第42話 パソコンが必要だ

 奏斗は大丈夫だと主張するが、苦しんでいる姿を傍で見ている颯斗たちとしては、何度もその姿を見るうちに作戦の変更を余儀なくされた。

「このままでは何日経っても秋葉さんと合流できません。食料も持たずに地下に降りていることもあります。手早く移動できる方法を考えるしかありませんね」

 三度目の妨害電波の後、もうこれ以上は我慢させられないと申し出た颯斗に、冬実はもちろんと頷いた。

「これくらい、大丈夫だよ」

「いいえ。奏斗さんは情報管理課と戦うのにも必要な存在です。こんなところで足止めさせるわけにはいきません」

 冬実はやんわりとこの先が大事なのだと主張する。それは当然のことだ。脱出できたところで燈葉に捕まっては意味がない。それはあいつの作戦が成功したことを意味するだけだ。

「しかし、地上は情報管理課の捜査網が隈無く敷かれているぞ。どうやって突破するつもりだ?」

 あれほど泣き言ばかり言っていたというのに、ここに来て奏斗は建設的な質問を投げかける。それに颯斗は呆れるしかなかった。

「お前のその頭脳で考えろよ」

「考えたくても、まだ俺は情報管理課がこの五年で作り上げた社会をちゃんと知らないんだ。作戦の立てようがない」

 真っ当な反論をされ、颯斗はそう言っているがと光輝を見た。説明するといっても、颯斗が知るのは一部だけだ。その成り立ちを知る大人が説明してくれよというわけである。

「そうだな。この社会で必ず必要なのがIDカードだということは、すでに理解しているな」

 仕方ないなと渋い顔をした光輝だが、この機会だと話を始める。その前提として、まずIDカードについてどこまで知っているのか。それを訊ねなければならない。

「ああ。どこに行くにもそれが必要なんだろ」

「そうだ。それだけではない。携帯していないと、逮捕されることもある。これはいわば不穏分子のあぶり出しのためだな。そして国民総ての動きを監視している」

 その言葉に、奏斗は何か思いついたのかストップを掛ける。

「何だよ」

 説明を聞くんじゃないのかよと、颯斗は不満を顔で表す。どうにも奏斗は躊躇いが多いように思えてしまうのだ。

「それって、国民の動きをデータ化しているってことだよな。データ分析はしているのか?」

「建前上、していないことになっているが、実態は解らん。データだけを集めて放置するなんていう発想は政治家くらいだろう。燈葉だけでなく、その裏で操っている綾瀬遙香が放置するはずはない」

 答えながら、光輝は奏斗の質問の意味が理解できた。つまり地上を進む場合、特定の傾向を持って動いてしまうのではないかと危惧しているのだ。

「大河内さんが協力していることが漏れているとすれば、こちらの動きは先読みされてしまうはずです。どこに向かっても無意味だ。今までタイミング良く情報管理課が動けたのも、おそらく情報分析の結果なんですよ。どの裏路地を使っても、彼らにはすでに解り切っているルートといことだったんです」

 奏斗はどうして今で気づかなかったんだと、自分の迂闊さが嫌になる。この五年で自分の思考が統制されていたと、今になって気づいた。しかし、逃げられないと思った理由がちゃんと存在したのだ。

「しかしどうするんだ?情報を握られていて、しかも分析されているとすれば、俺たちはこの地下道を通る以外にないってことになるぞ」

 颯斗はマジかよと頭を抱えていた。どこまでも憎々しい男だと、燈葉をぶん殴っておかなかったことを後悔してしまう。

「どこかにパソコンがあればいいんだが。それもかなりセキュリティの信用できるものだ。そういえば、朱鷺と一緒に海羽が動いていると言っていたな」

 頭を抱えても仕方ないと、奏斗は颯斗にそれを確認する。

「動いているよ。というか、すでに情報管理課とネット上でやり合っているって感じだったな。まさか、あいつに頼るのか」

 自分を小馬鹿にしていた海羽を思い出し、颯斗は嫌な顔をする。あいつに頼るとなると、合流した時にまた馬鹿にされそうだ。

「頼るというより、彼女にも協力してもらった方が早いんだよ。情報量が多いだろうからね。俺たちの分だけでは駄目だし」

 すでに奏斗はある程度の対抗策を思いついたのか、難しい顔をしつつも真剣に諭してきた。

「なるほど。データ分析のアルゴリズム。それごと乗っ取るつもりなんだな」

 光輝はそうかと手を打つが、颯斗にはまだ何が何だか不明だ。

「要するに、どうしてもパソコンがいると?」

「そうだ。しかもネットに繋がったものでなければ意味がない。情報管理課のメインコンピュータに侵入することになるから、処理速度も必要だ」

 颯斗の言葉に頷いて、奏斗は相当しっかりしたものがいると腕を組んだ。そんなパソコン、存在するだろうか。しかもどうやって海羽と連絡を取れば安全なのか。考えることは多い。

「安全なコンピュータとなると、それこそ大学や研究機関にしかないだろうな。情報管理課は科学者を利用すると同時に、その利益を守ることを約束しているんだ」

 光輝はしかし、そこからの侵入は無理かと思い直す。大学に対し、すでに情報管理課は何かをしていると考えるべきだ。奏斗を動かした以上、助けたり利用しようとする輩が出ることは予測しているはずだ。

「ともかく、海羽に連絡だ。大河内さん、先ほどの電話で連絡を取ることは可能ですか?」

 奏斗は朱鷺と話した電話を思い出し、それで連絡できないかと訊く。

「地下からでは無理です。一先ず、近くの図書館に抜けましょう」

 こういう予定外の動きにも対応できるように、この地下道は設計されている。任せてくれと冬実は請け合った。

「ようやく本調子に戻ったってことだな。天才科学者。頼りにしているぞ」

 颯斗は凄いと、ようやく奏斗の実力が見れてわくわくする。

「その天才科学者って止めてくれ。俺はただの学者だった。まだ何もしていないよ」 

 そうだ。この燈葉が作り上げた虚像も壊さなければと、痛みのおかげで頭が回り始めた奏斗は、問題の多さも痛感することになったのだった。

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