第88話 迷宮統括委員会本部1



 十月二十四日


 今日はフェリシアが起きてきていた。なんだかウキウキしているようだが……。


 「ぱんぱかぱ〜ん! おめでとう! ありがとう! っていうかおめでとう!」


 「はい? ありがとう?」


 「ダンジョンが解放されたよ! よかったね! よかったよね!」


 「おっ、そうか。そりゃよかったな。じゃあ今日は忙しいからまたな」


 「……ねえねえ悠人ちゃん、マジで言ってんの?」


 「マジマジ。大マジよ」


 「準備しておかないとまずいらしいんだよ?」


 「何がどうまずいんだ?」


 「小手調べに20層に侵攻するとか言ってたよ?」


 え? 侵攻? どゆことなのん? とりあえず聞くだけ聞いておこうかな。


 「誰が?」


 「もう一人のアイツが」


 「フェリと似たような存在ってやつ? ってか連絡取り合えるのか?」


 「そうそう。あと一ヶ月くらいだってさ。一方的に通知がきただけだから取り合ってるってほどじゃないよ」


 「一ヶ月か。ってかダンジョンなら大人しく侵入者を待ってるべきなんじゃないのか?」


 「だよねー」


 「だよねーって。同じような存在ならそういう感じで話まとめてくれてもいいんだぞ?」


 「うーん。それは必要ならってことで。僕たちは基本的に不干渉だからさ」


 「そうかい。そういえばイルルヤンカシュとか知ってる?」


 「あの緑の鳥みたいな自称神と同じようなやつでしょ?」


 「まぁうん。深層に住んでるって言ってたけど、そことは関係ないのか?」


 「どうなんだろうね? 自分を神とか言っちゃうようなやつらは独自の領域を作って引きこもったりするから、基本的には別だと思うけど、干渉はできたりするからルートを繋げることもできるだろうね」


 「ふむ」


 「繋がってたりボス扱いで配置されてるかも、とか思った?」


 「そんなとこ」


 「あるかもしれないし、ないかもしれないね? 管轄外だから僕にはわかんないよ」


 「ないといいなー」


 フェリシアと話をしているとみんなの支度ができたようだ。俺たちはこれからクラン設立のために迷宮統括委員会本部へと行かなければならないのだ。書類と創立メンバー五人が面接のようなものをしなければならないらしく、ログハウスメンバー五人で行くことになった。そのクランには“ペルソナ”も加わる形となるが、不在ということにし一応ペルソナの探検免許だけ持って行く事にした。


 俺たちログハウスメンバーはクラン名を“ログハウス”にすることが決定している。そしてそのクランは迷宮統括委員会のオフィシャルクランとしてのモデルになることも決定済みだ。今現在活動している団体は多数あるが、いずれも非公式でありただの集団という扱いになっている。営利目的で組織したり企業がそういった部署を作ることもあるが、そもそも利益を出すことが難しいこともあり、企業としては成り立たない。非公式であり利益に期待が持てない故に他所のスポンサーも期待できず、さらに余裕のない世界の情勢としてもそれは難しい。迷宮統括委員会が公式クラン設立に乗り気なのはその現状を打開したい思惑もあるだろう。


 二度のダンジョン統合により日本に存在するダンジョンの数は初期と比べると二割程度まで激減している。その分ひとつひとつのダンジョンが成長しており、モンスターやドロップする素材や資源を得やすい状態になっているとエアリスは言っていた。以前と違い、鉱床のようなものの存在を索敵とホルスの目の合わせ技である【天眼】で確認したという。これによりダンジョン資源がこれまでよりも格段に入手しやすくなったのは間違いないが、それは公開しても良いものかを検討中だ。検討しているのは俺たちではなく総理なのだが、それは俺たちの手には余るということで丸投げした結果だ。


 「みんな準備できたわよ〜?」


 「じゃあそろそろ行こうか」


 「えー? 僕は?」


 「お留守番?」


 「やだー!」


 「そんなこと言ったってなぁ。地上に行くんだぞ」


 「じゃあちょっと待ってて!」


 しばらくすると街中のギャル風な女の子が着ていそうな服装に身を包んだフェリが戻ってきた。尖った耳はニット帽で先端を隠している。ロリータファッション以外にも誰かが買っていたのか。


 「あっ! それあたしが買っておいたんですよ〜。サイズもぴったりみたいっすね! これなら連れて行っても大丈夫なんじゃないっすか?」


 「ん〜。まぁいいか。でもちゃんと大人しくしておくんだぞ。地上ではぐれたら大変なんだからな?」


 「え〜? はぐれても悠人ちゃんが見つけてくれるでしょ?」


 「まぁ……探したら見つけられるとは思うけども」


 「あたしがちゃんと手を繋いでおくんで大丈夫っすよ!」


 本当に大丈夫かはわからないが、信じるしかないだろう。でもな……


 「大丈夫ですって! 離さないっすから!」


 「いや、二人とも失踪しそうだなって」


 「ま、まあその時はその時でお兄さんに探してもらえれば」


 どっちにしても俺が探すのね。行方不明にならないようにみておかないとな。


 杏奈とフェリがハイタッチをしている。いつの間にか仲良くなっていたらしいな。しかし22層までのダンジョンマスターのようなものだってことを忘れてやしないだろうか。


 それはともかく、俺たちは地上へと向かった。場所は都心部にある離宮公園ダンジョンへと転移し、そこから地上へ出た形だ。俺たちが外に出ると交番のようなところから出てきた自衛官が数人で迎えに来ていた。まるで俺たちがここから出てくると知っていたかのような対応だったが、それはさくらが事前に連絡をしていたからだったらしく、知っていたからこその対応だった。


 落ち着ける場所へと案内された俺たちはお茶と茶菓子をいただきながら迎えの車が到着するのを待っている。人数が六人と超小型犬サイズのチビが乗る車となると、大きい車か分乗することになるのだが、気を利かせてか全員が一緒に乗れるように手配してくれているらしかった。自衛官のおじさんは「西野さんのお願いですからね、聞かないわけにはいきませんよ」と言っていたが、さくらは俺たちが思っている以上に発言力を持っているのだろうか。


 しばらく経ち車が到着すると俺たちはその車に乗り込み迷宮統括委員会へと向かった。車中、フェリは物珍しそうに外を眺めては「アレはなんだい? あの食べ物はどんな味がするのかな?」などなどと質問し、主に杏奈と悠里がそれに答えていた。杏奈だけでは変なことを吹き込まないか正直心配だが、悠里もいるなら安心だろう。


 一方香織とさくらは申請に不備がないか等諸々の確認をしている。そして俺は超小型犬サイズのチビをもふっていた。最近ちょっとお肉がついたようで少し丸っこい。冬に向けての蓄えだろうか? ダンジョンの中では季節感なんてものは全くないのでただの食べ過ぎかもしれないが。


 三十分ほどで目的地に到着すると、玄関の前には大勢の人が整列していた。その中にはテレビで見たような顔もちらほらと見える。


 「さくら、あの人って最近テレビに出てた議員に似てない?」


 「そうねぇ。その本人だものね〜」


 「あ、そうなの? それにしても野党議員が何しに?」


 「大方難癖をつけにでも来たんじゃないかしら〜?」


 「そうじゃないかもしれないし、一応ちゃんと“聞いて”みようか」


 「あらあら。能力を見せちゃうの?」


 「大丈夫だって。本人が違和感感じるだけでバレやしないって」


 ペルソナとして活動していた経験から、やりすぎなければ問題ないと言う事はわかっていた。質問に答えてもらうくらいなら、その内容次第だが問題はないだろう。

 車から降りた俺たちは二つに分かれた人の道を進む。そして中に入ると案の定追ってきた野党議員から声をかけられた。


 「あなたたちは非合法組織を合法化しようとしているんですか!?」


 「そんなことありませんよ」


 「本当ですか? しかし反社会的勢力が認められるようにするためにその受け皿を作ろうとしているのでは!?」


 「違いますよ。ところで『何をしに来たんですか?』」


 「ッ!! 今回の件は総理の意向を汲んで無理矢理に事を進めていると聞きました! 忖度によって社会を脅かすなど言語道断! 私は野党全体でそれを追求するのに必要な、与党を追い詰めるための話を聞きに来たんですよ!」


 「そうですか。では『帰って伝えてください。何も問題なかった、と』」


 「ッ!! わかりました! ご協力ありがとうございました!」


 うむ。問題なく効いたようだな。「がんばってくださいねー」と見送った俺に杏奈が言う。


 「お兄さん、悪い使い方しますね〜」


 「まぁこれくらいならいいじゃん。それにあの人にとってもこれでよかったかもしれないよ?」


 「なんでです?」


 「中途半端な情報にもならない情報を持って帰って、それを根拠に……なんてことになってそれで失敗したら大変なことになるでしょ。あの人にとっては」


 「やさしいっすね」なんて杏奈は言うが、別に優しさからそう仕向けたわけじゃない。実際はただ何度も来られてはめんどくさいなと思っただけだ。


 先導する職員についていくと他の職員たちと何度もすれ違う。その都度足を止めて会釈をしてくるというのが、なんだかむず痒い。


 迷宮統括委員会はダンジョン対策の付け焼き刃のような形で急遽組織されたが、その職員は厳選されているようだった。

 近頃スマートフォンのカメラ撮影機能を職務中に使い、その写真や映像をインターネットにアップするということをよく耳にし目にする世の中だが、俺たちがこんな出迎えをされているにも関わらずそのような人はいなかった。まぁ無断で撮影なんてした日には、ここに入る以前から内部構造を看破したエアリスが火を吹くけどな。


ーー はい。この建物内においてワタシの監視体制はイージス艦のレーダー以上であると断言します ーー


 ということらしいのだ。【ホルスの目】が効率よく使えるようになったこともあり、エアリスは一定範囲内であれば難無く見通すことができるようになっている。ちなみにその感覚や方法を俺は教えてもらっていないのでエアリスがいなければ現状ではこれほど高精度に使うことはできない。それに俺ががんばって使ったとして負担がないわけではないからな。そもそも簡単ならエアリスが率先して教えようとしてくるはずだ。


 俺たちの面接をする迷宮統括委員が待つ部屋へと通されると、円卓とその周囲には高級そうな回転椅子、その奥にはこれまた高級そうな重厚な造りの机と椅子があり、そこには細身で見事に頭を光らせた年配の男性がスーツをビシッと着こなして鎮座していた。エアリスの調べではこの部屋にはこの人しかいないということだった。


 「やあやあ。君達が〜、え〜っと……なんだったかな? ろぐ……ろぐは…うす? の若者たち、かな?」


 「はい。初めまして」


 代表して悠里が挨拶をする。

 なんとなくすっとぼけた感が否めないその男性は俺たちを見回しながら問う。各々挨拶をし、悠里が申請書を提出する。するとその目はある一点で止まった。


 「え〜っと……ここにあるペルソナ君とはどちらかな?」


 「所用で出席できないとのことでしたので探検免許だけ預かってきました」


 「ええ〜……そうなのぉ? ん〜、ちょっと楽しみだったんだけどなぁ」


 「楽しみ、ですか?」


 「そうだよ。だってさ、報告とか噂でしか聞いたことないんだけどね? あれだよあれ、あのなんて言ったか……ま、いいや、国際会議ね。あの時アメリカの精鋭に軽く勝っちゃったらしいじゃない。それにペルソナ君が“お願い”すれば、みんななんでも言うことを聞いちゃうんでしょ?」


 「なんでもかはわかりません。本人はあまり多くを語らないので」


 「へぇ〜。いいねえいいねえ。なんだか、ハードボイルドっぽくてかっこいいじゃないの」


 「それは否定しません」


 「ふむふむ。それでろぐはうす? の構成員は女性が四人、男性が二人なんだね?」


 「はい」


 「では……その子は?」


 「この子は……将来有望なので研修中というか」


 「ふ〜ん……なるほどねぇ。親御さんには許可を取ってあるのかい?」


 「はい。問題なく」


 「そうかい。ならいいさ。それで、西野さん? 君は自衛官だよね? いいの? 一般人のクランに参加して」


 禿頭の男性は次の矛先をさくらへと移す。


 「はい、許可はいただいていますし、なにより私は“特務”としての任務の一環でもあります。そして先ほどお話にあったペルソナですが、彼もまた“特務”です。」


 「なるほどなるほど。では監視の役割もあるということでいいかな?」


 「はい、そう捉えていただいて結構です」


 「ふむ。そのペルソナなる人物は飛び抜けた実力者なのだろうけど、君はその手綱を握っていると言えるの?」


 「はい。むしろ私に不可能であれば他の誰にも不可能かもしれません」


 「なるほどね。ここに来てはいないけど、まあいいでしょ」


 それからまた申請書に目を通し、次は香織に話しかけた。香織はいつもの様子とは違った毅然とした雰囲気を纏い、言葉遣いも大人びていた。この話し方の香織を見るのは初めてマグナカフェに行った時以来で、まるで別人のような雰囲気にドキっとしてしまう。普段は自分を名前で呼んでしまう女の子だが、こういった場では“私(ワタクシ)”となるし、言葉を紡ぐ速度も心なしかゆっくりになり優雅さを感じるのだった。


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