第26話 別の一面

 奏斗が動き始めたことで、他の動きも活発になった。まず動きがあったのは冬馬だ。

「お前」

 ようやく普通のベッドで休んでいた冬馬の元にやって来たのはなんと瑠衣だった。その瑠衣は表情がなく、冷たく冬馬を見ている。

「何だ?」

 身体を起こし、冬馬は警戒した。この感じはヤバいと解る。何があったかは解らないが、今の瑠衣は颯斗たちが知る瑠衣とは異なる。

「今日からあなたと共に行動することになりました。首輪のスイッチも私が持っています」

「なっ!?」

 淡々と告げられたことに、冬馬はまず驚いた。そして次に湧き上がって来たのは怒りだ。

「燈葉に言われたのか?やれと」

 自分を慕う感情を利用した燈葉の行動に腹が立つ。あいつはどこまで落ちたんだと、首輪さえなければ殴りに行くところだ。しかし瑠衣はそれに関して答えない。

「奏斗が動き出しました。まず彼の行動を監視することからです。こちらの都合の悪い行動を取るようならばすぐに連れ戻す。何もないならば実験を続行。奏斗が国民の感情に晒されることが、今回の目的です」

 やはり淡々と瑠衣は告げる。その様子はまるでロボットだ。これは日頃無表情な真広には感じない違和感だ。これはどういうことだと冬馬が睨んでいると、慌てて部屋に入ってくる人物がいた。

「長谷川さん」

 現れたのは幹部候補生のトップである夏実だ。その顔には焦りと後悔がある。

「大河内。これは」

「ごめんなさい。私には止められませんでした」

 動けない冬馬の代わりに少しでも実験を遅らせようと動いていた夏実だが、いかんせん冬馬と違ってまだ候補生の立場だ。出来ることは少ない。しかも瑠衣に起こったことは誰だって止められなかっただろう。

「何があった?説明してくれ」

 この展開が許容されているのならば、夏実の口から何があったか聞くことは可能だ。冬馬は類の身に何が起こったのか気になって仕方ない。

「ここのトップがやったことです。それはもちろん、綾瀬課長ではありません」

 話していいのかと一瞬躊躇った夏実だが、ここが特別管理室だと思い出して話し出す。総てが記録されているのだ。ここに現れた時点で燈葉に動きはばれている。

「燈葉ではない?じゃあ、誰だ?」

 ここのトップという言い方に冬馬は首を捻る。情報管理課そのものの責任者は燈葉のはずだ。それより上となると、冬馬には知らない人物ということになる。

「この情報管理課を作った人、綾瀬課長と彼女の母親です。名前は綾瀬遥香。情報工学の権威と言えば解りますか?」

 確かあなたは工学博士ですよねと、夏実は口早にその名を告げた。

「マジかよ。なるほど、俺もまた都合のいい存在とはそういうことか」

 冬馬はその名前に頭を掻くしかない。というのも、冬馬の指導教官がまさに遥香なのだ。完全に掌で脅さられていたのだと解る。どうして自分が朱鷺と接触できたのか。色々と知ることが出来たのか。そして、簡単に情報管理課に入れたのか。総ては絡繰りがあったというわけだ。

「で、綾瀬教授は自分の子どもたちすら駒にするってわけか。相変わらず怖い女だな」

 これは負けても当然だなと冬馬は肩を竦める。相手が悪いとはこのことだ。ただ燈葉と対決するならば勝算はあったが、それがゼロになったように思える。

「で、こいつの身に何があった?授業を受けている時から違和感があったわけだが」

 そんな会話をしている間もじっと冬馬を見て止まっている瑠衣に、遥香は何をしたというのか。

「それが、詳しくは不明です。当初から綾瀬課長への思いの強さが気になっていました。だから感情をうまく操られているのだと思います。おそらく綾瀬課長への感情が最大限になったところで何かをやったのでしょう。そして、薬を用いて思考を制限してしまった。そういうことではないでしょうか」

 他に説明が出来ないと夏実は首を振る。ただ、燈葉にしても遥香にしても、瑠衣のことを冬馬より軽く見ているのは確かだ。冬馬には総ての手の内を明かして手伝わせようとしているというのに、瑠衣はまるで人形のようになってしまった。

「そこまで奏斗が重要なのかよ。しかし裏に綾瀬教授ねえ。これは単なる情報管理課による国民の管理では終わらなさそうだ。本気で国のシステムを覆す気だな」

 冬馬は瑠衣が不都合な存在だったのだろうと同情するより他はない。そして自分が残された理由は何か。

「大局的に見れる、ね。とんでもない役割が振られていそうだ」

 瑠衣の姿は未来の自分の姿かもしれない。そんな怖さが這い上がってきていた。






 大学でも動きが始まっていた。光輝は会議の後に飲み会のビラを配る。この会議は理系の教授陣が集まるものだ。一斉に情報を共有するのに丁度いい。

「またあそこかよ。稲葉。お前に幹事を任せるとどうしてあの海鮮居酒屋しか選択しないんだ」

 そう不満をぶちまけるのは光輝と仲のいい大石和弥だ。しかし目は、飲み会のお知らせの下に書かれている文字で止まっている。そこに朱鷺からの指示が書いてあるのだ。もちろん、簡単に読めるものではなく、メニューに紛れ込ませてメッセージが書かれている。

「煩いな。安くて旨い。最高だろうが」

 早々その調子と、光輝はにやりと笑って言い返す。これならばこの会議室に盗聴器や監視カメラがあったとしても誤魔化せるというものだ。世の中、最後に勝つのはローテクである。

「安くて旨いって、いつまでも学生じゃないんだからな。その考えは変わらないのか」

 そうやんわり注意してくるのは、光輝よりも年上の倉田瑞樹だ。反乱を企てるのは危ないと、暗に注意してくる。

「変わりませんね。だって重要ですよ。財布の中身は有限です」

 いつまでもこの体制が続くとは思えない。光輝はその意味を込めて有限と言った。ただでさえ科学者への締め付けは強い。それが今後どうなるか。考えると恐ろしいものだ。

「まあまあ。俺は好きですよ。安定を求める信念というのも大事です」

 そこに割って入ったのは佐藤元だ。彼はこの中で最も権力がある。穏やかな口調に騙されてはいけないのだ。おかげでその場の空気は一気に引き締まった。

「佐藤先生」

「七時に集合ですね。稲葉先生、それまで少し話せますか?」

 怒られるのかと構えた光輝に、元は穏やかな笑みを浮かべてそう言う。これはどっちだと光輝は怖くて仕方がない。

「もちろんです」

 光輝が頷くと、元は会議室に集まる面々を見た。どの顔も緊張と期待の混ざった表情を浮かべている。

「皆さん。自ら考えることは大切です。自分にとって最善とは何か。飲み会までに考えておいてください」

 その言葉に、曖昧な態度は許されないなと和弥はこっそり溜め息を吐いていた。




「マジで迷路」

 裏通路に入った颯斗は、曲がり角だらけの道にうんざりしていた。右に曲がったかと思えば次は左。その次はまた左と、方向感覚がおかしくなる。

「いわゆるネズミ捕りだな。こっそりこの建物に入った奴は、見つかりたくないと誰もいないこの道を選択する。すると漏れなく迷子になるって仕組みだ。その先は捕まるのか餓死するまで放置か。あまり考えたくないところだ」

 タブレットに表示される地図を見ながら進む奏斗は、肩を竦めてそう説明する。今までこの建物にテロがなかったわけだ。何かをしようにもトラップだらけでテロを仕掛ける前にどこかで捕まってしまう。

「嫌だな。死体と出くわすのは避けたい」

 餓死している奴がいませんようにと、真剣に嫌がる颯斗に奏斗は力が抜けた。一緒に行動するのが颯斗で本当に良かったと思う。これが下手にきっちりした奴だったら、今頃嫌になって行動すらしていないかもしれない。

「それにしても、朱鷺の奴。ここまで用意していたとはね」

 GPSが使えない場所も特殊な電波でポイントを表示させている。その完璧さに奏斗は感心しきりだ。ちなみにそのポイントは、尊が下水道で頑張って仕掛けていたものの一つである。

「朱鷺さんは凄いよ。爆薬を扱うのはお手の物だし、何をやるにも度胸があるし。お前には勿体ないよな」

 颯斗は朱鷺の顔を思い出して笑う。あの美人が恐ろしく男気があるというのは、何とも面白い。そして奏斗と正反対な性格だ。

「勿体ないって、もう別れているよ。どうして付き合ったのか、思い出せないし」

 奏斗は少し顔を赤くしながら反論する。相手が高校生とはいえ、朱鷺を色目で見られると腹が立つのはどうしてか。しかしそれを認めたくない自分もいる。

「またまた。今でも好きなんだろ?でなければ、朱鷺さんが動いているってだけであんたが頑張ろうと思うわけないもん。朱鷺さんもまだ奏斗に惚れている感じだし、羨ましいねえ」

 奏斗の顔が赤くなったのに気を良くし、颯斗はさらに揶揄う。こういう普通の顔を知りたいのだ。支配者としてでもなく、助けを求めるのでもない。普通の穂積奏斗を知ることが重要だ。

「あっ!」

 揶揄われて悔しい奏斗は、驚いたような声を出して前方を指差す。すると颯斗の顔が引き攣った。マジで死体が出たのかと奏斗の背中にくっつく。

「ゴキブリがいた」

「てめぇ」

 そんな颯斗の反応に満足して、奏斗はにやっと笑う。嵌められたと解った颯斗は顔が真っ赤になった。が、互いにそのまま笑い出す。

「こんな普通な感じ、久々だな」

 奏斗はひとしきり笑うとまたタブレット端末に目を落とす。こういう日々が外に待っている。それを朱鷺が用意しようとしている。そう信じるだけだ。

「俺も」

 颯斗も同意し、そして奏斗の変化を感じ取って背中を叩く。

「いたっ」

「頼むよ。お前が地図を読み間違えたら、俺たちが死体になるんだからな」

 そんな颯斗の軽口に、マジで冗談にならないからと苦笑する奏斗だった。

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