第61話 他愛ない話も時には必要

 奏斗たちは確実に国会議事堂へと近づいていた。同時に、緊張感も増していた。

「大丈夫か」

「ああ。真実を知るのは、ちょっと怖いけれどね」

 今まで自分が閉じ込められた理由。そして、支配者として祭り上げられた理由。その二つを知ることになる。それは、とても怖いことだった。訳が解らないと突っぱねていたものにちゃんとした理由があったら。そう想像すると、どうしても恐怖心を抱いてしまう。

「そうだよな。思えば、お前である必要はないんだよな。でも、お前になった理由がある」

「そうだよ。もっと専門的な奴を選べばよかったはずなんだ。それなのに俺だった。管理には全く関係のないことをやっていたというのにね。その意味を祖父が握っているとすれば、ぞっとしてしまう」

「なるほど」

 たしかに、きっかけは祖父だという穂積颯天にあることは間違いない。しかしどうして奏斗だったのか。自分の孫をこんな状況に追いやって何がしたいのか。意味が解らない。

「彼は人工知能の研究者だからね。ということは」

「お前は、じいさんの代わり?」

「いや、そんな単純な話じゃないだろう。もし代わりだとすれば、どうして執拗に俺を外に出さず、しかも俺がやっていた研究までさせたのか。さっさと人工知能だけを勉強させればいいと思わないか」

「ああ、そうか」

「それに今回のこともそうだ。どうしてアンドロイドまで作って俺の印象を残そうとするんだ?もし祖父の代わりならば、俺という個人は必要ないはずなんだよ」

「解らん」

 その辺は今から会う遥香に訊けよと、颯斗は帽子で隠れた頭を掻き毟りたくなる。ただでさえ解らないこと、知らなかったことの連続だ。意見を求められても解るはずがない。しかもここにきて背後にうじゃうじゃと。すでに情報管理課と奏斗という対立構造すら成り立たない。

「だよな。その点に関しては俺と同じだったな」

「ああ。国民だって、何も知らないんだよ。今、この社会で何が起こっているのか。漠然と不安ではあるけれども、その不安の正体を知っているわけじゃないんだ」

「そうか」

 奏斗はそこで難しい顔になる。あまりに徹底されすぎていて、ヒントがどこにもない。それは、この実験が精密な計画に基づいている証拠だ。

「精密ねえ。どのあたりから」

「スタートから」

「だから」

「俺が穂積颯天に出会った段階」

「そこからかよ」

 それは、確かに精密で解らないだろうなと、颯斗は遠い目をした。それって俺が生まれる前じゃん。こんな実験が一体何時から仕組まれていたのか。もはや推理する手立てすらない。

「つまり、計画は早くとも三十年前から始まっていた」

「だろうな。動き出すまでにも色々とあっただろうし」

 奏斗が今年三十二歳。となると、颯天の説得やらなにやら計画を詰める時間を考えると、やはり三十年前くらい必要になるだろう。

「すげえ、壮大」

「確かにね」

 そんな会話をしつつ、足は確実に国会議事堂へと向かっている。何か喋っていないと緊張で押し潰されそうだ。たとえ自分に関する不都合な事実を考えることになるとしても、何か喋っていないと自分が消えてしまいそうで怖い。奏斗はぎゅっと拳を握っていた。

「そう言えばさ、どうして朱鷺さんと付き合ったんだ?」

「――急だね」

「まあ、計画については考えても無駄だって理解したから」

「ああ、そう。しかし、他に知りたいことはないのか?」

「ないよ。だって最大の謎だろ」

 颯斗の言い切りに、奏斗は苦い顔をする。それが最大の謎って何だと、かなり不満だった。しかし、緊張がふっと解ける。

「だって、付き合っていた朱鷺さんすら猫みたいって言ってたぞ。つまり、朱鷺さんには懐いたわけだ」

「人を本物の猫扱いするんじゃない。でもまあ、たしかに、朱鷺には気を許していたことは確かだけど」

「ほう。出会いは?」

「大学だな。あれは、三年の時だったと思う」

 思い出してみても不思議だと、自分で思うのだからどうしようもないところだ。だから最大の謎なんて言われてしまうのだが、奏斗だって誰かと親密になるなんて思いもしなかった。

「向こうからアプローチしてきたんだろ?」

「まあ、ね。俺は別にどうとも思ってなかったな」

「ひどっ」

 あんな美人を前にしてと、颯斗は冷やかす。

「仕方ないだろ。その」

 それまで人に興味がなかったんだから。それを奏斗は飲み込んだ。ひょっとして、この性格も作られたものではないか。そんな心配が頭を過る。どうして自分は人に興味がないのか。唐突に祖父に預けられる前はどうだっただろう。何だか曖昧だ。いや、思い出したくないのかもしれない。

「どうした?」

「いや」

 おそらく、早い段階から誘導されてはいたはずだ。両親が事故で死んだ。生活環境が唐突に変化した。そして、預かってくれる颯天が見てくれるのは勉強だけ。そういう状況だった。だからこそ、興味は勉強だけに限定されてしまった。しかし、それはどうしてなのか。

「俺は、どこから利用されていた?」

「奏斗。大丈夫か?ちょっと休んだ方が」

「いい」

 目深く被った帽子からも解るほど、奏斗の顔色は悪い。しかし、ここで立ち止まったり休憩すれば目立つ。それは避けたい。それに、もし立ち止まったら、自分は二度と遙香の待つ国会議事堂に行けない気がした。

「俺が人に興味がないのは、周囲に誰もいなかったせいだ。それなのに、朱鷺はずかずかと俺のテリトリーに」

「――確かに、強引そうだもんな」

 無理やり話を元に戻した奏斗に、颯斗は付き合う。しかも、朱鷺が強引であることは、自分たちが思い切り巻き込まれていることでも証明されていることだ。

「そう。強引なんだ。大学で一人でいる奴なんて珍しくないし、高校までと違って目立つわけじゃない。それなのにまあ、あれこれと」

「思い出しながら怒ってるのか?」

「ちょっとね」

 朱鷺のことを思い出していたら、自然と頬が緩んだ。緊張が緩む。それだけでも大きな効果だった。

 自分を大きく変えたのは、間違いなく朱鷺だ。彼女がいなければ、自分はあっさりと燈葉たちの言いなりになっていただろう。それを、彼女という存在が邪魔をした。

 自分を手放しては駄目だと、朱鷺の顔が浮かぶたびに思っていた。だから、今まで抵抗できたのだ。

「すげえ。今のは完全に惚気じゃん」

 くくっと、颯斗はにんまりと笑う。何だかんだ言っても、好きは好きなのだ。それは今も変わっていない。

「う、煩いな」

「で、付き合っている間はどうだったわけ?ちゃんとクリスマスとかイベントはやったのか?」

「やってないよ。馬鹿馬鹿しい」

「ああ、そう」

 そこはずれてるままかと、颯斗は溜め息。そう言えば、図書館でデートできるくらいの関係だものなと、自分では想像できない世界だと颯斗は思う。

「でも、大学にいる時間のほとんどを、朱鷺と一緒にいたな」

「ほうほう」

「まあ、学科が違うから、講義時間以外だけど」

「そういう細かいところはいいよ」

 それで気づく。奏斗は他の世代と喋ったことがないに違いない。だから、どういうところに興味があるのか、それが解らないのではないか。

「まあ、ないな」

「やっぱりね」

 身内がいないということは、他の世代と関わり合いがないということだ。そりゃあ、会話の幅が狭いはずである。颯斗は徐々に奏斗という人となりが解ってきた。

「酷いな、君は」

 そう言いながら、奏斗はにやにやと笑う。おそらく、そう扱き下ろされることもなかったので新鮮なのだろう。颯斗はつくづく変わっていると思う。そして、その環境は作り出されたものなのだ。

「じゃあさ、さっきの話に戻るわけじゃないけど、クリスマスってやったことはあるのか?」

「――まあ、学校行事程度には」

「すげえ」

 そんな奴、本当にいるのかと颯斗は面白くなってくる。これは徹底的に知りたくなるところだ。

「大体さ。付き合うってどういうことか、解ってたのか?」

「ん?まあ、ほどほどには」

「ああ。そこは知ってるんだ」

「漫画とかで」

「読んでたのか?」

「同級生が貸してくれた」

「よかったな」

 一応、漫画の貸し借りが出来る同級生がいたのかと、何故かほっとしてしまう。何だか心配になってしまうのだから困ったものだ。

 そう、知れば知るほど心配になる。おそらく朱鷺も最初はこんな感じだったのだろう。そう考えると、ひょっとしてお母さん的心境から付き合いだしたのだろうか。

「ああ、それはあるかもな」

 颯斗の考察に、あっさり頷く彼氏ってどうよと思う。ほぼお節介から始まったと言われているんだぞと、ちゃんとツッコミを入れておく。

「まあ、それでも関わってくれた人は初めてだったからさ」

「ああ」

 素直な気持ちは、嬉しかったということだ。颯斗はそれが解るとにんまりとしてしまう。最初はイケメンだし天才だし腹立つ奴と思っていたが、どんどんと好感が持てる。

「そりゃあどうも」

 奏斗は苦笑するしかない。まあ、こういう話をして嫌われないのならばいいだろう。そう思う。

「さて」

「ああ。いよいよ本丸だな」

 バカ話をしていた二人は、そこで足を止める。

 目の前には、大通りを挟んで、夜の街に浮かび上がる国会議事堂があった。

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