第31話 ついに外へ

「一体何だ?何が起こっている?」

 ビルの屋上から様子を見ていた冬馬は、急に立ち上った煙に驚いた。距離から考えて、奏斗が逃走していた付近だ。まさかもう誰かに見つかってしまい、テロを仕掛けられたのか。

「奏斗がいるのは、まだ地下です。一般市民に姿を見られたとは思えません」

冬馬の懸念を読んだ瑠衣が、冷静に分析する。彼女が持っているタブレットには、奏斗のいる位置が正確に示されているのだ。地下道であっても、その深度で把握出来る。

「となると、事故?いや、それは考えられない」

 冬馬はここからでは確認出来ないと、行動を開始した。上手く行けば瑠衣を撒くことが出来る。一直線に非常階段へと向かい、下の階へとダッシュした。

「待ちなさい」

 それに瑠衣はしっかりと付いてきた。予想していたよりも、足が早い。これも操られているからか。息も切れていなかった。脳そのものを制御されているのかもしれない。

「ちっ。先読みされてるな」

  本当は途中からエレベーターを使うつもりだったが、ここで撒けないとなると意味がない。冬馬は瑠衣がどこかで限界を迎えるのを待つしかないのだ。そのまま階段を降り続ける。

  土煙は次第に収まりつつあった。現場で何が起こっているか不明だが、続けざまに起こるようなことではないらしい。

「奏斗は無事なのか?」

 思えば奏斗の安否を訊いていなかったと、冬馬は走りながら質問する。

「生体反応はあります。死んではいません」

 無機質な答えだが、とりあえず無事が確認出来れば問題ない。

「合流できるか、それがカギになりそうだな」

  救急車や消防車のサイレンが聞こえ始めた。現場はすでに混乱していることだろう。冬馬はしらず、足を速めていた。





 一方、下水道にいる奏斗たちは、瓦礫の山を登って脱出を開始していた。絶縁体が功を奏しているのか、今のところ電流が奏斗の動きを制限することはない。

「大丈夫か?」

 しかし、別の問題が生じていた。それに真っ先に気付いたのは颯斗だ。

「意外とダメだな。体力は落ちたままなのを忘れてた」

  苦しい息の合間から、奏斗が答える。ただ走るだけならば問題なかったが、瓦礫を登るとなると、途端に体力のなさを思い知らされた。5年間、大して動くこともなかったから余計に辛い。

 栄養を取ることで、身体の調子は戻ったかに見えた。しかし、この5年分の月日は確実に奏斗を弱らせているのだ。行動を制限されていた影響で、足腰がもろに弱っている。

「お前はまだ30代だぞ。弱音を吐くな」

 ここを乗り越えないことには休憩もままならない。光輝はそう励ますより仕方がなかった。

「破壊し過ぎなんだよ!おっさん達って教授だろ?そのへん、シミュレーションとかしなかったのかよ?」

 颯斗は前を行く光輝を含めた3人に向けて悪態を吐く。揃いも揃って大学教授だというのに、何故こういう可能性を考えられなかったのか。

「まさか俺らの他に爆発を考えるとは思ってなかった」

 そう答えるのは和弥だ。こちらも日頃の運動不足が祟ってか、ぜいぜいと息をしている。

「まあ、朱鷺が化学者としての知識を総動員して爆弾を作りまくってるのを忘れてただけとも言う」

  余計なことを言うのは瑞樹だ。こちらは意外と余裕で瓦礫の山を登っている。最年長だというのにだ。

「真っ先に思い出してほしかったな。俺は朱鷺の手伝いをしたけど、その正確さは凄かったぞ」

 颯斗は冬馬とともに行ったテロを思い出した。あの時、朱鷺は誰一人犠牲者を出すことなく爆破をやりきった。それは非常に凄いことだと今更実感する。

「朱鷺とテロを?高校生を巻き込むとは」

 颯斗の言葉に光輝は賛成出来ないという表情だ。そこは指導者としての顔が覗く。

「朱鷺さんだって、積極的に高校生を巻き込もうとは思ってなかったよ」

 そう朱鷺の肩を持ちつつも、奏斗本人がいるところでこいつが切羽詰まってたからだとは言えない。ちらっと奏斗を見ると、荒い息をしつつも懸命に瓦礫の山を登っていた。

「あと少しだ!外の音が聞こえる!!」

  先頭を歩いていた瑞樹が大きな声で言った。颯斗と奏斗がそちらに目を向けると、夜空に浮かぶ三日月が目に入る。

「――だ」

  5年振りに見る夜空に、奏斗が漏らした声は小さかった。しかしその分、感慨深く月を見ていることが解った。

「あと少しだ。頑張ろう」

 颯斗はにっと笑うと奏斗に手を差し伸べた。その手を、奏斗はがっちりと掴む。徐々に人間らしさを取り戻したな。颯斗は握り返された手にそう思う。

 今までは諦めと不満から、どこか投げやりだった。自分のことも客観的で、感情が伴っていなかった。それが今、確実に消えている。これが本来の奏斗なのだ。もう、いらぬ心配をしなくてもいいだろう。

「サイレンの音がするな。外はずいぶんと人が集まっているようだ」

 光輝は耳を澄ませ、外の様子を探る。どうやら通り掛かった人々に被害が出ているらしい。大義名分があるとはいえ、申し訳ない気持ちになる。が、人混みに紛れるのはより楽になった。

「俺が人目を引き付ける。お前達はその間に奏斗を逃がせ」

 もう体力の限界だしと、和弥は笑う。体力が落ちている奏斗よりもへろへろだ。

「先生。ありがとうございます」

  颯斗の手を借りて登りきった奏斗が、和弥に向けて頭を下げた。

「止めろよ、水くさい。それに俺たちは謝らなければならないんだ。お前を、信じてやれなくて済まなかった」

  和弥はこっちが頭を下げなきゃならんと、奏斗の肩を叩いた。

「いいんです。仕方ないと、今なら解ります」

  奏斗は悲しげに笑った。今までは自分が被害者という立場しか知らなかった。しかし、社会は確実に変わったのだと颯斗を初めとして光輝達に会ったことで実感した。自分は何もしていなくても、奏斗がやったと思う人々は多数いる。

「負けるなよ」

  僅か数時間で変わった奏斗に、和弥は神妙な面持ちで言っていた。この変化を、燈葉はよく思わないだろう。必ず前のように諦めさせる。それに対抗し続けられるか。それが大きな勝負となる。

「はい」

 それに対する奏斗の返事はしっかりとしていた。前を見据え、大学にいた頃のように意思の強い目をしていた。

「よし。行くぞ」

 その変化を光輝も瑞樹も感じ取り、力強く頷いた。颯斗はぎゅっと奏斗の手を握った。

 まずは和弥が爆発で出来た穴から這い上がる。そして周囲の人々に助けを求める。その混乱に乗じて、他のメンバーが出るという作戦だ。

「誰かいるぞ」

 和弥がごそごそと穴を登ると多くの人が手を差し伸べた。救援に駆けつけたレスキュー隊員もいるようだ。

「大丈夫ですか?他に人は?」

「向こうに1人。足を骨折して動けないんです」

  和弥が迫真の演技で大勢の視線を遠くへ引き付けた。

「行け」

 レスキューが離れた瞬間、和弥が小声で指示した。まずは颯斗と奏斗が抜け出す。しばらく時間を置いて光輝が、さらにその後で瑞樹が這い出て来る。

「これが、今の街」

 奏斗は入った路地裏から5年過ぎた街を見た。どこも一見すると変わっていない。しかし注意して見ると、顔認証が搭載された監視カメラやIDを読み取るための機械が、至るところにあるのが見て取れた。確実に何かが変わっていた。

「ここからは燈葉との知恵比べだな」

 IDカードを持っていない奏斗の移動は、データとして目立ってしまう。それをどう誤魔化すか。それが朱鷺と合流出来るかに関わってくる。

「下手に偽造カードは使わない。お前のカードは把握されているからな。行くぞ」

 光輝は颯斗のカードが追跡されていることを考慮しているのだ。確かに動きを掴むには颯斗のIDカードを追跡するのが確実だ。

「どこへ?」

  久々の外に、奏斗は不安げに光輝に訊く。すでに燈葉に見られているような、そんな感覚に陥る。

「まずは図書館だ」

  そんな奏斗に、光輝は意外な場所を口にするのだった。

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