第40話 考えるのが俺の役割

  冬馬が外に出ると、真広が腕を組んで待ち構えていた。

「上手くやったの?」

通り過ぎようとする冬馬に、真広は無表情に訊く。

「――やったよ。あいつは俺のことが気になるだろうね。ったく、どういう作戦なんだか」

冬馬は真広を睨み付けながら答えた。もちろん、瑞樹に言ったことは事実だ。しかしそれを瑞樹に知らせてどうするつもりか。

自分がこの実験の過程で死ぬだろうことは、すでに覚悟していることだ。こんな首輪があったところで、あの神経質な燈葉が安心するはずない。散々手駒として使った後、ボタン一つで始末するつもりなのだ。

「あなたは従順にしてればいいのよ。まだ死にたくないでしょ?」

まるで冬馬の思考を読んだかのように、真広が唇の端を吊り上げる。

「そうだな。まだ実験の結果を見ていない。それまでは、重々大人しくしてますよ」

俺は犬ですから、と冬馬はおどけた調子で言うと笑った。そして手をヒラヒラと振ると、その場を後にした。

何もかもが馬鹿馬鹿しい。そんな気分になる。結局、何がどうなっているかを知るのはごく一部なのだ。

「奏斗が何もしない理由が解るな」

あいつは本気になれば、いつでも逃げられたはずだ。しかし燈葉の真意が解らず、何の行動も取れなかったにすぎない。

「奏斗に負ければいいんだ」

燈葉が完膚なきまでに負ければ――冬馬ふと、そんなことを考えていた。

 そうだ。逃げる必要なんてないのだ。奏斗がその気になり、燈葉を倒せばいい。そうすれば、他の連中の企みも共倒れするのではないか。

「ま、そんなことも出来ないくらい、あいつは疲れてしまってるんだが」

 この情報管理課に対抗できる相手。しかしそれは、管理課が実験と称して外に出しても問題ないほど、すでに反逆が難しくなっている。

「虚しいよな」

 冬馬は思わず自分の首に嵌る輪っかと、そこに取り付けられた装置に触れ、陰鬱な気分になっていた。





 地下道を進みながら、奏斗はこの先どうすべきかを考えていた。こうやって逃げる手段は残っている。このまま朱鷺と合流することは出来るだろう。でも、その先は――

「これってどれくらい掛かって作ったんだろう?」

 先を想像できずにいる奏斗の耳に、颯斗の呑気な質問が聞こえた。すでに多くの人が巻き込まれ、そして人生が歪んでいる事実に気づき、奏斗はより暗い気持ちになる。

「秋葉さんが動き出してすぐからですから、五年ですね。初めは大掛かりなものではなく、情報管理課の建物の近くからでした。しかし、急速に発達する情報管理課の技術に対抗するため、地下道はどんどん深く複雑になりました」

 冬実がそう答える声も、奏斗には重い。自分のせいでどれだけの人がと、責められている気分になる。さっさと諦めていれば、ここまでのことを朱鷺がすることはなかったのだ。

「待っているから」

 朱鷺はそう言うが、待ってもらう価値はあっただろうか。

「いてっ」

 考え事に集中していたら、頭の後をごつんと叩かれた。何だよと見返すと、光輝がにやりと笑っている。その横で颯斗も同じように笑っていた。

「深刻になるな。それは綾瀬の思うつぼだ」

「そうそう。お前が折れていても、朱鷺さんは好き勝手やって救出しようとしたさ。それに燈葉だぜ。もっとヤバいことをやろうとしているに決まっている。お前が諦めんなよ」

 そんなに正確に自分の思考が読めるものなのか。奏斗は思わずむすっとしてしまう。

「お前さ。すぐにどうしてって考えるよな。そんなの無駄だって。燈葉を倒さなきゃ先に進めない。情報管理課を潰さなきゃ元には戻らない。そう考えられないのかよ?」

多くの人が今、情報管理課に翻弄されている。そんな中でどうするか。颯斗は自分が追われる立場になって考えた。その答えは簡単。闘うだけだ。

「――そう簡単に割り切れるのは、お前が馬鹿だからだ」

「何だと!?」

すぐにむきになる颯斗に、奏斗はようやく笑った。単純に考えられたらどれだけ楽だろうか。しかし、それでは駄目だ。

「考えることは止めないさ。本質を見極めずに戦うには相手が悪い。それにこれは国民全体に関わることだぞ」

 笑顔を引っ込めて諭す奏斗の顔には、今までのように諦めだけではない。やはり待っている人がいるというのは大きかった。

「じゃあ」

「単純な部分はお前に任せる。俺にはこれしかないからな」

 奏斗はそう言うと、自分のこめかみを叩いた。燈葉も利用したいというこの頭脳。それを使いこなすよりない。

「ま、そうだな。お前って体力なさそうだし」

 そういう考え方ならば認めようと、颯斗は取り敢えず安心した。しかし、考えれば不利な面ばかりが見えることも解っている。これでも一応、進学校の学生だ。

「皆さん。そろそろ最初のポイントです。静かにお願いしますね」

  そこに凛とした冬実の声がし、注意を促す。

「最初のポイント?」

 それは何だと颯斗はすぐに訊く。

「情報管理課のビル付近です。何度か撹乱するために通りますので」

  そう言って冬実は何やらスマホのような機械を取り出した。そして電源を入れる。

 それは管理課が敷いたIDスキャン網を一瞬だけ撹乱するものだ。これを定期的に流すことで、捜査を乱す。それだけではない。周辺の機械を誤作動させられる。しばらくは大騒ぎだ。さらにこれで朱鷺に自分たちの動きを教えることも出来るのだ。

「がっ」

 しかし予想外のことが起こった。急に奏斗が苦しみ出した。これに冬実はすぐ電源を落とそうとする。

「続けろ!」

 が、苦しむ奏斗がそれを止めた。頭を押さえながらも、じっとその機械を見つめる。

「一体」

  何をやっているのか。そして何故奏斗が苦しむのか解らず、光輝と颯斗はおろおろするしかない。

 しかし奏斗は、冷や汗を流しながらも耐えていた。

「通過可能です」

「一体どうなってる?」

  機械が止まるとともに膝から崩れ落ちた奏斗に、光輝は大丈夫かと声を掛ける。

「おそらく、俺の体内にIDカードの代わりになる機械が埋め込まれているんです。だからその機械に反応し、激しい頭痛となった」

「なっ!?」

 せっかく戦いに向けて前向きになってきたというのに。光輝も颯斗も声を失った。

「大丈夫。まだ諦めてない。このまま進みます」

 奏斗は立ち上がると、大丈夫かと冬実に確認する。

「体内にあるとすれば、今ので正確なデータの送信はほぼ無理になったはずです」

  大丈夫だと、冬実も心配だが頷く。しかし機械本体が壊れたわけではない。何度かスイッチを入れることになるのだ。その度に奏斗が苦しむことになる。

「燈葉たちに比べれば、全然楽だ。耐えられないレベルじゃない」

「おいおい。変な慣らされ方してんな」

 こんな時に逞しくなる奏斗に、光輝は呆れてしまった。が、これなら大丈夫だろう。顔色もあの腕からの電流の時のように真っ青ではなかった。痛みとしては腕からの電流より軽度なのだろう。

「進む以外に選択肢はないしな」

 颯斗もまったくと笑う。しかし新たな懸念材料だ。どこまでも手を打っている燈葉に、誰もが気味悪さを感じていた。

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