第105話 セフセフ!
黒銀の鱗を煌めかせるギャル黒竜。その巨大な顎門が開かれゴアァァァァ! とでも言えばいいだろうか、そんな咆哮と共に光が押し寄せる。そのドラゴンブレスへの対処をエアリスに任せた悠人が大剣エリュシオンにエッセンスを込め、チビと香織が悠人に合わせるべく意識の対象を悠人とギャル黒竜に向けた頃、フェリシアはこの状況を愉しんでいた。
(さすがだなぁ。あの時とは比べものにならないくらい残りカスになっちゃってるのに、やっぱりすごいや!)
「あらあら? フェリちゃん、楽しそうね?」
「へ? い、いつも通りだよ? だよね?」
「あら〜、じゃあいつも楽しいのね? うふふ〜」
「そ、そうだよ。みんなのところで一緒に生活できて、毎日が楽しいよ!」
「それはよかったわぁ〜」
(……さくらは心が読めるのかな? いや、そんなまさか。ヒトっていうのは僕たちがダンジョンを開いたからこそいろんな能力が根付いたはずだし、そもそも何もない無能という土壌があったからこそ発芽できたはず。さくらだって僕たち由来の能力を身につけてるし例に漏れない…はずなんだけど……)
「あら? どうかしたのかしら? お姉さんの顔に何かついてる?」
無意識的にさくらを凝視してしまっていたことに気付いたフェリシアは冷や汗を流す。「さくらを見てると安心するなって思って」などと誤魔化しては見たものの、それがどの程度効果があったやら。不安を消し去ることが難しいながらもフェリシアは自らを鼓舞する。
(そもそも存在的にボクは上位なんだし、何も心配することなんてないよね。母様も言ってたじゃん。ヒトの可能性は無限かもしれない、でもそれは『同じ存在の中では』って。ならボクはその『同じ』とは別だから…うん! だいじょーぶ!)
「フェリちゃん? 考え事かしら? お姉さんで力になれることなら相談してね?」
「う、うん! ありがとう! でも大丈夫だよ! 悠人たちを見るのに夢中になってただけだよっ!」
(う〜ん、ヒトってこわいなぁ。っていうかさくらがこわいなぁ。やっぱりいきなりログハウスに来たのはまずかったかなぁ。でもヒトの事は観察したし。幻層に百人集めたのだってそのためみたいなものだし……。まあ思った以上に早くラミアが尻尾出しちゃったから充分とは言えないかもしれないけどさ。はぁ…もっといろんなヒトを見てからでもよかったかな)
地球上のすべての生物の上位に位置する存在であるフェリシアはずっと人間を観察していた。彼女の母とは違い苦手であった電脳世界、所謂インターネット上で記録を参照することも時間はかかったがなんとかやっていた。地球上の生命を観察し続けた集大成として、これまた苦手とする生命体創造を時間をかけて繰り返し、創造物を放った。創造物たちは彼女が用意した理想郷で循環を始める。時間をかけてその循環を観察し、今となっては創造物を短い時間で創り出すことも不可能ではなくなっていた。そんな彼女が下位の存在であるさくらに戦慄を覚え、ちょっとの後悔を覚えた頃、悠人たちの戦いに動きがあったようだった。
「あら。香織とチビも動くみたいね。」
「そうだね。それにしても悠人の鎧、どうなってるんだろう。あんな高出力のブレスを受けても傷一つつかないなんて」
「そうなの?」
「うん。観察するのって結構好きだし得意なんだけどさ、あのブレスってエッセンスだけじゃなくいろんな粒子や元素の集合体みたいなんだよね」
「粒子? 砂の粒みたいなものかしら? 元素っていうのは…原子?」
「似たようなものだよ。でも原子よりも広い意味になるかな」
「難しいのね〜。それで、その元素の集合体はどういうものなのかしら?」
「う〜んと……例えば悠人が使うルクスマグナってあるでしょ? あれはエッセンスから生み出した純粋エネルギーっていう元素を……わかりやすくいうとガソリンに火をつけて放ったみたいなものなんだよ」
「ん〜? …あっ! 火炎放射器みたいなものかしら?」
「そんな感じかな? でもあのブレスは、そういうのも含むいろんなものなんだ」
「う〜ん? つまり?」
「うーん、観察は好きだけど説明は苦手なんだよ〜。ごめんね? ごめんね? あっ、でも悠人がゲームの事いろいろ教えてくれたからゲームっぽく言うね。えっとね、単一の属性のルクスマグナと違って、あのブレスは多属性ってこと。つまり、ルクスマグナを防げる鎧があったとしても、他の属性も防ぐかっていうとわかんないってことだよ」
「というと、今悠人君が着ている鎧は斬っても叩いても傷がつかないっていうことなのね?」
「そうそう。普通は何かに強くするとどこかが弱くなるはずなんだよ。それにあの鎧に使われてる素材は何にでも強いなんて都合の良いものじゃないはずなんだ。だから、言ってしまえば全属性攻撃に耐えられる鎧なんてできるはずないと思ってたんだけどなぁ」
「……そうなのね」
二人が話している間、さらに戦況は変化していく。悠人が持つエリュシオンによる攻撃は硬質な金属音を発するのみでかすり傷一つついていない。ならばとチビが紫電を纏い噛みつき、引っ掻き、体当たりと繰り返してみるものの効果が感じられないと踏み、今度は振り回し勢いを乗せたハンマーをチビを足場にして飛び上がった香織が黒竜の頭に叩き込む。しかしそれも効果があったとは思えずはじき返されてしまっている。弾かれたことにより空中で体勢を崩した香織に対し黒竜は……
「いっただっきまぁ〜す!」
「チビ!」
丸呑みにしてやろうとその巨大な上下の顎を香織に向かって閉じる。しかしそれはいつの間にか短距離転移のプロフェッショナルとなっていたチビが閉じかけた顎門の隙間を縫って救出した。しかし黒竜もそのまま逃してはくれず、二度三度と顎門が噛み合う音が響き渡った。香織がしがみついているチビはその追撃を、転移を繰り返し器用に避けていく。しかしガチンッガチンッという音の間隔が短すぎるため、転移先は極々近距離になっていた。体を捻らせながら転移を繰り返すチビ。その捻りにより生み出された遠心力を利用し、香織はハンマーを黒竜の目に向けて投げつける。すると黒竜は驚いたのか追撃をやめハンマーを避けていた。チビにとってその隙は悠人の側へと転移するには充分な時間となった。
「た、食べられちゃうかと思いました」
「チビに感謝だね。俺じゃ間に合わなかったかもしれないし。ってかチビ、香織ちゃんも一緒に転移させてたな……」
ーー 人体実験は未だしていませんが、不可能ではないかと。それと今のマスターであれば身代わり程度ならばできたかと。実際に身代わりになるなど、そんなことはこのワタシが許しませんが ーー
「ふむぅ。許さないとか言いつつそんなことを言うってことは……」
ーー さすがマスター! 以心伝心ですね! ……ですよね? まさかギャル竜に飲み込まれてから腹を斬って出てこようなどとは思っていませんよね? ーー
「さすがにそんな危ない発想はしてなかった」
ーー ふぅ。であれば安心です。以心伝心だったはずです! ーー
「まぁ、うん。さっきから攻撃が効いてるとは思えないもんな。でも全部が全部硬いわけないよな」
ちなみにエアリスの声はギャル黒竜にも聴こえている。近くにフェリシアがいることによって、普段は悠人にしか聴こえないエアリスの声が一定範囲内全てにどこからともなく聴こえる状態になっているからだ。その会話を聴いた黒竜は明らかに動揺している。もしかすると自分の腹の中から斬って出てくる血濡れた漆黒の騎士を想像してしまったのかもしれない。
(な、なんか嫌なヨカンするんですケド? なんだかわかんないけど怖いからさっさと決めちゃうからね! あの黒鎧には傷がつかなかったケド、中身まで無事なんてことはないハズ! さっきのでもすっごいゲロ吐いてるみたいな気分になったけど、もっと大出力でやれば!)
ーー おっと、どうやら先ほどよりも出力が高いブレスが来るようですね ーー
「問題ある?」
ーー ありません。先ほどは過剰防衛になっていましたし、ワタシ作の鎧は問題ないでしょう ーー
「鎧はいいけど、中身も無事だよな?」
ーー ……も、もちろんですとも! 不安なら先ほどよりも厚めに防御を固めましょうか!? その方がいいですよね! 念には念をというやつですね! そうしましょう! ーー
「うん、順調に人間ぽさというか……どんどんアホになってきてるな」
ーー け、決してマスター自身を忘れていたわけではないのです…。その、マスターからおすすめしていただいたゲームでは強い防具ほど露出が激しくなるのに無傷でしたのでなんというかその…… ーー
「あ〜。エアリスはあのゲームを気に入ってたもんな。まぁゲームのしすぎでちょっと頭が大変なことになることもあるよな。っていうか俺の頭の中にいるようなもんだから俺の頭が……? ま、まぁいい。それで思い出したけど、この鎧って……」
ーー はい! あのゲームのラスボスがモデルです! ーー
「あ〜、はいはい。ストーリーを進める時は魔法が有利なのに、ラスボスだけ魔法が全く効かないんだよな。にしてもあのゲームって、火に耐性があると水が苦手とかあったのに、ラスボスだけおかしいんだよな。全属性耐性とか」
ーー その点も出来得る限りの再現に成功しています。はぁ〜。一日三十六時間プレイをしていた甲斐がありました。がんばりましたね……ワタシ ーー
「なんだか一日を三十六時間とか言っちゃうあたり、既視感があるな。まぁ昔の事だ、気にすまい。あっ、じゃあ行ってきます」
「え!?」
突然の「行ってきます」。香織にそう告げた悠人はその場から消え去った。残されたエッセンスの残滓を見つめる香織だったが、すぐに悠人の転移先を感じ取る。
「あれれ? おにーさんどこ? せっかくとっておきのゲ…じゃなくてブレスを吐こうとしてたのに。まさか逃げた? ウケるww ん〜どうしよっかなー、殺していいって言われてるし、まずはあのにっくきロリ巨乳に吐いちゃおうww」
「同時にお前の喉に俺のエリュシオンを突っ込むが、いいか?」
「ふぇ? ふぇええええええ!?」
悠人の転移先、それは黒竜が大きく開いた顎門の中。体表面のように黒銀の輝きはなく、それどころか見た目は普通の動物と似たような質感だ。そこに立つでもなく浮遊していたため、黒竜は気がついていなかった。今にも突き込まれそうな気配を感じた黒竜は、まさに今吐き出そうとしていたブレスを飲み込む。
「い、いつの間に!?」
「そりゃお前が、ウケるw とか言ってた時からいたぞ。で、突っ込んでいいか?」
「ら、らめぇえええええええ!! そんな太いの無理矢理突っ込むなん…へぶぅ!?」
「へぶぅ? おっと……」
ビルでも倒れたのではないかと錯覚するほどの轟音をたてながら黒竜が仰向けに倒れる。転移で元の位置、香織とチビがいる場所へと戻った悠人は微かに『キィィィン』とも聴こえる音のする方へと目を向けた。そこには普段使っているリニアスナイパーライフルとは違い、ガトリングガンのようなものを腰から下に構えているさくらが困ったような顔で立っていた。
「ちょっとよろしくない言葉が聴こえそうな気がしてつい、ね? ごめんなさいね、邪魔しちゃって。うふふ〜」
「あっ、いや、まぁ、うん、ナイスショット!」
親指を上に立てた拳をさくらに向けると、リナとチビ以外の全員が行動を同じくした。リナはわけがわからずほぇほぇ? と言っていたが、教えてあげない方がいいだろう。
ーー よろしくないと言えば、マスターのセリフもなかなかにアウアウかセフセフか怪しいところだったかもしれませんね ーー
「まーた変な言葉を…。ま、いいか。で、そんなこと言ったっけ?」
ーー 『お前の喉に俺のエリュシオンを突っ込む』と言っていましたね ーー
「……言ったかも」
フェリシアを含む女性陣は悠人との距離を開け、キャッキャと会話している。しかし悠人への視線は非難するようなものではなかった。直接的な発言はしないが、アウアウなのかセフセフなのかという判定は、セフトということになった。フェリシアは「どっちなのそれ」と呟くが、それ以上は触れないような同調圧力が働いていた。
悠人の新たな鎧はゲームの環境を再現した装備だった。法則の違いを無視した再現と創造。
『この調子で欠片を集めていつかきっと……』とフェリシアは思いに耽る。それが彼女の、自らに課した最後の存在理由なのだから。
フェリシアは先ほどさくらに感じた少しの恐怖や後悔など綺麗さっぱり忘れ、倒れた黒竜に呼びかけながら頭を爪先でコンコンとやっている悠人を見やる。彼の存在と重なるようにして在る懐かしい気配を感じながら。
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