第33話 追跡との戦い

「拙いな」

 汚れた上着を脱ぎ捨て、ある程度は小綺麗なな格好で歩いているつもりだが目立つのか。大輝は自分たちの後からついて来る連中に気づいて舌打ちする。

「情報管理課の手先じゃないのか?」

 同じく後ろに変な奴らがいることに気づいた颯斗は、こそっと振り返って確認した。どちらもラフな格好だが、普通の人にはない空気を持っている。何というか隙が無いのだ。

「もしくは、政府の関係者だな」

 振り返らずに奏斗がそう呟いた。それに大輝も颯斗も思わず前だけに集中する。

「政府か。たしかに情報管理課は政治家主導で作られているからな。勝手な実験が始まったことに警戒しているのかもしれない」

 新たな不安要素だと、大輝はもう一度舌打ちしてしまった。自分たちの敵は恐ろしく大きいことを、今になって実感してしまう。

「政治家主導ですか。それって真実ですか?」

 奏斗はやや緊張した顔になって訊いた。二人が本気で受け取り、さらに政治家がやったとの情報に困惑してしまう。ちょっとした冗談のつもりが、冗談では済まされない内容になってしまった。

「そういうことになっているが、入れ知恵をした奴はいるだろう。それこそ有名な科学者がな。国民をIDカード一つでここまで縛り付けるのは、お前という象徴がいるだけでは無理だろう。基礎的な技術を提供し、実際に推し進める奴が必要だ。それは燈葉には無理だろうな」

 大輝は出まかせかよと驚きつつも、それだけ奏斗は何も知らないのだと理解する。だから外へと出ることにも躊躇いがあったのだ。この世界は、もう奏斗が知る世界と大きく異なる。

「つまり燈葉を盾にしてやりたい放題やっている奴は他にいると。そいつが、燈葉の性格そのものを変えた相手でもあるわけですね」

 奏斗の質問は的確だ。そして、今までは必死に目を背けていた問題と向き合おうとしているのが目に見て解る。

「そうだ。しかし誰がそんなことをやっているのか。考えられるのは綾瀬の母親だが、彼女がいくら情報工学の権威とはいえ、可能なのかと悩んでしまう」

 ここまでしっかり考えられるようになったのならば大丈夫だろうと、大輝は掴んでいる情報を教えた。

「綾瀬の母親。ということは、瑠衣のお母さん」

 横で聞いていた颯斗はより複雑な気持ちになった。もし燈葉とその母親がやっているのだとすれば、瑠衣は何も知らされずにいたということになる。何だか嫌な気分になる。そして今、学校を辞めて情報管理課の幹部候補生だという。もう、何が何だか解らない。

「綾瀬の母親って誰ですか?あいつが家族のことを話題にした記憶はないですけど」

 というより、燈葉に関してそれほど印象に残っていることはないんだよなと奏斗はぼやく。こんな調子だというのに燈葉によって人生を歪められたのだから、お互いの気持ちがすれ違っていて当然という感じだ。

「お前は本当に自分のことにも、そして周りのことにも興味がないんだな。綾瀬の母親は、正確には再婚によって母親になったのは、綾瀬遥香という情報工学では知らない奴はいないほどの学者だ。旧姓は穂積。お前の親戚かもしれないぞ」

 大輝の指摘に、えっと奏斗だけでなく颯斗も驚いた。思わず後ろにいる尾行を忘れて立ち止まりそうになった。

「旧姓が穂積。穂積遥香。ダメですね。俺は実の両親のことは知らないし、祖父も語ろうとしなかったんで。旧姓ということは、俺の母親の可能性はないですね。父親の兄弟ってところですか」

しかし奏斗はそんな冷静な分析をするだけだ。自分と血縁だから目を付けられたのか。そのくらいの気持ちしかない。

「お前さ、色々と知りたいと思わないわけ?科学者のくせに」

 あまりに反応が薄すぎると颯斗は奏斗の肩を叩く。ひょっとしてまた気持ちが揺れているのだろうか。ここで奏斗にやる気を失くされては困る。

「知りたいことと知らなくていいことの差を理解しているだけだよ。俺がその人と何らかの関係があっても、それは目を付けられた要素の一つでしかない。育ててくれた祖父は両親について何も語らなかった。それだけ知らせたくない何かがあるってことだ。別に問題なく生活できてたし、大学で職を得るまでは普通だったんだ。どうでもいいことだよ」

 奏斗はやる気はあるから安心しろよと笑うが、颯斗には納得できない。しかし、それ以上の追及は大輝が止めた。

「今は止めておけ。こいつは一度決めるとなかなかその信念を曲げないんだ。知りたくないと、そう思わせるだけの何かがあった証拠だよ」

 こそっと耳打ちして教えてくれる。なるほど、知りたくない何かかと、颯斗はこそっと奏斗を見た。その横顔は、あのアンドロイドを彷彿させるほど表情がなく、整った顔だけが目に付く。

「それより、このまま佐藤先生のところへ向かうのは危険ではないですか?彼らの正体が解らないんですよ」

 こそこそと喋る二人を無視するかのように奏斗が訊く。たしかにそれはそうだ。なかなか思うように進まない。

「誘導されていると考えた方がいいのかもしれません。おそらく、これが使えなくなったのがばれたんです」

奏斗は言いながら左腕を出した。そこにはあの電流を流すバンドがある。今、それが使い物にならないとばれたのではないか。そう考えたのだ。

「それさえ封じれば居場所を掴むことが出来ないと思ったんだがな。他にお前、あいつに何か付けられていないのか?」

 大輝はそれが不能だとばれたとしても大丈夫だと考えていた。しかし、後ろにいる奴らはぴったりと付いてくる。何度適当に角を曲がって姿が見えなくなっても、しばらくすると現れた。さらに他にも気になることがある。監視カメラの向きだ。街中にある監視カメラが、三人が通るたびに必ずと言っていいほどタイミングよくこちらを向く。

「さあ。俺が気絶している間にならば何でもできますからね。それに、俺は葉月真広という科学者に好き放題実験されています。実験と称して何かを埋め込むことも可能ですよ」

 街中を歩けば歩くほど、冷静になればなるほど、奏斗は自分が逃げられないことを自覚していく。それでも逃げることを止めないのは、どこかで何か変わると思えるようになったからだ。こうして颯斗や大輝が傍にいることや、協力してくれた和弥や瑞樹がいる。それが少なくとも自信にはなっている。

 そういえば、途中で分かれた和弥や瑞樹は大丈夫なのか。しかし気掛かりは今こちらにある。

「情報管理課のやっていることだからな。もともと、不利なのは仕方がないとして何かが埋め込まれている可能性もあるのか」

 大輝はスタスタと歩く奏斗を見ながら、この五年のことを考える。再会して数時間。その変化はひしひしと感じていた。しかし本人の変化以上に情報管理課が何もかも把握していることの大きさを感じる。

「逃げるには燈葉の裏を掻かなければならないってことだよな。位置情報がばれていても何とかならないのか?」

 深刻な顔をする二人に、颯斗は何とか力になれないかと訊く。

「裏ねえ。それは他の連中がどこまでできるかに掛かっている。としかいえないな」

 一先ずまた地下を通る方法を考えるしかないのかと、大輝は監視カメラと後ろの連中に目を向けていた。





「奏斗を追わずにここに行けってか?」

 急にスマホに電話が掛かってきたと思ったら燈葉からの不機嫌な指示だった。それに冬馬はうんざりとした調子で訊く。

「ああ。実験の本格化により、他の部署での動きも活発化してきた。そいつらより先に俺たちがやらなければならないことがある。奏斗はしばらく泳がせておかないければならないからな。他がちゃんと監視しているから問題ない」

 相変わらず奥歯に物が挟まったような言い方だ。冬馬はこの期に及んで喋らないことがあるのかと嫌になる。

「はいはい。どうやら奏斗は颯斗以外にも味方を引き連れているようだし、他との合流を潰したいってのは解る」

 冬馬は瑠衣が持つタブレットを見ながら言った。そこには逐一、奏斗を捉えた監視カメラの映像が入ってきている。これだけでも何か別の動きが始まったと解るものだ。

「反対勢力は徹底的に排除する。その姿勢を見せておかないと厄介だ。いいな?」

 燈葉の声はどこかイライラとしている。何かあったなと解るだけでも珍しい。

「母校を襲撃することに遠慮はないってことだな」

「ああ」

 そしてそのイライラが向かう先は、いつも犠牲が出る。冬馬は嫌になりつつ確認し、そしてあっさり承諾されたことに暗い気持ちになるのだった。

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