第52話 逃げられる奴はいない

  奏斗の祖父、颯天に関して調べてほしいと、冬実から連絡があった。それを受けて朱鷺は早速調べることにした。

「穂積颯天ならば、聞いたことがありますね。たしかその人、人工知能を暴走させたとか言われて、学会から抹消されたんじゃないですか?」

「そうなの?」

 しかし、具体的な情報は意外なところに落ちていた。そう、海羽だ。さすがは情報工学をやっているだけこのことはある。

「ええ。論文や書籍が無くなったのも、その方法が書かれているからだって言われていましたよ。もちろん、人工知能を暴走させたという具体的な情報はなく、都市伝説みたいな感じでしたね。論文が消えたのは事実ですから、何かあったのだろうと思われていたってわけです」

 海羽はパソコンを打つ手を休めないままに言う。現在、奏斗の情報を追跡しているのだ。それを情報管理課より早く解析し、偽の情報を流す必要がある。まったく気を抜けない。

「その人が、奏斗の祖父か。どおりで調べても出て来ないはずよね」

「情報が完全に消えていますからね。あまりに完璧に消えていることから、本人が意図的に消したことは間違いないはずですよ。人工知能の暴走っていうのは、誰もが一度は抱く懸念ですからね。颯天の名前を検索する人は多いです。でも」

「一切出て来ない、か」

 それは奏斗も同じだが、こちらは情報管理課が操作しているせいだ。朱鷺があらゆる情報に織り交ぜて奏斗の正しい情報を流しているが、それに辿り着ける人は少ない。

「そうだ」

 朱鷺ははっと気づくと、自分もパソコンに向かった。これならば、自分でも出来ることだ。

「どうしました?」

「まだ捕まっていない仲間たちへのメッセージ、というか、誰か情報を持っていないか。募るのよ。颯斗君たちと出会った方法でね」

「なるほど」

 都市伝説が存在する以上、闇サイトではまだ穂積颯天の名前を検索することは可能なのだ。それを利用しようという案である。

「表は今、奏斗のことで一杯一杯でしょ?同じ苗字のこの人物が、検索ワードとして上位に来れば、あるいは」

 本人が出てくるかもしれない。そうなれば、裏にいるのが颯天で間違いないとなるはずだ。

「情報管理課を本当に作り上げたのは、その穂積颯天だと」

「ええ。もちろん、あの綾瀬遥香と結託して、でしょうけど」

 似たタイプの研究者なのだ。どこで結びついていてもおかしくない。それに、燈葉の父と結婚したことは、フェイクなのではないか。そんな疑問もあった。

「もちろんそれは、燈葉を得るためだった」

 奏斗と同い年で理系の少年。それが燈葉だった。だから利用した。そう考えれば、燈葉が唯々諾々と情報管理課の課長をやっている理由も見えてくる。彼の復讐心は奏斗に向いているが、実際は利用している遥香に向いているはずだ。

「奏斗は燈葉にとっては捌け口なのよ。自分に向くはずだった目が、総て彼に奪われることになった。だから徹底して痛めつける。それだけでなく、自分も利用しようとする。思うつぼだわ」

 朱鷺はこの実験の背後関係に、ようやく辿り着いたのだ。それをどう解釈し、正しく解きほぐすか。その手腕が問われている。

「奏斗を解放する方法が、必ずあるはず」

 手に汗が吹き出るのを感じた。真実は、意外な形で現れようとしている。





「どこまでも嫌な奴だよな」

 冬馬がぼやく先にいるのは、もちろん燈葉だ。ROMを投げて寄越した後、二人きりで話したいと、真広と瑠衣を追い出している。

「それはすでに知っていることだろ?どうした?今になって、首輪が嫌になったか?」

 真実を知っても、誰かに知らせることは出来ない。知らせようとすれば、真広が起爆装置を押すはず。その状況が嫌なのだろうと燈葉は笑う。

「首輪に関しては、議論するだけ無駄だろ?情報管理課は、今後も存続するのか?」

 燈葉が話したいのは、今後のことだろうと冬馬はあたりを付けて訊く。そうでなければ、二人を追い出した意味がない。

「もちろんだ。奏斗を頂点とした、新たなシステムが導入される。その維持管理が役目だ」

「――新たなシステム?」

 今のまま、それを継続するのではない。その事実に、冬馬は顔を顰めた。まったく、何を考えているのか解らない連中だ。

「そのとおり。お前は国民に向けて説明している対外的理由を忘れている」

「ああ。そうだった。別に今のところ、国民の総てを支配しているわけではないんだったな。適切に活躍できる社会の実現、だったっけ?」

 何だかもう昔の話のようだなと、冬馬は笑ってしまう。国を挙げての労働力の強化。足りない社会保障を捻出するために国力のアップ。それがもともとの発端だった。それを、遥香たちがこの実験へとすり替えた。

「そう。今までは労働面が主な理由だった。それを、情報の一元化社会へと切り替える」

「ほう」

 壮大なこってと、すでに実現しつつある状況に冬馬は苦々しくなる。しかし、何故それを自分に話すのか。

「そこで、だ」

 疑問に思っていたら、燈葉が急に冬馬に近づいてきた。おかげで冬馬は身体を逸らせてしまう。おっかない。

「何だよ?」

「お前の頭脳を借りたい。一応、あの綾瀬遥香の弟子、だよな?」

「――」

 今更そこを突かれるとは思わなかったと、冬馬は顔を青くする。どうして早々に二重スパイが出来たのか。燈葉はそこを考えた。それで導き出した結果だ。

「その首輪の利用方法は一つではないってことだよ」

「ははっ。俺も奏斗の仲間入りってことか?」

 その頭脳を利用するために自由を奪う。この首輪は、奏斗の右腕に巻かれた、あの電流装置と同じなのだ。逃げることは絶対に出来ない。しかも冬馬の場合、これは一生外せないものだ。

「そのとおり。工学博士である君を正しく利用したい。それだけだよ。そのためにも、奏斗の確保はお前にやってもらわなければ困る」

「ああ。そういうことか」

 どうして自分なのか。ずっと疑問だった。そこまで仕組まれていたのかと、冬馬は苦笑いを浮かべるしかない。

「綾瀬遥香に目を付けられて、逃げられる奴はいないんだよ。誰もがすでに駒として組み込まれている。例外はない」

 燈葉はそこで冬馬の首輪に触れる。それが目印だと言うかのようだ。

「例外はない、ね」

「そうだ。俺もまたその一人だ。いいか。そこに書かれた命令は絶対だ。失敗はない」

 逃げ道はどこにもないと、燈葉は暗い笑みを浮かべていた。

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