第24話 マグナカフェ3
「さて、みんな中に戻ってご飯にしましょう」
「お、お前たち、帰還するぞ! 駆けあーし!」
「ごるぁ! 走るな! 埃が立つ!」
店長と軍曹のそんなやり取りをいつものこと、と笑いながらカフェに戻っていく隊員たち、それに俺たちも続く。
「…すみません。混乱してまして」
「それは私も同じです。まさかあれほどとは…」
店長と軍曹を残しみんなカフェへ戻っている。
この場にいるのは自分たちだけ、それを確認した軍曹は西野二尉に気になっていることを質問する。
「二尉は悠人について何か知っていたのですか?」
「…えぇ、まぁ少し」
「良ければ話していただいても?」
「…今朝総理から直々に連絡が来て、『単独で15層を突破した若者がそちらに向かうのでくれぐれも丁重に扱うように』と言われただけよ。ダンジョン攻略を主とした部隊をもってしても歯が立たなかった15層の化け物を単独で撃破したと言うのは半信半疑だったけれど。それに彼の方では見た目は鳥ではなく鹿だったようだけど」
「なるほど。総理直々となると、あまり大っぴらにしていい話題でもなさそうですな」
「そうなのよね〜。どうしましょう。もういっそ、なかったことにしましょうか。うん、そうしましょ!」
「…普段なら異論のあるところではありますが、今回に限っては自分もそれに賛同せざるを得ませんね。ただ、彼とは話をしておく必要はありそうに思います」
「そうね。じゃあそういうことで、私たちも戻って夕食にしましょう」
正式に公表されてはいないが、自衛隊のダンジョン攻略部隊が惨敗した15層のモンスターは、脚が3本あるハゲワシほどの体長を誇る鳥だった。色は白で尾羽が少し長めだったが、見た目は日本でよくみかけるカラスに似ているようだ。
白鴉は大きな翼を広げ羽ばたくと、飛び立つというよりは浮き上がるように浮遊し急襲。その動きは隊員たちの最後方にいて唯一無傷だった者がなんとか目で追えたという話だ。しかしその隊員が無傷だったのは目で追えたからではない。目で追えるからといってそれを避けれるかといえばイコールではないからだ。ではなぜ無傷だったのか。その理由は定かではないが、後方で医療・援護担当のその隊員だけが唯一発砲していなかったことから、攻撃の意思に反応したのではないかと目されている。
攻撃された隊員たちは、武器として持ち込んだ小銃を大きな爪で掴まれ嘴で突かれたらしい。掴まれた際、小銃は歪んでしまい使い物にならなくなった。その状況で援護担当の隊員は閃光手榴弾を投げ込み、白鴉が怯んで距離を開けている間に負傷した隊員を引きずり撤退した。軍曹はこれを切り口に悠人と話をしようと考えていた。
俺はカフェにある一番大きなテーブル席に着いている。そのテーブルを囲むように、悠里と香織が両サイド、対面には店長と軍曹が座っていて、最初の『いただきます』からほぼ無言で食事をとっている。
ーー マスター、軍曹という男、どうやらマスターと話をしたいようですね。それに…店長という女も。はっ! まさかあの女までマスターに惚れ ーー
(そういうのいいんで。あり得ないんで。でも実際、2人ともちらちらこっち見てるな。目の前にいるんだから堂々と聞いてくればいいのに。それに他に普通の客なんていないんだから尚更さ)
ーー ここでは話しにくいこと、ではないでしょうか ーー
(ここでは? 他の隊員たちにも聞かれたらまずい話か? やだなぁ。怖い話されなければいいなぁ。実はジビエハンターなんてやっちゃダメとか)
ーー 問題ありません。このカフェ内で最も恐ろしい存在は、間違いなくマスターです ーー
(……俺は恐怖の大王かっての)
ーー 個人としては渦巻疾風伝に出てくるエリートニンジャの立ち位置と同等かそれ以上ですのであながち的外れではないかもしれません。それにあんな事ができるのは脅威でしょう ーー
(まぁたしかにな)
ほぼ無言のまま食事を終え「じゃあ部屋に戻ります」と席を立つ。すると同室である軍曹も「じゃあ自分もお先に!」と言ってついてきた。皿洗いなどは当番制で、今日の担当は軍曹ではないらしい。
部屋に戻ると、窓から外を睨むように背を向けた軍曹に対して切り出す。
「それで軍曹さん、俺に何か話でもあるんですか?」
軍曹の肩がビクンっとした。少しの間を置き、軍曹が口を開いた。
「あ、ああ、実はそうなんだ。だがその前に……風呂、入りにいかないか?」
「そうですね。いきましょうか」
2人で大浴場に向かう。ここはカフェなのに男女別の大浴場まであるのは、店長のおかげだろう。男世帯のここで女性専用の大浴場が必要かはわからないが、今回に限ってはありがたかった。それにもしかしたら女性の客や隊員が来ることもあるということかもしれないし、必要ないとは言い切れないか。ここは温泉の湧く地域でもあり、近くの源泉から温泉を引いていて、美肌効果があるらしいことからも何かしら利用価値があってそういった施設を作ったのかもしれないな。
たわいのない話を交え温泉で汗と疲れを流し部屋に戻ると、軍曹が話を切り出した。
「悠人は、自衛隊のダンジョン攻略部隊について知っているか?」
「えぇ、まぁ少しは」
「少しとはどのくらいだ?」
「15層で怪我人が出て、そこから進んでいないと」
「そうだ。その15層をなぜ突破できなかったか、知っているか?」
「詳しいことは知りません。ただ、15層のボスのような存在に阻まれたんじゃないんですか?」
「その、ボスの名前だけでもいいが、心当たりはあるか?」
「心当たりというか…見当はつきます。名前はおそらく『カミノミツカイ』ではないでしょうか」
「カミノミツカイ? そういう名前なのか?」
「雑貨屋にも俺の家にも共通することですが、15層の白いモンスターはそれ自体が他とは一線を画した強さなんです。名前は倒さないと知ることもできませんが」
「なるほど」
「ちなみに俺が倒したのは鹿、雑貨屋は牛です。……自衛隊の相手はなんだったんです?」
こういう機密情報みたいなものはさすがに話してくれないかもしれないが、まぁなんというか流れ的に聞いても良いような気がした。
「……鳥だ。脚が三本ある白く巨大な……そう、ハゲワシくらいのカラスだ。自分は伝聞で知っただけだがな。」
一般には知られていないであろう情報を軍曹は躊躇なく話してくれる。
「カラスですか。脚が三本というと、八咫烏(ヤタガラス)ですかね?」
「そうかもしれないな。伝承では神獣だったか…?」
「‥‥なるほどなるほど…。やっぱり15層は試験会場みたいなものか…」
エアリスとの会話は軍曹には聞こえないが、俺が口に出してしまっていたことは耳聡く聞いていたようだ。ただ単にしっかりと聞く人なのか、情報を引出そうとしていたから注意深く聞いていたのかはわからないが、こちらもそれくらいは聞かれても問題ない。むしろ話した方がいい事かもしれない。
「なに? 試験だと?」
「はい。入学試験みたいなものかなと」
「それを越えられないなら、その先へ往く資格はない、と?」
「もしかしたらそうかもしれませんし、違うかもしれません。『攻撃の意思を示さなければ襲われなかった』かもしれないとなるとなおさら」
「ふむ。そもそもヤタガラスとはどんなものなんだ?」
思いつきに近いものだが、少し俺の考えを披露することにした。
「八咫烏(ヤタガラス)とは日本神話において、導きの神、太陽の化身とされていたと思います。八咫っていうのが長さの単位で、たしか18㎝くらいだったかな。なので八咫は144㎝になるんですが、神話や昔話で単位がでてきたら、数字として正確と見てはいけないって学生時代に神話オタクから聞きました」
「つまり?」
「軍曹がさっき言った、『ハゲワシくらいの』というやつです。ハゲワシと一緒くたに言っても、種類や環境によって大きさは異なるんです。でも『大きい印象』であれば正しいと言えます。神話の八咫も大きいイメージを連想するので、正確な大きさはわからないんですよ。しかし通常のカラスよりも断然大きいということだけはわかります。そして八咫烏とは、三本足のカラスという意味ではなく『大きなカラス』という意味合いが強いです。つまり、大きいだけで十分に『八咫烏』なのに、イメージとして強い三本足という特徴まであるというのは‥‥なにか、意志のようなものが働いているような‥‥‥。敢えて神話をイメージさせるように仕向けられているような‥‥‥」
つい考えに没頭してしまい軍曹を置き去りにしてしまったが、軍曹に引き戻される。
「それで、試験のようだ、というのは結局?」
「あっ、すみません、ついつい考え込んでしまいました。そのイメージ通りの三本足の大きいカラスが本当に八咫烏なら、ただのモンスターではなく何か役割があるのでは、と」
「導きの、というやつか?」
「はい。ところでここでは白いモンスターは見かけていないんですか?」
「未発見だ。いないことを祈ってるところだよ」
その時、部屋の扉が開く。悠里と香織、それに店長が部屋に入ってきた。
「悠人君、オハナシ、しましょう?」
風呂上がりだからか、しっとり卵肌の美女三名がそこにはいた。穏やかな表情に似つかわしくない妙な圧を発しながら店長の白く曇った眼鏡が迫る。その様子に軍曹も一瞬躊躇したが、意を決した様子で店長を止めに入る。
「に、二尉! 大丈夫ですから落ち着いてください!」
軍曹はたった今俺と話したことを店長にも説明した。俺が思考の渦に飲み込まれそうになっていた部分以外のことの説明が終わり店長の顔もにこやかなものに戻っている。
「なぁ〜んだぁ! てっきり私、悠人君を脅してでも”おはなし“しなきゃならないかなって思ってはやとちっちゃったっ! てへっ」
その店長の様子に一同は苦笑いの混じったような絶妙に微妙な表情になった。
そこからは情報交換のような座談会になった。香織と店長そして軍曹は、ほろ酔いするにはちょうどいい飲みもの、ビール、それに焼酎を各々飲んでいる。
「それにしても悠人君、さっきのアレすごかったわねぇ〜。どうやったの?」
そしていつの間にか店長は俺のことを名前で呼ぶようになっている。酒の場で親睦を深める”飲みニケーション“というやつの効果だろうか。
「アレというと……理科の実験の大きいバージョンですかね」
「実験〜?」
「はい。試験管に溜めた水素に火をつけると、ポンッて鳴る実験しませんでした? あれを大きいサイズでやってみただけなんです。ただ規模が大きければそれなりに威力は出せるはずですから、必要最低限くらいは数を減らすことはできるかなと」
『マスターの認識以外にワタシが少々お手伝いしましたので予想以上の結果でしたね』とエアリスが俺に語りかける。考えてみれば”爆発“に近いことは起こってもレーザーみたいなビームみたいな、そんな爆炎放射が起きるとは思えない。先ほどエアリスが言った通り、水素よりも強力な燃料を使ったのだろう。
「必要最低限で残存2まで減らしちゃうなんて、ほんと顔に似合わず化け物ね〜」
「やめてくださいよ。ただの人間ですよ」
少し酔いが回り紅潮した店長は、腕を絡めて寄りかかってくる。近い。しずかにほろ酔っている香織もさりげなく反対側から肩を寄せてくる。
(なんだこのハーレム)
そんなことを思っていると、エアリスが無感情な声音で言う。
ーー 吹き飛ばしてもよろしいですか? 先ほどの経験から許可さえいただければちょうど存在を抹消する程度に調節が可能です ーー
(やめなさい。殺人犯になっちゃうでしょうが!)
ーー …それはいけないことなのですか? ーー
(状況によるかもしれないけど、だめなことです)
ーー そうですか。それなら仕方ないですね。命拾いしましたね、この女 ーー
(色々当たって幸せな感じで言うのもなんだけど、それでもエアリスほど俺の近くにいる存在はいないんだからこのくらいで目くじら立てないように)
ーー では背中にぴったりくっついているつもりでいますので私を意識してくださいね//// ーー
(え? それなんか怖くね? 時期的にもそろそろそういう時期だし)
背中に張り付く背後の霊的ななにかを想像して身を震わせると、店長はより強くしがみついてくる。反対側の香織と比べてしまうと控えめだが、それなりのやわらかさに腕を挟まれる。酔うとスキンシップが過剰になっていく人って、いるよね。役得である。
「ところで悠人君の能力についてだけど……」
なるほど。それが本題か。酔いも回った事によってうっかり鼻の下だけでなく下の鼻が『ぱおーん』と伸びてしまいそうになっていたが軍曹の雰囲気というか、気配が鋭くなってわかりやすくて助かった。とはいえそれを感じ取ったこの感覚的なものも、ステータスによるものだったりエアリスの索敵によるものの副次的な効果なのかもしれない。やっぱりそれを調整できるエアリスってチートなんだな。異世界もののラノベの世界なら主人公になれそうなチートっぷりに思えてきてしまう。
ともかく俺の能力について聞き出そうという魂胆なのはわかった。それに対して強い意志で対応しなければならないな、と腕で感じる感触に持っていかれる意識を理性でもって引き戻しつつ待つ。
「私にもあんなことできるかな!? 最後のシュバッっていうの!」
その発言に、胡座で膝に肩肘をついた軍曹はその肘を滑らせる。平静を装って店長を見るその目は、なにか残念なものを見るような哀愁漂うものだった。
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