第41話 本当に怖いのは?

 IDカードが一時的に使えなくなったことは、すぐに知れ渡ることになった。情報管理課はその原因を探ろうと動き始める。

「俺も手伝いますか?」

 燈葉に命じられてビッグデータの解析を行う尊は、この騒動は見過ごせないのではと訊く。

「いや、それには及ばない。冬馬に動いてもらうよ。あいつもそろそろ奏斗に関することに飢えているだろう。二重スパイをしていたくらいだ。この件に関しても何か知っていると考えるのが妥当だろ?」

 底意地の悪い笑みを浮かべて燈葉は言う。それに尊は背筋が寒くなるのを感じた。この男、どこまでも先を読んでいる。

「そういえば、冬馬さんは?」

 自分とも接触していたことを知っているのだ。隠す必要はないと居所を訊ねてみる。ともかく、自分に有利になるような情報を引き出さなければならない。

「ああ。真広と一緒に動いているよ。先ほど、奏斗の大学関係者を脅すのにも協力してもらったところだ」

 ここに呼ぼうと、燈葉は電話を掛ける。その躊躇いのなさと、大学関係者を脅したという新たな情報が、尊も自分が危ういことを改めて認識することになる。

「十分ほど待ってくれ。そうそう、君にはどうして情報管理課なんてややこしいものが出来たか、話したかな?」

 暇潰しにしては、あまりに大きな話だ。尊は何を言い出すのかと警戒する。

「不思議だと思わないか?警察の一組織として、国民を管理する場所があるというのは」

 燈葉は自らが着る制服を指して言う。白衣を模した外套の下は、一般的な警察の制服だ。たしかに違和感は前からあった。

「秘密警察というニュアンスがあるのかと思ってましたけど」

 しかし燈葉がすんなり答えるとは思えず、尊はそう言って試した。すると、その意味も大きいねと、あっさり同意された。

「しかしさ。国民を活躍させたいのに管理する場所が警察というのは、やはり奇妙でしかないんだよ。本来ならば厚労省とか、解りやすい機関が担うべきなんだよ。しかも象徴として奏斗を据える。何もかもがおかしいだろ?まるで、テロを起こしてくださいと言わんばかり。つまりそこに実験の総てが集約されているのさ。これはただの実験。だから管理する場所は拘束する権利のある場所でないと困るんだ。平然と実験に不都合な連中を捕まえられるようにね。科学者が最初の締め付け先だったのもそうだ。本質を見抜かれては困るから。それだけだよ」

 燈葉はいつになく饒舌だった。そして今語られたことは、今まで断片的に知ることが出来たことの集約なのだ。

 本当に実験が最終段階に来ているのだと、尊はそれで実感する。内情を知られても困らないほどに、何かが進行しているのだ。

「どうして、実験なんですか?これだけ社会は変化したんです。もう、奏斗を中心としたシステムができあがっていると言っても過言ではないでしょ?」

尊が突っ込んだ質問をすると、燈葉はそのとおりとこれにも頷く。

「そうさ。奏斗という解りやすい象徴がいることで、実験は面白いくらいにスムーズに進んだ。奏斗に手を焼くことも、想定されていたことだしね。ただのお飾りだったら、あんな頭の回転のいい奴を選ぶ必要はないんだ。この逃走からの実験のためだな。そして二度と、あいつは外の世界を知ることはないだろう。意外に思うかもしれないけど、このシステムが稼働してからのテロの発生件数は以前とさほど変化はない。監視されているという意識も働くからだろうけど、誰も不便だと思っていないからさ。初めは何かと反発もあったけど、管理されたからってすぐに実生活で変化があるわけじゃない。それに、もう解っていると思うけど、怒りはIDカードではなくすぐに奏斗へと向いた。あのマッドサイエンティストがやっていることだ。それだけでいいんだよ。単純だろ?しかし奏斗を殺すには情報管理課を突破しなければならない。これはほぼ不可能だと、そこで諦めてしまうんだよ」

 巧みに組まれたシステムなのだと、この情報管理課の大きさを燈葉は淀みなく語る。しかし、そこに自信のような自尊心のようなものはない。ただ事実を述べているだけ。それがありありと解った。

「どうして、あなたはここの課長なんですか?」

 最も疑問なのはこれだ。今までは燈葉が好き勝手に奏斗を操るためにここがあると考えていた。それを燈葉はことごとく否定してくる。それはどうしてなのか。

「言っただろ?奏斗のライバルだと、周囲は認識していた。それが重要なんだよ。もちろん、俺も言いなりになるのは嫌いなんでね。色々と仕組んでいる。君を引き入れてデータの解析をしているのもそうだ」

 そして、燈葉は肝心なところを言わない。情報管理課そのものの意義は、今語られた以上なのだ。

「来たぞ」

 そこに不機嫌全開の冬馬が現れた。が、尊の姿に気づいて固まる。

「すみません」

 尊は一先ず謝っていた。これで朱鷺と一緒に行動しているメンバーが一気に減った事実を知ることになる。

「いや。仕方ないさ。それで、まさか感動の再会のために呼んだんじゃないだろ」

 冬馬はわざとらしく自分の首にある首輪を指さして訊く。自分の動きを封じているのだ。わざわざ尊に知らせる意味が何か。そこを読み間違ってはいけない。

「そのとおり。先ほど、短い間だがIDカードシステムに不具合が起こった。これが意味することを、お前は知っているな?」

 燈葉は先ほどまでとは違い、課長の顔に戻って訊く。その表情は非常に厳しい。

「不具合。なるほど。奏斗は順調に逃げているってことか」

 冬馬も詳しく知っているわけではないが、IDカードの読み込みが逃走の邪魔になることは、当初から考えられていた。そのための何かを発動したということだろう。

「尊くん。そこのコンピュータを起動させてくれ」

 燈葉は冬馬の表情に注意しながら、尊の側にあったコンピュータを動かすように頼んだ。尊はそれを起動させる。

「これは」

「その時間、IDが読めなくなった場所の映像だ。解るか?このすぐ傍なんだよ」

 これに驚いたのは冬馬だけではない。尊も同じだ。燈葉はいつ、この情報を得たのだろうか。やはり表面的な部分に騙されてはいけない。

「情報管理課も一時的に不能になったのか?」

「まさか。ここは何重にもロックされている。それで突破できないことは、朱鷺も理解しているようだな」

 ここに誰も現れないのが証明していると、燈葉は鼻で笑った。これに二人は押し黙るしかない。

「奏斗がこの付近を通ったと考えるのが妥当だろう。しかし、あいつの体内にはIDカードそのものが入れてある。あれだけの時間誤作動させたとすれば、本人にも負担となっているはずだがな」

 悩む燈葉と違い、冬馬も尊もそれに驚くと同時に心配になる。それはつまり、奏斗の動きは常に情報管理課が掴んでいるということだ。

「本人に負担というと、具体的には?」

「まあ、頭痛や耳鳴りというところだろう。死ぬようなことはない。死んでもらっては困るからな。どれだけ腹の立つ存在でも、あいつには生きていてもらわないといけないんだ」

 冬馬の質問に答えた燈葉は、暗い笑みを浮かべる。どうにも奏斗への感情が読み切れない。これに尊は困惑するだけだ。

「それで」

「画面に奏斗の姿が映っていない。この理由を探してもらおう。もちろん、君は知っているだろ?奏斗がどこを通って逃げているのか?」

 呼び出しの理由は簡単だと、睨む冬馬に燈葉は平然と命じる。もちろん、拒否できない。

「――生殺しとはこのことだな」

「君にも死んでもらっては困るからね。それ、発動させるつもりはないんだよ。意識を奪う方は躊躇わないが」

 苦虫を噛み潰したような顔をする冬馬に、燈葉はそう答える。まだまだ腹の底が知れない。二人は完全に言いなりになるより他はないのだと知った。

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