいな、なんていうかすごいバカっぽい。っていうかいくらダンジョンの中とはいえ、簡単に刃物を人に向けちゃだめだろう。それに刃物を舐めたら危ないだろう……舌切ったらどうするんだ。


 「オニーサンとそっちの……フードで顔がよく見えねーけど、どーせブスだから堂々と顔出せねーだけなオンナは知らねぇだろうから教えてやるぜ。オレが『出刃包丁のトシ』だ! 覚えとけっ!」


 「だっさ」


 「うわぁ……」


 俺と香織は全力で嫌な顔をした。


 「ふ、二人ともあまり挑発しない方がいいですって……」


 「挑発なんてしてないよ。ね、香織ちゃん」


 「はい。ただの感想ですし思ったことが顔に出ちゃうなんてよくある事ですよね?」


 俺と香織はにっこり笑顔を合わせ、そして互いにイライラが募っていることを知った。香織からはなんとなく冷気のようなものを感じるけど……レイナは何も感じていないみたいだ。


 「……ぁん? カオリだぁ? まさか雑貨屋連合のメンバーとして一時期お茶の間と男子校の話題を掻っ攫った香織姫……いや、んなありえねぇ。そもそも香織姫はこんなとこにいるはずねぇし。あー、そうか! 名前が同じなのに本物と違って顔がひでーから恥ずかしくて見せらんねーのか! ぎゃははは!」


 さすがに怒るぞナマクラ包丁のトシよ。あと後ろの二人も変な顔して笑ってんじゃねー。

 ふとエアリスから“食事中”の気配がする。あぁそうか。俺は今本当に怒っているらしい。


 「お前は俺を怒らせた」


 「あん? なんだよウサギ相手に罠を使う卑怯なオニーサン?」


 ナマクラ包丁のトシが言うと隣から薄ら感じていた冷気が途端に強まる。


 「ついでに私も怒らせた。悠人さんにそんな事言うなんて……」


 こんな時だけど、俺の事を悪く言われて怒ってくれているのがわかり、少し嬉しく感じてしまっていたりする。それはそうと、どうやらナマクラ包丁のトシの頭の中では、俺はウサギを罠で狩っていた事になっているらしい。結構がんばって銀刀をぶんぶんと振っていたんだがなー。それはもう名前を御影ブンブン丸に改名してもいいくらいにブンブンしていたはず。


ーー ブンブン丸という名前はどうかと思いますがそれはさておき、がんばりすぎて見えていなかったのでは? ーー


 (自分を強いとか言うくらいだからあれくらい見えるんじゃ? 香織ちゃんのおばあさん、初枝さんならたぶん余裕で見えてるでしょ)


ーー 雑魚すぎてしまうと相手の力量が埒外であれば測ることすらままなりませんし、それに雑魚ほど己を過大評価するものです。そもそも初枝様と比べることに意味などありませんよ? あの方は格が違います ーー


 (ふむー。エアリス頼みな俺も気をつけなきゃならないなー)


ーー 今のマスターであればステータスを常人並みにしたとしても、刀の使い方や体の動かし方が常人とは一線を画していますので問題なく強い部類かと。それに能力もワタシが規模を制御していますので、その枷がなくなれば今よりも強力なことは明白ですし。せっかく実験台がいることですし世界が滅びる覚悟をもって試してみますか? ーー


 (いやいや、持て余した力とか身を滅ぼすに決まってんだろ? そんなことになるくらいならエアリス頼みで良い)


ーー 目の前の雑魚とは違い、賢明な判断のできるマスターでよかったです。それはそうとマスターはやはりワタシがいなければ ーー


 (あぁ、そういえばこいつの話を聞いてやらないとな)


 エアリスをスルーしてナマクラ男に耳を向けると、聞いているだけでストレスマッハな声で好き勝手なことを言っている。


 「女のレイナちゅわ〜んでもナイフで刺してるのによぉ、男のオニーサンが罠を張って突っ立ってるだけとかないよなぁ? どーせ腰につけてるのも刃の潰れた模造刀なんだろ? オレでさえ持ってないのに、こんなクソ雑魚そうなやつがまともな日本刀なんて持ってないだろうしな! 顔も童貞っぽいし! ギャハハ!」


 ブチィ……!


 目の前の三下が挑発してくる。自分よりも何もかもを下と位置付けてこき下ろさないと気が済まないタイプらしいな。力一杯殴ってやりたい気分だが、それやったら原型止めてるかもわからないし、良くて血祭りな予感しかしないな。

 ところで何かが千切れるような音がしたような。恐る恐る隣を見ると、香織の背後に薙刀を持った般若を幻視しすぐに目をそらした。俺は何も見ていない。索敵の能力がもしかすると異常進化して背後霊的なナニカまで見えるようになってしまった可能性は否定できないが、とにかくなにもみていないんだ。だが目を逸らしている間に殺人事件が起きてはまずいと思える程度に怒気を感じるわけで……たぶん俺が悪く言われて怒ってくれてるんだと思うけど、なんていうかこう、自分よりも怒ってる人を見ると自分の怒りゲージがみるみる萎んでいくよな。とりあえず俺の腰につけてある保存袋から薙刀を取り出そうとしているのを止めなくては。


 「香織ちゃん、あの、お怒りなのはわかるんですが、やめましょう? ね? まずは冷静になる事も大事だと思いますよ?」


 「え? どうしてですか? 今ならきっと目撃者もいませんし、三人くらい秒で始末できますよ? あ、もう一人こそこそしてるのもいますね。ついでにやっちゃえば大丈夫じゃないですか? 瞬ですよ?」


 「秒でも瞬でもだめです」


 なんとか香織を宥めようとしている間、ナマクラ男にレイナが反論している。さっきまで怖がっていたのに……いや、今もまだ怖いようだが、それでも反論してくれているのか。なんだか優しい世界だなぁ。


 「御影さんは弱くないですよ! あなたみたいな人と一緒にしないでください! それにこんな素敵な人が童貞なわけないじゃないですかっ! むしろ大歓迎ですよっ!」


 「はぁ? レイナちゅわ〜んなんでそんなやつを庇うわけ? 実際にウサギを狩ってた時動いてなかったじゃないかよぉ。本当は罠が失敗しないかビクビクして動けなかったんだろ? なぁ、童貞オニーサンよぉ?」


 一度萎んだ怒りが再燃してくるな。ってかレイナもレイナで童貞かどうかのところに反応しなくてもいいと思うし、庇うように言っておきながらこっちをチラチラ見て反応を見ようとするのもやめてほしい。香織もそれまでの怒りを忘れたようにこちらをチラチラみないで欲しい。


ーー どうしますか? またつまらないものを斬ってしまいますか? ーー


 (うーん。騒ぎを聞きつけたのか知らないけどもう一人こっそり見てるのもいるしなぁ。人目があるとなぁ)


ーー 様子を窺っていますね、今のところこちらに来るつもりはないようです。……では不可侵の壁で一時的に視界を遮ってしまっては? ーー


 (あぁ、そんなこともできたんだったな。じゃあそれで)


 部屋と部屋を繋ぐ短い通路に展開した黒く塗り潰された【拒絶する不可侵の壁】が遠くからこちらを窺う人物の視線と接近を拒絶する。それを確認し、出刃包丁のトシへと向き直る。


 「で? どうするんだ? 体にわからせてくれるんだったよな?」


 「そっちがその気ならやってやんよ!!」


 「いや、その気だったからそっちが言い始めたんだろ?」


 「うるせぇ! しねぇぇぇ!!」


 「いきなり死ねとは物騒だなぁ」


 後ろの二人も手に持った鉄の棒で殴りかかろうと姿勢を低くする。が、その前に俺は一歩を踏み出した出刃包丁のトシに向けて銀刀を抜き放ち丁寧に斬り抜ける。エアリスによりDEXとAGI、つまり器用さと敏捷性を主に司るステータスが限界まで引き上げられ、まるで時が止まっていたかのように感じられた。そして折り返してまた丁寧に斬り元の位置に戻ると、出刃包丁のトシに注意を促した。


 「足元気を付けろよ?」


 「はぁ!? 何言って……あゔぇし!」


 二歩目を出そうとしたところ、スルリと落下していったズボンに足を取られ前のめりに尻を突き出した体勢で派手にコケる出刃包丁のトシ。おしりの割れ目に沿ってボクサータイプの下着にも切れ込みを入れていたので後ろの二人からは丸見えであろう。


 「ぃ……ってぇ……い、何が起き…た…?」


 自分の状況を理解した出刃包丁のトシの顔には羞恥と激昂の表情が入り混じる。


 「また……ほんとうにつまらない物を斬ってしまった……。でも三下には見えなかったみたいだな」


 「なっ!?」


 「とりあえずちょうどいい姿勢だし、レイナと香織ちゃんに謝っとけ。な?」


 少し強めに威圧すると、ようやく実力の差をご理解いただけたらしい。出刃包丁のトシとその取り巻きは脂汗を垂らしながら素直に土下座で謝っていた。出力としてはそれほどではないにしても、一応ただの威圧ではなく【超越者の覇気】だ。物理的な圧を押し付けるそれは下手をすれば肺の空気を押し出し意識を刈り取る事もあるんだが、意識を止めているところを見るにそれなりにステータスは高いのかもしれない。エアリスが言うには常人には対抗手段はないらしいし。


 不可侵の壁を解除すると遠くから窺っていた探検者がこちらへとおそるおそるやってくる。

 昔流行った独特な髪型、リーゼントをバッチリ決めて白い特攻服を着ており、背中には鉄の棒のようなものを背負っている。目の前で土下座している二人と同じような棒だが、ここに来るまでに同じような棒を武器として使っている探検者を多く見かけたことから察するに、武器としてそういうものを作っている企業があるのかもしれない。


 「あ、あのぉ〜、大丈夫でしたか?」


 「あぁ、見ての通りだ」


 「あ……あはは……。大丈夫そうですね。いや、すみません。この人たちしょっちゅう問題起こすんですよ」


 「そうだったのか」


 「一応監視と問題を起こしそうなら注意しようと思って追ってきたんですが……突然真っ暗になって見えなくて」


 そう言って土下座三人衆へと歩み寄り「次なにかしたらほんとに警察に言いますからね?」と釘を刺し、三人にダンジョンから出るように言っていた。


 「俺は竜崎って言います。以前は……この公民館に仲間とたむろしてご近所に迷惑かけてたクズ野郎です」


 とても独創的な自己紹介だと思う。初対面の相手にそこまで自分を卑下しなくてもいいと思うが、髪型も今の時代では独特なものだし何かこだわりがあるのかもな。その話ぶりと雰囲気から、以前は、と彼自身が言っている通り今は心を入れ替えたのだろう。髪型は特徴的且つ攻撃的だが、物腰もやわらかく雰囲気はとても良いやつそうだ。


 「ダンジョンができたあの地震があった時も公民館にいたんです。それでその時の俺たちは怖いもの知らずっていうか……バカだったんですね。軽い気持ちで空いた穴に入って一本道を進んで行った先でスライムに出会してしまって。危険だなんて知らなくて、仲間の一人が指で突いて遊んでたら天井にも居たことに気付かなくて……」


 なるほど。仲間がやられたのか。それは……災難だったな。


 「それで助けようとしたんですけど、俺たちとそいつの間にもスライムが次々降ってきて、結局逃げ帰ることしかできなかったんです。それからは同じような目に遭う人が現れないように、生き残った仲間たちとダンジョン警備ボランティアをしてます。こんな髪型してますが、これは失敗を忘れないためで……あとやっぱり気合入るんですよね。ちなみにみんなこんな髪型なんで、“リーゼン党”っていう名前で活動してます」


 ふむふむ。なるほどよくわかった。しかしこの竜崎という男、自分語りを初対面でしてしまうし、おまけにその内容が一部非常に重いな。ただそのネーミングセンスは嫌いじゃない、むしろ好きだぞ。


 「す、すみませんっす! 理由はわからないんですが、あの時から俺、自己紹介するとその事を話してしまうんです。嫌な話ですよね」


 「いや、まぁ、今は地域のためにがんばるいいやつなんだなってことがわかったよ」


 「恐縮です。それであの……」


 「あ、御影悠人だ。よろしく」


 「三浦です」


 「ご存知でしょうけど、レイナです!」


 「レイナさんは知ってます。いつも絡まれてますから。みなさん、ご協力ありがとうございました」


 そう言って頭を下げる竜崎。ただ鬱陶しいからつまらぬものを斬っただけの事を感謝されるとなんだかむず痒いな。

 途端竜崎は顔色を変えた。


 「あれ……? 御影……三浦? もしかして、三浦さんのお名前……香織とかだったり?」


 「そうですけど」


 「あ……あわわわわ……じゃあ御影さんってやっぱり……も、もしかして、クラン・ログハウスだったりしませんよね?」


 「そうだが」


 「そうですよね、そんなわけないですよね……ってええぇぇぇ!?」


 「えっ!? 御影さんってクラン・ログハウスだったんですかっ!? ってことは香織さんってやっぱり香織姫……ど、どうしよう! すごい人と知り合っちゃった!」


 「え? なんで知ってんの?」


 どうしてそんなに驚かれるのかもわからないし、どうしてそんなにすごい人扱いなのかもわからなかった。それに竜崎は俺の“御影”という苗字に引っ掛かりを覚えたようだったし。

 俺と香織は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げ合う。ついでにチビも真似をするように傾げていてかわいかった。


 「一ヶ月くらい前にダンジョンの中にあるっていうダンジョン、エテメン・アンキでしたよね、そこでモンスターが溢れてくる事件の時に探検者を集めたりマグナダンジョンにあるマグナカフェの鬼軍曹が開催したブートキャンプで護衛をしたりしてたあのクラン・ログハウスですよね!? ニュースで見て、こんなすごい人たちがいるんだって憧れてて……ファ、ファンです! 握手してもらっていいですか!?」


 「え? ニュース? ファン? 握手? いいけど」


 ダンジョン内にあるログハウスで生活していたため知らなかったのだが、もしかしたらあの時の探検者の誰かがリークしたのかもしれないな。まぁ知られて損どころか、もしかしたら良い宣伝にはなってるのか?


ーー 他人事のように思っているマスターに悲報です。香織様だけでなく、マスターも身バレ注意ですのでご理解ください。今のところ一般にバレていないと言えるのは、お顔だけですので ーー


 (ま、まぁ顔と一致しないならセーフ……だよな)


ーー 時間の問題かもしれませんが ーー


 竜崎はガシッと俺の手を両手で握り……ちょっと痛いくらいの暑苦しい握手をしてきた。続けて香織にも握手を求めていたが、俺と竜崎の握手を見ていた香織は被っていたフードを取り、笑顔でさらりとお断りしていた。『私はそういうのは女性と子供だけにしているので』だそうだ。


 お茶の間を席巻した経験のある雑貨屋連合の香織姫はちがうな。しかしクラン・ログハウスという名前がニュースに出てしまったとなると、こんな事がまたあるかもしれないな。でもめんどうだし俺もその理由使おうかな?


ーー マスターが『女性としか』などと言えば世間の評価がガタ落ちですよ? ーー


 (だよな。よし、なるべく隠そう)


ーー 賢明な判断かと ーー


 レイナはというと、『女性なら良いんですよね!?』と香織と握手していた。


ーー マスター、竜崎という人間の自分語りの理由が判明したかもしれません ーー

 

 触れる事で相手の能力やステータスを看破できてしまうエアリスがこっそりと個人情報を抜き取ったようだった。


ーー 竜崎の能力は【贖罪(しょくざい)の蕾(つぼみ】でした ーー


 (自分の罪を告白して善行をしたくなる能力とかか?)


ーー 隠そうとしてもついつい口が滑ってしまうようですね。善行を行うかどうかは本人次第ですが、本人が贖罪のための行動と認識している間、ステータスが上昇するようです ーー


 (ほぉ。デメリットと限定条件があるからその分強力ってことか。じゃあ今みたいに警備ボランティアをしてて、それを贖罪だと本人が思っている間は強くなるってことだよな。どおりで握手が痛いわけだよ)


ーー 今のマスターのステータスはSTRが低めでDEXAGI極振りといった具合になっていますからね。とはいえそうであっても痛いと感じるということは力負けしそうな状態だったということですが ーー


 (デメリットがめんどくさいけど強能力かもな)


ーー はい。ところでマスター、知らない人と話すと未だにそっけないというか無機質というか、そんな話し方ですね ーー


 (知らない人と話すの得意じゃないんだから仕方ないだろ。それにリーゼントの人となんて話した事ないんだぞ、緊張するに決まってる)


 俺がコミュ障だという話はもういいよな? エアリスさん心を抉るのはもうやめにしてください。


 それからしばらくレイナ、竜崎と話していると、いつの間にか時計の針は夕方五時を回っていた。そろそろ帰るかという話を切り出すと、二人は少し名残惜しそうにしていた。


 「二人は地上に帰るのか?」


 「俺はダッシュで見回りながら帰ります」


 「私はできるだけ狩ってからモンスターが出てこない部屋でビバークですね。少し戻れば女性も結構いますから、一緒に食事取ったり見張りを交代したりしながら休むんですよ」


 「へぇ。ハートフルダンジョンなんだな」


 「ええ。一部そうじゃないのもいますけどね」


 先ほど絡んできた出刃包丁君……ナマクラ君だったか? のようなやつのことだろう。このダンジョンにはかなり多くの人が来ていることから、他にもいそうな気がする。できれば絡まれないようにしたいものだ。


 それにしても探検者を鍛えようとしているかのようなダンジョンがすぐ近くにあったとは。実家のダンジョンがあったためにこっちには来たことなかったから知らなかったな。エテメン・アンキを訓練場にしたことでこっちは下位互換になるのだろうか? いや、こっちは肉がドロップするしな。他にも何かドロップするのかもしれないし下位互換とは言い切れないか。

 考え事をしている間も話は続いていた。 


 「さっき御影さんにもらったウサギ肉、たぶんビバーク仲間が何人かいるはずなのでみんなでいただきますね」


 「うん。あっ、すぐ食べられるようになってるから、一緒に入れておいたソースつけて食べてみてね。それと何か思う事があったら、近くにSATOっていうお店あるから、そこのご主人に伝えてあげて。新作ソースらしくて意見がほしいって言ってたから。御影からソースもらったって言えばわかると思うよ」


 「ひぇえ!? SATOってあのSATOですか!? ……SATOのソース…ごくり……しかも人気のウサギ肉。贅沢品をダンジョンで食べられるなんて……っていうか御影さん、行ったこともないお店にいきなり意見なんてできませんよ! 御影さんに言いますからね!?」


 「そういえば連絡先知ってたんだっけ」


 「ひどーい! お店で教えあったじゃないですか〜。それなのにお誘いのメッセージも、お店にお誘いと見せかけたデートのお誘いもかる〜くあしらわれましたしー」


 「無理やり俺のスマホを強奪したの間違いでしょ。それにそんなにお金ないって」


 「そうでしたっけー? 酔ってたのでおぼえてませ〜ん」


 「酒は滅多に飲まないって言ってた気がするんだけどなぁ」


 「違う意味の酔いですよ〜だ!」


 「車酔いとか3D酔いくらいしか知らないな……」


 この辺ではちょっとした贅沢の“ジビエ料理SATO”だが、それをダンジョン野営で食べられるというのは本当に贅沢かもしれない。俺なんてログハウスに住む前は塩胡椒で焼いてそのまま食ってたしな。


 実はあのウサギ肉、ログハウスメンバーの試食用にと渡されたのだが、余るほど渡されたのでこうやってSATOを宣伝するのもありだろう。それにSATOのご主人ももしかしたら貴重な意見をもらえるかもしれないしな。そうなるとさらに美味いものが食べられるようになるかもしれない。そのために肉を狩り、それを料理してもらうループ。それでお金も貰えるなんて……うむ、すばらしい計画だ。ただし、不労所得ではないところだけがネックだ。だがすばらー。


 そんなことを考え自画自賛していると、香織がとあるアイテムをレイナに渡しておけないかと聞いてきた。余るほど作ってあるので快諾する。使う事がない方がいいアイテムな上に試作段階ではあるが、もしもの時は一定の効果を発揮するだろう。


 「それとこれ、本当にピンチの時にこれを割ったり砕いたり、壊したら助けがすぐ駆けつけると思うから。竜崎君も何かあったら使ってみてくれ。もし助けが来なくてもしばらくの間はなんとかなるはずだから」


 「すごいですね。どこかの新商品ですか? 未来的な見た目がシンプルながらかっこいいデザインですね」


 「うわぁ〜。透明な板の中に光ってるように見える線が血管みたいに通ってるんですね。ちょっとキモ可愛いですね」


 反応はそれぞれだが、人によっては気持ち悪く見えることもあるだろう。とりあえずキモ可愛いと評価したレイナはやはり少し特殊なのかもしれないが。


 「ちゃんと効果が出るかわからないから、もしかしたらって感じでひとつ」


 「また出刃包丁の人みたいなのに絡まれて襲われそうになっても壊されないように大事にしますね!」


 「俺も見回り中に敵わないモンスターに出会っても、これだけは死守します」


 「いや、そういうときに使うんだよ、君達」


 そのアイテムとは使い捨ての“星銀の指輪”のようなもの。破壊すると封じられた能力が発動し、所有者の身体を修復する。さらに使用者を守るように【拒絶する不可侵の壁】が発生し、発動したことをエアリスが受信することができる。それを辿り転移することですぐに駆けつけられると便利かもしれないということでエアリスが作ったのだった。


 そういえば竜崎が“どこかの新商品か?”と言っていたが、そういうアイテムを研究している会社があったりするんだろうか?


ーー あるにはありますが、実用レベルどころか空想している段階ですよ ーー


 エアリスはインターネット上にある情報を瞬時に知ることができる。こう言ってはなんだが、進化したスマホの音声ガイドのようだ。しかし、ハッキング機能付きだが。


 (それにしてもエアリスが自分から他の人用のアイテムを作りたいって言うなんてなー)


ーー ログハウスに普段いないメンバーもいますからね。そういったものがあるとマスターにとっても不安が少なくなるのではないかと思いまして ーー


 (普段いない、か。そう考えると、なんだか大所帯になってきた気がするな。人間じゃないのもいるけど)


ーー そうですねぇ。最初はワタシと二人きりでしたもんね ーー


 (厳密にいうとそれって二人ですらないけどな)


ーー そんな寂しいことを言うマスターには現実を見ていただきましょう。大所帯ということはお給料も ーー


 (……俺が悪かったよ。やめようこの話)


 現在、クラン・ログハウスにはあまりお金がないという現実が思い出され、迷わず逃避することにした。


 アイテムに関して本当に信用できる人以外には口外しないよう約束してもらいその場を去り、人目につかないところから転移でログハウスに帰る。ちなみに竜崎が現れてから、チビがずっとウサギを狩っていた。若干肉の在庫が増えているので実質なにもせずにウサギ肉をゲットしているわけで、なんだか得した気分だ。


 ログハウスに戻ると、香織からソファーに座るように促され従う。すると貼り付けたような笑顔の香織が、レイナとずいぶんと仲が良さそうなことについて聞いてきた。慣れていない人と話すのが得意でない俺が普通に話せているのが不思議なのかもしれない。聞かれた事に答えていくと、満足したらしい香織がちゃんとした笑顔になっていた。もしかすると俺がレイナに騙されているかもしれない、などと思って心配してくれたのだろうか? それにしても二人も初対面とは思えないくらい普通に仲よさそうだったし、騙すような人ではないとわかっていそうだが。


 考えてもわからないので放棄し、キッチンで夕食の準備をしている悠里にSATOから試食品をもらって来た旨を伝えると、何を作ろうか悩んでいたところだったらしくちょうどいいと喜んでいた。


 夕食ができるとさくらがやってくる。どうやら部屋で遠隔会議をしていたようだった。今日の出来事を話したりしているとあっとういう間に食事が終わる。食後にリビングで寛いでいるとみんながいることを確認しさくらが話を切り出した。


 「今日、軍曹たちがエテメン・アンキに行くって話したじゃない? そのことを夕食の前に聞いていたのよ」


 「誰が生贄になったの?」


 「それがね、全員だそうよ」


 「全員……」


 「2階で全滅したそうよ。でも死亡判定時は痛くないらしいし、それに復活は問題なかったらしいわ」


 「2階かぁ」


ーー 2階はゴブリンとオークの一般兵が多数、メズキが五体です ーー


 「ゴブリンとオークがいっぱい、メズキが五体だってさ。やっぱ物量で押し切られた感じかな」


 「そうらしいわよ。最近軍曹達も忙しくて実戦はほとんどできていなかったらしいし、しばらく通うそうよ」


 「入って数時間中にいても、外にでると入ってからほとんど時間経ってなかったりするんだけど、一日に何度も入ったりするかな?」


 「どうかしらね〜。入場料は経費で落とすらしいけど、体力的に一日二回くらいがいいところだと思うわよ」


 「ふむふむ。四人で入って一日二回、八万円!」


 「それで、お得意様になる予定らしいから少しサービスしてくれ〜って言ってたわよ?」


 「サービス? 金額は問題ないってことは……特別仕様で訓練したいとか?」


 「そういう感じね」


 「じゃあそのうち闘技場で軍曹たちを鍛えるようにしてみよっか」


 「ありがとう悠人君。喜ぶと思うわ。検証の件、迷宮統括委員会(ギルド)と上官にも報告は済ませたらしいから、徐々に探検者が来るようになるかもしれないわね」


 「そうだねぇ。一応武器とかアイテム類も拾えたりするから、それ目的に挑戦する人もいるかもしれないね」


 「それとね……」


 声のトーンを一段階下げたさくらが話を続ける。それに対し、俺たちは少し嫌な予感がしていた。


 話された内容は、少しではなくかなりまずいものだった。可能性はないとは言えないことだったが、実際にそういった動きをする国家があった場合、それに呼応または対抗するように他の国も似たような事をしたりする。それが軍事的に大国であれば、すぐにでも大戦に発展してしまう可能性があるわけで。


 俺たちの平和が脅かされようとしていた。

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