第53話 蘇る闘争心

 奏斗たちは一度落ち着こうと、冬実の知り合いの経営する本屋に落ち着いていた。もちろん、あまりゆっくりできない。しかし一度、立ち止まって考える必要がある。

「仕組まれているにしても、一体何がどうなっているのか。俺にはさっぱり解らない。本当に、何も解らないんだ」

 これまでの無気力とは違うと前置きしてから、奏斗は颯斗たちにそう言った。この社会システムだけではない。自分は一体いつからこの実験に巻き込まれていたのか。それさえ、何も知らないのだ。

「それは解ってるよ。さすがにあの窶れた姿を見ているからな。もし知っているならば、加減できるはずだろ?」

 颯斗は朱鷺たちに出会った時に見せられた動画を思い出して言う。あの必死に助けを請う姿は、どう考えても演技ではない。それは、後に本人に会った時にも確信したことだ。

「ああ。本当に嫌だった。自分がこんなことの中心に置かれるなんて納得できないし、何より、説明も何もなかった。俺は大学で、いつも通りに研究していただけだ。そこに燈葉が乗り込んで来て、無理矢理」

「それって誘拐だよな」

 どうして当時それを止められなかったんだと、颯斗は思わず光輝を睨んでいた。

「仕方ないだろ。一応、情報管理課は警察だ。逮捕権がある」

 当時から警察の組織の一部に組み込まれていたと、光輝は深々と溜め息を吐いた。それは当時、納得できないと抗議したから知っていることだ。誰もが指を銜えて見ていた訳ではない。しかし、そうは言っていられない事態へと突入していく。

「アンドロイドか。あれ、凄いよな」

 光輝も騙されたもの。それはテレビに映る奏斗の姿があったからだ。国民誰もが奏斗を知っているのも、情報管理課が作り出したアンドロイドのアナウンスを聞いているためだ。

「そう。真広が作り出したものだ。俺のデータを徹底的に取り、ちょっとした癖まで再現している。苦痛を与えた時、驚いた時、そういう時にどういうリアクションをするかまで、忠実に再現できるようプログラミングされている」

「はあ。おっかねえ」

 奏斗もアンドロイドの存在は知っていた。実際に見たことはないが、部分的には知っている。それは実験に付き合わされる時に、一応は教えてくれるからだ。とはいえ、その大半は不必要な、いわば逃走を防ぐための拷問だった。

「ということは、連れ去られたなんて言わなくても、そいつを使えば状況はどうにでもなるよな」

 ふと、颯斗はそんなことに気づく。それに奏斗は確かにそうだと頷いた。

「しかし」

「いつまでもアンドロイドでは困るんだろうね」

 奏斗は一呼吸置いてからそう言っていた。つまり、アンドロイドではなく生身の奏斗を必要とすることを、この先に考えているという証拠だ。

「だろうな。この実験も、奏斗の重要性や情報管理課との繋がりを見せるためだけじゃないだろう」

 それに光輝は考えられることだと同意した。

「まだ何かあんのかよ」

 颯斗はうんざりという顔をした。いや、ただ高校生をやっていた時は、奏斗が将来の総てを握っているようで嫌だ。絶対にサラリーマンにならないといけないようで嫌だというものだった。

 それがものすごく複雑なものだと知り、ただでさえ驚いていたのだ。それが、本人に会ってみたら違うことだらけ。この世の中は、どれだけ隠されたことに満ちているのだろうか。

「あるだろうね。でなければ、そのアンドロイドを活用すればいい。それにわざわざ、俺を逃がして現実を突きつける必要もない」

 これもまたずっと考えていたことだが、奏斗は直視したくなかった。しかし今、究極に追い詰められたことで、総てを考えなければならない。

「現実か。お前が見た、今の社会はどう映る?」

 光輝はまず意見を聞きたいと、そう質問を振った。今、情報管理課の支配する社会をどう思うのか。

「そうですね。効率のいいシステムであることは、認めるしかなさそうです。実際のところは、ほぼ見ていないも同然なので言えませんが、こうやって大きな事態を招いてもどうにかできる。その統率力を実現したことは、素直に凄いと思いますよ。しかもそれを、国民の抱く違和感を、俺という架空の支配者を生み出すことで、捌け口にしていたんですからね。バランスも取れている。そしてその実、俺がいなければどうしようもない状態にしてしまった。怖いですよ」

 奏斗は初めて、情報管理課のやっていることに対して素直な意見を述べていた。自分に関わるだけではない。今後も直視していかなければいけない事態だと、ようやく受け入れたとも言える。

「今後も、か。それは社会システムが戻るまでか?」

 受け入れようとしていないか。光輝はそれに気づき、眼光を鋭くする。このままでは、奏斗は本当に国民を、情報を使って支配する存在になる。それでいいのかと、じっと見つめていた。

「正直、ここまで凄いと覆せないだろう。これが本音です。今までも、五年間ずっと諦めるかどうするかの自問自答でした。嫌だと主張することだけが、自我を保つ方法だった。じゃあ、これが受け入れられないかというと」

「別問題だと」

「ええ。自力ではどうしようもないものに巻き込まれたのだと、気づいていました。抜け出せない部屋は、そのままこの社会だったんです。俺は完全に、捕らえられてしまった」

「――」

 冷静に分析しても、そう結論づけるしかない。その状況に、光輝だけでなく颯斗も黙り込む。

「しかし、これ以上の何をやろうとしているのか。それを止める力があるのも俺だと、そう思っています。国民が信用しているのならば尚更、逆手に取ることは出来るはずです」

 奏斗の決意に、二人ははっとなった。そうだ。今は変えられないが、未来は変えられる。奏斗はそれを考え始めたのだ。

「どうするんだ?」

「それはまだ。ただ、負けるわけにはいかない。俺の両親が死んだことさえ疑える状況ならば、なおのこと。ただ言うことを聞くだけで終わらせられない。それを、知らせてやるんです」

 奏斗の目に、初めて闘争心が宿っていた。

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