第54話 天才としての本領発揮

「ついに動き出しましたね」

 燈葉が最も懸念していた事態、それは奏斗が本格的に動き出すことだった。まさかこれだけ追い詰められた先に動き出すとは、と真広ですら焦りを覚える。

「ふん。あれだけ徹底的に痛めつけてもなお、反抗していたんだ。あいつはいつでも、諦めたことはない」

 それに対し、燈葉はこれこそ待っていた事態だと暗い笑みを浮かべた。これで遙香の思い描くとおりにはならない。本格的に奏斗を手中に収めるには、この機会を利用するしかないのだ。

「諦めの悪さは知っているつもりでしたが、まだまだだったようですね。どうしますか?やはり、冬馬を利用しますか?」

 真広は徹底的にやったのにと、サディスティックな笑みを浮かべていた。こうなると、ここに戻ってきた時の処置が楽しみだ。燈葉はもちろん、その処置を真広に任せてくれる。

「当然だな。すでにあいつの本性は掴んである。まったく、二重スパイどころではない、とんでもない食わせ者だ」

「あら」

 それもまた意外だと、真広は目を丸くする。今日は珍しいくらいに表情がころころと変化した。それだけ面白い状況になったということだ。

「あいつは綾瀬遙香の愛弟子だったんだよ。尤も、この実験について詳しく聞いているわけではない。ただ、いち早く動けたのは傍にいたからだ」

 この実験において、重要なことの一つは遙香の思惑を正確に読めるかというところにある。そしてそれが可能な人物として遙香が想定したのは、奏斗ただ一人だ。この国のどれだけ凄い学者でもなく、まだ当時は大学生だった奏斗なのである。

「なるほど。確かに、二重スパイなんてどうやったら可能なのか。ずっと悩むところでした。この情報管理課の試験をパス出来ないはずですものね」

 試験に関して、遙香は徹底的な精査を行えるものを作っていた。当然、反乱分子が入り込む余地などない。それなのに、冬馬は易々とパスしていた。

「ということで、真広」

「はい。その辺りを詳しく聞き出すんですね。あの首輪を付けた時でさえ吐かなかった何か。これを探ります」

「頼んだぞ。冬馬はすでに、地下牢に繋いである」

 ともに戦おうと言いつつ、しっかり牢屋に閉じ込める燈葉は、完全に悪となっていることに気づいていなかった。





「やあ。すげえわ。ようやく天才だと思えてきた」

「そんな再認識は要らないよ。さっさと手を動かしてくれ」

 自分というものを最大限に活かすと決めた奏斗の行動力に、颯斗は感心しか出来ない。現在手に入れたパソコンもまた、奏斗の行動力の賜物だ。

「いいのかな、とは思うけど」

 それに対し、転がる警察官を見る光輝は複雑な心境だ。

 そう。奏斗は自分が誘拐されたという情報管理課のやり方を逆手に取り、颯斗とともに近くの警察署に出頭したのだ。そこで油断していたところを、朱鷺たちが手配したテロリストに襲撃させる。そうやって安全地帯を確保した。

「すぐにばれることになります。ここで出来るのは必要最低限なんですよ。先生」

「はいはい」

 そして、警察のパソコンを利用して必要な情報を集めていく。警察のパソコンだから、情報管理課の内部情報もちょっとしたハッキングで見ることが出来た。

「こんなの、高校の授業でも見たことがねえよ」

 同じく手伝わされる颯斗は、指示されたとおりの内容をパソコンに打ち込みながら悲鳴を上げていた。奏斗が手順を総て指示してくれているとはいえ、難しい。

「取り敢えず、打ち込んでくれればいい。それを元に、美羽がちゃんと動いてくれる」

「ほうい」

 そう言いながらも自分の手を動かし続ける奏斗に、颯斗は頑張りますと返事するしかなかった。それにしても、早い。

「なあ。ここ数年、パソコンなんて触ってなかったんじゃないの?」

「いいや。必要な研究はさせられていたからな。キーボードの打ち込みくらいは毎日やっていた」

「へえ」

 あんなやる気がなくても、食べていなくて窶れていても出来ていたのかと、改めてその凄さに驚く。

「朱鷺さんから電話です」

 そこに冬実が、朱鷺からの電話だと奏斗にスマホを差し出す。もはや普通の通信回路を使っているから、こそこそする必要もない。

「ありがとう」

 奏斗はそのスマホを肩と顎で固定したまま、指は動かし続ける。何としてでも答えを知りたい。その執念がさせていた。

「どうした?」

「それが、冬馬がかなり危機的な状況のようなの」

 冬馬の名前に、奏斗の指が一瞬止まる。

「スパイをしていた男だな。颯斗君を連れてきた時に会っている。彼がどうした?」

 すでに捕まって処刑されていてもおかしくないと、奏斗は想定していた。それだけに、危機的状況がどの程度を指すのかが解らない。

「それが、どうやら彼、綾瀬遙香の愛弟子だったらしいの」

「それは」

 意外な事実があったものだと、奏斗は思わず言葉に詰まる。そういえば、冬馬の行動には度々不可解な部分があった。それが味方だと判明するまで信用できない奴だと思っていた理由でもある。

「なるほど。二重スパイが可能だった理由か」

「ええ。私は単に、彼の能力だと思っていたの。何かと器用にこなす人だから、試験も簡単に突破できたんだと思っていたわ」

「しかし、仕組まれていた、か」

 おそらく、遙香が面白くなるとして入れた要素の一つだったのだ。しかし、どうしてそれがこのタイミングで発覚したのか。

「内部の動きを誰かに伝えさせているのか?」

「ええ。尊君が、機転を利かせてやってくれているわ。ただ、どこまでばれずに出来るかは不確定よ」

「尊が?」

 電話の内容が漏れ聞こえた颯斗は、あいつはまだ中にいるのかと驚く。

「ええ。あなたたちの脱出を手助けし、そのまま抜け出すはずだった。けれども、燈葉に先回りされ、捕まってしまったの。でも、その後は情報管理課の手伝いをさせられているってことみたい」

 ただ捕まえるというだけではない。燈葉は利用できるものは何でも利用しているのだと、朱鷺は苦々しそうに言う。

「まあ、あいつは俺と違って頭がいいからな」

 俺だったら即殺されているなと、颯斗は無理に笑う。これで、情報管理課に二人も取られていることになる。焦りはあった。

「それと、颯斗君に代わって」

「はい」

 奏斗はすぐに電話を颯斗に渡す。今は、自分のことで手一杯だ。ともかく、祖父である穂積颯天の情報が欲しい。それと、反撃に向けての準備だ。

「瑠衣のことですね」

「ええ。彼女はやはり幹部候補生として、情報管理課にいます」

 幹部候補生。そんな制度があることも、この事件で知ったことだ。情報管理課は確実に勢力を拡大している。

「ええ。それは知っています」

「そして、ロボットのようにされてしまったみたいなの。おそらく、奏斗のやる気を奪っていた物と似たものが、脳に組み込まれたんだと思う」

「――」

 その言葉に、さすがの奏斗も指の動きを止めた。たまたま想定外の高電圧を受けたことにより破壊されたと思われる、脳に埋め込まれたチップ。その存在が、確定的なものになったということだ。

「ええ。多分、そうやって何人かの人間を操っているのよ。奏斗へのものは、まだ操作が軽いタイプだったと思うわ。思えば無職の人間を集めて何かやっていたのは事実。それを、私たちは見落としていた」

 これはこれで厄介な要素が増えたと、朱鷺は苦々しそうだ。それは奏斗も同じである。

「情報管理課に忠実な部隊が存在する。そう思った方がいいな。そしてそいつらには、こちらの説得が伝わらない」

 先回りされていると、奏斗は今の方法を続けつつも、これだけでは勝てないと気づいてしまった。

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