第57話 まだまだ隠されている

  動きを決めた燈葉の指示は迅速だった。すでに奏斗によっていくつかの警察署が襲撃された情報は入っている。そして、不可思議な指示や目撃情報が飛び交っていることも。だからこそ、さっさと手を打つ必要もあった。

「奏斗はどこだ?」

「今はここ。情報管理課から十キロ離れたところですね」

 訊かれて尊は答えるが、苦々しい思いになる。いつの間にか、自分は完璧にこちら側の人間になっている。しかし異を唱えるだけ無駄なので、淡々と自分に課せられた仕事をこなしていた。

 現在、尊は中央情報処理室というところにいる。そこで、他のキャリア官僚たちと一緒に奏斗の情報を分析していた。これがどういうことか、解らない尊ではない。つまり、自分は幹部級の情報を扱い仕事をしているということだ。

「随分と大胆に移動してくれているものだ。それで、奴らが何を探ろうとしているのか、ったのか?」

「ええ。奏斗は穂積颯天という男を調べています。暗号化されていて解読に時間がかかりましたが、この情報を追っていることは間違いないですね。この人、何者なんですか?ネット上に情報が存在しません。それも、奏斗の“ない”とはちがうんですが」

 異質だと尊が指摘すると、燈葉の顔が険しくなった。

「あの女王様は、まだ何か隠し事をしているらしいな。そいつに関しては俺が探ろう。苗字から判断して、奏斗に関わる奴だということは間違いない」

「そうですね」

 尊もそれは同意できると頷いた。さらに検索しても出て来ないという奇妙さが、それをさらに印象付けている。

「それよりも、奏斗を捕まえることが先だ。まさかこれほど大騒ぎになるとは、こちらとも予想外だったが、色々と成果が得られたものだ」

「ええ」

「課長」

 尊が頷いたところで、真広がやって来た。横には瑠衣がいる。相変わらずロボットのように無表情だ。

「どうだ?」

「少々痛めつけておきましたが、あれには無駄でしょうね。どうやら綾瀬遥香に忠誠を誓っているようなので」

「ほう」

 それは意外だと、燈葉は素直に感心した。そしてこの話はここではできないと、そこで止める。

「尊君」

「はい」

「こいつを補佐に置いておく。資料など必要なものがあったら、こいつに言え」

「は、はい」

 そう言われて置いて行かれたのは、もちろん瑠衣だ。尊は困惑してしまう。

「瑠衣」

「何から手伝いますか?」

 呼びかけに答える声は淡々としている。どうやっているのか解らないが、瑠衣は完全に操られているのだ。

「どうして」

 無力感が湧き上がる。どうして瑠衣にはこんな仕打ちをしたのか。燈葉が解らない。自分と同じように手駒として使うのは嫌だったのか。

 瑠衣を見ると、どこを見ているのか解らない虚ろな目をしている。それがより、無力感を増大させていた。





「それで?あの男が忠誠?それこそ嘘だろう」

 課長室に戻った燈葉は、先ほどの報告の続きを求めた。

「嘘だと思いたいところですが、こればかりは本当のようですね。つまり、死ぬことを承諾させられていた。しかしマインドコントロールされるタイプではないですからね。何かがあるはずです。そこを吐かせようとしているんですが、なかなか」

「なるほどね」

 あいつもあいつで、まだ何かあるのかと苦々しい。どこまでが演技でどこまでが素なのか。それさえ解らなくなってくる。首輪を付けられた時に抵抗したのは何だったのか。ひょっとして、遥香の望むタイミングで死ねなくなるからか。そう考えても、どうも引っ掛かる。

「こちらとしても気になる情報を得た。穂積颯天という名を知っているか?」

「穂積、ということは、奏斗の関係者ですね?しかし彼は」

「いや。祖父がいたはずだ。すでに他界しているものだと思っていたが」

 どうやら違うようだなと、燈葉の顔が険しくなる。自分たちは表層的なところしか解っていない。それを改めて突き付けられた気分だ。まったく、本当に自分はお飾りだと嘆きたくなる。

「その名前、知っています」

 難しい顔をする燈葉に、真広がはっとした顔になって言った。表情が乏しい彼女には珍しい、驚きを含んでいる。

「一体何者だ?」

「人工知能の研究者だったはずです」

「ほう」

「しかし、何かと問題があり、学会を追放されたはずです」

「――臭うな」

「ええ」

 このタイミングで出てきた名前であり、奏斗に絡む人物だ。その事実が嘘だと考えるべきだろう。

「つまり、そいつも綾瀬遥香に付いているわけだ」

「そう考えられます。考えようによっては、綾瀬博士の師にあたるとも考えられますね」

「――なるほど」

 そういう繋がりかと、燈葉の顔が厳しくなる。まったく、上には上がいるものだと溜め息が出かかったが、何とか飲み込んだ。

「調べてもらえるか。冬馬は、こちらで何とかしよう」

「承知しました」





「情報管理課が動き始めたわね」

「そうですねえ。やはり人海戦術も使えるあちらは、動きが早いです」

 その頃。奏斗と連携を取りながら動く朱鷺と海羽は、状況の変化に焦っていた。

プログラミングを書き換えていたのだが、それを凄まじい勢いで修正されている。さらに、ウイルスも無効化されていく。その速さには驚かされるばかりだ。

「さすがですねえ。一応、あちらは工学のプロ集団。私のような素人とは違います」

「――冗談言っている場合じゃないわよ」

 にしっと笑う海羽に、朱鷺はこんな時までと頭が痛い。おそらく、一対一ならば海羽が負けることはない。しかし、今回は情報管理課のさらにプログラミングを専門としている集団を相手にしている。だから差が生まれ、負けそうになっているのだ。

「奏斗さんはどうですか?」

「こっちももう無理だな。というより、一か所に留まるのが危険になって来た」

 電話を繋ぎ放しにしていたので、すぐに問い掛けに答えがある。が、奏斗もまだ余裕があるようだった。

「どこに移動するの?」

「それは今から決める。が、そろそろ周辺への攻撃は無意味だな」

「じゃあ」

「ああ。本丸を攻めるしかないかもしれない」

「――解ったわ。すぐに手配する」

 やはり、それ以外の奇策はないかと朱鷺は頷いた。

「あんまり無茶なのは止めてくれよ。俺はまだ、体力が回復していないんだ」

「ちゃんと食べなかったあなたが悪いのよ。逃げる時のことを考えておいてよね」

「ふん。元気な俺だったら、誰も助けようなんて思わないだろ」

 朱鷺の文句に、奏斗は皮肉で返した。相変わらずと思うと同時に、ようやく本来の奏斗が戻って来たと嬉しくなっていた。

「そうね。で、どうやって行くつもり?」

「堂々と、でいいんじゃないか。本気で嫌なんだが、あの手しかないだろう」

「ああ」

 奏斗の苦々しそうな顔を思い浮かべ、朱鷺はくすくすと笑ってしまう。

「解ったわ。制服をすぐに用意するわ。それも尊君に渡したものより凄いのをね」

 そして、そう請け合ったのだった。

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