第51話 裏側にいるのは別の人物

「考えるべきは、他にあるかもしれない」

「えっ」

 急に奏斗がそう呟くので、颯斗は何事だと足を止めた。今は地下道の中だ。不自然な行動を見咎める奴はいないが、早く抜けるに越したことはない。

「どうした?」

 二人が止まっていることに気づいた光輝と冬実も足を止めた。

「いえ。先ほど考えるべきことを颯斗と話してましたよね」

「あ、ああ。無理矢理やらされていた研究に関してか」

 奏斗の言葉に、光輝はそれがどうしたと首を傾げる。が、続きを待った。こういうのは、大学時代によくあったことだ。

「研究というのは、俺の人生そのものです。それを思い出したんですよ」

「そのもの?オーバーだろ?」

 あまりの言い方に、それはどうなんだと颯斗は訊く。しかし奏斗は、文字通りだよと言い切った。

「それって」

「俺は両親を早くに亡くしている。そして育ててくれたのは、祖父だ。その祖父は、十年前までは高名な科学者だった」

「はあ?」

 何を言っているのか。それって日本語として正しいのか。颯斗は解らずに素っ頓狂な声を上げてしまった。

「祖父の名は、穂積颯天。先生ならば、聞いたことがあるんじゃないですか?」

 奏斗はそう光輝に訊く。頼りなのは長年研究者であった光輝だけだ。

「あ、ああ。分野は違うが、聞いたことがあるぞ。たしか人工知能研究の第一人者じゃなかったか?」

 その穂積颯天が祖父だったのかと、光輝は今更驚くことになる。思えばこうやって、奏斗が身の上話をしたことがない。

「ええ。そんな彼は、俺が大学院に進む直前に突如、姿を消しました。大学に入った時点で、疎遠になっていたんで、理由は解らず。しかし後に、自分の功績まで消したことに気づいたんです。その時は、科学者の気まぐれだろうと、それだけで済ませていたんですが」

 ここに来て気になったのだと、奏斗は正直に言う。ずっと敵は情報管理課だと思っていた。そして光輝から、それを作り上げたのが遙香だと聞き、それで納得できてしまっていた。しかし、何かがおかしい。一体どうして自分が目を付けられたのか。この点だ。

「功績を消すって、どういうことだ?」

 すでに納得したらしい光輝だが、颯斗にはさっぱり解らない。

「論文が消えたんだ。それと、祖父の名が記された書籍も。最近では電子化されているから、どちらも消すのは簡単なんだよ」

 奏斗が手早く説明する。そう、今、穂積颯天の名を検索しても絶対に出てこないのだ。かつて共同研究した人たちも、それを容認している。つまり完全に消えた存在となった。

「もちろん、人間の記憶を消すことは無理だから、覚えている人は居る。でも、科学者としての穂積颯天は完全に消えた。これが意味するのが何か。ちょっと、疑問です」

 奏斗の指摘に、その場はしんっと静まり返る。

 今まで検討されてこなかったことが、今になって重要になる。これはよくあることだ。しかし、その重要の意味合いが、とてつもなく重い。

「裏にいるのが、その穂積颯天?」

「その可能性は大いにある。情報管理課のシステム上、人工知能は必要不可欠だ。どこかで携わっていても驚くことではない」

 ただ表に出ないだけ。奏斗は気難しい祖父の顔を思い出し、苦々しい気分になる。あの人もまた、気まぐれなのだ。

「しかしな。それは今、検証できない」

「ええ。ただ、念頭に置いておいてほしいと思っただけです。相手は、最強の科学者集団の可能性が高い。一人に絞って考えるのは、危険だったんです。目の前に燈葉がいることで、俺は他の研究者に目が行かなかった。それと同じことが、他でも起きているかもしれないんですよ。そうでなければ、俺が大学のコンピュータを利用しようとしたタイミングで一斉に捜査なんて、いくら管理課とはいえ無理なはずです」

 奏斗の冷静な指摘に、なるほどと光輝は頷いた。たしかに誰が敵でもおかしくないのだ。それを忘れている。全員が情報管理課に不満を持っているわけではない。

 それは国民の反応を見れば解ることでもある。口では不満を述べつつも、今のシステムを許容しているのだ。だから奏斗が連れ去られたというニュースに、過剰なまでに反応している。それが管理課の捜査に役立つと、解ってやっているのだ。

「さすが、国中を巻き込むだけの実験だよな」

 颯斗もその規模の凄さに、今更ながら気味悪くなっていた。自分の不満までも操られていたのではないか。そんな疑問さえ浮かぶ。

「ともかく、合流しましょう。こちらも人数を揃えた方がいいです」

 冬実の言葉に、三人は急ぎ足で地下道を進んだ。




「損な役回りってのがあるよな」

 その頃、冬馬はそんなぼやきを漏らしていた。

「あら。あなたが悪いんでしょ。二重スパイで美味い汁だけ吸おうとするから」

 そんなぼやきに、真広が冷たく返す。それもまた苦々しい。

「解ってますよ。そして今の俺は単なる犬です。はいはい」

 やけっぱちになっている理由は、逐次入ってくる奏斗の情報の多さだ。国民全員を相手にする。その難しさに直面していた。

「効率よく実験を成功させるには、大通りなど、人がすでに集まっている場所での捕獲が必要です」

 それに、淡々と答える瑠衣の声。ますます苦々しい。

「どうするんだ?大規模なテロを起こさせるわけにはいかないんだろ?ということは、朱鷺と合流させるわけにはいかない」

 作戦の変更が必要か。そんな状況となり、冬馬は真広に呼び出され、この会議室にいる。それだけでも面倒なことになりつつあるのが解る。

「それは当然だ。が、奏斗と情報管理課の関係が強固であるという印象づけ、これは絶対条件だ」

 そこに、遅れてやって来た燈葉が冷たく言う。それはそうだ。実験の目的はまさにそこにある。それが成功すれば、情報管理課のやっていることが正当化され、ますますやりやすくなるという寸法だ。

「で、どうするんだ?」

 冬馬は爆弾付きの首輪を触りながら訊く。これもまた苦々しい。いつでも殺せるくせに、殺さないつもりなのだ。精神的に参ってくる。

「追い掛けてもらうさ。今からな」

 作戦は決まったと、燈葉は冬馬に向け。一枚のROMを投げていた。

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