第56話 冬馬はキーマン

「さて、そろそろ決着を付けなければならない。それには、お前の協力が必要だ」

 情報管理課の地下。そこで燈葉はにやりと笑って言う。

「協力?散々してますけど。それに、こっちに拒否権がないんですけどね」

 それに対するのは、両腕を一つに纏めて縛られ天井から吊るされている冬馬だ。最悪なぐらいに痛む身体だが、にやりと笑い返す。

「そう。君には拒否権がない。とはいえ、何度もこちらを煙に巻いてくれたほどだ。何を考えているのか、解らないな」

 そこで燈葉の目がすっと細くなる。そして後ろから、あの無表情の真広が現れた。

「へっ。拷問したところで、俺の持っている答えは変わらない」

「ほう」

「知らない。だ」

 それに燈葉と真広は顔を見合わせる。冬馬は舌打ちしていた。

「知らねえの。裏にあの綾瀬博士がいることすら、俺は知らなかった。ただ」

「いいや。お前は知っていた。そうでなければ、二重スパイは成立しない」

「――」

 言い募ろうとする冬馬に、燈葉はびしっと言い切った。たしかに、どうして二重スパイが可能だったのか。この点に疑問が残る。

「お前は一応、双方に利益のある情報を流していた。つまり、お前という存在は見逃せないはずだ。綾瀬が何も考慮していないはずがない」

 どうなんだと、燈葉は冬馬を睨む。それにも、冬馬は睨み返した。

「あのなあ。俺はあんたが考えているほど、頭が良くないんだよ」

「自分を馬鹿だとか頭が良くないと評する奴ほど、切れるものだ。そもそも、馬鹿は自分の力を過信している。すぐに吹聴する。違うかね?」

「っつ」

 再びの舌打ちは、当然、この状況では何一つ誤魔化せないということを理解したものだ。

「奏斗にしてもそうだ。自分の能力がどれほど上か、それを認めようとしない。自分にないものを見抜くことが出来るのも、頭のいい証拠なんだけどな。どうかな?」

「どうって」

「たとえば、お前が誰にも綾瀬遥香に認められていると思われなかった。これこそ、上手く擬態していたからに他ならない。どうすれば自分と真逆の人間を作り出せるか。それを知っているからだ」

「それは」

「力任せで判断が疎か。それが外に向けてのアピールだったな。そしてどっちつかずの態度を貫く。果たしたどうなんだ?お前は確実に助かる道を用意しているはずだ。それが嘘であることは容易に解る。ま、奏斗に入れ込んでいるのは本心だろう。そうでなければ、こんな危険な任務、承諾できるわけがない」

 燈葉はそう言い、スマホを差し出した。それに冬馬の目が鋭くなる。

「さあ、助けを求めてもらおうか。踏ん反り返っている女王様、綾瀬遥香にね」

 燈葉はチェックメイトだと、陰惨な笑みを浮かべていた。





 その頃、奏斗たちは必死に思考を巡らせていた。果たして決着はどこにあるのか。それが見えない。

「不思議なんだよな。どうして情報管理課は出来たのか?」

 いきなり根本的な質問を放った颯斗に、奏斗は確かになと頷いた。それは同じく疑問に思っていた証拠だ。

「それはある。警察に監視組織を置くというのは、ある程度の反発を買うものだ。それなのに、あっさりと受け入れられている。これはどういうことなのか?」

「ううん。どうって言われてもな。あれこれ山のような手続きが始まって、国民はとやかく言う暇がなかったんだよ。確かスタートはIDカードへの切り替えだ。それまであったマイナンバーを新しいカードに変える。それだけでも大変なんだ。で、その管理のために設立されたのが初めのはずだ。だから、誰も警察の組織だとは思わなかった。多分、厚労省のいち機関だろうと思っていたはずだ」

 光輝の説明に、奏斗はなるほどと頷いた。それならば、あっさりと進んだ理由が解る。

「でもさ、あの変な制服は最初からなんだろ?燈葉はやけに気に入ってる感じだったけど」

 颯斗の問いに、頷いたのは奏斗だった。最初、逮捕しに来た燈葉は、すでにあの制服を纏っていた。

「科学者の番人。それを意味しているんだと思う」

 奏斗の意見に、あり得ない発想だなと颯斗は顔をしかめた。奴らは国民を監視し、さらに科学者を締め付けている。まさに謎の連中だ。もちろん、今までならば逮捕されるという恐怖があったから、口に出して言う事はなかったが。

「それが、国民が信じさせられている誤解の一つだよ。情報管理課が真に管理したいのは、国民じゃない。科学者だ」

 はっきりと奏斗は言い切った。これまでに颯斗から、高校生の現状を聞き出している。それによると理系は優遇される。しかし、大学院を出た後は国に管理されるという。この流れこそ綾瀬遥香の狙いだ。

「国民っていうデカイ数字が目眩ましか。はっ、あの女が考えそうなことだ」

 光輝はやれやれと首を振る。何かと大事のこの事件だが、そうなると、ずいぶんと狭い範囲が真の狙いということになる。

「あー。だから何かと科学者が出てくるのか。お前も天才科学者だし」

 颯斗が納得と指を鳴らすと、奏斗に不快そうな顔をされた。

「俺自身の才能は問題にならないさ。俺を利用することを考えたのは祖父の穂積颯天だろうからね。あいつが大きく関わっているのは間違いない」

 どう考えても、奏斗が捕まるように誘導したのは颯天だ。彼以外に、奏斗が突出していると考えている奴はいない。

「自分の能力が重要じゃないって考えが間違えだって、早く気づけよ」

 颯斗は思わず、そうツッコミを入れていた。






「先生」

「おや。その声は冬馬か。なるほど」

 電話に出た遥香に呼び掛けただけで、遥香は総てを理解したようだ。くくっと笑う。

「すでにご存じだと思いますが、あなたの弟子の首には、爆弾が付いてます」

 そこに燈葉が割って入る。遥香と対峙する時はいつも緊張を強いられる。それは父が再婚した時から同じだ。

「知っている。実験の総てを話さないと爆発させると?」

「もちろん、奏斗の目の前でね」

「さすがだ。さすがは私の見込んだ男だ」

 遥香は楽しそうに笑う。まだ彼女の土俵の上なのだ。燈葉は舌打ちしたい衝動に駆られたが、何とか我慢する。

「そう。そいつを殺すならば、奏斗の目の前でなければ意味がない。そこまで理解していて、何が知りたい?」

 遥香がそう訊くので、冬馬はほらねと言うように笑う。生き残る手段は最後まで二重スパイを見破られないこと。これしかないのだ。逃げ道は初めから用意されていない。冬馬の知らないという言葉は、ある意味で真実だった。

「なるほど。我々は最後の最後まで、あなたに決められた通りに動くしかないと?」

「そうさ。大丈夫。お前には望むものをやる。奏斗はやれんがね。お前は八つ裂きにしかねない」

 ふふっと笑う遥香に、誰のせいだと燈葉は言いたかった。しかし無駄だ。

「解りました。数日内に冬馬に奏斗を救わせます。そして、奏斗と国民の目の前で死んでもらいます」

 燈葉は冬馬を睨み付けた。しかし冬馬は絶望することなく、知っていたよと笑うだけだった。

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