第63話 真実を語れ

「お人形、ですか」

 奏斗はじっと遙香を見つめてその言葉をなぞる。確かに人生のほとんどをこの遙香と颯天が握っていたのだとすれば、その言い方は正しいのかもしれない。

「ええ、そう。現状はよく理解できたことでしょう。さっさと支配者として、いえ、この人工知能を使う存在として覚悟を決めてくれるかしら」

 くすくすと、あっさり納得してしまう奏斗の反応に笑いつつ促す。しかし、さすがにこれにはすぐに頷かない。

「人工知能って。国会で決まってたことの全部がこれが判断したってことか?」

 このまま奏斗と話をさせていては埒が明かない。ということで、颯斗が割って入った。すると、全部じゃないわと遙香が笑う。

「え?違うんだ」

「それはそうよ。人工知能が弾き出すのはあくまで有益かどうか。でも、その先は私がちょっと誘導してやればその通りになる。奏斗、あなたがこの先、それをやりなさい」

「どうしてですか?」

 再び矛先が奏斗に戻る。が、この五年間、ずっと付き纏う支配者という言葉を受け入れなければならない。その事実が嫌だ。

「あら?あなたはここに来るまでにこの社会を変えたいと思ったはずよ。とすれば、私の提案を呑むのは当然だと思うけど」

「――」

 遙香の言葉に、奏斗も颯斗も絶句してしまった。まさか、そう思うことさえ仕組んでいたのか。

「あなたは忘れているかもしれないけど、本当に両親にそっくりの頭の良さと正義感を持っているわ。非常に厄介だけど、上手く導いてやれば使い勝手がいい。あなたは今、この社会を変えるチャンスを与えられているのよ。ただし、普通には戻れない。いや、そもそもこの五年掛けて築き上げられたイメージを覆す手段を持ち得ないことは解っているはず。だったら、自分がその座について変えていくしかないと、理解しているわよね」

 ふふっと笑う遙香はどこまでも楽しそうだ。それに颯斗はぞっとしてしまう。こんなにも、他人を自分の都合のいい存在と見なせるのか。それが怖かった。こいつにとって、人間もまた有能なコンピュータと変わりがないのだ。

「理解はしています。でも、その前に色々と教えてください。あなたと穂積颯天の関係はなんですか?俺を利用していたのはどうしてですか?」

 一方、奏斗は怖いという感情よりも先に知りたいという欲求が勝っていた。だから物怖じすることなく問う。

「そうね。そこはまあ教えてあげましょう。穂積颯天とは私の祖父なの。あなたはそんな颯天に養子縁組されて迎えられた子ども。つまり、颯天にとってあなたは赤の他人でしかないのよ。それでも育てたのは、人工知能を使った大規模な社会実験をしたいから。その条件として、あなたを育てることを承諾しただけ」

「なっ」

「マジか」

 予想外の事実に、二人揃って驚きの声を上げてしまう。となると、奏斗の両親はどうなったのか。

「奏斗の本当の両親はともに科学者だったわ。今回のこの実験のプランを一緒に考えていた同士でもあった。でも、真っ先に異を唱えた人たちなの。正直、とても邪魔だったわ。すでに予算も獲得して後は開発を進めるだけ。そんな段階で反対してくるんだもの。だから、死んでもらったわ」

「――」

 颯斗はあまりのことにぎっと拳を握り締めた。そして思わず遙香に向かって突進しそうになる。それを止めたのは奏斗だ。

「事故を起こさせたんですね」

「ええ。そのとおり。エンジンに細工させてもらったわ」

「――」

 奏斗はそこでふうっと息を吐き出した。一体どうするんだ。颯斗は自分を止めるために置いたままの手が震えていることに気づく。

「あなたは素直で助かったわ。それと同時に両親そっくりな正義感の持ち主でもあった。支配者って、実はそういう青臭い部分がないと駄目なのよね」

 遙香がそんなことを言い出したのが、ついに奏斗の我慢の限界に達した。颯斗が止める間もなく走り出すと、思い切り遙香に殴りかかった。しかし、がちんっと、人間の皮膚としてはあり得ない音がする。当時に奏斗は拳を痛めたようで距離を取って蹲った。

「おい」

「ああ。あれ、アンドロイドだ。それも俺と同型のものらしいね」

「ふふっ。本体を使って活動するのが危険だってことくらい、すでに演算済みだわ。あなたが抵抗している間にロボット技術もどんどん進化しているんだから。ちなみに喋っているのは私本人よ。そういう事も出来るってわけ」

「くそっ」

 ようやく、ようやく黒幕と出会ったというのに、そいつに反撃することが叶わないなんて。颯斗は歯がみしてしまう。だが、奏斗は違った。立ち上がると、すたすたと颯斗の横まで戻ってくる。

「おいっ」

「こういう相手は、正面から戦っては駄目だ」

「ん?」

 遙香に顔を見せないように、俯いたまま囁かれた言葉に目を丸くしてしまう。そっと顔を窺うと、にやっと笑っていた。

「なんのために朱鷺と別行動をしていると思っている」

「それって」

 颯斗がようやく奏斗が何らかの手を打っているらしいと気づいた時――

「なっ」

 どおおおんと鈍い音が響いたかと思うと、国会議事堂が揺れたのだった。

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