第44話 開き直りは最強

  予想外と言うべきか予想通りと言うべきか。公立図書館に情報管理課が先回りしていることはなかった。周囲はしんと静まり返り、人っ子一人いない。

「やはり何もかも想定しているんだろうな」

 その静かすぎる状況に、光輝は気に食わないと吐き捨てる。これでは、あえてここを使えと指定しているようなものだ。

「まあ、そうでなければ俺を外に出すなんてことはしないです。今まで散々外界との接触をさせなかったんですからね。今、この社会に起こっていることを知らせないのはもちろんのこと、燈葉はこのために何かを企んでいた。その間、うろうろとされては困るってところでしょう」

 開き直った奏斗は、何だか最強の状態だった。さっさとパソコンを見つけると、ハッキングを始める。

「いや、社会にはお前が敵だって認識させたいんだろ?その間に本人が実は違うんですと叫ばれては困る。これってお前とあいつの対決だけじゃないんから」

 颯斗の冷静な突っ込みにより、まあそうかと奏斗は顎を摩った。どうにも自分が中心にいるとなると、調子がずれてしまう。考えが一方向になりがちだ。自分もまた全体の一部であり、それが最も困る部分だというのを忘れてはならない。

「社会構造を変えることと何か、か。まあ、利用価値の高い男だったってことだな」

 それをざっくりと纏めてしまう光輝。より緊張感がなくなる。

「まあ、何をどうするつもりかは本人に訊くしかない。今は、逃げることは可能なのか。これです」

 逃げ切れると断定しないところに、奏斗の慎重さがあった。総てが仕組まれているのならば、逃げ切れる余地はないことになる。しかし燈葉だけで仕組んでいるのではないとすれば、どこかに穴があるのではないか。ビッグデータを集めるだけにしては、この社会システムは不都合な部分が多いように思う。

「ううん。労働問題の解決とか。あ。でもしてないんだった」

「余計に反発されているだけだからな。働いているという定義をどうするのかとか、まあ、面倒な状況だ。そもそも労働というのが多様化した後だからな。それほど単純化できない問題だったってことさ」

 それはそうだと、光輝は情報管理課を馬鹿にしている。というより、先にその政策を打ち立てた方か。どちらにしろ、計画は乗っ取られているのだ。綾瀬遥香、彼女を計画のトップに据えたことにより、これはもはやただの実験と化している。

「むしろ単純化できないからこそ、綾瀬は乗ったということでしょうね。ロボット工学の権威であり、情報工学のトップもである。そんな彼女に任せておけば何とかなると、政府も丸投げしたんでしょう」

 奏斗は手を止めることなく、そう自らの推理を述べた。これだけでも大きな変化だ。今までは自分の不利な立場を考えて、考えを述べることさえしなかったというのに。

「ということは、ややこしいな。このIDカードさえ導入できればよかったわけだな」

「当初はそうだったんでしょう。以前のIDカードの普及率は低く、またデータを集められるほどのものではなかった。明確に国民の所得に結びつけることで、反発されても全員が持たなければならない状況を生み出した。そういうことです」

 政治家になった方がいいんじゃないか、颯斗はまだ見たことのない遥香を思って、そんなことを考えてしまう。

「まあ、結果として社会は変わったわけだ。IDカードの普及率は百パーセント。持っていなければ罰金刑があるほどになったんだからな」

「なるほど」

 それはまだ知らなかったと、奏斗は頷く。そして繋がったと手を止めた。これで海羽とやり取りが可能になったという。

 するとさっそく、海羽から状況を報告するデータが送られてきた。それはもちろん、プログラミング言語で書かれている。

「うわ」

 だから颯斗は素直に無理と声を上げた。この速度でプログラミング言語を読むなど、学校の授業でやっていても無理だ。しかも総てが高度。自分の知識を越えている。

「なるほど。どうやらハッキングは簡単ではないようだな。情報管理課のホストコンピュータへの侵入は諦めた方がいい」

 しかし、奏斗にはあっさり解るようで、そう断言する。そして対策をどうするべきか、考え始めた。

「ホストコンピュータだけで情報を処理しているってことはないだろ?」

「まあな。ただ、闇雲に侵入するわけにはいかない。向こうは俺が逃げたという情報を、颯斗が犯人としてばら撒いているんだぞ。うかうかしていらない」

 颯斗の意見に、奏斗はそれでは反撃にならないと指摘する。たしかに情報管理課はこの国全体のコンピュータを支配しているようなものだ。どのコンピュータかを見つけるだけで時間が掛かってしまう。それに分散されていたらアウトだ。

「気づいたな。まあ、これも向こうの計算の内。攻撃するならば燈葉個人に限定したいところだ」

 奏斗はそれを普通のメールで送った。この情報に関して、燈葉に掴まれても構わないということである。

「完全に宣戦布告だよな」

「そうだな。まあ、諦める前はどう復讐してやるか。そればかり考えていた。それこそ3年前は、あいつを殺したいって思ってたよ」

「――」

 意外と怖い奏斗の一面だ。しかしこちらが正常な判断であって、以前の超然とした方が妙だったのだ。その変化は何がもたらしたのか。これも気になるところではある。

「で、次はどうするんだ?」

「まずは現状の把握だな」

 今、燈葉はどういう動きをしようとしているのか。そして何が目的か。これはまだ解らないままだ。それにどうして、執拗なまでに奏斗の意思を奪おうとしているのかも。

「確かにな。あいつ、真面目っていう印象しかないし」

 それに瑠衣の兄貴でもあるんだよなと、複雑な気分になる。しかも手紙を出していたという。ますますよく解らない。

「しかしどうやって」

「それは報道関係のハッキングです。まあ、何もかもコンピュータ化されているということは、裏を返せば何でもコンピュータで出来てしまうということですからね」

 悩む光輝に、そういう時だけアナログ人間になるんですねと、奏斗は至って冷たい。

「こいつ、調子が戻るとすぐにこれだよ」

 光輝は苦笑したが、颯斗と同じく何かがおかしいと気づいた。あのIDカードの妨害電波の後からだ。これは何かあると考えていい。

「おい。大河内さん」

「ええ」

 それは冬実にも解ったようだ。明確に奏斗が動き出したことで、これが本来だということが解る。では今までは何があったのか。それが疑問となった。

「まだまだ問題の根は深そうだな」

 颯斗は面倒だと、思わず額を押さえていた。

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