第30話 諦めたい。でも、諦めたくない

  奏斗の過去を物語るものを探して街中を歩いていた朱鷺だったが、何も見つけることは出来なかった。

「ダメね」

 どこもかしこも燈葉の管理が行き届いている。自力で調べることすら困難な世の中となってしまったのだ。

「はあ」

 失意の中、朱鷺はアジトへと戻った。そろそろ奏斗が情報管理課のビルを抜け出している頃だ。

「どう?」

 アジトの中で連絡待ちをしていた海羽に、朱鷺は確認する。

「まだ外へ出たとの連絡はないです。タブレット端末の位置情報から考えて、そろそろのはずなんですが」

 海羽は表示されている地図を指差しておかしいと眉を顰めた。これは何らかのトラブルがあったと考えて間違いない。

「奏斗」

 あと少しで会えるはずなのに。朱鷺の脳裏に、あの大学で出会ったアンドロイドが思い浮かぶ。完璧にコピーされた奏斗。あれが本人と置き換わってしまう日が、いずれやって来るのか。いや、燈葉が望んでいるのはコピーの奏斗と同じ振る舞いをする、本物の奏斗だ。

「支配者なんかに、させない」

 これはもう総てが間に合うことを祈るしかない。朱鷺がここで助けに出て行くことは、燈葉の実験をより進めることになる。

「同じ地点に留まって、もう15分は経っています。一体何をやっているんでしょう」

 朱鷺の心配が海羽にも伝染してしまう。こういう時、コンピュータしか出来ないというのはもどかしい。もちろん戦闘力は海羽がずば抜けているが、それは最後の切り札だ。

「冬馬が捕まったのが、ここに来て痛手ね」

 情報管理課との繋がり。それが絶たれた今、情報の収集力は大幅に下がった。朱鷺はどこまでも燈葉の思い通りに進む事態に歯噛みするしかない。

「お願い。間に合って」

朱鷺はイライラしないよう、腕を組んで目を閉じていた。




 その頃。長靴を上手く細く切り終えた光輝は、それを奏斗の腕のバンドの隙間に詰める。

「これでもう、電流を感じることはないはずだ。どういう行動を取っても問題ない」

 絶縁体によって、身体に電流が流れることは避けられる。それはつまり、当初の目的通りに目立たないところから脱出できるということだ。しかし、奏斗の表情は全く冴えなかった。

「奏斗?」

 今まで以上に暗い表情の奏斗に、これは拙いと颯斗は声を掛ける。冬馬に連れられて初めて会った時もこんな表情だった。そして、実験に沿って動くと決断した後だった。あそこからここまでの道のりを進むための決意をするのに時間が掛かった。それはすなわち、奏斗に躊躇いが生まれたということだ。

「穂積。大丈夫だ。もう逃げられる。立ち上がってくれ」

 詰め物の終わった右腕を掴んだまま俯く奏斗に、光輝も励ます。ここで奏斗が諦めてしまったら、この社会を変えたいと望むことは二度と出来なくなる。燈葉の望む社会しか選択肢はなくなるのだ。そうなった時、科学者の生きる道は制限されることだろう。今以上に管理されてしまう。

「――ここからは出ます。でも、用意してもらったルートでは無理です」

「奏斗っ!?」

 何を考えているんだと、颯斗が先に叫んでしまった。こいつはまた、燈葉の望む通りにしか動かないつもりなのだ。

「無理なんだよ。これを遮断してどうにかなるならば、外していたはずだ。おそらく何らかの対策が施されている。逃げられない!」

 我慢していたものが、爆発してしまった。奏斗は思わず叫ぶ。それは光輝に出会ったからこそ言えたことでもあった。

「穂積」

 思った以上の大きな声に、光輝もどう声を掛けていいのか解らなかった。その隙に奏斗の言葉が続く。

「もういいでしょ?俺を殺せば済む話なんです。どうして逃げるって選択肢なんですか?支配者さえ消せばいい。どうして誰も俺を殺してくれないんだ!!」

 先ほどの電流が、それまでの辛い日々を思い出させた。逃げるという実験を、ここに来る前に嫌というほど理解させられている。あんな惨めで辛い思いはたくさんだった。もう気持ちが挫けてしまった。

 殺してくれとの叫びに、颯斗と光輝は顔を見合わせていた。たしかにそれは一つの選択肢だ。しかし最悪の選択肢だろう。

 奏斗が消えても、燈葉が実験を止めることはない。情報管理課は消えない。多少の変更は迫られるだろうが、奏斗そっくりのアンドロイドまで用意されているのだ。何の変化もないまま社会は燈葉の思い描いた通りへとなっていく。

「奏斗。お前が支配者ではなく国民の味方だと証明しなければ何にもならない。お前は楽になるだろうけど、他の誰も楽にはならない」

 自分で言っていて最悪だと思いつつも、颯斗は説得するしかない。燈葉に対抗できるのは、結局は奏斗だけなのだ。だからこそ、燈葉も奏斗を徹底して管理している。

「証明?そんなこと、出来ると思っているのか?俺がここまで来れたのも燈葉が計画したからだ。俺には、残された方法は何もない。逃げ回ろうにも電流を流されて行動を奪われる。これから先、君の話が正しいのならばIDカードで総て管理されるわけだ。そんな中、そのIDを持っていない俺はどうなる?すぐに行動を把握されるだろう。出る前に、燈葉が教えてくれたよ。俺のID番号は00000001だ。それが意味することは解るだろ?」

 奏斗は挑むように颯斗を睨んだ。1番。その番号は偽造すればすぐにばれる。そして真っ先に管理対象になっていることを示している。奏斗の行動は、偽造しようとすぐに追われることだろう。

「穂積。どういう方法を綾瀬が取っていようと、お前が諦めたら終わりだ。それは解っているだろ?」

 ここまで逃げてきて、ちょっとの躓きで諦めるのか?光輝は静かに問う。

「もういいんです。俺はここから独りで行動します。見捨ててください。颯斗を、お願いします」

 この社会がどれだけ歪められたかを知れただけでも収穫だ。そして、朱鷺がまだ覚えていてくれた事実を知れたことも大きい。でも、もう無理だった。希望が見えたところで起こったあの電流は、奏斗の何かを奪っていた。だからもう独りで動くと、奏斗は立ち上がって近くの出口に進もうとしたが

「――」

 地面が大きく揺らいだ。そして遅れて大きな音が耳に届く。

「爆発だ!」

 まだ揺れの続く中、伏せるんだと光輝は奏斗に抱き付いた。そして二人で地面に倒れる。ガラガラとどこかで音が鳴り、下水道が崩れたのが解る。

「爆発って、まさか情報管理課?」

 颯斗は奏斗が諦めることすら許そうとしないのかと歯噛みする。出口をより絞るつもりなのだろうか。が、事態は思っていたのとは全く違った。

「おおっ。ちょっと火力を間違ったか?」

「だから物理屋がやるべきじゃなかったんだ。化学屋に任せておけばこんなことには」

 そんな口論が聞こえてきた。そして懐中電灯の光が三人を照らす。

「お前ら」

 その声と光から、光輝は誰がやったかすぐに解った。大学で対策を話し合って動きを決めたのだろう。大石和弥と倉田瑞樹の二人だ。

「いたいた。合流出来て良かった。生き埋めにしてしまったかと思ったよ」

 和弥はそう笑うが、本当に生き埋めになるところだっただけに笑えない。

「どうやら秋葉も爆薬を仕掛けていたようだな。それに引火したせいで出力以上の力となったらしい」

 状況を丹念に分析した瑞樹は冷静にそう言うが、こちらも無謀な行動をしそうで怖いところだ。しかし、これで科学者の多くが反旗を翻したことが確定した。

「どうして?」

 現れた二人を、もちろん奏斗は知っている。二人とも自分を助けるようなタイプではないはずだ。

「まあ、やらないで後悔するよりやった方がいい。そういうことだ」

 光輝はだからお前も諦めるなと奏斗の背中を擦る。久々に感じた人の温もりに、奏斗の目に知らず涙が浮かぶ。

「奏斗」

 強がっていても、普通とは異なって恨むことをしない奏斗も、辛くて苦しかった。訴えよりもその涙は颯斗を始めとしてその場にいた全員の心を動かす。

「行こう。もう、無理しなくていいんだ」

 五年の月日の中で、燈葉に従い諦めることが当然となっていた。それが今、崩れようとしているのだ。颯斗は改めて奏斗の手を取る。

「――俺は」

 諦めたい。でも、諦めたくない。

「いいんだ。今は、逃げることだけ考えればいい」

 たとえ失敗してもいいからと、颯斗は奏斗の手をぎゅっと握り締めていた。

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