第100話 モンスターは鐘の音と共に

 「そうなんだ、実は」


 さすがにバレたか。まぁ隠してるみたいでだんだん面倒になっていたのもあるし、ちょうどいい。

 そう思い『ペルソナは俺』と言おうとした。


 「かっこいいですね! でもどちらかと言えばペルソナに似合いそうな色合いです! はぁ〜ん、早くペルソナに会いたいで〜す! 地面から湧いたりしませんか!?」


 「しません」


 まぁなんだ、バレていないようだ。というかバレてしまった方が楽な気がする。だがここまでくるとちょっと楽しくなっている自分もいるし、でもやっぱり面倒な気がする……。うーん、やっぱり気付くまで勘違いしていてもらおう。


 周囲の探検者たちの緊張が高まっていく。俺たちログハウスのメンバーも例外ではなくそれぞれが武器を構え始めている。俺はエリュシオンを鞘から抜き放ちモンスターが出てくるであろうテーブルマウンテンの裂け目へと向けた。ただかっこつけたかっただけなのだが、後ろからはなにやら高揚感を感じているであろう声が漏れ聴こえていた。


 その間も続いていたフェリシアのカウントダウンは残り三秒を告げる。


 3……


 2……


 1……


 ゴォォォォオオオン……


 大きな鐘の音が鳴り響く。


 「……なぜに、鐘?」


ーー なぜでしょう。ですが今は……来ます ーー


 裂け目から押し出されるように続々とモンスターが湧き出てくる。以前小手調べと称して俺に嗾けられたカマキリもいれば人の身丈ほどもある二足歩行のネズミやボロボロの剣のようなもの、または棒を持った緑や茶色の肌をした小学校低学年くらいの大きさの人型などなど。ゲームが好きな人ならばすぐにでも名前が浮かんできそうな見た目をした様々なモンスターたちが溢れ犇(ひしめ)き合っていた。その中でも異様な気配を発しているのは、巨体に牛の頭、下半身も牛のようだが二足歩行、極め付けに巨大な両刃の斧、所謂バトルアックスを肩に置いた牛人もしくはミノタウロスといった見た目のモンスターだ。これまでの経験上、モンスターの名前を見た目から連想すると大体似たようなものだったりする事から、おそらくタウロスやミノタウロスで間違いないだろう。そしてボロボロの武器をもった小人はゴブリンだろうか。その他いかにもゲームから飛び出して来たと言ってもおかしくないモンスターたちがこちらを見据え、じりじりと近付いて来ていた。


 「うわぁ〜。すごいね、すごいよ。ほんとうにゲームみたい」


 「なぁフェリ、お前の同僚? ってゲーム好きなんだっけ?」


 「そうだよ。実際にはできないけど、インターネットで攻略サイトや情報サイトを見て想像するのが好きみたい」


ーー これが世に聞くエアープレイ、エアプというものですか? ーー


 「使われてる意味としてはちょっと違いはあるけど、まぁ間違いではないな」


 湧き出したモンスターを囲むように探検者たちは包囲している。自衛隊から支給、または借用したであろう暴徒鎮圧等で見られる大きなタワーシールドのようなもので囲っている探検者たち、そしてその盾の間から、長物を武器とする探検者、もしくは間接的に影響を及ぼせる能力を持った探検者がモンスターを狙っている。しかしまだ攻撃はしていない。なぜかと言えば、四方八方からの一斉攻撃で倒し切れるならばいいが、そうでない場合はモンスターたちを無闇に刺激し暴れさせるきっかけを作ってしまう。あまり大きくないモンスターだけならば隙間を埋める方が良いかも知れないがそうもいかない。なぜなら鎌の部分が鋭い刃物状のカマキリが強いことは知っているし、巨体を持つモンスターが何体もいるのだ。いくらブートキャンプを乗り越えた探検者であってもそんなモンスターに押し寄せられてはひとたまりもないだろうし、巨大を誇るモンスターにとってはただ薙ぎ払っただけで数人巻き込めてしまう。よってこの場合、モンスターたちの興味を俺たちログハウスのメンバーに向けさせる事にした。


 モンスターたちは警戒しているのか、周囲の探検者たちの実力を探るようにじりじりと距離を詰めていく。


 「探検者たちはしっかり指示を聞いてくれているな」


 「軍曹がこわいからじゃ?」


 「はっはっは。それならそれでいいだろう? 命令系統を軽んじられるようでは作戦実行に支障をきたす」


 「なるほど。さて、あとはあのモンスターたちがこっちだけを見てくれれば」


 「そんなの簡単だよ。ボクに任せて!」


 フェリシアは俺がモンスターたちに向かって未だに向けているエリュシオンにエッセンスを込める。ちょっと嫌な予感がした俺はちょっと待ってと言いかけたが遅かった。フェリシアがエリュシオンを持つ俺の腕を上から押し動かすと、込められたエッセンスが複数の斬撃となり運悪く当たってしまったモンスターを両断していく。


 「……フェリシアさんや、そんな刺激的なことをしたら」


 「ふぇ? だめだった?」


 複数の飛ぶ斬撃により多数のモンスターが左右真っ二つにされる。その中には巨体を誇るミノタウロスも一体おり例外なく真っ二つになっていた。それをみた周囲のモンスターたちは探検者たちが持つ盾へと攻撃を始める。中には恐怖を感じて発狂したかのように暴れ狂う者もいて、探検者が持つ盾がへこんだり、盾の壁が一部決壊しているところもある。


 「こうなるんだよ」


 「ふぇぇ……ごめんよごめんね」


 あたふたとするフェリシアが名誉挽回、もしくは証拠隠滅をしようとエリュシオンに触れようとしたところで後ろからリナに抱き抱えられる。


 「大丈夫ですよー。フェリちゃんは悪くないですよー。落ち着いてくださいねー」


 「で、でもぉ……また失敗しちゃった……悠人に、ログハウスから追い出されちゃうよぉ」


 「んま! そんなことは私がさせませんから、安心してください! 悠人サンは私が説得します!」


 「っていうか追い出そうとか思ってないから。俺をなんだと思ってるんだ」


 フェリシアが“また”と言ったのは、以前も良かれと思ってしたことが裏目に出てしまったことがあったからだ。そういうことは誰にでもあることだし、悪意を持ってしたことでないならば大目に見ようと思う。とは言ってもそのせいで現在探検者たちがピンチになっているのも事実。一応俺はフェリシアの保護者ということになるのだろうか? それならば責任は取らないとな。


 「『お前たちの相手はこっちだ』」


 指向性を持たせモンスターの大群のみに作用するように調節された【真言】はすぐに効果をあらわした。無秩序に周囲の盾を攻撃していたモンスターたちは一斉にこちらを見据え、我先にとばかりに押し寄せる。


 「結局こうなっちゃうんだね」


 「う〜ん。すまんな悠里」


 「いいって。それにこの方が単純でわかりやすいじゃん?」


 「強気だなー。じゃあ無敵バリアよろしく」


 「無敵バリアって。実際違うけど無敵であることを祈っててね。【マジックミラーシールド】」


 周囲に透明な壁が展開される。その壁に衝突した最初の二足歩行のネズミ型モンスターは阻まれた挙句後続に潰されている。それが何度か繰り返されると真打とばかりにバトルアックスを振るうミノタウロスが壁に向かってその斧を振り下ろす。金属同士が激しくぶつかり合うような音が響き、思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。こんな音はこれまで聴いたこともないくらいの激しさで、車の正面衝突を思わせるほどだ。


 「ずいぶん激しいけど、どのくらい持ちそうだ?」


 「この間のボスカマキリほど間隔が短くないからまだまだいけそうだよ」


 「じゃあその調子で頼む。香織ちゃん、杏奈ちゃん、さくら、リナは準備オーケー?」


 「いつでも!」


 「やるっすよ〜!」


 「うふふ、狙い撃つわよ〜」


 「フェリちゃんを抱っこしてるので無理です!」


 「あっ、はい。じゃあリナ以外で殲滅しよう。大群の側面と後方からは探検者たちががんばってるみたいだから貫通しちゃうような攻撃は禁止ね。あとチビは好きなようにやっていいぞ」


 「わふ!」


 外側からの侵入を防ぎ内側からのみを可能とする無敵バリア、ではなく【マジックミラーシールド】の内側から押し寄せるモンスターを各々が倒していく。「貫通させたいときはいつでも誘ってください」などと言った杏奈が香織から睨まれていたが、俺はなにも聴いていないし見ていない。というか貫通? もしや……いや、今はそれどころではないな。


 一方フェリシアはリナに抱きついたままこっそりとこちらを見ていた。いつものようにしていてくれた方がいいのだが、汚名を返上させてやった方が本人も気が楽かもしれないな。


 「フェリ、ちょっと手伝ってくれない?」


 「え? やるやる! なんでも言って!」


 「じゃあちょっと飛ぶぞ」


 フェリシアを抱き抱え翼を展開、今は仮面をつけていないので蝙蝠のような羽だ。その羽ばたきひとつで【マジックミラーシールド】を突き抜ける。滞空しフェリシアに頼むとこれ以上ない絶妙なコントロールを見せてくれた。それはルクスマグナを弾丸のように飛ばす事。極小サイズの弾丸と化したルクスマグナはエリュシオンの剣先から次々と放たれる。俺は超小型ルクスマグナ製造機と化し、エリュシオンに触れたフェリシアがそれを狙い通りの場所へと撃ち出している。狙っているのは主に探検者たちを追い込んでいるモンスターたち。先ほどの真言によりモンスターの敵意を俺に向けるというヘイトコントロールは完璧ではなく、その範囲から逃れたモンスターは未だに周囲の探検者を襲っていたのだ。中には怪我をしている探検者もいたため、その対処もしなければと考えていたのだが、先ほどの飛ぶ斬撃をあっさりとやってのけたフェリシアでが手伝ってくれるならその場に助けに行くよりも早い。その思惑は見事的中しフェリシアは百発百中、探検者たちに浮気するモンスターたちを撃ち抜いていった。


 事が済み地面に戻ろうとすると、途中でコツンと靴底が当たる音がしそれ以上進めなかった。


 「あ、そうだ。ここ無敵バリアの外だ」


 「まったく悠人ちゃんったらおっちょこちょいなんだから〜」


 「ははは〜、困ったもんだぜ〜」


 「……上だけ空けたから早く戻っておいでよ」


 「はい。お手数かけます」


 悠里は展開した【マジックミラーシールド】の一部分に穴を開けるなんていう器用な真似ができるようになっていた。隠れていろいろ練習しているのはエアリスにより知らされているが、その上達速度には目を見張るものがある。

 そのうち【虚無(ヴォイド)】も普通に使えるようになってたりして……と想像し身震いする。だってアレ、今まで見た中で一番俺を殺せそうなやつだから、そんなのを悠里が手にしたらますます逆らえなくなってしまう。つまり、『お給料上げてください』が命がけになるかも知れないという事だ。とは言え今すぐ必要なわけではないし、そういうのは後回しで良いな。

 手伝ってもらった事でフェリシアの調子も戻ったようでなによりだ。それから間もなくモンスターの群れは殲滅され、怪我人は治療のために後方へと退がり応急処置を受けている。ニット帽を深く被った探検者の女性が薬も使わずに怪我をした探検者の患部に手を当てているのだが、治癒や回復といった類の能力なのだろうか。いいな、回復魔法とかほしい。


ーー 回復魔法が欲しい、などと思ってませんか? ーー


 「はい。思ってますがなにか」


ーー それ以上にすばらしい能力があるではないですか! ーー


 「改竄なー。だってあれ他人に使えないんでしょ?」


ーー 使えないわけではありません。何が起こるかわからないだけです ーー


 「それを使えないと言うんだよ」


ーー ヨヨヨ…… ーー


 エアリスが泣き真似を……なんとなく伝わってくる感情のようなもの、それから察するに結構ショックを受けているみたいだ。考えても見れば【不可逆の改竄】は他人の傷を治す以外では常に役に立っているしな。苦手分野を責めるのではなく、得意分野を褒めるべきだった。

 「ごめんなエアリス。他では超役に立ってるから」と言うと、それまで伝わってきていた雰囲気が一変する。


ーー そうでしょうそうでしょう! ーー


 それから少し経ち休憩を取り始める俺たちの耳に、望まない声が届く。



《第2波、来るよ》



 フェリシアが周囲の人間に直接聞こえる声で警告する。その声に俺たちを含めた探検者がどよめき、その数瞬後に裂け目からモンスターが勢いよく飛び出して来た。大量の二足歩行ネズミ、 顔はネズミなのだがなんとなく表情があるように感じるその顔は勇ましげな表情になっている、と思う。ちなみに名前は『ラットマン』。見たまんまである。


 同時にエアリスの索敵により別の群れを捉えていた。こちらは裂け目からのモンスターではなく20層の別の場所からまっすぐこちらへと向かっている。しかしそれに対しての警戒は全くしていない。手はある。


 裂け目から湧き出すラットマンは倒しても倒してもキリがなく、いつまで経っても湧き出すのが止まらない。悠里が展開しているマジックミラーシールドもラットマンに完全に囲まれている。探検者たちで作られていた盾の壁はいつしか決壊しラットマンが外側へと溢れ出していた。

 さすがにこうなるとは予想だにしておらず、悪態をついてしまう。


 「くそっ……どんだけいんだよ」


 「ここは香織たちに任せて、悠人さんは決壊したところへ!」


 「……わかった」


ーー さすがに【真言】を使用してもこの数は手を焼きますね ーー


 「処理するだけなら俺だけでもいける気がするけど、探検者に育ってほしいのもあるし……」


ーー おや? ふむ……なるほどなるほど ーー


 「どうした?」


ーー いえ、まずはあそこの女性探検者を助けましょう。今にもネズミに食べられそうです ーー


 「『ルクスマグナ』!」


 ピンポイントで放たれた極小のルクスマグナは女性探検者に覆いかぶさっていたラットマンの側頭部を撃ち抜きつつ吹き飛ばした。


 「君は下がって! 周囲の探検者、その子を守ってあげて!」


 なんとなく見覚えのある気がしたが、ブートキャンプで見かけたのだろうか。よく見る前に次の場所をエアリスが指示したためわからないが、その女性探検者を周囲の探検者たちに任せ次の場所へと翼をはばたかせる。

 そんなことを何度も繰り返してはいるが一向にラットマンが減らない。一体どれだけいるのだろう。うんざりしながらも周囲を見れば探検者たちは思ったより善戦している。ブートキャンプの成果、もしくは個人でダンジョンに入り浸っていた人も参加していて、なかなか精鋭揃いだったようだ。それでも探検者たちは囲まれ、徐々に傷ついていく。


 チビも俺と同じように探検者たちを助けてまわっているが同時に数カ所となるといくらなんでも無理があった。次第に手が回らない状況となり、ラットマンの長い前歯がひとりの探検者、その首元へと突き立てられようとしたその時、この場においての救世主が現れた。


 

 「ガウ!!」「グァ!」「ヴヴヴ!」    「みゃーぅ」


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