第65話 チェックメイト

 本格的に動き出した奏斗は凄かった。あれほど嫌がっていた男が、ちゃんと仕事をするとこんなにも変わるのか。それを、横で見ていた颯斗は実感した。ちなみに颯斗は奏斗の助手として収まることになり、テロリスト報道は誤報であったことが伝えられている。これもまた、国会議事堂を爆発した奴らの仕掛けたことだとされたのだ。

 今までアンドロイドに行わせていた記者会見も自らするようになり、奏斗の人気は一気に上がった。今までの冷たい感じがなくなり、真摯さが滲み出ている。それが、SNSでの評判だった。着実に、奏斗はこの国の根幹部分を変えつつあった。

「ただ、問題は」

「そう、この先」

 今でも最上階に設置された奏斗の部屋に戻って、ここからが問題だなと奏斗も颯斗も腕を組む。一緒にいる燈葉も難しい顔だ。

「いくらこちらの動きが大々的だからといって、果たしてあの綾瀬遙香を出し抜けているのか、だぞ」

 燈葉の指摘は尤もで、何もかも先手を打ってくる遙香を出し抜けているのかが見えない。だが、奏斗はこれでいいはずだと主張する。

「前回のことでメインコンピュータの位置は正確に把握出来たからな」

「参議院本会議場か」

「ああ。他に分散してあるとしても、あそこほどのセキュリティを施すことは無理だろう。大学にあったものも含めて、この二つを壊すだけでも相当な損失のはずだ」

「で、その後はお前がどんどん改革を進めていくってか。それこそ、あのおばさんの筋書き通りじゃねえの」

 颯斗が何気なく指摘すると、奏斗と燈葉の顔が引き攣った。そう、結局いきつくのは奏斗という絶対的な存在を必要とする社会だ。その構図は全く変わらない。遙香と颯天の影響を排除することは可能だろうが、その先の結論は変更できない。

「はあ、じゃあ、どうする?」

 燈葉が挑発するように溜め息を吐いて訊く。

「ううん。今ならば逃げられるんじゃねえの。ここに情報管理課の課長がいることだし」

 颯斗の提案に、前以上に無理だろうなと燈葉はさらに溜め息だ。

「今は国民の多くが奏斗の指示に回っている。正直、こんなに短時間で信用回復できるのかと疑っていたが、圧倒的なカリスマ性というべきか、あっさり前以上の支持を獲得しているからな」

「ああ、そうか。今度は情報管理課じゃなくて国民全員が奏斗を追い掛けることになるんだ」

「そう」

 で、どうなんだと奏斗を見た。当然、こうなることは予測していたはずだ。結論が何一つ変わらないことだって、冬馬と一緒に戻ってきた段階で気づいていただろう。

「大丈夫だ。メインコンピュータを狙うのはあくまで綾瀬遙香の先読みを絶つためだ」

 燈葉と颯斗の議論を聞きながら、そこにしか終始できないのならば遙香も見抜けていないはずだと言う。

「というと?」

「勝手に何か進めているのか?」

「いや、俺は指示しただけだよ。後はそう、冬馬や朱鷺、それに海羽、他にも先生たちがどう動くかってところかな」

「それって」

「そう。反逆するのは俺じゃないってことだよ」

 奏斗はにやりと笑ったが、その笑みはとてつもなく暗い。それで、颯斗ははっとした。

「まさか」

「そういうこと。燈葉、あのアンドロイド、用意してくれ」




 決戦の日として設定されたのは、あの国会議事堂での爆発騒ぎから一年後だった。そのためにありとあらゆる場所で準備が進められ、緻密に計画が進められていた。科学者たちはそれこそ寝る間を惜しんでこの計画のために働いたと言っていい。

「総ては奏斗を支配者というポジションから解放するためってね」

「そうね」

 海羽の言葉に、朱鷺は重々しく頷いた。いるのは大学にあったメインコンピュータだ。そこから地道に人工知能の書き換えを行い、すでに、遙香が理想とするシミュレーションだけを行い、都合の悪い部分は見えないようにしていた。後は仕上げとしてエラーコードを入力するのみだ。

「午前零時、行動開始ね」

「はい」

 時計を確認すると、零時まで後五分。それでこの実験と称して行われたものは総て終了する。

「まあ、本当に出し抜けたのか。あの二人が望んだ結論が何だったのかは解らないわけだけど」

 朱鷺はそう呟くと、スマホに表示される時刻をじっと見つめていた。





 そして午前零時。あらゆる場所のコンピュータのダウン。電力供給のストップ。同時にインフラがストップして、国中で大混乱が起こった。

「て、テロだ」

「嘘だろ。最近ではめっきり無くなっていたのに」

「うわっ」

 急に何も出来なくなった国民は大混乱だ。しかも電気が来ないことが最も困る。中にはエレベーターに閉じ込められただの、緊急手術中だっただの、人命に関わるレベルのことまで起こり始める。もちろん、自家発電のあるところは大丈夫だ。だが、多くの場所はそうなってはいない。

「さて、行きますか」

 冬馬はそんな闇夜の中をただひたすら駆けていく。この自家発電こそ、冬馬が目指す人物がいる場所を指し示してくれるはずだ。そして、見つけた。いくつかの候補の中からここだろうと割り出されていた一つの家。そこはすでに灯りが煌々と点されている。

「綾瀬博士、ご無事ですか」

 冬馬はちゃんと情報管理課の制服を纏っていた。だから、どんどんっと戸を叩いたその姿に、遙香は安心して出てきた。

「ええ、無事よ」

「それはよかった」

 しかし、ちゃんと遙香が出てきたことに安心した冬馬は、にやっと笑う。そして、まだ首に付いたままの首輪を指す。

「あなた」

「ええ。チェックメイトですよ、お母さん」

 冬馬はそう呼び掛けて遙香に抱きつくと、起爆スイッチを自ら押していたのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます