第45話 移動する先は?

「奏斗の変化がおかしい?」

 冬実からの連絡を受け、朱鷺はどういうことかと質問する。

「その急に前向きになられたというか――その変化はもちろん好ましいものですが、突然だったもので」

 冬実は侵入経路を検討する奏斗の背中を見ながら小声で伝えた。本人に聞かれ、またやる気をなくされても困るからだ。どこからが燈葉の目論見なのか、しっかりと見極める必要がある。

「そうね。それより前にあったのが、IDカードに関することね。考えられるのは、そのIDカードを体内に取り付ける際に、他のものも付けられていたってことね。微弱な電波によって抑うつ状態を作り出していた。それが今、IDカードの不能電波を受けて使えなくなった。そう考えることが出来るわ」

「なるほど」

 この変化は不自然なものではなく、それまでが妙な状態だったというわけだ。

「そもそも、奏斗は外に出てから大きく変化しているんじゃない?」

「そうですね」

 何でも諦め、どうでもいいという態度は改善されている。もちろん、奏斗の本来の性格として何事にも執着しないところがある。そのため、適当なところがあるのは当然だった。

「ということは、心配する必要はないと」

「そうね。心配するとすれば、暴走しないかどうかかしら。彼、問題に集中し出すと総てを解決しないと気が済まなくなる。そうなった時、燈葉と直接対決を避けることはない」

 そうなると、この社会を本当に改革することになる。しかし、それは一人では出来ないのだ。さらに、奏斗は社会から敵だと認識されている。下手な行動はより自分の首を絞めることになりかねない。

「なるほど。そのあたりに、燈葉の考えがありそうですね」

 注意しますと、冬実は頷いた。そしてもう一人、気がかりな人物から連絡がないことも心配になっていた。





 その頃。冬馬は瑠衣と夏実とともに、最初に妨害電波が発生した場所に来ていた。

「大胆だな」

 その場所に着くなり、冬馬は朱鷺の大胆さに驚いていた。なんとそこは情報管理課のビルの隣だったのだ。ここから電波を発したと記録されている。

「おそらく地下を通ったのだろうというのが、課長の見解です」

「だろうな。今や国民の誰もが奏斗とその誘拐犯の話題で持ちきりだ。外を歩いていたら、一発で捕まる」

 冬馬は周囲に目を向けて渋い顔となる。今や情報管理課の制服を着ているだけで注目の的だ。それまで避けるようにしていた国民が、ここに奏斗がいるのかと期待の目を向けてくる。

「実験は着実に進んでいるな」

「ええ。この状況で奏斗さんが何かを起こせば、そして情報管理課が保護するとなれば、彼が支配者である印象はより強くなります」

 冬馬の呟きに、止められないところまで来ているのかもしれないと、夏実は顔を険しくした。それだけ明確の変化となっている。

 おそらく今、SNSなどでは情報管理課が何か捜索していたという話題が乗っていることだろう。そしてそれに乗じて、他の目撃情報が集まっていく。

 管理されていると日頃意識しないレベルになっている国民が発する様々な状況が、この実験を有利な方向へと進めていくのだ。それはすなわち、奏斗の逃げ道が消えることを意味し、この社会が変わらないことも意味している。

「ここの次はあの建物です。IDチェックの厳しい地点を通る度にやっていますから、ルートは確実に見えます」

 そんな二人の懸念など関係ないという調子で、いや、今は何も感じ取ることのない瑠衣は淡々と述べる。

「そうだな」

 それに、冬馬は諦めた気持ちで頷く。そう、動きは筒抜けなのだ。最初の地点を確認しに来たのは、奏斗の本気を確認するためのようなものだ。本気で逃げているのか。そのためにここを通ったのか。

「妨害電波以外は何もしていないようだな」

 そして、ここにテロの痕跡はない。奏斗はここの段階ではまだ逃げることに専念していたのだ。

「ええ。徐々に奏斗は本来の調子を取り戻す。それが課長の仕組んだものですからね。ここで普通になられては困ります」

 それに対する瑠衣の答えは、まさに燈葉の思いの代弁でしかない。なるほど、IDカードを仕組むだけではなかったかと、冬馬はそこから推理するしかない。

「で、最終観測地点は?」

 どこに反撃の要素があるそれを探ることを止めた覚えはない。冬馬は確認作業をしながらも、瑠衣の読み上げる情報には注視している。

「ここから一キロ先です」

「ずいぶんと遠くに行ったな」

 奏斗たちが歩いて移動している、それも地下道を移動していると考えると、直線距離での一キロの移動は大変だったはずだ。

「ええ。ぐるぐると回っている印象はあります」

 その冬馬の考えを補強するように、瑠衣が情報を追加した。やはり情報管理課を出し抜いて地下道を建設するだけでも大変だったということだ。

「行くか」

 奏斗がその近くにいると考えると、あまり行きたくないのが本音だ。しかしそれではいつまでも、反撃のチャンスもない。

「ええ」

 それは夏実も同じだ。そして、その逃走に加担しているはずの母親を思い出し、胸が苦しくなっていた。





「一度移動しよう。いくら燈葉がこちらの動きを知っているとはいえ、捕まえられるチャンスを見逃すとも思えない」

 奏斗はある程度の操作を終え、コンピュータの前から立ち上がった。

「まあ、そうだな。しかし他に都合よく使えるコンピュータなんてあるのか?」

 動くのはいいが、データ傾向をいじくるのではなかったのか。颯斗が疑問を口にする。

「大丈夫だ。まだ傾向の解析途中だからね。それに大学のコンピュータを使うしか方法がないんだ。ただ」

「そうだ。お前のいた大学は危ない」

 奏斗の言葉に、光輝が補足した。すでに情報管理課が何らかの手を打っているはずだ。そして真っ先に自分と奏斗が所属している大学が狙われることは解っている。あれから他の連中からの連絡がないことも、おそらく大学で何かあったと思わせるものだ。

「他の大学に侵入するってことか?」

「いや。先生のことだから、その辺は対処してますよね?」

 颯斗の疑問に、どうなんだと奏斗は笑う。その顔に、こいつ本調子に戻るとこれだよと光輝は溜め息だ。

「もちろんだ。協力は取り付けてある。問題はどこにするか、だ」

「朱鷺のアジトから遠い方がいいでしょう。それを考慮するとどこになりますか?」

 光輝の問いに、奏斗がぽんぽんと提案を出す。これが本来の奏斗なのかと、横にいる颯斗は興奮していた。

 まさに燈葉が敵と認識する相手だ。こんな奴、放置していたら確かにすぐ実験を潰されていただろう。頭の回転が違うのだ。

「そうなると、ここがいいな」

 光輝は郊外にある大学の一つを、近くにあった地図を指さして提案する。

「なるほど。文系しかない大学ですか。盲点かもしれないですね」

 そしてその大学を見て、奏斗がにやりと笑う。

 朱鷺から心配は別のところにあるという指摘があったことを、颯斗はその顔で思い出す。なるほど、暴走しかねない危うさもあった。こいつは今、問題点しか見えていない。自分の立場を忘れかけている。

「まずは朱鷺さんとの合流じゃないのか?」

「向こうに来てもらった方が早いよ」

 大丈夫と笑う奏斗に、本当に大丈夫かよと心配になる颯斗だった。

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