第39話 情報交換

 瑞樹が目覚めると、自分を見下ろす冬馬と目が合った。

「ここは?」

「情報管理課だ。その中でも最悪と呼ばれる管理室だよ」

 冬馬はそう言うと大きく溜め息を吐く。とはいえ、瑞樹は初体面の相手であるし、情報管理課がどういう仕組みか詳しく知らない。が、何より情報管理課という言葉が意識をはっきりさせた。

「管理課だと!?」

 よく考えるまでもなく目の前の青年が来ている制服は情報管理課のものだ。あの忌々しい白衣のような黒い外套を見間違えるはずがない。驚いて身体を起こそうとした瑞樹だが、思うように身体が動かなかった。がちゃっと、金属音がしてようやく完全に目覚める。

「これは」

 寝ている姿に不自然さがなかったせいで気づかなかったが、両手両足がベッドの柵と鎖で繋がっている。ある程度の長さがあるから僅かに動けるものの、起き上がることは不可能だった。

「なあ、あんたは穂積奏斗をよく知っているのか?」

「――」

 その言葉に瑞樹の顔が強張る。情報管理課が大学を襲ったのだ。白煙に包まれた中、学生に扮したアンドロイドに捕まったことを思い出す。ということは、情報管理課が奏斗とつながりのある大学に何かあると踏んでいるということだ。これは拷問する気かと、身体も強張る。

「その顔は知っているってことだな。逃走を手伝った一人か?」

 冬馬は瑞樹に顔を近づけ小声で訊いてくる。あたりを憚るようなその態度に、瑞樹は何かが違うなと気づいた。

「お前は」

 よく見ると、首に妙な金属の輪が取り付けられているのが見えた。形状こそ違うものの、それが奏斗の右腕にあったものと似たようなものであることは瞬時に理解できる。

「そう。俺は朱鷺のところにいたんだ。二重スパイをしていたのがばれてこの様だよ。だから、俺はもう自由に動くことが出来ない。襲撃の主導者がお前を怪しんでいるっていうんで、ちょっと見に来たんだよ」

 目線が首輪に行っていることに気づいた冬馬は苦笑する。なるほど、真広の洞察力は恐ろしく確かなものだ。奏斗のことで積極的に動くならばとリストアップされた中に、瑞樹の名前もしっかり入っていたのである。

「朱鷺の?お前、随分と大胆なことをしたんだな」

 瑞樹は情報管理課に入り込んで裏切っていたという冬馬に感心してしまった。本気で動く奴というのは、朱鷺や冬馬のことを言うのだろう。ちょっと手伝った自分とは雲泥の差だ。

「俺に感心している場合か。今度はあんたがこれを付けられる番なんだぞ。どうやらこの実験、単に奏斗を完全な支配者にすることだけが目的ではないらしい」

 冬馬は自分の首に嵌る輪っかを指差し、呑気なことを言っている場合ではないと諭した。すると瑞樹の顔が真剣になる。

「大学の襲撃もその一環だと?」

「おそらくな。あんたらが動くことは早い段階で予測できていたようだ。そこでだ。まだまだ俺もスパイを辞めたわけじゃない。むしろ朱鷺に協力するだけになってせいせいしているところだ。手早くどうなっているか聞かせてくれ」

 冬馬は何とか奏斗と合流するためだと瑞樹に頼む。しかし瑞樹からすればこの冬馬を心配こそすれ、情報流していいのかは判断に悩む。

「俺は奏斗を捕まえることを命じられている。つまり、そこが奏斗を完全に逃がす最後のチャンスなんだ。頼む」

 信頼されていないことを見て取った冬馬は、自分の状況をばらした。それはそうだ。自由がないと言っておいて情報を流せと言っただけでは管理課の手先として聞き出しているのと変わらない。ならば全部ぶちまけるだけだ。

「お前が捕まえる?」

「ああ。国民の悪意を奏斗に感じさせ、唯一の味方は情報管理課だと印象付ける。これには国民も情報管理課と奏斗はやはり一緒になって動いているとの印象を与えることにもなる。どちらにもいい結果はない。情報管理課だけが得する作戦なんだよ。奏斗はここでの生活で精神を疲弊させられている。ちょっとの揺さぶりが危険なんだ」

 今まで身近にいた冬馬ならば、奏斗もすんなりと付いてくるはずだ。そこも燈葉は計算に入れている。だから冬馬の首に電流を流す機械を取り付けたのだ。冬馬の身体にも電流が流れる。それを見て奏斗が動揺するのは目に見えている。つまり、どう頑張っても奏斗は捕まるしかないのだ。

「その機械、取ることは無理なのか?」

「何度かチャレンジしたがな。無理だった。そう言えば奏斗のあれも取れないようになっているみたいだしな。真広のドSさ加減にはマジでうんざりするよ」

 どうすれば相手が最大限に苦しむか。それを真広は解っていてやっているのだ。まさにサディスト。その真広の実験と称する拷問に付き合わされていた奏斗がやさぐれても仕方ない。

「絶縁体を挟めば電流は防げる。今、奏斗はそうやって行動の自由を手に入れているんだ」

 悔しさを滲ませる冬馬に、瑞樹はそうアドバイスをする。すると冬馬がなるほどねと頷いた。

「電流はそうやって防いでいるのか。しかし問題もある」

 あの真広がそこを考慮していないとは思えない。それに首に付けられているこれは、奏斗のものよりも強力な電流を流せるだけではない仕組みがあった。それを知る冬馬は絶縁体を挟むという方法で逃れることは出来ない。それに、発信機だ。

「問題?」

「奏斗の電流が流れなくなっても、発信機は生きていたんだ。つまり、あの右腕のものとは独立に何か取り付けられているはずだ。これはますます早めに合流しないと拙いな」

 実験はどんどん思い描いたとおりの方向に動いているはずだ。奏斗を逃がすにはさらに先を読まなければならない。

「――確かにぼんやりとはしていられないな。合流先は知っているのか?」

「ああ」

 それは作戦を立てた時に朱鷺から聞かされている。しかし今、問題なくそこに進めていないはずだ。爆破もそうだし、他にも颯斗がテロリストとして顔を公表されてしまった。マイナス要素が増える一方だ。

「爆破をしたのは俺たちだ。ちょっと爆薬の量を間違えてな。広範囲を吹っ飛ばしてしまった」

 爆破が予想外との言葉に、悪いと瑞樹が謝った。それに冬馬は一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑いだす。

「何だよ」

 笑う必要はないだろと、瑞樹は冬馬を睨んだ。本当に味方だと思っていいのかと疑問になる。

「悪い。そのくらい奇抜に動いているならばまだ反撃の余地はありそうだ。で、どんな作戦で動いている?」

「佐藤教授が総てを仕切っている。それと稲葉っていう、奏斗の師匠に当たる奴が動いているよ。その二人がヒントってところだ」

 瑞樹は奇抜と表現され、洗いざらい喋る気が無くなってしまった。こいつ、どうにも信用できない。

「へそを曲げるなよ。ま、そのくらいならばしばらくは大丈夫そうだな。言っておくが、真広という女はマジで容赦ない。俺も死んだ方がましだと思ったね。奏斗も無気力になるはずだよ」

 助けられないからおあいこだと、冬馬は詳しく聞かない。しかしその二人の名前を知れただけでも大きい。

「おい。助けないって」

「言っただろ?俺は何かをすれば電流で動きを封じられる。奏斗どころじゃない。意識を飛ばされるんだ。ここで助けに入っても無駄なんだよ。それにこれ、首にきっちり食い込んでいるんだ。一部の金属が大動脈の近くに取り付けられている。無理に引っこ抜こうとすれば、出血多量で即死ってわけさ。俺は二度とここを裏切れないんだよ。ま、あんたにここまですることはないだろう。素直に答えておけば大丈夫だよ」

 もう二度と会えないかもなと、冬馬は首輪の秘密を話て出て行った。へらへらと笑っているから大丈夫なのだろうと思っていた瑞樹は呆然としてしまう。

「それって、向こうがいつでも殺せるってことじゃあ」

 金属の正体。それは単に大動脈を傷つけてしまうから抜けないという理由だけではないはずだ。それを冬馬は当然、気づいている。

「あいつを止めないと。奏斗の前で死ぬようなことになれば、それこそ燈葉の思うつぼだぞ」

 瑞樹は別にやらなければならないことが出来たと、まだ正体不明の真広をどうやり過ごすか、知恵を絞り始めた。

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