第23話 首輪

 あれから十二時間ぶっ通しで真広の実験につき合わされた冬馬はぐったりとしていた。相変わらず両手足をベッドに拘束されたままで、疲れているのに身動き一つとれない。身体中あちこち痛むおかげで、眠ることも出来なかった。

「随分と気に入られたようだな」

 そんな冬馬に声を掛けてきたのは燈葉だ。その揶揄する声にむっとし、冬馬は気力を振り絞って燈葉を睨む。

「腹心の部下をもう少し躾けた方がいいんじゃねえの?あんなの、ただのマッドサイエンティストだぞ。しかも究極のサディストだ」

 自分の身に起こった数々の出来事を思い出し、冬馬は吐き捨てるように言う。同じことを奏斗もされたと思うと、あの数週間前までの気力がなく、しかしただ反発心だけで踏ん張っていたのがどれだけ大変かがよく解った。これだけ痛めつけられれば、あまり多くのことを考えたくなくて当然だ。

「だからこそいいんだろ?俺が出来ない部分を彼女が実現してくれる。例えばこれ。君に必要だと思うものだが、俺ではどのくらいの電流が必要かは解らない。下手すれば殺してしまう。ところが、真広は死なないギリギリを探ることが出来る」

 燈葉は言いながら、冬馬の首に嵌められた首輪を指で撫でながら笑う。その表情に、こいつも狂っているなと冬馬は背筋が寒くなった。

「俺を飼い殺しにしても意味がないだろ?」

 怖さを覚えた自分に腹が立ちつつ、冬馬はこの首輪がより忌々しいものに思えた。ただ情報管理課に利用されるだけではない。燈葉と真広。その二人のおもちゃになった気がした。

「いや。大いに意味があるよ。お前は朱鷺と繋がるだけでなく、奏斗とも繋がっている。これほど使いやすい人材はないからな。それにお前は、大局的に物事を見れる。だからこそ、実験を手伝ってほしいんだ」

 燈葉は首輪から指を離すと真面目な顔になり冬馬を覗き込む。

「あんたが何をしようとしているのか、教えてくれるってか」

 今更高く買ってもらっても困ると思いつつも、冬馬はこの情報管理課の職員すら知らない内容を聴けるとの驚きもあった。じっと燈葉を見返す。すると満足したように燈葉が笑った。

「もちろん。君はもうどう頑張っても俺たちに歯向かえないしね。これからはこちら側の手伝いをしてもらわないと。この情報管理課が生まれた真の目的は、これから起こることにある」

 燈葉はそう言い、また冬馬の首輪に触れた。なるほど、歯向かわない保証がない奴には語れない内容だというわけだ。今の冬馬はこの首輪によって、少しでも妙な動きをすれば気絶させることが出来る。まさに都合のいい存在だ。

「情報管理課の目的。国民の管理ではないのか?」

 冬馬は真の目的とは何だと睨んでしまう。まさか今まで信じてきたことそのものを崩そうというのだろうか。

「それが究極の目的であることは変わらないよ。ただ、大きな理想のためには犠牲が必要だというだけだ。それが奏斗という解りやすい支配者にある。今はまだ反発する対象にある。しかし、そんな彼が実はまだ何もしていないと国民が知ったら?そして、国民の憎悪に晒され、情報管理課を出ることが叶わないと知った奏斗が本気になったら?面白いだろ?」

 本当に面白いことを話しているというように燈葉は笑う。しかし、語られている内容は恐怖でしかない。その二つの作用がもたらすことは、どう考えても破滅だ。

「お前はマジで全国民を管理する気かよ?」

 国民の管理と言っても、今までそれは労働であり税金に絡むことであった。しかし、燈葉が描いていることは国民の総ての行動に絡むことのはずだ。

は総て可視化されている。どれだけ奏斗や今の政府へ不満を隠していても、ちょっとした行動でそれが不満の表れだとばれてしまうほどにね。たとえば普段はしない高額の買い物。もしくは甘いものを多く食べ始める。さらにはどういう映画を好んで見ているか。それらビッグデータの解析で、今こそ奏斗には外に出てもらわなければならないと解る」

 これは絵空事ではないと、燈葉の目は真剣だ。どうしてそんなことをやりたいのか。冬馬にはまったく解らない。そこにあるのはただの悪意だ。

「奏斗を国民の憎悪に晒すって、そういうことかよ」

 小さな不満が溜まり続けている。その兆候を取られている今、奏斗がふらっと街中に現れればどうなるか。下手すれば暴動が起こる。

「君にはそうなった時に奏斗を救出してもらう。情報管理課が堂々と奏斗を保護するんだ。これから奏斗がますます国民の前に現れなくなっても不自然ではない。まあ、あいつが支配者としての自覚を持ったところで素直にテレビに出るとは思えないからな。これもまたちょうどいい」

 燈葉は今後の悩みもこれで解決できるとご満悦だ。そう、今から始まる実験はこれからの日本の姿を決めるものである。多くの情報を握るということがどういうことか。何も考えずにいることの恐ろしさがより解る瞬間ともなるだろう。

「奏斗もまた一人の人間だぞ。しかも、俺みたいに何か落ち度があるわけではない。ただ研究者として生きていただけだろ?お前はどうして奏斗を苦しめるんだ?」

 あまりのことに、冬馬は思わずそう訊いていた。すると頬を思い切り殴られる。

「奏斗への同情は不要だ。いくら君が歯向かわないとはいえ、いちいち気絶させるわけにはいかないんだからな。そこは納得しろ」

燈葉は考えるなとさらに冬馬の頬を殴る。唇が切れ、燈葉の手に血が着いたところで止まった。

「よほど何か恨む理由があるらしいな」

 冬馬は痛いなと切れた唇を舌で舐めて笑う。少し前まで散々真広に痛めつけられていたせいで、このくらいの痛みは今は何とも感じない。

「恨む理由?何もないね。ただ都合のいい存在だよ。両親はすでに死亡。親戚とは疎遠。友人は少ない。これほど姿を消しても不都合がなく、そして天才的な頭脳を持つ奴は他にはいない。そして、今まで周囲を気にせずに生きてきたというのもね。彼が急に国民の支配を始めても、大学の奴らや朱鷺といった身近だった奴らを除いて特に疑問は生まれなかったのも一つの好例だ。あいつは、本当に都合がいいんだ」

 恨みではなく、他に候補がいないと燈葉は言い切る。しかしそれが嘘であるのは、僅かに顔が引き攣っていることから解る。

「気にせずにいた、ね。その中に自分が含まれていることが許せないってか」

「――」

 その言葉に、燈葉はまた冬馬の頬を殴る。ごつっと鈍い音が部屋に響いた。燈葉の顔は今までに見たことがない、怒りに満ちたものだ。

「っつ。これは痛い」

 何とか軽口を叩いたものの、冬馬は揶揄い過ぎたと反省した。そして、燈葉を攻めるにはこれしかないのだろうなとも思う。奏斗は燈葉の弱点でもあるのだ。だからこそ、世間から隔離された存在にしたい。

「もう少し真広の実験に付き合っていろ。仕事はそれからだ」

 燈葉は喋りすぎたとばかりに足早に去って行った。それを目で追いつつ、冬馬もまた疲れてよりぐったりとしてしまう。

「奏斗。お前は本当に困った奴だよ」

 そう呟くと、緊張の糸が完全に切れ、冬馬は意識を手放していた。





 その奏斗は脱出に向けて動き出していた。それがどれほど危険で自分の身を危うくするか。それを知っていての行動だ。このまま動かなければ、燈葉が何かを仕掛けてくるのは間違いない。

「燈葉に無理やり動かされるより、自分で出て行きたいからな」

 奏斗はそう言って第一関門ともいえる扉の前に立つ。手にはあのファイルがあった。

「これって内側からはどう頑張っても開かないようになっているんだろ?しかもこの先には警備の人間がいる。最初から難しいよな」

 その横で扉を見上げる颯斗は、情報があっても難しいのではとすでに弱気だ。尊が持って来てくれたファイルを見たが、脱出にはかなりの数の難関が待ち構えている。ある程度は尊がサポートしてくれるとはいえ、職員の振りをしながらだから自力で解決する場面が多いのは目に見えていた。

「力技では無理だが、システムの穴を突けるようにはなっているらしいね。さすが、脱出を前提としてるだけはある」

 奏斗は完全に無理な場所はどこにもないと肩を竦めた。そうでなければ、燈葉のやりたいことは何も進まないからだ。

「ああ、そう。そうだよな。向こうも適度に邪魔するだけっていう気分なわけだよな」

 脱出を向こうも知っているってのは変なものだと、颯斗は気が抜けそうだった。そしてそれだけ、この脱出という行動が特殊だということも自覚する。

「警備員はすでにいないと考えていいだろう。まずは、この扉のロックを非常ベルが鳴らないように解除することだ。ま、燈葉が仕掛けている遊びってことだな」

 奏斗はそう言うと、さっさとノートパソコンを持ってきて考え始めるのだった。

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