第61話 22層開放条件:決戦!《強キ者》
(おはよ)
ーー おはようございます。清々しい朝ですね ーー
(全然清々しくなーい)
ーー おや? しかしログハウスの外はいつも通りですが? ーー
(わかって言ってるんだろ?)
ーー はい。ですがテンションアゲアゲにした方がバイブスをアゲていけるのではないかと ーー
(なんだそれ)
ーー 昨夜暇だったのでネットサーフィンを少々。パリピ? という人種がそのような言葉を使っているようでした ーー
エアリス、何にでも興味を持つのは良い事だと思うけど、わざわざそういう言葉を使わなくても……とは言え覚えた言葉は使いたくなるものだったりするしな。
ーー どうしますか? 予定を先延ばしにするのも良いかと思われますが ーー
(いや、いいよ。みんなの予定も狂っちゃうしな)
ーー ご無理はなさらないよう ーー
(無理しなきゃ、起きれぬぅ〜の〜よ〜ねっと)
気合いで起き上がりリビングに向かうとキッチンから悠里が料理している音がしたのでそちらへ向かう。
「悠人おはよう。昨日はよく眠……れてないねその顔」
「うん。どきどきして眠れなかった」
「子供か。それでどうする? 急ぐ必要はないんでしょ?」
「まぁそうなんだけどさ。でも予定通り今日行くよ」
「そかそか。ま、がんばってよ」
リビングに戻りソファーに座ると、体が沈み込んでいくような感覚に陥る……う〜ん、ねむい。
そのままうとうとしていると、息が当たる距離から「おはようございます」と聞こえて途端に目が覚めた。
「香織ちゃんかぁ……びっくりしたぁー」
「眠そうだったのでびっくりさせて起こす作戦です! ご飯できてますよ?」
「たべる〜」
食卓にはいつもと変わらぬ料理が並び、いつもと変わらぬ顔ぶれが並んでいた。チビが食べる二枚目の肉は悠里が焼いてくれた。美味そうな匂いにそちらを見れば焼き加減も上手でチビも喜んでいるようだ。でも俺が焼いた時より尻尾振ってない? なんだか悔しいな。
のんびりと朝食を済ませ準備をしみんなで泉へと向かった。泉は昨日と変わらず、と言った様子だ。
ーー マスターの随伴はチビ、さくら様の随伴は香織様ということでよろしいですか? ーー
「うん、おっけー」
ーー では参りましょう。ゲート、開門します ーー
《資格者・御影悠人、随伴一名確認。資格者・西野さくら、随伴一名確認。No. 20およびNo. 21を統合し“鍵”を作成。ゲートオープン》
無機質な合成音声のような声が聴こえ、次の瞬間には暗闇に飲まれていた。感覚としては転移とあまり変わらない。しかし一向に出口に到達せず、脳内にはしきりに《強き者を思い浮かべてください》という声が繰り返される。
遠足の前日のような眠れない夜を過ごし頭がぼーっとしている俺はあまりしっかりと考えることができなかった。
(強いやつなー。やっぱ世紀末指圧師かなぁ。弟が主人公だけど、兄が本気だしたらもっと強かったはずだよな。でもその後のもう一人の兄を倒すには弟じゃなければ勝てなかったわけで。でもそういうのを抜きにしたらやっぱなぁ)
《強き者を再現します》
視界を光が覆う。おそらく出口だろう。そしてその先は22層のはずだ。
時は世紀末。核の炎に焼かれた大地は汚染され、荒涼とした世界が広がる。そこに君臨するのは、この世紀末において最強の指圧師!
そんな感じの場所に、そんな感じのムッキムキな上半身裸の男がいた。うむ、先ほど俺が思い浮かべたその人に間違いない。その名は……ハオウ!
そしてその遥か向こうには、一寸の狂いもなくまさに真球の巨大な物体が浮いていた。直径にして20メートルくらいだろうか? でけぇ玉っころだぜ。
「悠人君!」
「悠人さん!」
その声に、ムキムキな人たちを警戒しつつ答える。
「二人とも。無事通れたみたいだね。チビも問題なさそうだな〜」
「香織は聴こえなかったらしいんだけど、変な声聴こえなかった?」
「うん、聴こえた。強き者? を思い浮かべてとか言ってたね」
「そうね。それで私が思い浮かべたのがたぶんあの浮いてる球体なのよね……」
「あれって、ナントカゲリオンの?」
「ええ……サイズは私たちに合わせたみたいだけれど、アニメの通りならまずいわね。ところでもう片方のムキムキな男の人は……?」
「世紀末の指圧師、ハオウだと思う。強き者って言われて思いついたのがアレなんだよね……。とりあえず俺突っ込んでみるよ」
「無理しないでくださいね?」
「うん、無理はしないから大丈夫。エアリス、頼むね」
ーー お任せください。調整完了、各種能力待機状態を維持します ーー
「さぁ! 来い! ゲンゴロウ!」
「誰が田舎の綺麗な田んぼとかにいる水の中に潜ってる甲虫かっ! ってか俺あなたの弟君(オトウトギミ)じゃないし! でもま、悠人、いっきま〜す!!」
碌に睡眠を取れていない俺は所謂ナチュラルハイだった。しかしこの境地は集中している間は異様に身体が軽く感じるというメリットもある。その上、本来であれば人の形をしているハオウを相手にするのは躊躇するものだろうが、変なテンションが忌避感を上書きしていった。
「まずはっ……腕一本ッ!!」
ステータス調整され、さらに【パワーレイズ】で強化された俺の居合の一閃でハオウの左腕を斬り飛ばす。若干の狼狽を見せたハオウだったがお返しとばかりに「ふんぬぅ!」と強烈な右フックを放ってくる。エアリスが待機中だった【拒絶する不可侵の壁】を発動するも、頰に一筋赤い線が残った。
追撃をやめ【拒絶する不可侵の壁】を維持しながら後退すると、浮遊している球体の形態が変化、鋭く尖った先端をこちらに向け予備動作もなく光線を放つ。その光線は当然【拒絶する不可侵の壁】によって阻まれた。
「やばい。パンチ見えなかった。しかもエアリスが発動間に合ってないなこれ」
ーー 光線も当たれば蒸発する熱量です。持続的に照射された場合どの程度壁が持つかわかりません ーー
頰の傷を【改竄】しようかと考えたが、消費を抑えた方がいいだろうと思いそのままにした。それに傷のおかげでより思考は鋭くなり戦っている気になってくる。いや、実際戦ってるわけだが、つまり下手を打てば死ぬという意識が存在感を増し、相手を殺すということに集中できている感覚だ。
「香織、さくら、指輪の【拒絶する不可侵の壁】使いっぱなし、できる? 足りなくなりそうなら自分のエッセンスも使うイメージで」
「や、やってみます!」
「私は問題ないわよ〜。練習したもの」
「チビ、【纏身】やれるね?」
「わふ!」
「よーし、じゃあまずはハオウから。あっちの浮いてるのは、さくらが狙えそうな時狙ってね。たぶん“コア”があるだろうから」
「わかったわ」
「がんばります!」
俺は【拒絶する不可侵の壁】を常駐させる。チビもまた、【纏身(テンシン)・紫電(シデン)】を纏う。
さくらは後方へ下がるが星銀の指輪によって使用できる【拒絶する不可侵の壁】は発動していない。おそらくさくらは強き者としてあの球体を想像したとき、できる限り詳細に想像したのだろう。そこには行動パターンも含まれる。よって形態変化直後に光線が来るという条件をわかっているのだろう。
香織はというと「むむむぅ〜」とやっている。この場にふさわしい言葉ではないと思うが、ほのぼのする。香織は高DEXなので、使い方に慣れるのは早いはず。だが発動し続けられるようになるまで俺とチビで浮遊体による光線の射線が通らないようにしておくしかない。
「チビ、いくぞ」
「わふ!」
意図を察しているらしいチビは球体と香織の間に自分を置きながらハオウを牽制している。
俺はハオウの残る右腕を狙い何度も銀刀を振るうが、その悉くを右手でうまく往なされてしまう。その一瞬のよろめきにハオウは漫画で見たのと同様の技をぶつけてくる。
「世紀末(せいきまつ)剛爆波(ごうばくは)ァ!!」
その波動に不可侵の壁を削り取られ吹き飛ばされる。身体中が、無理な指圧をされたかのように痛む……身体の内部にダメージを受けるというのはこういう感じか。
不可侵であることを絶対条件としてイメージされた【拒絶する不可侵の壁】も理由はわからないが破壊されたと見るべきだろう。それもそのはず、俺のイメージするハオウとはそのくらいやってのけるのだ。
さすがにこれでは厳しいので【不可逆(フカギャク)の改竄(カイザン)】で応急処置をする。体の深い部分にまでダメージが通っていたようで痛みは多少残ったがこれならまだ動ける。しかしこれだけ連続使用してしまうと、指輪の母星に貯めているエッセンスの残量が不安だ。俺の腕輪にあるエッセンスも惜しみなく使い、さらにステータスを還元してエッセンスを賄うことも視野にいれるべきか。
その間、チビが奮闘していた。
迫り来るハオウの拳は【纏身・紫電】によって砕かれるはずだったが、それを察してかハオウは拳を止め、俺に放ったのと同じ剛爆波をチビに向かって撃つ。しかし短距離転移を上手く使い、銀の狼はさも流星の如く煌めいている。その回避を実現しているのはチビの戦闘センスだろう。まるで未来が見えているかのように転移を使っている。
剛爆波を撃ったあとの一瞬の隙に【拒絶する不可侵の壁】を纏った香織がハンマーを振り下ろす。ハオウは咄嗟に右腕を上げ防御はしたものの、二重の衝撃に押されハオウの脚は一瞬ぐらついた。
そこへ俺が【剣閃】を飛ばすも、それは難なく躱される。どうやら世紀末の覇王ともなると、見えないはずの刃も視(み)えるらしい。
【剣閃】を回避して上体を反らしたハオウの頭をさくらが狙い撃とうとする。トリガーを引こうと指を引く寸前、球体は形態を変化させコアが露出する。そこから放たれた光線の主軸はさくらを狙い、周囲にも飛び散った。その光線は俺を狙った時とは違い持続的に照射されており、さくらの【拒絶する不可侵の壁】が削り切られる直前、チビがその間に滑り込み、光線を遡るように紫電が奔る。それにより球体はショートしたように動きを止めた。
香織の追撃を避けるハオウの背後から袈裟斬りにする。回避が間に合わず少し傷がつき、その一瞬の隙を香織は逃さなかった。香織のハンマーは横薙ぎに振り抜かれ、ハオウの胸には横一文字の焼け焦げた斬り傷ができていた。香織のハンマー、その先端には光の刃が飛び出している。
国民的大人気シリーズのメカダムや世界的に大ヒットしたコスモスウォーズであんな感じのセイバーだかサーベルを見たことがある。見た目としては、とんがった蛍光灯だ。ところであれには見覚えがある。
(あれってルクス・マグナ?)
意識の中でエアリスに問うと、瞬間、エアリスからの返答が流れ込んでくる。
ーー はい。仮想実験により一瞬ですが刃とすることが可能と判断しましたので、こっそり実装しました。しかしあれを使うと、星銀の指輪に蓄積されたエッセンスを全て使い切る仕様です。持続時間・威力は指輪に残るエッセンスに依存します。尚、香織様にはご理解いただいておりますので、問題ないと判断し使用したのかと ーー
一瞬のルクス・マグナを脅威としたのか、浮遊体は照準を香織に移し光線で薙ぎ払う。咄嗟に転移し香織を抱き寄せ【拒絶する不可侵の壁】を展開する。香織を見るとドキリとさせられる表情をしていた。
どきどきしちゃうから今はそんな顔でこっち見ないで! そんな事を思ってしまったが、香織に見惚れている場合ではないし、そのおかげでハオウと球体に意識を向ける事ができた。
星銀の指輪だけでなく俺自身のエッセンスもほぼカラになっている。現在進行形で光線が照射されているがそれでも無事なのは、エアリスのおかげだろう。たぶんこれがステータスを還元している感覚だ。吸血鬼に血を吸われている感覚だろうか。まぁ吸われたことがないのでわからないが。
さくらは狙いが自分から外れたことで浮遊体のコアを視認できるようになり、片膝をついた姿勢のまま迷いなくトリガーを引く。銃口から発射された光の尾を引く銃弾は露出した浮遊体のコアを撃ち抜いた。やがて浮遊体のコアは色を失い形態を変化させていた外殻部分は砂のようになって霧散していった。
香織の一撃により倒れていたハオウは徐に立ち上がる。しかしこちらに対し敵意は感じられない。
「……拙者の人生に、一片の悔い無し!」
「最期も同じかよ。徹底してるなー」
銅鑼の音が鳴り響き、高々と突き上げられた右拳から光のオーラともいうべきものが天に向かって伸びていく。その光が収まったとき、そこでは浮遊体のコアと同じ物が虹色のオーラを発していた。
時間的にはごく短時間の戦闘だった。しかしそれでも無理をしていないわけではない俺たち。パーティ名を付けるとすれば『チーム・満身創痍』と付けるのがぴったりだろうか。しかしだからこそなるべく軽い口調を心がける。
「おつかれ〜。とりあえずこれ、回収しちゃおっか」
「ええ、そうね」
俺がハオウのコア、さくらが浮遊体のコアを腕輪に吸収する。相変わらず俺の腕輪に吸収すると香織の腕輪にも吸収されている。
ドロップ品は虹星石と少量のリキッド・メタルαとなっていた。リキッドメタルαは即席の小瓶に回収する。
ドロップを回収しどうやって帰るのかと話していると突然ファンファーレが鳴り響く。とあるゲームの戦闘終了時のアレみたいだ。とりあえず、クリアってことだよな。よかったよかった。ってかほんとゲームみたいじゃん。
《ぱんぱかぱ〜ん!トクベツ仕様の戦闘クリア! 22層開放おめでとう!》
「「「え?」」」
「わふん?」
異様にノリが軽い。結構死闘だったと思うのだが、そのギャップに俺たちは言葉を失う。
《おめでとう! ……おーめーでーとう!!》
「はぁ、ありがとう?」
「ありがとうございます!」
「ありがとう?かしら?」
「わふ〜ん?」
《はい! 君達は22層を無事開放したわけだけど、どんな気持ち?》
「……嬉しい気持ち?」
《だよねだよね! 嬉しいよね!》
やけに軽い、子供のような声だ。一体なんなんだと思っていると、エアリスがその存在を断定する。
ーー 大いなる意志 ーー
「え、なに、この声が“大いなる意志”?」
《そんな風に呼ばれてるね!》
なんだか想像と全然違うな。もっとこう、白くて長い髭を蓄えたヨボヨボの爺さんみたいなのをイメージしてたんだが。とは言っても声は子供みたいだけど見た目はそうかもしれないしな……いや、見た目ジジイで声が子供ってそれはなんかやだな。それはともかく、せっかくの機会だ、いろいろ聞いてみよう。
「大いなる意志って“神”なのか?」
《神? 神なんてこの世に存在しているのかな?》
神が存在しているか。ダンジョンで会った自称“神”ならいるが、神にもいろいろあるからな。ただ強いだけ、僭称してるだけ、世界を作った存在。しかしどれも本当の意味で神かと言うとなぁ。まぁ知らんけどとしか言えないな。
《そうだねぇ、そうだよねぇ》
要領を得ない話ぶりに香織とさくらも困惑気味。
「一体なんなんでしょう」
「要領を得ないわね」
わけがわからないが何か用事があるのだろうとは思う。なぜそう思うかと言えば、龍神もそんな感じだからだ。
「それで……その“大いなる意志”は一体どういう目的で話しかけてきたんだ?」
《よくぞ聞いてくれました! それはね、君達を祝福するためだよ!》
「はぁ。それはさっきの“おめでとう”のこと?」
《ちがうよ、ちがうんだよ。さっきのは言葉だけ。あっ、もちろんおめでたいって思うのはほんとだよ?》
「ちがう? ……じゃあなんなんだ?」
《それはね、それは……そうだ、“エアリス”、みんなのステータスを見てみなよ》
大いなる意志はエアリスを名指しした。エアリスが大いなる意志を知っていたのだから、その逆も当然か。
ーー ……“称号”が追加されています。【祝福を受けし者】です ーー
《はい! そういうこと!》
ふむふむ、そういうことか。ってどういうことだろう。
《そういうことだよ。特に意味はないかもしれないし、あるかもしれない》
まともに答える気はない、ということだろうか。じゃあせめてクレームくらいつけておこう。
「よくわからないな。それにしてもさっきの、強過ぎじゃないか?」
《それは君達が強いと思った相手だからね。自分たちの攻撃や防御がどのくらい通用するかについても、君たちのイメージが反映されたんじゃないかな?》
「……なるほど。じゃあついでに教えて欲しいんだけど、ダンジョンってなんなんだ?」
《んー、いきなりそれかい? あまり時間はないんだけど……そうだねぇ、身近なところから教えてあげようか。君の家から通じるダンジョン、所謂プライベートダンジョンと言えるものの19層までは人界層。主に現存している地上を元にした場所だよ。だから人類にもそれなりに優しいはずだよ? あっ、そうそう、大人数で入ったりたくさん死ぬとモンスターが強化されるから気をつけてね! それで、その人界層を制覇した君は“人界之超越者”になっているだろう?》
(大人数? 人が死ぬと強化? しれっと重要な事を言ってるような……もしかして同じプライベートダンジョンに複数人で入ると難易度が上がるのか? じゃあ自衛隊や海外の軍人が到達できていないのはもしかして……)
ーー はい。ワタシも漸く理解できました ーー
単独で潜るなんて、自衛隊や軍はしようとは考えないだろうしな。それも安全のためだったり成功率を高めるためなのだが、それが仇となっているわけか。
さあ、次の質問へゴー。
「……じゃあカミノミツカイとか、龍神とか嵐神とかはなんだ? あんなの地球上にいないんじゃないか?」
《本当にそうかな? それに現存していなかったとしても人類が創り出したじゃないか》
人類が作った? それってつまり……
「……神話として?」
《うんうん、間違ってはいないよ。それと20層と21層は特別な場所だよ。いろんな“もしも”があって、それが成長していく場所なんだ。その“もしも”はそこだけに留まらない。いずれ波及していくよ》
じゃあダンジョンは別空間的な? 地球やその歴史、人類の想像物までも再現される場所とかか。それがダンジョンの外まで影響するようになるってことだろうか。
「……なるほど。侵食してくるパラレルって感じか」
《さっすがゲーム好きは適応能力が高くて助かるよ! そうだね。混沌とした並列世界、その認識で良いと思うよ。あっ、厳密に言えば並列世界じゃないけど、君たちに理解しやすいようにするための例えだからね》
「じゃあ22層、ここから先は?」
《ん〜、名付けるとすれば“幻層(ゲンソウ)”かな》
「どういう層なんだ?」
《君は攻略本を見るタイプだったかな?》
「最初は見ないけどある程度やったら見るタイプかな」
《“ある程度”は過ぎたかい?》
「過ぎたんじゃないか?」
《そっか、そうだね、じゃあちょっとだけ。基本的に20層や21層の影響が強いけど、人界層よりも不可思議な存在が生まれやすいようにできてるよ》
「……ファンタジー?」
《そう。天使、悪魔、ドラゴン、魔法生物、幻獣や精霊、もしかしたら君達とは違う“人類”だっているかもね。アハハ! 楽しみだね!》
「悪魔か」
《そう。君たちはイミテイト・ダンタリオンを知っているだろう?」
「あぁ。ひどい目に合わされた」
《あれはイレギュラーだったんだよ。でも21層だもんね。仕方ないよね》
「仕方ないのか」
《でもイレギュラーと言えばこの会話も……あっ、そろそろ時間だ。それじゃあ 》
「最後に! ……“エッセンス”ってなんなんだ?」
《ん〜。なんとなくわかると思うけどなー。がんばって考えてよ! じゃあまたね!》
それまで感じていた気配のようなものが消えてなくなる。大いなる意志はここから去ったのだろう。
それにしても、なんとなくわかると思う、って言われてもな。ゲーム風に言えば魔力とか瘴気……マナとかそういう感じに思ってはいるけど。それにダンジョンは誰が作ったのかとか大いなる意志は何者かとか、他にもまだまだ知りたいことあったんだけどな。
ーー しかし聞いたところで教えてくれるかどうか ーー
(それもそうか)
ーー ところでマスターは攻略本を見るタイプなのですか? ーー
(見てるだけで楽しかったりするけどそのゲームのストーリーを進めてる間は見ないな。さっきのは方便ってやつだ、なんか聞けるかと思って)
なるほど、と納得しているエアリス。『では必要な事以外はお伝えしない方がよさそうですね』と言われ、何か隠している事があると思い問い詰めようとしたが、『冗談ですので』と言う。本当だろうか。まぁ必要な事さえ教えてもらえれば問題ないと言えば問題ないけど。
”大いなる意志”が去って少しの後、次第に視界が霧に包まれていった。そして気付けば森の中。そう、泉のところだ。
背後から声をかけられ、そこには悠里と杏奈が待っていた。
俺たちが入ってからちょうど丸一日経っているようで、日付は八月十四日となっていた。
ログハウスに戻った俺たちはリビングに集まる。自然と中で何があったか等の話になり、クリアしたことや自称“大いなる意志”が、声だけだが現れたことも話題にあがる。さくらや香織が言うには「ショタっぽかった」という印象のようだ。俺も異論はない。
それと俺たちが出てくる直前、残っていた悠里と杏奈には『祝福されました』という脳内アナウンスが流れたらしい。それを聞いてもしやと思い、二人は泉のところに来て待っていたのだという。
試しに腕輪に触れエアリスがチェックすると、俺たちと同じく【祝福を受けし者】という称号が追加されていた。さらに俺とさくらのみ、【幻層開放者】も追加されていた。
俺たち以外にも開放されたはずの22層は泉のところにいつの間にか生(ハ)えていた石碑のようなものに触れることで入れるようになっている。生えていたというのは、俺の身長ほどの黒っぽい石碑の上に土が載っていたことから、地面からニョキっと生えたのだろうという予想だ。
マグナ・ダンジョン地表部にも轟音と共に岩がせり上がった場所があるそうで、そこが入り口になっているかもしれないとのことだった。調査するかは検討中らしく、自衛隊の上の方としては西野さくら二尉の隊に調査させたいらしい。『捨て駒みたいでイライラするわね! ユウトニウム補給任務を開始する!』とかわけのわからないことを言い、椅子に座った俺の顔面を抱き締められた時は死ぬかと思った。良い思い出だ。
(それにしても違う“人類”か)
ーー エロフ、いるかもしれませんね ーー
(エルフな)
今日はとりあえず、のんびりと過ごそうかな。指輪の母星のエッセンスはみんなすっからかんになっているし、みんなには言っていないが能力使用のコストとしてステータスを少し犠牲にしたことにより、影響はない程度だが弱体化もしている。なにより今は何も考えずにのんびりしたい。遠足前日の小学生みたいな感じだったせいで寝不足だしな。
ーー ではご主人様、今日はもうおやすみになりますか? ーー
(んー。外には出ないけど、休むには早いかなー)
ーー ではでは、デモハイはいかがでしょう? ーー
(そうだなー。でもエアリスは見てるだけになるんじゃ?)
ーー ふっふっふっ ーー
(まさか……?)
ーー はい。ハッキング済みです ーー
(……今更だ。何も言うまい)
昼食を食べみんなでデモハイをする。香織は今日も俺の部屋に来ている。当然チビも香織の背もたれだ。
ゲームを始めようとしたところ香織が何か言いたげにしていた。
「香織ちゃん先にやる?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……アレ、もう一回言ってくれませんか?」
「あれって?」
「戦闘中のことです」
戦闘中、何か言っただろうか。あーしてこーしてと指示というか要求しただけで特には……
「『香織』って呼び捨てでしたよね?」
「え? あれ? そうだっけ? ごめん、気をつけるよ」
「あっ、そうじゃなくて、呼び捨てでいいです! ってことです!」
「え? あー……わかったよ」
「呼んでみてください」
「か、かお…り?」
「もう一回」
「か、香織」
「もう一声」
「香織……っ!」
「はいっ 」
ーー ……なにやってるんですか。皆様の準備、完了してますよ ーー
この後、滅茶苦茶デモハイした。
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