第32話 マグナ・ダンジョン内部1
地上のマグナ・ダンジョンと呼ばれる地帯、そこに地面から生えたような数ある洞穴のうちのひとつ。その暗闇を抜けるとそこは見慣れた草原だった。
「ほんとうに、草原なのね」
「はい、俺と雑貨屋連合が知る草原と同じに思えます。ただ……」
「ただ?」
「亀がいませんね」
「亀ね……一見すると岩のように見える、という話だったわね?」
そう言うと店長は腰からスコープを取り出す。しかし昨夜見せてもらったものと違い通常のスコープのようだ。それを覗き込み遠くを見る店長は首を傾げこちらを見る。
「いなさそうね」
その言葉に悠里と香織はほっと胸をなでおろす。快進撃を続けていた雑貨屋連合にとって、敗北を知った草原とおそらく同じであろう場所なのだから仕方ない。
(エアリス、転移できそう?)
ーー はい。ここは大気の成分、気温、植物等の特徴が既知の草原と一致しますので、転移の際に障害がなければ問題なく転移可能かと ーー
ふむ。ということはやっぱり同じ草原っぽいな。
転移も可能みたいだし、みんなには少しの間ここで待っていてもらおう。
「ちょっとここで待っててもらえる?」
「うん? いいけど悠人、どこか行くの?」
「すぐにお戻りになりますよね?」
「行くって、どこへ?」
「ちょっと家に、というか御影ダンジョンに戻ります。すぐ戻ります」
みんなに断りを入れエアリスに頼んで御影ダンジョン6層、チビの部屋へと転移する。
【真言】による転移を発動させると腕輪から噴き出したエッセンスに全身を包まれ、散らすように消えたと同時にその場から消え去った。
「!? え?消えた!?」
「これが転移……実際見るのは初めてだけど、ほんとなんでもありね」
「すごいです! ところで、どこに向かったんでしょう?」
「御影ダンジョンって言ってたから、もしかしたらチビのところかもね」
「チビって、シルバーウルフだったかしら?」
「そう。その話になったとき遠い目してたからね。会いたくなっちゃったんじゃない?」
「香織も会いたくなる女にならなきゃ……っ!」
残された三人のうち一人は驚愕で声を失い、もう一人は冷静に予想し、最後の一人が新たな決意を胸に抱いたそのとき、御影悠人はいつもよりも長い転移の道、所謂『亜空間』を進んでいた。
ーー 転移を実行します。目標、第6層チビの小部屋。………… ーー
(あれ? いつもより時間かかってるね?)
ーー 申し訳ございません。想定はしていましたが、少々障害がございました。……チビの小部屋へ到着します ーー
エアリスの言葉が終わると同時、目の前には見慣れたチビの部屋、そしてそこの主となったチビが尻尾を振ってこちらを見ていた。
「よーしよし、久しぶりだな〜。元気してたか〜? 腹減ってないか〜? 今肉出してやるからな〜」
ボディバッグから牛、鹿、猪、熊の肉を取り出しチビにどれがいいか選ばせる。本日のチビは熊肉をご所望らしい。実にワイルドな子に育ったものだ。
熊肉を【真言】で程よく火の通った状態まで加熱し、指先から斬撃を出せるようになった【剣閃】で食べやすい大きさに切り分けていく。ミスリル製の皿にそれを載せてチビの前に置き、水も一緒に出してあげると、「アウ!』とひと吠えしてかぶりつく。食べている途中ではあるが、頭や首を撫でても威嚇もされない。とてもいい子である。というか熱いけど大丈夫なんだろうか? 大丈夫なんだろうな、ガツガツ食ってるし。
ーー なんでしょう。チビを見ていると、温かい気持ちになります ーー
(俺も同じ気持ちだ。こいつの親は俺が殺しちゃったけど、こいつは俺に懐いてくれてる。不思議なもんだ)
ーー マスターの中に潜在的なやさしさを感じたのでしょう。さらにチビだけでは生きていけない環境で生かされたという事実がチビの中では何にも代え難いものになったものかと ーー
(そんなに優しくはないんだけどな。それにしてもエアリス、人間よりも人間くさい時あるよな。最初からだったような気もするけど)
ーー それは否定できないかもしれません ーー
(ところで最初といえば、初めて倒したワスプアントだっけ? あのときの星石って赤かったんだよ。でもその後に手に入る星石が黒いのはなんでだろう)
ーー なぜでしょうね。本来いるはずのないものがいたことから、何かしらの理由があるかもしれませんが現状では不明ですね ーー
(そうか。謎が多いなーダンジョン!)
エアリスと話をしている間にチビは熊肉をぺろりと平らげていた。そんなチビは顔を近づけてくるが舐めはしない。顔や手に自分の顔をくっつけてくるのだ。これはなぜかというと、舐められるとべちゃべちゃになってしまうのでエアリスの協力のもとそうするように躾けた。そんなチビをわしゃわしゃと撫で回しながらエアリスに質問してみる。
(そういえばさ、チビのステータスってどんな感じなんだろう?)
ーー そうですね……数値としてはワタシにもわからないのですが、ほぼマスターに近いくらいではないかと ーー
(それって十分な戦力っぽいかな?)
ーー はい。おそらくカミノミツカイには敵わないでしょうが、亀の攻撃を見切る程度ならば問題なさそうな力強い瞳をしています ーー
(力強い瞳…? ちょっとよくわかんないけど、結構強いってことだよね)
ーー はい。軍曹より強いことは確実です ーー
(なるほどね。……エアリス、チビを一緒に連れていけたりしないか?)
ーー そうおっしゃる事を想定し、昨夜のうちにアイテムを作成しておきました。アイテムに封入されているのは、対となるアイテムを検知し、その周辺に転移するアイテムです。あっ、右ポッケに入ってますよ ーー
右ポケットを探ると、指輪のようなものが二つ入っていた。
ーー その革でできている方がチビの首輪です。小型化を解除して装着させてください。もう一方はマスターの中指のサイズに合わせた指輪です ーー
首輪の小型化を解除すると、早速チビに着ける。そして俺は、少し幅広で狼の横顔が彫られた指輪を中指に着ける。
(これでいいのか? それにしてもエアリスだけでできるんだな……)
ーー はい。索敵と転移を応用したものであり、その権限はマスターから委任されているので問題ありませんでした。それを装着しマスターが向こうへ戻ればチビも付いて来られるはずです ーー
(チビが自分で使うのか?)
ーー チビの首輪にはワタシの分体と呼ぶべきものを複製して封入してあります。19層の虹星石の欠片を嵌め込む必要がありましたが、必要経費と割り切りました ーー
(分体? 分身の術かなんかか?)
ーー 似たようなものです。ですがワタシのように話すことはできません。あくまでマスターの意志をチビに伝えるまでの中継、そして首輪に付けた各種能力を発動させるためだけに存在します。封入された能力は以下の通りです ーー
銀狼の首輪 (チビ専用)
拒絶する不可侵の壁 (全ての干渉を拒絶する)
不可逆の改竄 (自らに起こった事象を改竄する)
忠義の随行 (主人のもとへ転移する)
俺が考えるような名前よりもワンランク上の厨二心が込められていた。ちょっとなんかかっこいい。というか不可逆の改竄って、死にかけても痛いけど大丈夫! になるやつだよな。それに効果が上がってる気がする。
(はぁー。俺の能力がどうこうじゃなくて、真のチートはエアリスだな……)
ーー そのワタシはマスター無しでは生まれませんでした。それにマスターのお役に立てるのであればチートでも悪魔でも天使でも夜伽の相手でもなんにでもなってみせますので ーー
(……また変な言葉を。今度はどこで覚えたんだよ? まさかそれも軍曹の……)
ーー いいえ。これは店長の腕輪に触れた際に覗いたものです。部屋の引き出しの奥底にそのような内容の記録媒体があるようです ーー
(なん……だと……)
ーー ですので昨夜の出来事は、マスターのCHAが影響していた以上に店長自身の隠された嗜好があったものと判断します。というより、嗜好をCHAにより刺激された、でしょうか ーー
店長はそういうのを好むのか。マグナカフェではエプロン姿で大きめなメガネをかけてる、でも綺麗な事はわかる女性、そして今草原にいる店長はメガネを外しボディラインが扇情的にも見える綺麗な女性……そんな人がそんなものを……
(……はっ! 本人のいないところで妄想しちゃイカンな。目の前にして妄想するのはもっとイカンと思うけどそんなことよりそろそろ戻らないとな。店長の顔、まともに見れるかな……)
ーー それでは戻りましょう ーー
(そういえば来る時の障害? は大丈夫なのか?)
ーー 問題ありません。解決済みです ーー
(そうか。じゃあ戻ろう)
『転移』
するとエッセンスに包まれ、それが散った後にはすでに姿はかき消えていた。
俺にはよくわからないが、感じることもできない障害を短い時間で無効化してのけたということだろう。やっぱり俺の能力よりも真のチートはエアリスだ。
草原で待つ三人は一瞬だけエッセンスが渦巻くことで起こった風を感じると、そこにそれを起こした張本人がいることに気付いた。
「悠人さん! お待ちしておりました!」
勢いよくタックルしてくる香織を受け止め一回転。うまく突進力を殺し香織の足を地に着かせる。恋人でもないのにすごく距離が近い。そうされて悪い気はもちろんしないが、短期間で何度もされていることもあってか慣れてしまっている自分もいる。
「おかえりー」
「お、おかえりなさい」
「ただいま。それで、チビ呼ぶね」
「「「え!?」」」
三人の反応を無視し、意識してチビを呼ぶ。すると俺の隣に、エッセンスの渦を一瞬だけ纏ったチビがおすわり状態で現れた。今や立ち上がれば俺の身長を超える大きさになっているチビは、もうほんとうにチビではない。だが今更チビ以外の呼び方というのもな……。新しく名前をつけるってのもな、ネーミングセンスが壊滅的だし。
「ということで、こいつがチビです。かわいがってやってください」
「この子がチビ? 確かにシルバーウルフだね。でも少し違うように見えるけど」
「お、狼!?」
「すごく……大きいです」
依然俺の腰に手を回したままうっとりとした表情でそんなことを言う香織。他意はなく単純にチビの大きさを言っただけとわかってはいてもちょっとドキッとする。
「チビ、この人たちは悪い人たちじゃないから、安心していいぞ。あともしものときは守ってあげてね」
チビは「アウ! アウ!」と吠え尻尾をゆらゆらさせる。エアリスの翻訳機能? 的なものはしっかり働いているようだ。その様子をみた三人はチビを撫でて「よろしくね」と言っている。チビは理解できているのかはわからないが、撫でられている手に軽く顔を押し付けていた。それにしてもこの三人、結構適応能力が高い。特に店長は昨日会ったばかりな上にエアリスの存在も知らない。
「店長さん、慣れるの早いですね。狼ですよ? 怖くないんですか?」
「最初はさすがに驚いたわよ? でもこの子、なぜだか怖くないし、むしろかわいいわね」
「そうなんですか」
「それに悠人君みたいなびっくり箱よりも驚くことなんて少ないと思うわよ?」
「俺ってそんなに変ですかね?」
「変なんてレベルじゃないわよ。今なら悠人君が実は宇宙人とか異世界人って言われても納得できる気がするわ」
俺に対する店長の評価が宇宙人か異世界人ということが判明したところで直近の課題をクリアすることを悠里に思い出させられる。
「ところで悠人。これからどうするの?」
「そうだなぁ。どうすればいいかな。……基本的な目的としては、店長さんが要求されてるなにかしらの成果を持ち帰ることだけど、他のダンジョンと20層は繋がっているってだけじゃだめなんでしょうか?」
「その証拠になるものがあれば……認められると思うわ」
「証拠ですか、それは難しいですね。一度俺か雑貨屋が戻って自分たちのところから20層に来て合流するとかしないとですよね。しかもそれも映像記録とかがないと厳しそうですし。あっても握りつぶされそうですね」
「そうね。確実なのは、未知のものを持ち帰ってそれを成果として提出することだけれど……」
「一応、俺にとっては既知ですけど、未知のものならありますよ」
俺はミスリルの塊、手のひらサイズのインゴットを取り出す。それを店長に渡すと、「軽い! 硬い!」と言いながら叩いたりお手玉したりしていた。
「これがあればさすがに認められるとは思います。でもインゴットではさすがに」
「不自然ですよね。加工済みのインゴットなんて」
「原石とかはないんですか?」
「今手元にはないので、亀を探してドロップしてもらうしかないですね」
「そうですか。でも先ほど見回しましたが、周囲1㎞の範囲にはおそらくいませんでした」
「せめて向かうべき方角さえわかればいいんですけどねー」
「っていうか、悠人が自分の家の20層に転移すればいいんじゃない?」
「それも考えたんだけどさ、”店長さんが“成果を持ち帰ることが条件に聞こえたからさ」
「亀を倒すにしてもさくらが実際に現場にいないとってこと? でもチビみたいに転移させられるんじゃないの?」
悠里の言葉に俺はなるほどと思った。しかしエアリスによってそれは否定される。
ーー 現状アイテムの用意ができていませんので不可能です ーー
「さっきのはチビ専用みたいなものだしなぁ。現状はアイテムの在庫無しってとこだ。ってか店長さんをいつの間にか名前で呼んでるんだな」
「なに? うらやましいの?」
悠里はニヤニヤとこちらを見てくる。べ、べつに自分だけ仲間外れみたいで仲良さそうなみんなが羨ましいとかじゃないんだからねっ!
「悠人君が呼びたいなら、『さくら』って呼んでくれていいのよ?」
覗き込んでくる店長……女性はそういうのがなんかずるいと思うんですよ。まぁそういうなら遠慮なく呼ばせてもらいますけどね。
「じゃ、じゃあ。そうさせてもらいます」
「敬語も禁止にしちゃおうかしら? ささ、呼んでみて?」
「え、えぇ〜……さ、さくら……?」
「え? 聞こえないわね。さぁもっと大きな声で!」
「さくら…っ!」
「はい! もっと張り切ってお腹から出していきましょー! せーの!」
「さくらー!!!」
「そんなものなの!? 違うわよね!? まだまだいけるでしょ〜! この青空に向かって全力で! サンハイ!」
「さくらーーーーっ!!!!」
「あなたが好きなのは?」
「さ……ちびーーー!!」
「わふわふ!」
魂の絶叫をした俺はチビと抱き合った。わぁ〜、表面の毛は少しゴワゴワだけど中はもふもふだぁ〜。でもやっぱり毛はそれなりに硬めだし獣臭い。洗えば中だけじゃなく外側もふわふわになるんだろうか。
その様子を軽く舌打ちながらもちょっといたずらな表情で見るさくら、やれやれと言った表情の悠里、「香織って言ってくれなかった……」とぶつぶつ言っている香織。
もふもふに埋もれた俺に、その様子を知る由はなかった。
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