第60話 総てを利用されている

「実の父を相手に随分だな」

「ふん。だからこそ遠慮が要らないとも言うんだ」

 情報管理課の取調室。燈葉が睨み合うのは、連行されてきた父、綾瀬優紀だ。普段は冴えない、ありふれた技術者のはずだった男である。ところが、やはり裏では遥香の手伝いをしていた。それだけではなく、実験の重要部分を担っていたのだ。冬馬を使ってあれこれと情報を引き出し、それを颯天に伝える役目を負っていた。

「やれやれ。色々と気づいちまったというわけか」

 その優紀は余裕綽々という顔をしている。手錠を嵌められた手を見て、どうしたものかなという表情だ。

「そもそも、あの再婚がおかしかった。まあ、高校生だった俺がその違和感の正体に気づけるはずもなかったが」

「――だろうな。それに、綾瀬遥香はお前にとっても魅力的な存在だったんだろ?」

「でしょうね。だからこそ、こうして手先を務めているんです」

 ぎっと優紀を睨む。こいつ、総てを知っていて何一つ止めなかったのだ。その事実が怒りに変わる。

「俺も手先だよ。本当ならば、俺がお前のポジションにいたはずなのにな」

「嘘はよくありませんよ。あなたは裏で活躍することを選んだ。面倒な仕事は俺に押し付けてね。よくもまあ、上手く奏斗と引き合わせてくれたものだ」

「――」

 そこから確認してくるかと、優紀はにやりと笑う。

「当然でしょ。同じ大学にいなければ、対立構造は生まれない。そして、綾瀬遥香と同じ大学を選んでもらっては困る。情報が漏れるかもしれませんからね。大学を決定する段階で、この実験の初期段階は始まっていた。俺たちが出会うことが、一つの合図だった」

「そのとおり」

 あっさりと優紀は肯定してくれる。燈葉は思わず舌打ちしていた。

「お前は解りやすく奏斗に対抗心を抱いてくれたな。まあ、遥香の誘導も巧かったんだろう。お前の意識に穂積奏斗を植え付ける。これはかなり順調だった。びっくりだったのは、お前がサディストだったってことくらいで」

 燈葉はそこで優紀の頬を、力一杯殴っていた。ずいぶんと言いたい放題だ。それが無性に腹が立つ。実の親だろうと、言っていいことと悪いことがある。

「――そう。そういう好戦的なところ。俺の前では一度も見せたことがなかったのにな。遥香はあっさりと見破っていた。俺に、遠慮していたのか?」

「母さんに、だ。そんなことはどうでもいい」

 取り調べで家庭のことを持ち出さないでくれと、燈葉は苦々しくなる。これだから身内の調査は困るのだ。

「奏斗を実験の本格的な部分が始まるまでここに縛り付ける。その役目は、お前でなければ出来なかっただろうよ」

 優紀は悪びれる様子もなく続けた。口の端が切れて血が出ていても、気にする様子はない。

「つまり、あそこで手加減されても困ったわけだ」

「まあな。正直言って、奏斗を生かしたまま五年間、どうやって隔離するかというのは、当初から随分と問題になっていた。支配者として祭り上げるのはまずいいとして、本物をどう隠しておくか。そして死なせないようにするにはどうするか。まあまあ難しい問題だよ。それを、あれほど暴力を使いながら死なせなかったお前は、ある意味で天才だ」

「――」

 かっとなり、もう一度燈葉は優紀の頬を殴っていた。そんなことで認められて、何が嬉しいというのか。

「遥香は適性を見抜く天才だ。お前には、支配者は荷が重い。裏でそうやって操るのが一番なはずだ」

 優紀は殴られても口調を緩めることなく、そう言い切る。それに、燈葉は力が抜けた。

「綾瀬遥香は、奏斗にカリスマ性を見たというわけか」

「そうだ。事実、あいつの顔は誰もが記憶するタイプのものだし、その能力も高い。今、逃げ回っている状況になって、情報管理課が振り回されているのが何よりの証拠だ」

「そうですね」

 実際、奏斗の足取りは掴めなくなっている。さらにどこに行ったのかも解らない。

 行きそうな場所にはすでに人員を回しているから、不審な奴が現れればすぐに解るはずだ。それなのに、何も掴めていない。

「その奏斗ですが、穂積颯天の孫ですよね」

「まあ、一応はな」

「一応、なんですか?」

 そこにも秘密があるのかと、燈葉は優紀を睨みつける。

「奴の両親は殺されているんだよ。ま、情報管理課の秘密を知ってしまったというところだがな。奴らは優秀な科学者だった、とだけ言っておこう。その息子である奏斗を、穂積颯天が養子にして育てた。完璧な頭脳にすべくね」

「――」

 完璧な頭脳か。燈葉はそこで腕を組んでしまう。一体何をもって完璧を定義しているのだろう。

「颯天の凄いところは、適度な距離を保ちつつ奏斗を育てたということだな。おかげで奴が執着するのは学問くらい。人間への興味が薄い。それは、ライバルだったお前がよく理解しているだろ」

「ええ」

 だからこそ朱鷺の存在が異質なのだが、と燈葉はそこまでは言わなかった。その朱鷺がテロリストになることも、もちろん実験に組み込まれたわけだが、これは後付けだったはずだ。

「奏斗という男は、人生丸ごとを実験に使われているんだよ。その点は哀れだよな。両親がこの実験の末端を掴んじまったために、あいつは利用されることになったんだ。丁度いい人身御供というか」

 くくっと優紀は笑う。そしてお前もなという目で燈葉を見た。

「つまり、奏斗は最初から情報を使ってこの国を支配する存在として育てられたと」

「ああ。そのとおり。そうでなければ、あんな丁度いい人材になるはずないだろ?」

 一体、どこまでが実験なのか。燈葉は苦々しくなる。そして自分は何一つ知らないまま、この実験を表で主導していたというのか。

「後悔しても仕方ねえよ。俺だって、この実験が進むにつれて狂気だと思っている。だが、始まったものは止まらない。それに、綾瀬遥香と穂積颯天がいる限り、止まるはずもない」

「――」

 この実験の根の深さ。それを、燈葉は初めて目の当たりにした気分だった。

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