第35話 虚像の構図

 情報管理課の中を進んでいた尊は、ようやく目的の部屋を見つけていた。

「ここか」

 偽造のIDカードで通用するか。そこが不安だが今は躊躇っている場合ではない。先ほど館内放送で奏斗が誘拐されたとの報告があった。それが意味するのは、実験が次の段階に入ったということである。

「まさか誘拐犯に仕立てるとは」

 どうして颯斗を引き込んだのか。その理由がこれだったとは予想外だ。奏斗の案内役。そのくらいに思っていただけに焦りがある。

 おそるおそる入り口にあるIDスキャンにカードをかざすと、すぐにドアは開いた。尊はゆっくりと歩を進め、そこに入るのは当然という態度を取る。

「お疲れ様です」

 途中、出てきた一人にそう声を掛けられたが不審がられた様子はなかった。尊はほっと息を吐き出し、奥のメインルームに向かう。

 ここは情報管理課の中枢だ。総ての情報がここに集約されていると言っても過言ではない。大型モニターには、奏斗の行方を追うためか様々な数値が忙しなく表示されている。しかし人の姿はない。ここで行うことはないようだ。

「少しでも引き出せるか」

 一体誰が何の目的でこの情報管理課を作ったのか。そして実験とは何を指しているのか。今やこの二つが不確かなものになりつつある。それを探るのだ。

 尊は手近なパソコンの前に座ると、すぐにハッキングを開始した。まずは普通にこのパソコンに入っている内容を確認する。しかし目ぼしい情報は何もない。ただ、この中央情報室はビッグデータの分析をしているのだということはよく解った。

「IDカードで集まった情報か。まさに動きが筒抜けだな」

 加工もされていない、個人情報が載ったままのデータに尊は顔を顰める。

しかしこれは想定されるものだ。情報管理課が国の機関である以上、個人情報をどうこう議論する余地はない。

「問題は、これって奏斗には関係のないことだってことだよな」

 奏斗の実験。それは彼の能力なくしてはならないもの。そう考えると、専門である電磁気学に関するものでなければおかしい。これが欲しくて奏斗に目をつけるというのは、一般国民は騙せても同業者の科学者を納得させることは出来ないはずだ。

「ここにも矛盾。本当に解りやすい存在だからなのか」

「そのとおりだ」

 後ろから、そっと肩に手を置かれ同意する声に尊は息を飲む。油断し過ぎた。

「穂積奏斗というのは、我々にとって都合のいい存在だった。それだけだよ。もちろん、あいつの天才性は誰もが認めている。それにあいつならば情報工学に通じていてもおかしくないと思わせるだけの実力もある。しかしそれだけだよ。奏斗を使って様々なものを開発したのは事実だが、それは根幹をなすものではない」

 尊がそっと振り返ると、そこにいたのは燈葉だった。

「綾瀬燈葉」

「はじめまして。中野尊君。君がここに潜入していると知って会いに来たんだ」

 燈葉は後ろにあった机に腰を下ろすと、じっと尊を見下ろす。まだ変装を解いていないというのにと、尊は舌打ちしたい気分だ。

「どうしてわざわざ?」

 自分の正体に気づいているのならばさっさと捕まえればいいではないか。尊は不可解だと問い掛ける。

「実験が次の段階に入り、こちらとしては一人でも多くの手駒が欲しい。何事も単純ではないのでね。反抗的な科学者どもを一網打尽にするために冬馬と真広が出払っているのも痛いんだ」

 燈葉は説明しながら値踏みするように尊を見る。瑠衣の友達の中では見込みのある奴だ。

「科学者を一網打尽にする?一体」

 それに冬馬も使われているとはと、尊の中には疑問が積み重なっていく。

「それは今、君の気になるところではないだろ?」

 しかし燈葉は答えようとしない。それよりも気になるのは奏斗のことではと促した。

「――ええ。颯斗を使って、一体どうしようというんです?」

 主導権はあちらにある。尊は頷くと教えてくれと質問した。

「より多くの国民の目にあいつが触れる必要があるんだ。それには解りやすい犯人を設定するのが手っ取り早い。それだけだよ。予想外に朱鷺の味方が増えたことで、これは必要に迫られて打った手だ。彼の身の安全は保障するから心配しなくていい。いいかい、穂積奏斗はあくまで象徴なんだよ。国民にとって目に見える敵。情報だの管理だの、そういうのは実態を伴ってこそ反抗心が湧くものだ。スマホを使うのに誰が反抗心を持つ?それを考えれば解るだろ?」

 燈葉は君だってこの管理課が支配者の本質だと見抜いているだろと笑う。

「本当に虚像ですか?」

 だが尊は納得できない。ライバルと目されていた相手を監禁し、いいように痛めつけている現実がある。それが単に虚像です象徴ですで納得できるはずがない。現に奏斗はぼろぼろになっているのだ。

「そうだな。個人的恨みがないとは言えない」

 尊の目に憎悪を読み取り、燈葉は認めるよと肩を竦める。たしかに恨んではいる。ただし、それは大学でライバルだと言われていたこととは関係ない。

「大学とは関係ない?」

「そうだ。君も理解しているだろ?ここは俺が作ったのではない。俺もまた虚像なんだ」

 どうせ逃げられないから教えてやるよと、燈葉はさらっと事実を述べた。

「あなたも?」

「そう。お前らが俺が奏斗を狙ったのはライバルでありながら無視されたからだと、単純な構造を見つけられるように用意されたに過ぎない。情報管理課という奏斗を囲う檻、それに合わせて用意された監視者。が、俺は、ただ虚像で終わるのが嫌なんだ。ここの支配者になるのは俺だと、あいつに認めさせる。穂積奏斗を使い、新たな国の形を作るのは俺だ」

 言っているうちに腹が立ち、どんと机を叩いていた。それに尊がびっくりして目を見張る。

「一体誰と闘っているんですか?」

「それはもちろん、真の支配者と」






 大学では静かな変化が起こっていた。それに真っ先に気づいたのは、大学に戻っていた瑞樹である。

「何をしている?」

 真っ暗な研究室の中で動く人影に気づき、声を掛ける。すると大学生と思われる奴が顔を上げた。しかしその手には何かが握られている。

「まさかダイナマイトでも仕掛けているんじゃないだろうな?」

 冗談めかして訊くと、学生は無表情のままその握っている筒に手を掛けた。マジかよと思わず瑞樹は廊下の端へと走る。しかし爆音はしなかった。代わりに廊下を急速な勢いで煙が充満し始める。

「ダイナマイトではなく発煙筒か」

 しまったと、視界を奪われて瑞樹は姿勢を低くする。他の階でも煙が充満しているのか、徐々に騒がしくなる。

「火事か?」

「いや。燃えて出る煙ではないぞ」

 バタバタと煙の発生先を探そうと走る音がする。しかし真っ白な中では何も見えず、転んだり誰かにぶつかったりする。そのたびに大騒ぎになっていた。

「いったん外に出るか」

「止めろ」

 外に出ようと提案する声を聴き、瑞樹は大声で止めていた。これは罠だ。

「窓を開けろ」

「どこも開かないんだ」

 徐々にこれが異常なものだと気付き始める。あの大学生はどこに行ったと瑞樹は廊下に目を凝らした。するといつの間にか背後に立っている。

「お前」

「倉田瑞樹だな。情報管理課でその身柄を拘束する」

 静かに告げる声。そのあまりに機械的な言い方に唇を噛むしかない。

「綾瀬の手先か」 

 瑞樹はこの煙の中ならば互角のはずと逃げようとしたが、あっさりと襟首を掴まれた。それも人間とは思えない力でだ。

「まさか、アンドロイドか」

「葉月博士。目標を一人確保しました」

 学生だと思っていた相手はアンドロイドだった。それに瑞樹は騒ごうとしたが、すぐに気を失うことになる。アンドロイドが指先から電流を流したせいだ。

「解ったわ。さて、狩りを始めましょうか」

 正門で待機していた真広は、あなたの番よと冬馬を見る。部隊を率いて動くのは冬馬の役目だ。

「解っていると思うけど、変な動きをしたらすぐに押すから」

 歩き出す冬馬に、真広は首を指差して唇を吊り上げる。冬馬の後にはぴったりと瑠衣が張り付いていた。

「解っているよ」

 さすがに今、気を失っている場合ではない。一刻も早く奏斗と合流しなければならないんだと、冬馬は奥歯を噛みしめた。

「行くぞ。誰一人殺してはならん。全員生かして捕らえよ。ただし、命に別条のない範囲での攻撃は許可する」

 冬馬は後ろに控える実働部隊に声を掛けると、勢いよく大学の中へと走っていた。

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