第38話 地下道へ

 尊は与えられた部屋の大きさに驚き、さらにその設備に驚くことになった。

「ここは?」

 明らかに情報管理課の中で異質な部屋に、気後れしてしまう。それだけ燈葉は本気だということだ。

「ここは俺ともう一人、葉月真広しか知らない場所だよ。まさに俺が作り上げた情報管理課の中枢。他は所詮、綾瀬遥香が作り上げたものでしかない」

 味方に引き入れたことで機密情報を隠す気もないらしく、燈葉は簡単に教えてくれた。しかし、それは尊がもう外の世界に出られないことも意味していた。自分は朱鷺の手先ではなく情報管理課の、それも憎む燈葉の手先になってしまったのだ。

「なるほど。アンドロイドの奏斗を操るのもここですか」

 だが、そんな状況を嘆いていても仕方がない。ここで出来ることがあるはずだ。今は燈葉の手先として従順であればいい。そんな発想は冬馬と同じだった。

「そうだな。しかし出来るのは真広だけだ。あそこまで動くアンドロイドは、他の連中では制御できないだけでなく、どこをどう動かせばいいのかも解らない。言い方は妙かもしれないが、あれは芸術作品なんだよ」

 燈葉は手放しに賞賛し、そして肩を竦めた。アンドロイド一つままならない自分が嫌なのだ。

「たしかに二足歩行のロボットは、それもすんなりと駆動するものはまだ出来上がっていないはずでしたものね」

 尊たちが見た奏斗のアンドロイドは完璧だった。そしてそこに奏斗がいると錯覚するほどのものだった。しかも恋人である朱鷺の動揺を誘ったほどだ。いくら唐突なことだったとはいえ、それだけ相手に違和感を覚えさせない作りになっている。

「そうだ。だいぶ改良されてきて、民間でも素晴らしいものが出来ているがな。人間と同じように走ったり歩いたりという速度の変化、さらに滑らかな動き。それに言葉の明瞭さなんかも真広のものには劣る。尤も、それは奏斗という本物が傍にいて、徹底的にデータを取れたからだということだ。声に関して言えば、その多くは本人が発したものを録音し加工している。といっても、それが誰にでも出来るものではないことは解っているだろ?」

 燈葉は自分と同じレベルで話せる相手が出来たことが嬉しく、ついついそんなことまで喋っていた。しかし尊に色々と教えることはマイナスにならない。それが解っているから出来ることだ。彼の思考は颯斗よりも解りやすい。

「声を。そうですね。本人の声と確かに差はなかった。でも毎回発表される内容は奏斗には伝えられていない。まさに機械の声が本人の声と同じだという証拠ですね」

 早速尊は与えられた情報を分析している。そう、この状況を冷静に見極め、分析できる能力は欲しいのだ。事件を引っ掻き回すには颯斗がいいだろうが、こうして裏側から進めて行くには尊の能力がいい。

「さて、ここで何をするかだ」

 壁の全面がモニターで埋まり、さらに巨大なサーバーが稼働する部屋。ここの目的は単に情報を開示するためにあるのではない。

「ビッグデータ、ですか?」

「ご明察。そう、綾瀬遥香もその重要性をよく理解しているものだ。これを加工する必要がある」

 尊の顔を覗き込み、燈葉は意地の悪い笑みを浮かべる。それはまさに裏切りを企む顔だ。

「ここにあるのは、国が持つデータとは異なる」

「そうだ。国は馬鹿正直にIDカードのデータを集めている。しかしここには、俺がある程度のバイアスを掛けたもので、他にはないものばかりだ」

 燈葉はようやく誇らしげな顔になる。真面目な彼が大きく変わった理由の一つである遥香を出し抜ける。それが自信になっているのだ。

「俺にその大切な情報をどうさせるつもりですか」

「それはやっていれば解ることだ。情報の価値はどう利用するかで変化する。それを分析する能力くらい、君は持ち合わせているだろ?」

 その言葉に、尊の顔が変わるのは解った。そう、彼は自分の能力に自信を持っている。しかしそれを発揮する場所がなかった。そこを刺激してやれば、後は勝手にこちらの意図通りに動く。

「――解りました」

 そしてそんなことも尊は見抜いているのだ。ここからはどちらが勝つか。それだけである。燈葉はこれを奏斗に求めていたのだがなと、心の中で苦笑していた。





 その頃。奏斗たちは次の行動に移っていた。

「ここから下に降ります。足場は確認してありますが、万が一ということがありますので気を付けて」

 垂直に下に伸びる梯子は、暗い地下へと繋がっている。冬実によって懐中電灯で先を示されるが、どこまで下りるか不明だ。

「うわっ。あの地下道よりヤバそう」

 颯斗が正直な感想を漏らすと、たしかにと光輝も苦笑する。これは下水道のさらに下だ。こんなものを掘っていたのかと、朱鷺の執念を感じるものだ。

「ひょっとして、朱鷺が爆破テロを繰り返していたのは」

 しかし奏斗は違うことに気づき冬実を見る。すると冬実はそのとおりと頷いた。

「ええ。地下道建設に目が向かないようにするためです。爆破テロをするタイミングで地下道でも爆破を行う。そうやって今日まで用意してきたものです。ですので、道は綺麗に舗装されていません。それだけは覚悟してくださいね」

 冬実の言葉に、颯斗は自分も加担した爆破テロを思い出す。あれは誰も傷つけずに情報管理課がおかしいと世間に知らせるだけでなく、そんな裏もあったのだ。これには素直に感心するしかない。

「はあ。やっぱり頭のいい人の発想は違うよな」

「やっていることは恐ろしいけどね」

 素直な感想を漏らす颯斗に、奏斗はそう呑気なことを言っていられないと顔を引き締めた。この地下道建設の苦労は、それだけ情報管理課の権限の強さを物語っている。下手な行動は破滅でしかないのだ。これからはその権限の網を自分も掻い潜ることになる。

「行きましょう」

 全員が自らの装備を確認し終えたところで、冬実を先頭に地下道へと足を踏み入れた。長々と続く梯子は時折軋み、それがところどころ木製だと伝えてくる。破棄したり途中で進路を絶つための工夫なのだ。

「寒いな」

 下りるにつれ、颯斗は寒さを感じた。夏だというのにひんやりとした空気が伝わってくる。

「完全に外気が遮断されるほど下りてきているんだ。さっきラーメンを食べたのもこのためか」

 寒さで体力を奪われる。それを見越してカロリーの高いものを勧めた。奏斗はその用意周到さに舌を巻く。本気で燈葉と闘うにはそこまで必要なのだと、今まで被害者でしかなかった自分の立場が変わっていくことを実感する。そうだ、朱鷺を選ぶということは闘うことを意味する。自分は出来るだろうか。

「もうすぐ到着です。足元に気を付けてください」

 十分ほど慎重に下りたところで、冬実が声を掛けた。たしかに足元に明かりが見える。

「一応、電灯は用意してあるのか」

 光輝はずっと懐中電灯だけが頼りだったらどうしようと考えていたのでほっとした。

「ええ。しかし200メートルおきにしかありません。それに灯りは最小限ですから」

 全員が無事に下りたことを確認し、冬実がそう説明した。たしかに下りたところから先の灯りは小さくしか見えない。

「探検だな」

 緊張する大人たちに向け、颯斗がおどけるように言った。それで僅かに空気が緩む。

「そうだな。行こう」

 天井や床を見上げると、爆破と手掘りを繰り返した跡がくっきりと残っている。この苦労を無駄には出来ない。奏斗は顔を引き締めると、一歩一歩足を進めるのだった。

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