第55話 状況を整理しよう

「一度、状況を整理した方が良さそうだ」

 奏斗の一言により、ゆっくりとした話し合いの場が持たれることになった。場所は別の警察署だ。先ほどと同じ手段で襲撃、警察官はすでに排除されている。

「そうだな。っていうか、冬馬がこの実験の首謀者の愛弟子ってマジかよ」

 颯斗が信じられんと、本音を漏らす。大体においてかざつで適当。明らかに体力人員だったはずだ。

「まぁ、本人は実験に関して知らなかったようだが、不穏な気配は察知していた。それで潜り込んだというところだろう。俺のところに来た時も、完全に探りに来ているって感じだったし」

 奏斗は酷い感想だなと笑うが、どちらが正しい人物像なのか解らない。会った回数が少ないせいだ。

「ま、そいつに関しては、放置しておこう。お前が確認したいのは、別のことだろ?」

 光輝はそんな奴は放っておいてと、これまた酷い。確かに自己責任の部分は大きいが、見捨てていいわけではない。とはいえ、遙香の愛弟子となると、すぐに殺される可能性は少ないだろう。

「たしかに、状況の整理が先です」

 しかし今、手を打たなければならないのは別のことだ。刻一刻と、状況が変化しつつある。それなのに、こちらは実験が何なのか。まだ掴めずにいる。

 確実に社会のシステムを変えた、情報管理課。これは一体何なのか。

「情報管理課が出来たのは、お前が捕まる直前だ。つまり、他に候補はいなかった」

「でしょうね」

 そこに疑問点はないと、奏斗は頷く。他に候補がいたとは思えない人物関係だ。

「ま、これは燈葉のことを考えれば解ることか。燈葉は最初から課長として任じられている。当然、その人事を考えたのは綾瀬遥香だ。そして、社会は緩やかに変化していった」

 そこで光輝は同意を求めるように颯斗を見る。

「ああ。俺はその頃まだガキだったけど、大人がそわそわしていたのは、見ているからな。あの制度が変わるとか、役所の手続きがどうとか。そういう話ばっかりしてたよ」

 颯斗はうろ覚えだけどと、光輝の話に付け足す。

「その頃から、すでに俺は」

「まだメディアには出てなかったな。ただ、画期的なシステムを作ったのは、穂積奏斗だと発表されていた。若手有望研究者のもので、日本はよりよい効率化ができる。そんな話だった」

「なるほど」

 頷く奏斗だが、心中複雑というのが顔に出ている。やはり、自分の名前を勝手に使われるのは、気分がよくない。

「その頃のお前は?」

 メディアに出てきたのは、逮捕されて二年後のことだ。それまではと颯斗が訊く。

「そりゃあもちろん、あの二人による拷問だね」

 ですよね~と、颯斗は自分の馬鹿さを呪った。聞く必要などない。なぜなら、メディアに出ていた奏斗は、本人のデータをふんだんに使ったアンドロイドだったのだ。出てこなかったのは当然、まだデータが揃っていなかったから。他に理由はない。

「ま、こちらも素直に言うこと聞く気なんてないから、全力抵抗中だったね。何度も、測定器を破壊した」

「それも想像つくな」

 あまりに鉄壁の逃げられない環境。腕輪や脳に組み込まれていたというチップ。考えるまでもなく、奏斗が一度たりとも言うとおりに動かなかったせいだ。あの窶れた姿になるまでは、奏斗も全力で抗っていた証拠である。

「で、その間に、全国民にIDカードが導入されたと。そしてそれで、労働状況を監視していた」

「ああ。最初は納税に関する調査のためってことだったな。たしか、普及を早めるために登録すれば減税するってのが、当初の謳い文句だったよ」

「ありがちですね」

 苦笑いとともに奏斗は言う。安直だが、最も効率よく進める方法だ。

「それがいつしか、携帯が義務化された。どこに行くにも、それを翳すことが求められるようになった。現金チャージとかポイントを貯めることが出来るようになってな。ま、現金払いの奴が多かったけど」

 さすがにそこまで来ると、データ化を恐れるようになるよなと、光輝も苦笑いだ。

「未成年のは出来ないし」

「少額のデータは要らないってことだな。ま、多くなると予測値がぶれる。それに年齢層が広がれば、絞り込みを掛け難い。ということだろうね。人工知能の解析では、ある程度のバイアスを掛けておくのが無難だ。あまりに突飛な解を導く可能性もある」

す らすらと答える奏斗に、こいつの専門って人工知能じゃなかったよなと、颯斗は思わないでもない。ま、天才は何でもこなせるってことか。

「不思議そうに見るなよ。俺の分野ではシミュレーションが必要だ。必然的に、こういう知識は必要になる」

「へえ。ますます綾瀬親子に目を付けられるな」

「ぐっ」

 思わぬ反論に、初めて奏斗が言葉に詰まった。相変わらず、自分の分析は苦手らしい。

「とまあ、知らない間にこうなっていたってわけさ。大衆ってのは、取り返しが付かなくなって初めて気づくもんだからな」

 光輝の締めくくりに、ますます嫌そうな顔をする奏斗だった。

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