最終話 新たな社会のために

 奏斗は腹を括るしかない状況となっていた。

 冬馬が遙香を道連れに死んだ。燈葉が真広と刺し違えて死んだ。そんな中、自分まで去るわけにはいかない。

「いいのか」

「ああ。君は」

「今更訊くなよ。俺は、どこまでも付き合ってやるぜ」

「――そうか」

 颯斗の言葉にちょっと申し訳ない気分が込み上げたものの、一緒に戦ってくれるのは有り難い。それに、これからますます大変になっていくだろう。

「じゃあ、行こうか。君はこれを」

 奏斗はそう言って颯斗に白衣を差し出した。もちろん、情報管理課の制服の黒いものではない。

「あの」

「科学者っていうのは、今も昔も白衣を着ているイメージだろ?」

 きょとんとする颯斗に対し、奏斗はにっと笑った。そして自分も着る。正直、人生において白衣を着たことなんて初めての体験だが、そんな小さな事実に気づくのは、同業者くらいだ。

「新たな社会の幕開けを印象づけるってことか」

「そういうこと。これからも、多くの科学者たちに協力してもらわなきゃならない。そのためにもね」

 二人で真新しい白衣に身を包むと、すでに情報管理課の職員たちが整えている記者会見場へと向かったのだった。






 それから十年後――

「奏斗。またバグが起きたらしいけど」

「マジか」

「変数が多すぎるって、海羽がぶち切れてたぜ」

「ううむ」

 かつて情報管理課があったビル。そこは今、最先端情報科学研究所と名前を改め、所長を奏斗として多くの科学者が集う場所となっていた。が、奏斗は人工知能の専門家に変わってまだ十年目。たまに、鈍臭い間違いをやらかしている。

「にしても、街もがらっと変わったよな」

 パソコンの前で四苦八苦する奏斗を見つつ、颯斗はビックリだよねと窓の外を見る。かつて、街のあちこちを監視していたIDカードのスキャナーはもうない。そのおかげか閉塞感は消えたものの、どこか締まりのない、不安定な社会になっている。それをどう変えていくのか、これもまた、奏斗の肩に掛っている難題だ。

「犯罪率だけで言えば、IDカード導入前に戻っただけだよ。あの期間が、異常すぎたんだ。ある面では快適だったのかもしれないけどね」

 何もかも監視されているというのは、閉塞感はあるものの安心感もあるものだ。それがあの十年前の停電で唐突に停止、そこから社会構造を一度元に戻す作業をして現在に至っている。まだまだ試行錯誤なのは仕方ない。

「とはいえ、IDカードが消えたわけじゃないんだけど」

「そうだな。あるな」

 颯斗はそう言って自分のIDカードを取り出してぷらぷらさせる。このカードを全廃するのは、意外にも多くの人が反対した。もはや生活に馴染んでしまったもの。多少のデータ収集も仕方ないと了承されているのだ。そして、さすがに事細かな分析はしていないものの、この研究所でもそのデータは大いに活用させてもらっている。

「その十年前で考えられなかったのは、颯斗がちゃんと科学者になっているってことじゃないのか」

「ぐっ」

 そう言ったのは、所長室に入ってきた尊だ。そう、尊もまたここで働いている。あの騒動でも十分すぎるデータ解析能力を発揮した尊は、今はデータサイエンティストとして活躍中だ。

「しかも物理学者になるなんてね。青天の霹靂だろ」

「う、煩いなあ」

「そうだな。まさか俺の研究を引き継ぐと言い出すとは思わなかった」

「おいっ」

 さらに乗っかる奏斗に、お前はどっちの味方なんだよと怒鳴ってしまう。そう、颯斗はといえば、この研究所で奏斗の秘書兼助手を務める傍ら、大学で奏斗のやっていた基礎研究の続きをやっているのだ。それもあの光輝に指導されながら。

「だってな。あんだけノートを書いて必死に抗っていたわけだろ。活かさない手はないじゃん。それに――あんだけのことをしなきゃ、あのチップには対抗できなかったんだし」

「――」

 颯斗の拗ねたような言い方に、奏斗も尊も言葉がない。颯斗がそんなことを言うのは、瑠衣のことがあるからだ。あの後、奏斗と瑠衣の頭部から微弱な電流を流すチップが見つかった。頭皮に埋め込むように作られていたそれは、思考や感情を著しく低下させるという。

 もちろん、奏斗に使われていたものは微弱だった。しかし、瑠衣に使われていたものは遙かに出力が大きく、瑠衣という人格を消し去ってしまっていたのだ。チップを取り除いても、記憶喪失と同じような状態になってしまった。

 今は父の優紀が面倒を見ている。優紀も息子と妻を同時に亡くして大変だったが

「総ては私たちが悪かったんです。この子のことは、私が責任を持ちます」

 そう言って言い訳することはなかった。燈葉が暴いていたように、優紀もまた初期の段階から実験に参加していたのだ。家族に起こったことは、総て自業自得として納得しているようだった。

「瑠衣、どうなったかな」

「随分と女の子らしくなったって、夏実さんが言ってたよ」

「あ、そうだった」

 しかし、サポートにあの冬実と夏実親子が加わってくれているので、非常に安心できる。あれこれと夏実が教えてあげると、瑠衣は楽しそうに笑うようになったのだとか。颯斗たちの知る瑠衣ではなくなってしまったけど、綾瀬瑠衣は確かに存在するのだ。また、一から友達になればいい。徐々に普通の女の子になっていく瑠衣と、どう再会すればいいのか。これはちょっとした問題だが、楽しみでもある。

「ちょっと、尊君。早く戻ってきて頂戴」

 そこに朱鷺がやって来て、全然進まないでしょと文句を言う。朱鷺は奏斗と目が合うと微笑んだが

「早くしてね」

 とすぐに出て行ってしまった。

「じゃあ」

「口うるさくてすまんね」

「いえいえ。それより、結婚はどうするんですか?」

 尊はそんな一言を放って、答えを聞かずに出て行く。そう、一緒に人工知能の勉強をし、今もサポートしてくれる朱鷺。彼女と今後をどうするのか。奏斗には人工知能以上に難しい問題だ。

「まだまだ先だな」

「さらっと問題を先送りしたな」

「煩いよ」

 しかし、にこっと笑う奏斗には、もうあの時にあったような悲壮感はどこにもない。また、無駄に力の入った決意をしたような顔もない。

「いい社会になるといいな」

「うん」

 すっかり明るくなった奏斗と一緒に何かをやれる。それだけでも、凄いことが起こっていくはずだ。颯斗はにっこり笑って頷き返すと、自分の仕事に戻るべく、今も最上階にあり、色々と改装されて明るくなった所長室を後にしたのだった。

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管理実験 渋川宙 @sora-sibukawa

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